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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
夏休みの出来事
37/156

0037紅茶愛好会事件01☆

   (一)紅茶愛好会事件




 6月のある日のことである。俺の隣人にして友人の桐木純架(きりき・じゅんか)は、放課後の1年3組に『探偵部』全員を召集した。――といっても、1年1組の辰野日向(たつの・ひなた)以外は全員1年3組なので、俺たちは彼女の到着を待つだけだが。


 純架はワイシャツの襟元を(あお)いで席に座っている。中世ヨーロッパの貴族のようなボリュームある黒髪だ。それに囲まれた美貌は人智を超えており、この世に顕現(けんげん)した精緻(せいち)かつ完璧な美の化身だった。たとえ女性雑誌のランキング上位なイケメンが勝負を挑んでも、純架の圧倒的な完成度の前では(かす)んでしまい、ひれ伏すのが落ちであろう。それぐらいの美しさだった。もし普通の高校生であれば、世の中全ての女子にもてて、ひっきりなしに愛の告白を受け止めねばならなかったに違いない。


 だが彼は普通の高校生ではなく、致命的な弱点を抱えていた。


 純架は『マジック・ザ・ギャザリング』というトレーディング・カードゲームの札を出した。よくよく見れば『マヅック・ザ・ギャザソング』という名のまがい物だ。


「この『ケツ毛もっさり』というカードを場に出すと、対戦相手のケツ毛を無条件で5本引っこ抜けるんだ。強力だよね。苦労して手に入れたよ」


 まがい物にしたってそんなカード、無茶苦茶過ぎるだろ。


 そう、彼は――桐木純架は、このような奇行を心の底から愛する、希代(きたい)の変人なのだった。何の得にもならないふざけた行動を発作的に始めて、満足するまでやめない。たとえ周りからうざがられても、だ。


 純架にすり寄ってきた女たちは、彼のそんな奇行癖に気がつくと、まるで潮のように引いて離れていった。何とももったいない話であるが、純架自身も女子にあまり興味がないとあって、奇行を収めるどころか正反対に乱発するのだった。おかげで彼の友達といえば、俺を含む『探偵部』の部員たちだけだったりする。


 そう、『探偵部』。何となく間抜けでそのまんまな名前だが、俺と純架の二人を初めに活動し出したこの集まりは、今では総勢6名となり、生徒会から部活動として承認を得るまでに至っている。


 活動目的は校内に発生する事件の解決であり、事件がないときは単なる帰宅部と化す。テレビゲーム好きな俺としては、ただの帰宅部でもない、かといって毎日活動があるわけでもない今の状況に満足していた。そして桐木純架は、この『探偵部』の部長なのだった。


 飯田奈緒(いいだ・なお)が窓際で微風を浴びながら、純架に針を一刺しした。


「桐木君、そのカード、いくらで買ったの?」


 奈緒は俺の恋焦がれる少女だ。下手な男より短いであろうベリーショートの黒髪で、太陽のように大きな茶色の瞳に、小振りな鼻、魅惑的な唇をしている。少し丸まった耳が可愛く思えた。夏の白いセーラー服が(まぶ)しい。彼女は梅雨の狭間(はざま)の好天を背に、純架にきつい視線を投じている。


 純架は彼女に笑顔で答えた。清々しいほど曇りのない態度だ。


「ヤフオクで2万円もしたよ。激レアカードだからね、これでも安いほうさ」


「バッカみたい」


 奈緒は呆れ果てて雄弁な溜め息をついた。これに同調するものが二人いる。


「馬鹿なんだから仕方ないだろう」


「校内一の変人ですから」


 三宮英二(さんのみや・えいじ)とその専属メイド、菅野結城(すがの・ゆうき)だ。英二は水筒の蓋を傾け、どうやらアイスコーヒーらしい中身を喉に注ぎ込んだ。まるで小学生のような身長の低さだが、これでも俺たちと同じ、れっきとした高校1年生である。


 彼は純架に負けず劣らずの美貌と小さい背丈、及びその洞察力から、「神童」と呼ぶにふさわしかった。格好いいというより可愛いなのだが、本人はそう言われるのを好んでいない。茶色の髪は癖っ毛で、登校前のドライヤーは欠かせないだろう。瞳は清らかな純朴(じゅんぼく)さで、鼻梁は生意気そうに鋭鋒である。


 彼は日本財界の一翼を担う三宮造船、その跡取りとなるであろう御曹司(おんぞうし)である。よって彼の制服は俺たちとは違ってブランド物であり、今胃袋に流し込んだコーヒーも最上級の豆を使用したものである。住む世界が違うと言えた。


 そんな英二がこの渋山台(しぶやまだい)高校に転校してきたのは、専属メイドの菅野結城がここを良質校と判定したからだった。学力や治安などではなく、周辺の水質や空気の良好さなどを判断基準としたらしい。


 彼女は三宮家に代々仕える使用人の一族であり、とても冷静な性格で知られている。制服は皺一つなく、銀縁眼鏡の奥の灰色の瞳は奥行きがある。理知的な外見と中身を(よう)しており、鋭いナイフのような雰囲気だった。スタイル抜群なのも影響して、何だか俺のような凡人より一段上の気品を(かも)し出している。


