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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
夏休みの出来事
48/156

0048二人の投手事件02☆

 6番、福田(ふくだ)先輩が三振に倒れた後、7番の副主将西神(にしがみ)先輩が痛烈な二塁打! 桃山主将が悠々とホームを踏んだ。


 俺はあまりの歓喜に(くう)へ拳を打ち振るった。もしくす玉があれば真っ二つにしていただろう。


「凄いぞ西神先輩! これで2対3だ!」


 純架が(つつ)ましやかに拍手した。それでも興奮の色は隠せない。


「さすがだね。試合は1点差、分からなくなってきたよ」


 続く8番は、投手でもある三上。しかし彼は積極的なスイングを見せず、見逃し三振に倒れる。俺はさすがに不安になった。


「おい純架、三上ってバッティングは駄目な方なのか?」


「いや、結構打ってる方だけど……」


 純架はそう言って死体のようにごろりと寝転んだ。顔面蒼白(そうはく)で唇は紫色だ。ヒューヒューと荒い呼吸をする。


「何だか今日の三上君は精彩を欠いているね」


 今のお前もな。


 9番のキャッチャー白永(しろなが)先輩はレフトフライに倒れ、スリーアウトで攻守交代。2回裏、星降高校の攻撃になった。


 純架は元気良く起きて菓子を噛み砕く。昔のサザエさんのように喉に詰まらせると、慌てて麦茶を流し込んで対処した。


「まあ三上君はこれからだよ。ちょっとエンジンのかかり具合が遅かっただけで、この2回からは本来の投球に戻ってくれるはずさ。何といっても決勝まで渋山台高校を導いたエースなんだからね」


 しかし俺たちだけじゃない、我が校を応援する全ての人々は悪夢を見ることとなった。


 何と三上はここでも甘い球を乱発し、ヒットと四球で一挙3失点を(きっ)してしまったのだ。両軍の得点は2対6と4点差に開き、更に2アウトながら満塁の危機を迎える。


 これには俺たちもテレビの前で、三上以上に打ちのめされた。純架が麦茶を飲もうとして、既に空っぽになっていることに気が付いたらしい。そのままコップを盆に戻した。


「もう三上君はボロボロだ。あんな酷い投球じゃ打たれて当然だよ。控えの投手を出してあげた方がいいね」


「宇治川監督、動いたみたいだぞ」


 本当に投手交代となった。連日酷使(こくし)され続けてきた三上がベンチに戻り、代わってマウンドに上がったのが――


「おお、2年の岡田(おかだ)先輩だね」


 純架が興奮に目を輝かす様が、視界の端に映り込んだ。興味を惹かれて尋ねてみる。


「何だ、お前の知り合いか?」


「違うよ。でも聞いた話じゃ、三上君と共に渋山台高校野球部の双璧ピッチャーとして名高いそうだよ。今大会では初登場だね」


岡田優作(おかだ・ゆうさく)はこれまで登板の機会がありませんでしたが、三上がよほど調子が優れないのでしょう。ここまで出ずっぱりで投げてきた疲労が蓄積したのか。あるいは張りや怪我といったハプニングでも起きたのでしょうか。ここでマウンドを譲ります』


 俺は投球練習をする、狐のような面構えの男――岡田先輩を注視した。目が細く、本当に見えているのか疑問に感じる顔つきだ。


 俺はエアコンの涼しい風に黒髪をなぶらせ、すっかりくつろいでいた。


「こりゃ応援しないとな」


「知ってるかい? 英二君ほどじゃないけど、岡田先輩もいいところの坊ちゃんらしいんだよね」


「へえ、そうなのか」


「うん。彼の親が社長で、以前には三宮造船と取り引きしたこともあるとか。前に菅野さんが言ってたよ」


 バッターボックスに相手打者を迎え、岡田先輩は華麗なチェンジアップ、スライダーの変化球を投げ込んだ。5球目でキャッチャーフライに切って取る。ここに苦しい2回裏がようやく幕を閉じた。


「ナイス岡田先輩! さすがだね。まさに変幻自在の変化球だよ」


「でも4点差か……。挽回(ばんかい)できるかな」


「まだ試合は2回を終わったばかりだよ。まあ反撃を待つとしよう」


 その後、試合は両軍無得点のまま4点差で7回表、渋山台の攻撃を迎える。甲子園行きのチケットは、半ば星降の手元に転がり込んでいた。悔しさに口数が少なくなる俺と純架。


「打ってくれ……頼むよ」


 お互い拳を作って膝やテーブルに載せ、食い入るように画面を見つめる。


「これで勝ったら甲子園なんだからさ……。もうこんな機会、そうそうないんだからさ……」


 その俺たちの切なる願いが通じたのか、ここで抑えつけられていた打線が奮起した。2番、井上(いのうえ)先輩と3番、野口(のぐち)先輩が立て続けに快音を響かせたのだ。


「おおっ、ノーアウト1、2塁だ!」


 純架が緊張と興奮で泡を吹いて倒れた。俺が彼を無視していると、やがて何事もなかったかのように恥ずかしそうに起き上がる。


 反応がないとすぐやめるんだな。


 ここで4番の倉内先輩に打席が回ってきた。純架が深皿の中を手でまさぐり、ポテチが切れたことを残念がる。


「何だか打ってくれそうな予感がするよ」


「予感じゃ駄目だろ。確信しなきゃ」


 ここが正念場だ。この回得点できなければ、もう渋山台は敗北の坂を雪崩を打って転がり落ちるだけだろう。果たして……!


