表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
白鷺トロフィーの行方
77/156

0082割れた壺事件04☆

「窓枠の靴跡は捜査撹乱目的でつけられていたんだ。つまり犯人がそれ用の靴を別に準備した蓋然性が高い。拘泥(こうでい)するのは()の骨頂だよ」


 午後4時を回り日が傾き始めている。窓の外では天蓋に巨大な雲がのたくって、その様はあたかも大蛇の腹だった。俺は最後の一欠けらを牛乳で喉に流し込むと、げっぷして立ち上がった。


「よし、行こうぜ」


 俺と純架は職員室へ向かった。廊下を早足で歩き、目指すドアが見えてきたところで、ちょうど出て来た担任――宮古先生と鉢合わせになる。


「何だお前ら、また『探偵部』の活動か?」


 純架はここぞとばかりに舌を回転させた。


「そんなところです。ついでといっては何ですが、田浦教頭と藤松先生、占部先生は今どこにいらっしゃいますか?」


「教頭なら花壇で水をやってると思うぞ。藤松先生はテニス部顧問、占部先生は陸上部顧問だから、今頃グラウンドで指導してるんじゃないかな」


「ありがとうございました」


 純架はクエスチョンマークを浮かべる宮古先生の疑問を解く労力を惜しみ、下駄箱へ俺を引き連れて行った。上履きから私物の靴に履き替える。無論、三人を追及しに行くのだ。




 まず早足で訪れたのは花壇だった。水に濡れたジョウロをしまおうとする後ろ姿は教頭のものだ。俺たちの足音に反応してこちらへ振り向く。


 田浦教頭は登山好きで体は頑健という。中肉中背で、遠近両用眼鏡をかけている。髭が濃いが優しい目をしており、黒く染めた髪はバーコード状だ。俺たちの姿に目を細める。


「やあ、桐木君に朱雀君か。紅茶の一件ではお世話になったね」


 純架は礼儀正しく返した。笑顔で頭を下げる。


「その節はご面倒をおかけしました」


 教頭は思い出したぞ、とばかりに手の平を拳骨で叩いた。


「ああ、そういえば君らには旧棟1年5組の教室が部室として用意されたんだっけ。その後どうだい?」


「快適です。……ところで、今日は教頭の昼休みのことをうかがいに来ましたので」


 教頭は笑みを引っ込め、怪訝(けげん)そうな顔になった。


「何だいそりゃ。昼に何かあったのかい?」


 純架は平静を保って質問する。俺は彼ほど妥協なしに捜査できないな、と自分を(かえり)みた。


「どうですか教頭。昼休みの初め頃、どこで何をしていましたか?」


「昼はベンチで1年1組の青柳(あおやぎ)先生と話していたよ――弁当を食いながらね。ねえ、昼に何かあったのかい?」


 もし教頭が犯人だったとしても、これほどナチュラルなすっとぼけはできまい。俺は脳裏の容疑者リストから田浦教頭の名前を消した。


 純架も同様に判断したのだろう、教頭に一礼する。


「いえ、特に何も。それでは失礼します」


 純架は教頭に背を向けると、グラウンドの方へ歩き出した。俺も慌てて続く。明白なアリバイ追及に、教頭は機嫌を害しただろうか。それが気になったが、怖くて振り返ることは不可能だった。




「昼休みなら保健室で寝ていたよ」


 陸上部の指導から一時離れてもらい、俺たちは占部先生に回答を求めていた。


 占部先生は小麦色の肌で、鍛え上げられた筋肉を誇る。頭が長方体のようで横に長い。角刈りの黒髪、つぶらな瞳で鼻が短く鼻下が長かった。簡単に言えばブルドッグのようで、人相はあまりよろしくない。


「具合が悪かったんですか?」


 純架は軽く問いかけた。占部先生が重々しく点頭する。


「この正月、脳に腫瘍が見つかってな。入院して手術で取り除いてもらったんだ。癌じゃないのが不幸中の幸いだったが、おかげで長期間まずい病院食を摂る破目になったよ。それ以来何だかひ弱になっちまって、今日も気分が悪かったので昼を食わず保健室で寝ていたんだ。保健の先生に聞いてみればいい」


「では後でそうします」


 純架は嘘を許さぬ態度を見せたが、占部先生は感応しなかった。髪の毛を掻き回す。


「話がそれだけなら、もう部活に戻りたいんだが」


 どうやらこれも空振りか。純架は低頭した。


「ああ、すみません。指導の続きをどうぞ」


 占部先生は棒高跳びの現場へときびすを返した。




 最後はテニス部顧問の藤松峰子先生だった。3年2組担任の国語教師で、淑女(しゅくじょ)として常に清潔な服装を心がけている。体型はやや太り気味だ。髪は紫色に染まって豊富で、ウィッグをつけていることが看取される。切れ長の目で鼻は丸く、真っ赤な口紅は気持ち程度塗られていた。今年59歳になったらしい。


