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学園ミステリ〜桐木純架  作者: よなぷー
桐木純架、登場す
31/156

0031生徒連続突き落とし事件09☆

「何だって?」


 俺はあまりのことに、1年生の調査を担当した日向を振り返った。俺や奈緒、英二に結城の視線を一身に浴びて、彼女は思わずといった具合に縮こまる。


「えっ、でも、私が1年2組で聞き込みしたときは、誰も屋上には行っていないって……」


「柏木が嘘をついたのさ」


 英二は得意満面だ。その小さな体が膨れ上がる自尊心で破裂したとしても、俺は一向驚かなかっただろう。


「柏木は俺にべらべら喋った後、急に不安になったんだ。もしかしたら、自分は連続突き落とし魔に間違えられるような、とんでもないことを口走ってしまったのではないか、とな」


 それで日向には話さなかったというのか。その、柏木悠美って子は……。英二が癖毛を撫で上げた。


「美又先輩の言う『小柄な女』という条件にも、柏木は符合する。しかも屋上には自分一人しかいなかった、とまで証言した。スケッチも見せてもらったが、確かに屋上からの風景画が描かれていた。後の推理は簡単だ」


 両手を広げて目を閉じ、まるでオペラ歌手のように語る。自己陶酔の色があった。


「柏木はアリバイを作るため、屋上でさっと手早く風景画を描いた。そして階段を下り、2階の防火シャッター脇の扉に張り付く。時間が経ち、美又先輩がやってきて階段を下り始めたところで、背後から思いっきり突き落とした。スケッチブックや道具は持って逃げたんだろう。1階へと逃れたのは、俺やお前らが2階と3階に張り込んでいることに気付いていたからだ……」


 英二は目を見開いた。彼にしか見えない満員の観衆から、盛大な拍手を全身に投げかけられているみたいだった。


「どうだ。これから俺と結城は美術室へ行き、柏木を追い詰める予定だが、お前らも来るか? もっともその場合、勝負は俺たちの勝ちと認定させてもらうがな」


 奈緒が真っ先に立ち上がった。ほぞを噛むような顔が、はらんだ屈辱を端的に表している。


「いいわ。行きましょう。負けるにしても、最後を見届けたいわ」


 俺と日向も後に続く。


 しかし純架だけは折り紙で力士を作るのに熱心だった。


「僕はいいよ。君たちだけで行ってきたまえ。ここで待ってるよ」


 そして一人寂しく紙相撲を始めた。手製の土俵の左右を叩き、「頑張れ白鵬(はくほう)! 負けるな大鵬(たいほう)!」と夢の試合を器用に演じる。


 こいつ、本当に高校生か?




 美術室前に到着した俺と奈緒、日向、英二に結城の5人は、部員の悠美を呼び出した。


「何ですか?」


 廊下に現れた悠美は、英二の姿に既に(おび)えていた。自分が彼に『当日屋上にいた』と喋ったことが、どうやら自分に嫌疑がかかる失態だったと認識しているらしい。


 英二の方が背が低いため見上げる格好となっている。それでも威圧感はあるらしく、悠美はたじろいで震え上がった。


 英二が彼女のすくみきった顔に人差し指を突きつける。サスペンスドラマのクライマックスよろしく、彼は強烈に睨みつけた。


「お前が『生徒連続突き落とし事件』の犯人だな、柏木」


 ずばり言い切った。柏木は目をしばたたいた後、その言葉の意味を理解して後ずさった。


「ち、違います!」


 壁に背中が着く。それ以上後退できないと知って悠美はうろたえた。


「なんで私が犯人なんですか! 支離滅裂(しりめつれつ)もいいところ……」


「もうお前しかいないんだ、美又先輩を突き落とせそうな人間はな」


「知りません! 私がそんな酷いことするわけないでしょう!」


「吐け!」


 英二の声に熱がこもった。


「見苦しいぞ、今更じたばたするな! 今認めれば自白で罪が軽くなるんだぞ。この好機を逃すな!」


「いい加減にしてください!」


 (らち)が明かない。俺はだんだん英二の考えに自信が持てなくなってきていた。こうまで否定されると、もしや間違いではないかとの疑念が胸中でとぐろを巻く。


「さっきから何を騒いでいるの?」


 美術室の扉が開き、美術部顧問の金近優子(かねちか・ゆうこ)先生が姿を見せた。天然な性格で知られる教師だ。悠美は涙を振りまいて彼女の胸に飛び込み、けたたましく泣く。金近先生のボリュームある胸が揺れた。


