0090消えたトロフィー事件07☆
俺は焼きそばを断ると、缶コーヒーを二つ買って生徒会室に戻った。純架は星型に切った画用紙に『JUNKA KIRIKI』と書き、床に貼り付けている。
『ハリウッド名声の歩道』の星を意識したんだろう。有名人気取りだ。空しい奴。
「やあ、遅かったね」
「どうだ? あれから何か分かったか?」
純架は手の平を左右に振った――ひらひらと、力なく。
「いや何も。どう考えても犯人は生徒会室と戸棚の二つの合鍵を持っていたとしか考えられない。でもどうやって? そこで行き止まりだよ」
缶コーヒーはホットだ。純架は冷めるまで待つつもりか、両手で缶をもてあそんだ。
「トロフィーが盗まれる前の生徒会室の鍵は、火曜日に青柳先生と周防生徒会長が使った以外、誰も使用していない。この二人が怪しいことは間違いないけど、アリバイはどうなんだろう? 動機の面も確かめないと……」
そのときだった。
「何だ、君たちか」
入り口に視線を向けると、ちょうど話に出ていた周防会長が、その巨躯をもって佇んでいた。
「生徒会室の扉が開いているから何かと思ったが、まだコソコソ探り回っているようだな。その様子から察するに、まだ犯人は見つけてないんだな」
辛辣な物言いにも、純架は恥じ入るように笑うだけだ。
「はい、面目ありません」
蓋を開けてコーヒーを一口飲む。
「でもちょうど良かった。周防先輩にお伺いしたいことが何点かあったんです」
「ほう。答えようじゃないか」
周防先輩は室内に入り、純架が先ほど床に貼り付けた画用紙を無情にも踏みつけた。純架は恨めしそうに表情を曇らせる。
「火曜日、生徒会室が一日中公式に使われなかった日、周防先輩はここにいらっしゃいましたね。なくしたスマホを捜しに、ね。それで結局見つかったんですか?」
周防先輩は大儀そうに椅子へ腰を下ろした。巨躯に座板が悲鳴のように軋む。
「ああ、思っていた通り、生徒会室に落ちていたよ。助かった、と胸を撫で下ろしたな」
「その際連れはいらしたんですよね?」
「というと?」
純架はスマホを取り出し、その画面を人差し指でこつこつと叩いた。
「スマホに限らず携帯電話を捜すなら、誰かに自分のスマホへ電話をかけさせて、その際に鳴る着信音を目印とすればすぐ見つけられます。そうですよね?」
周防先輩の顔に理解の色が広がった。うんうんとうなずく。
「ああ、そういうことか。あのときは副会長の神埼君が一緒に捜してくれてね。彼が僕のスマホにかけて、君の言う通りに音を頼りに発見したんだよ」
「そうですか。見つかった後は何をなさっていたんですか?」
周防先輩は心外だとばかり眉根を寄せた。険のある声を返す。
「何だ、僕を疑っているのか?」
俺は脇から二人を眺めていて、まあ当然の会話だなと思った。周防先輩はトロフィー盗難前に最後に生徒会室を使い、また翌朝なくなった至宝に最初に気がついた人物なのだ。純架が疑うのも当然だし、もっと早く聞き込みしても良かった相手である。
というわけで、純架は当然の澄まし顔だった。
「周防先輩に限らず、僕は誰でも疑います。明日の閉会式というタイムリミットがある以上、なりふり構っていられません」
「そうか。僕と神埼君はスマホが見つかった後、何もせず生徒会室から外へ出た。そしてドアに鍵をかけ、職員室にそれを持って行ったよ。鍵の貸し出しに関しては職員室に直筆の記録がある。早見先生の承認もそこに記載されているはずだ」
「そのとき、生徒会室に白鷺トロフィーは……」
「あったに決まっているさ。戸棚の中に鎮座していたよ」
純架はスマホを操作してメモを取っている。
「その日は――火曜日の放課後は、職員室で鍵を借りて、生徒会室に入り、その後鍵を返却したと。全体で何分ぐらいかかりましたか?」
「10分とかからなかったな。それも記録帳を参照すればすぐ分かる」
「ついでに伺いますが、周防先輩は鍵の業者みたく合鍵を作れますか?」
生徒会長はこの問いを馬鹿馬鹿しいとばかりに笑殺した。まあそうだよな。
「できるわけないだろう」
純架はここで若干間をおいた。やがて唇を動かす。
「周防先輩はこの白鷺祭をどう思っていますか?」
生徒会長はこのとき、桐木純架という存在を初めて見たように、その目をしばたたいた。
「ずいぶん話が飛ぶな。……いい学園祭だと思っているよ。生徒会として長きに渡って準備してきたからな。無事開催できて感無量だ。このまま何事もなく終了してくれる事を願う次第だ」
俺は彼の口調に違和感を感じた。皮肉と慨嘆がスパイスされているような気配があったからだ。周防先輩は俺の疑いに気づかず続けた。