 俺たちは大声で指導する藤松先生に近寄り、「内密な話」と称してコート脇まで引っ張った。先生は熱意の発散を妨げられて不満たらたらだ。


「何なの、聞きたいことって」


 声音が鋭く、敵愾心(てきがいしん)剥き出しである。純架は今まで同様、今日の昼休みをどう過ごしたかを率直に尋ねた。


「私はテニス部の三宅(みやけ)さん、鍋島(なべしま)さんと一緒に校庭でお弁当を食べていたわ。最近テニス部の皆がたるんでるので、気持ちを盛り上げようって相談してたの」


「それは昼休みになってすぐ?」


 藤松先生はむっとする。『探偵部』へ、あまりよい印象を持ち合わせていないことは明瞭だった。


「授業を終えて職員室へ戻り、お弁当を持って二人と落ち合ったから、すぐといえばすぐね。その後校庭に三人で出たわ。……疑うなら三宅さんたちに聞いて」


「そうしましょう」


 この純架の答えに、藤松先生は無制限に思えた忍耐を使い切る。灼熱(しゃくねつ)をその口から撃ち出した。


「随分な話ね!」


「形式的なことですので」


 純架は動じない。藤松先生はおかんむりで二人を呼び寄せ、彼女の話の裏づけを喋らせた。それは確かに藤松先生の話と符合(ふごう)する。


「ありがとうございました」


 純架の形ばかりではない一礼に、藤松先生の心の火は僅かばかり沈静化した。


「じゃ、私はテニス部に戻るから。あんたたちも用がないなら早く帰りなさい」




 その後、純架と俺は青柳先生、保健の先生にアリバイの裏を取った。その結果田浦教頭と占部先生の話は事実であることが判明し、ここに五人の容疑者は晴れて全員無実となった。


 藍色(あいいろ)の幕が天から垂れ下がる頃、俺たちは下校前の最後の仕事として、校舎裏の校長室の窓を調べた。中は真っ暗で、窓も鍵がかかっており、校長が一時席を離れていることがうかがえた。高校の主というのもなかなかの激務らしい。


 純架がぼそりと呟いた。夕陽が彼の顔に疲労感漂う影を刻む。


「とりあえず今日の成果は、校長がリストアップした容疑者五人全員が関係なかったってことだね。捜査は明日からまた仕切り直してやっていくしかない。今日のところは帰ろうよ、楼路君」


「そうだな、まだ始まったばかりだからな。そうそう簡単には解決できないだろうよ」


 純架はふっと自嘲の笑いを浮かべた。


「僕は藤松先生が怪しいと思っていたんだけどね」


「それはまた、何でだ?」


「白い毛さ。壷の残骸から拾ったこいつは、藤松先生のウィッグの一部だと思ったんだ。でもどうやら関係なさそうだね――というのは色が違ってるからなんだけど」


 純架は落胆を隠せないでいる。さすがにスピード解決とはいかなかったか。


 と、そのときだった。


「ニャー……」


 足元にいつの間にか白い猫が近づいてきていた。首輪がついてないから野良猫だろう。餌をねだっているのか、純架のすねに身を寄せる。野生の割には太り気味だった。


 純架は背後から散弾銃で撃たれたかのように目を見開いた。


「これだ!」


 純架は猫を無視して俺の手首を掴み、校舎裏から外へ引きずっていく。俺は『探偵部』部長の急変に吃驚(きっきょう)した。


「おい、どうした純架! 何か分かったのか」


「職員室だ! まだ先生が何人か残っているはずだよ」


 昇降口でもどかしく履き替える。俺は黙ってついていった。純架は明らかに、この事件の真相を掴んでいる。それが肌で実感できた。だが白い野良猫から何が導き出されたのかは不明だ。


「何だ桐木、まだ帰ってなかったのか」


 職員室では宮古先生他数名の教師が仕事していた。純架は呼吸を整えてからまくし立てる。


「先生、校長はいつも昼休みに何してます?」


「校長? 昼休み?」


「何か変わったところはないですか?」


 別の年配の先生が答えた。


「校長なら毎日校長室にこもって一人で昼飯を摂ってるぞ」


 純架の目が輝く。狙いのボールが来たことに喜ぶ、新人のバッターのようだった。彼は畳み掛ける。


「校長室の鍵をかけて、ですよね?」


 青柳先生が莞爾(かんじ)と笑った。無精髭を撫でる。


「よくそんなことが分かるな、桐木。その通り、校長は昼休みに自室のドアに鍵をかけているぞ。前に何度か用事があって訪ねたが、毎回鍵を開けてもらわなきゃならなかった。中で何してるのか、そんなに見られたくない昼食なのかと皆んな不審がってたな」


「もう一つうかがいます。校舎付近に野良猫がいますが、餌はあげてますか?」


「まさか。野良猫に餌を与えてはならないと、この学校のみならず周辺でも決まりがあるだろ」


 純架は俺の腕を肘でつついて、こちらに笑いかけてきた。


「どうやら今日中に解決できそうだね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