 彼女は英二が差し出した蓋に、すかさず水筒の中身を注ぎ足した。そこにはあうんの呼吸が感じられ、この主従関係が長きに渡って続いていることを周囲の人間に実感させる。


 英二は『生徒連続突き落とし事件』で純架に苦杯を舐めさせられ、結城ともども『探偵部』に入部することとなった。俺は未だにこの二人とは心の距離を感じている。


 純架は奈緒・英二・結城の三人から罵倒され、さすがに気分を害したらしい。だが彼が反論しようとしたところで、『探偵部』最後の一人が現れた。


「お待たせしました、皆さん」


 1年1組の辰野日向である。黒縁眼鏡にショートカットで、紅色の愛用デジカメを首からぶらさげていた。新聞部と掛け持ちの彼女は、どこか野暮ったい雰囲気と生真面目そうな光彩の双眸(そうぼう)が特徴的だ。


 純架は『探偵部』が揃ったということで出しかけた(ほこ)を納め、一枚のプリントを鞄から取り出した。ひらひらとさらす。半ば不審を抱き、俺は尋ねた。


「純架、それは何だ?」


 リーダーは随喜(ずいき)を隠そうとしない。プリントの(おもて)を見せびらかした。


「実は僕らに待望の部室が与えられたんだ。今まではなかったけど、これからはここ」


 机の上に紙を叩きつける。英二たちも加わり、俺たちは半円を描いて覗き込んだ。


「何々……? 『部室の移動:探偵部……部室棟1階2号室』」


 英二が鈴のような吐息を漏らした。


「ほう、とうとう部室持ちか。まあ部活動に必要な6人が集まっているからな。当然というべきか」


「しかも場所は部室棟だよ。これで快適な相談ができるね」


 結城がメモ帳に何事かを書き付けている。俺の視線に気付いて説明した。


「部室で何が必要になるかを考えていました。英二様にお飲み物をお出しするなら、電気ポットぐらいは必須かと」


 奈緒が元気一杯にうなずく。鈴が鳴るような明るい声を出した。


「何にせよ持ち物は少ないし、何なら今すぐ引っ越ししてもいいぐらいよ。……新しい部室はもう()いてるの?」


 純架は自分の髪の毛をいじる。一服の絵画のように様になっていた。


「うん。別に急ぐことはないけどね。とりあえず下見にでも行ってみようか」


 それにしても『待望の部室』か。純架と2人で始めた『探偵同行会』からここまで来るのに、長かったような短かったような……。余裕なふりをしつつもどこか落ち着きない純架の姿に、俺は思わず苦笑する。




 俺たちは6人揃って部室棟1階2号室の見学に向かった。


 初夏の暑気(しょき)が全身にまとわりつき、湿った生温い風が髪の毛をくすぐる。木々のざわめきが多少の清涼(せいりょう)感をともなって人々を慰めた。野球部が校庭を走り、テニス部が掛け声を響かせている。そんな中を下履きに履き替えて歩いていくと、目指す部室棟が見えてきた。


 この建物は鉄筋コンクリート製の2階建てで、各階5部屋の計10室が渋山台高校部活動に割り当てられている。少々狭いものの、夏は風通しが良く涼しくて、冬も窓からの日差しが暖かいと、もっぱらの評判であった。渋山台高校本校舎に巨大な部室を構えている新聞部や吹奏楽部とは比ぶべくもないが、ここも中規模の部活動にはもってこいの環境といえた。


「あっ、桐木!」


 懐かしい声は険悪の微粒子を含んでいた。見れば、5人の生徒が部室棟2号室の前にたむろしている。その中の一人が、あの『血の涙事件』の犯人であった海藤千春(かいどう・ちはる)先輩だった。きつい目が際立つ造形で、常にいらいらとした雰囲気を発しているのは今も変わりがない。


「探偵気取りがここに何の用だよ」


 純架は誤りを冷静に指摘した。やや面倒くさそうでる。


「いえ、もう我々は6人の部員を持った部活動、『探偵部』です。お間違えなきよう」


 海藤先輩は唾を吐きたそうな顔をした。むっちりした両手を腰に当てる。


「似たようなもんだろ」


 彼女の脇に立っていた小柄な女子がぺこりと頭を下げた。


「桐木君はじめ、皆様のご活躍はうかがっております。わたくしは3年1組の釜田美代(かまた・みよ)。『紅茶愛好会』の会長です」


 釜田先輩は何となくおしとやかだ。深い知性溢れる茶色い瞳と、長い睫毛がチャームポイントといえる。もし現代に容姿における貴族階級があったら、そうとう上位に食い込むこと間違いないだろう。ストレートのロングの黒髪が風にあおられていた。


「お会いできて光栄です。わたくしたちは与えられた新しい部室への引っ越しを開始するところでして」


 純架の顔に不安の陰りがよぎる。まさか……


「新しい部室?」


「はい、部室棟1階2号室。ここです」

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