『打ちました倉内! 打球がぐんぐん伸びる! 入りましたレフトスタンド! スリーランホームランです!』


「やったぁ!」


 俺は純架とハイタッチして喜んだ。


「よっしゃあ! さすが倉内先輩! 渋山台の頼れる4番!」


「ここで打つとは凄すぎるよ……! これでこの試合2ホーマーか。神がかってるね」


 得点は渋山台が5点、星降が6点。わずか1点差にまで迫った。だがこの後の3選手は凡打が続き、結局試合は振り出しには戻らない。だが俺は楽観視していた。


「まあいいや。よっしゃよっしゃ。これなら残り2回できっと追いつける」


「後は岡田先輩さえ失投しなけりゃね」


 だが純架の指摘は悪い方向に当たった。7回裏、マウンドに上がった岡田先輩が乱調をきたし、投げる球投げる球ことごとく打たれたのだ。俺と純架は溜め息を吐く回数を競っているかのようだった。


 結局スリーアウトまでに4失点。得点は5対10となり、再び遠く引き離されてしまう。俺は仏頂面(ぶっちょうづら)を隠す気にもなれなかった。


「こりゃあかん……」


「岡田先輩……」


 そして試合は両軍得点できないまま8回を終え、最終9回の表に突入した。渋山台高校は、この場面で何としても5点差をひっくり返さねばならない。俺は信じてもいない神様に祈った。どうか渋山台高校を甲子園へ連れて行ってください、と……


 だが結末はあっけなく訪れた。2アウトとなったところでバッターがサードゴロに打ち取られて万事休す。3アウト、試合終了。


 互いの選手たちが走り寄ってホームベース前で向き合い、帽子を取って一礼、握手する。一方は笑顔でもう一方は泣き顔だった。そりゃそうだろう。念願の甲子園まであと一つと迫りながら、我らが渋山台はとうとうその切符に手が届かなかったのだから。


 俺と純架は液晶テレビが映し出す無残な風景に、何とも打ちひしがれた気分だった。弱々しくも拍手して、両野球部を称える純架。


「まあ、どっちも頑張ったよ。お疲れ様と声をかけてあげたいね」


 そこへドアをノックする音が聞こえる。俺が「どうぞ」と受け答えると、俺のお袋が入ってきた。純架がやや不審がる。


「おや、タイミングがいいですね。もしかして自分の部屋で観戦してたとか?」


 彼女は左胸を押さえて苦々しい顔をした。


「当たりよ、桐木君。疫病神の私が観ると負けると分かっていながら、ついつい……。ごめんなさい」


 俺はその態度が少し気に(さわ)った。


「あほ。お袋のせいじゃないだろ。卑屈になるな」


「楼路……」


 純架は室内のゲームソフトを物色した。


「これ、無償で貰ってもいいよね?」


 だからやらんっちゅうに。


「任天堂のファミコンミニでも遊ぼうかな。いいよね、楼路君?」


「まあいいけど」


「一緒にどうですか、お母さん」


 お袋がひざまずき、深皿とコップ二つが載った盆を手に取る。くすりと笑った。


「ありがとうね二人とも。私はいいわ、桐木君。楼路、今度はアイスコーヒーでも()いでくるから待っててね」


「サンキュー」


 俺の感謝に口元を緩めつつ、彼女はドアの向こうに消えた。




 それから三日後の昼のことだ。俺のスマホに純架から電話があった。


「俺俺! 俺!」


「何だよ純架」


「そう、純架! 実は俺さあ、交通事故を起こしちゃって、今すぐ示談金が必要なんだよね。悪いけどさあ、これから俺が言う口座に300万円振り込んでくれない?」


 今更こんな特殊詐欺に引っ掛かる奴がいるとでもいうのだろうか。


「奇行ならいらんぞ。何か用か?」


 純架は舌打ちした。あるいは本当に俺を引っ掛けるつもりだったのかもしれない。


 馬鹿か?


「楼路君、今暇かい?」


「宿題をやってたところだ。当然暇だ」


 7月の期末試験で純架に大敗を喫したこの俺だ。本来なら宿題で暇ではないのだが、まだ8月がまるまる残っているし、勉強は後回しにしてどこかへ遊びにでも出かけたかった。それが隠す気もない本音である。


 純架は意外なことを提案した。


「じゃ、今からちょっと僕と一緒に渋山台高校へ行かないかい? もちろん制服姿でね」


 こうなると俄然(がぜん)興味津々(しんしん)になるのが俺の悪い癖だ。


「何かあったのか?」


 純架は俺の口調に弾んだ声を出した。好奇心をかき立てることが出来て満足そうに言う。

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