「君たちもそう思うだろ? 楽しんでいるんじゃないか?」
「ええ、まあ」
周防会長は疑わしそうに半目を使う。俺は彼の視線がナメクジのように俺の顔を横断するのに不快感を味わった。だが周防会長は気付かなかったのか、やがて微笑して立ち上がった。
「僕も楽しんでいるよ。ただし、白鷺祭と同じくらい、君たちの捜査にも関心がある」
黒いスマホを取り出す。最新のiPhoneだった。
「知り合ったのも何かの縁だ。電話番号を交換しないか? もしトロフィーが見つかったなら、真っ先に教えてほしいというのもあるからな」
純架は生徒会長の電話番号を教えてもらう事をありがたがって、即断了承した。
「いいご報告ができるよう頑張ります。……ほら、楼路君も」
「俺も? まあいいけど」
そうして俺たち三人は連絡先を教え合った。
俺と純架は周防先輩が去った後、しばらく経ってから生徒会室を出た。外から鍵をかける。純架はいつの間にか持ってきていた下敷きで自分の頭髪をこすり、ドアの施錠箇所を触って電流を走らせた。
「痛いっ!」
そのザマを俺に披露する意味が分からん。
職員室に向かった俺たちは、鍵を返却ついでに、その使用者と時刻が明記されている記録帳を確認した。ボックス内にある戸棚の鍵のそれとはまた別のものだ。
純架がその表面を焼却する勢いで睨む。やがて納得したように口を開いた。
「ああ、確かに火曜日に周防先輩が、放課後すぐの時間に鍵を借りてるな。妙だ」
「それがどうかしたか?」
「だっておかしいじゃないか。周防先輩はスマホをなくしたんだよ。で、火曜日の放課後に生徒会室にそれが落ちてたのを確認したって、さっき言ってたよね? 生徒会室を周防先輩が使ったのは、その前の月曜日なんだよ。もしスマホの落とし場所として生徒会室が怪しいって気づいたら、月曜日にUターンして取りに戻るか、火曜日の早朝に鍵を借りて捜しに行くはずじゃないか。スマホは貴重品なんだからね。それを周防先輩は、なぜ火曜日の放課後になるまで放っておいたんだろう?」
「単に気がつかなかっただけじゃないのか」
「……まあ、その線もあるけどさ」
純架は一人物思いに沈む。彼の思考回路が推理の軌跡を宙に印していった。
「何にせよ火曜日の放課後、生徒会室の鍵はかかっていて、翌水曜の早朝まで使用するものもなく職員室に保管されていた。この記録帳によると、それは絶対間違いないね。となると、犯人は合鍵を持っていたか、それか窓から入って窓から出たか」
俺たちの会話に聞き耳を立てていたらしく、それまで机に向かって作業していた宮古先生が割って入ってきた。
「おい桐木、合鍵は考えにくいんじゃないか? そんなもんいつ作るんだって話だし。仮に作ろうとしても、鍵の業者だって未成年の怪しい依頼はいぶかしむだろう。不可能だ、合鍵なんてものは」
「宮古先生……」
「窓もそうだ。生徒会も教師も、ちゃんと窓の鍵がかかってるかどうか入念にチェックしてから退室してる。開けっ放しは考えられないな。第一、窓から出て行ったら、窓の鍵は開いたまま放置されることになるんだぞ」
「まあそうですが……。そういえば水曜日の早朝、最初にトロフィーの紛失を見い出したのは周防会長と淡木先輩でしたよね?」
「そうだ。淡木は生徒会役員だったっけな」
「ええ、安田先生がおっしゃってました。淡木先輩は今どこに? ちょっと紛失露見の状況を聞き込みたいので……」
「さあな。自分のクラス――2年1組じゃないか?」
純架は一礼して早速職員室を出て行った。俺も後に続く。
2年1組の出し物は実験物の展示だった。空気砲と紙飛行機の実演と解説を行なっている。
「お、桐木だ」
懐かしい声は2年3組の海藤千春先輩のものだった。相変わらずきつい目をしている。その背後についているのは2年2組の山岸文乃先輩だ。二人は『血の涙事件』の犯人である。どうやら連れ立って、ここへ展示物を見に来ていたらしかった。
純架が白々しく目礼する。どうでも良さそうだった。
「お久しぶりです」
海藤先輩はその態度を鼻で笑う。吊り上がったまなじりを一層持ち上げた。
「ふん、どうせ嫌な奴に出会ったとか考えてるくせに」
「そんなことはありませんよ」
「どうだか」
ふとそっぽを向く。若干ためらいがちに呟いた。
「……別に桐木がいいんなら、だけどさ」
「はい?」
「一緒に見て回ってやってもいいんだぜ」
俺は耳まで赤くなった海藤先輩を眺めて、一つの仮説に衝突する。この人、純架に惚れてるんじゃないか?




