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ケンジ

「あ、ケンジ、おはよう」

「おはよう」

 水曜日の朝、母さんはいつものように、リビングでコーヒーを飲んでいた。

「もう朝ごはん食べる?」

「うん」

 母さんはお皿にフレンチトーストを2枚載せて、テーブルに持ってきてくれた。

「あのさ」

「ん?」

「やっぱり、ただの夢だったみたいだ」

「夢って、上履き隠しの?」

「うん。昨日、犯人がわかったんだ」

「そう、良かったわね」

 今にして思えば、狐につままれたような気分だ。

 俺は家を出て、学校へ向かった。




 いつもより少し早く着いたけど、こんな時間でも、校庭では縄跳びをして遊んでいる奴が何人かいる。

 東校舎の玄関の下駄箱は、男女別にあいうえお順に並べられている。こんな早くから教室にきている奴も結構いるんだと、収まっている運動靴の多さでわかる。

 俺はプーマの運動靴を脱いで、下駄箱にいつも通り収まっている上履きに履き替えた。

 下駄箱を過ぎて廊下を左に進むと、一番奥の教室が3年1組。

 ぼーっとしている奴もいれば、最近おはスタで放送が始まった『デュエル・マスターズ』の話をしている奴もいる。

 タカヒロはまだ来ていないみたいだった。

「あ、ケン君」

 ユカだ。

「昨日のことなんだけどね。ケン君がいなくなった後……」

「うん、ヒロミに聞いたよ。アヤネが全部話したんだって」

「あ、もう知ってたんだ。良かった。でも、大変だったね」

 すごく大変だった。

「アヤちゃんに謝ってもらわなくていいの?」

「いや、もういいよ。早く忘れたい」

 俺は本心でそう言ったけど、ユカは怒っているようだ。

 その時、

「あ、アヤちゃんおはよう」

「おはよー」

 その声を聞いて、ユカが叫ぶ。

「アヤちゃん! こっち来て!」

 良いって言ってるのに。

「なに?」

「『なに?』じゃないじゃん。 アヤちゃんのせいでケン君がどれだけ……」

「ごめん」

 アヤネが呟いたから振り向くと、やはりいつものように、まっすぐ俺の目を見ていた。

「もう、良いよ。名乗り出てくれて助かったよ」

 あれはそれなりに勇気が要っただろうと俺は思っていた。あの時アヤネがああやって叫んでくれなかったら、俺は今でも自分を責めていたかもしれないし、クラス中から変態だと思われていたかもしれないんだ。

「良かったね、ケン君優しくて」

「ありがとう」

 タッタッタッ

「はぁ、はぁ、はぁ」

 タカヒロだ。

「ケンジ、僕さ」

「よお」

「悪かった。昨日、あんな言い方して」

「ああ、あれはもう」

「違うんだ。僕は、本気でケンジが変態だと思ってたんじゃなくて……」

 当たり前だろ。なに言ってるんだ。

「怖かったんだ。自分が犯人にされると思って」

「でも、誰もお前のこと疑ってなかっただろ」

「それがさ……」

 そう言ってタカヒロは、アヤネに目を遣る。

「アヤネ、あの時、密告用紙になんて書いた?」

『密告用紙』……? なんのことだろう。

 それを聞いたアヤネは一瞬驚いたようにした後、「耳貸して」と呟いて、タカヒロの耳元で囁いた。

 タカヒロが同じようにして囁き返す。

 アヤネはタカヒロの右手を彼女の左手で取って、彼の掌に人差し指で字を書いているようだった。

「あぁ、やっぱり」

 安心したようにタカヒロが言う。

「昨日、親に連絡網見せてもらって、ヒロミの漢字確認してさ、『もしかしてこれか』って……やっぱりそうだった」

「ケンジ、あのさ、僕の名前の『弘』って言う字、『弓』にカタカナの『ム』なんだけどさ、あれヒロミの『ヒロ』と同じなんだ」

 混乱する俺の耳元に、アヤネが筒を作るようにして両手を置いて、筒の反対側から俺の耳に声を吹き込んだ。

「おとといケンジ君が休んでた時、先生が密告用紙配ったの。それで、私がその、ヒロミの名前を書いちゃったから、その『弘』の字をタカヒロ君が見ちゃったんだって」

「お前、そんなことであんなに慌ててたのかよ。マジダッセーな」

「け、ケンジだって、あんなに取り乱して、お前自分がやったと思い込んでただろ」

 言われてみれば、お互い様だった。




 放課後、俺はいつも通り、タカヒロと一緒に駅の側道を歩いた。じつに8日ぶりの『いつも通り』だった。

「今日さ、うち来てチョコボレーシングやろうぜ」

「ごめん、今日はピアノ……」

 タカヒロがそう言いかけた時、サイレンが聞こえた。

『こちらは世田谷区役所です。光化学スモッグについてお知らせします。ただいま光化学スモッグ注意報が発令されました。外出や屋外での運動、お急ぎでない方の自転車の運転は———』

 その瞬間、頭の中でなにかが弾けた。先週の水曜日、9月8日も、俺はこの放送を聞いていたんだ。あの日は注意報が出ていたから、誰も外でドッジボールなんてやってなかった。遊びたい奴は体育館に行ったけど、俺は気分が乗らなくて、こいつと教室に残ってぼけっとしてたんだった。俺は下駄箱にも行っていないし、水槽にも、校庭にも行かなかったんだ。

「……よし、やろう。久しぶりに!」

「ピアノは?」

「光化学スモッグ注意報出てたら、休みなさいってどうせ言うからさ、うちの親。外で運動するわけじゃないのにね」

「よっしゃ。エディットキャラ禁止な!」

「は? エディットキャラありでやろうぜ」

「んー、じゃあ両方やろうぜ。合計勝ち数で勝負な」

「なんでもいいよ、僕が勝つから」

「うっざ。絶対後悔させてやる」

「先生、遠藤さんの上履きがありません!」は、第9話「ケンジ」をもって完結といたします。

どのくらいの方に読んでいただけたかわかりませんが、感想、評価、レビューなど少しでもいただけると幸いです。

最後まで読んでいただいて、どうもありがとうございました。

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