「あらあら柏木さん、どうしたの?」


「先生、この人が私を犯人扱いするの!」


 英二は悠美の背中を視線で焼き尽くそうとするかのようだ。金近先生に抗議の声を投じる。


「最近はびこる生徒突き落とし魔がその女なんですよ、先生」


「あらまあ」


 金近先生はとぼけていた。ほんわかと笑う。


「でも勘違いでしょ? この子、そんな悪いことする子じゃないもの」


 悠美を落ち着かせるようにその髪を撫でる。少し生真面目な顔になった。


「君たちの考えは間違ってるから、また家に帰って検討してみて。女の子を泣かすなんて男として最低よ、君。反省しなさい」


 英二は弾力あるマシュマロのような女教師に食い下がる。


「でも聞いてください、先生」


 英二は自分の捜査の過程を端的に説明した。


「……というわけで、当日屋上にいたのは柏木だけなんです。彼女こそが犯人なんです」


「あら? でも……」


 金近先生は頬っぺたに人差し指を寄り添わせた。


「その日は柏木さん、屋上からの風景画を描いてこの1階の美術室まで持ってきたわよ。突き落としの騒ぎはその後だわ。柏木さん、美術室にずっといたわよ」


 英二は気の毒なぐらい青ざめた。急に息苦しくなったか、首に巻きつくネクタイを緩めて隙間を作る。


「そんな馬鹿な」


「馬鹿も何も、それが事実だし」


 金近先生は柔らかく微笑んだ。どこまでも掴みどころがない人だ。


「捜査、頑張ってね。早く真犯人が見つかるといいわね」


 泣きじゃくる悠美を保護するように抱え、金近先生は美術室の扉の向こうに消えた。事件解決の糸口がぷっつり途切れた瞬間だった。


 残された俺たちは愕然と佇立(ちょりつ)するより他にない。目の前で閉まった扉が無慈悲に思えた。


「彼女が犯人でないとすると……一体どうやって犯人は美又先輩を突き落としたんだ?」


 英二の独語に俺は共鳴せざるをえなかった。




 階段の踊り場に竹刀を突いて立っている先生方に挨拶しながら、俺たち『探偵同好会』は1階に下り、下駄箱で靴を履き替えた。駅までの短い距離を4人で歩く。


 俺は無念の思いのまま、胸底を悲嘆で一杯にした。


「純架が前に言ってた『時には捜査の努力実らず』って言葉、どうやら今回は的中しそうだな。正直もう解決の見込みがない。確かにストレスが溜まるな、これ」


 奈緒はほぞを噛む思いのようだ。


「三宮君に負けはしなかったけど、勝ちもしなかったわ。やっぱり悔しいわね」


 日向は愛用品のカメラをいじっている。やるせない気持ちは彼女も一緒のようだった。


「とりあえず中間テストに向けて勉強ですね、私たちは。それが学生の本分ですし」


 純架は足を運びながら紙飛行機を作っている。出来が良かったのか、『アストロコンコルド』と小学生のような名前をつけてはしゃいでいた。


「問題は犯人が次の凶行を犯す可能性さ。放課後は先生方が階段を見張ってくれているけど、昼休みや授業中はそういうわけにもいかないからね」


 俺たちはぎょっとした。


「おいおい、犯人がまたやらかすってのか?」


「さあね」


 純架は前方に紙飛行機を投げると見せかけて、俺の胸に叩きつけた。


「やった! 5兆点!」


 的じゃねえよ。大体5兆点って何だよ。どんな競技だよ。




 渋山台高校は中間テスト直前だった。どの授業もそれを見晴るかす内容に切り替わり、生徒たちは真剣な表情で黒板に書かれるヒントをノートに書き留めていった。


 ここ最近天気がいいのは結構なことだが、その分暑さが身に染みて、教室には汗の匂いが充満していた。それを吹き飛ばしてくれるのは、開いた窓から注ぎ込まれる乾いた風だ。窓際の席の生徒たちは、熱い陽光と涼しい風のサンドイッチを腹いっぱい食べさせられ、羨望(せんぼう)と気の毒が入り混じった複雑な視線を浴びるのだった。


 昼休み、純架は教室にいなかった。いつの間にか弁当も食わず出ていったらしい。何か用があったのだろうか? それで俺は親友の岩井や長山と食事を共にしていた。この3人なら話は馬鹿っ話になる。俺はげらげら笑って楽しい時を過ごした。


 一方英二は意気消沈といったていで巨大なロブスターをカットしている。捜査が失敗しても弁当の豪華さは変わらないのだ。(うらや)ましい奴。


 そういえば奈緒の姿が見えないが、1組で日向と昼食を摂っているのだろうか。まあとりあえず、まずはのどかな昼下がりだった。


 そう、甲高い悲鳴と、それに続く衝撃音が空間に亀裂を入れるまでは。


「何だ?」


 いや、問うまでもない。誰かが階段から転げ落ちたに決まっている。英二が弾かれた虎のような俊敏さで教室を出て行く。俺もパンを放り捨てると、くつろぎと仲間を置き去りに階段へ全力で駆けていった。


 跳ぶように下りていくと、2階から1階への中間踊り場に二人の女がいた。片方は俺のよく知る人物だった。


「飯田さん!」


 奈緒が女生徒を介抱しているようだ。英二は興奮のためか上ずった声で尋ねた。


「おい飯田! 何があった!」


「この人が突き落とされたのよ!」


 女生徒は涙を流しながら、太ももを押さえて激痛にうめいている。最低でも骨にヒビが入ったことは確実なようだ。奈緒は彼女のそばから英二に要請した。


「先生を、早く!」


「私が!」


 結城が請け負って職員室へ走っていく。俺と英二は中間踊り場に靴裏を接吻させた。英二が女生徒を観察しつつ問いかける。

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