第二話 競争期間の幕開けに、血はまた流される
五日間も開いてしまいましたが、次話投稿します。
せめて隔日くらいのペースで投稿していきたいと張り切っておりますが、どうなることやら。
ゼケンたちのパーティーへと、エナのピスティー通称“ナルシス”が加わった。
これでパーティーのメンバーは四人となった。
あと一人。
あと一人仲間を見つけることができれば、パーティーが完成した。
晴れてゼケンたちのパーティーも、競争期間こと“三つの褒賞争奪戦”へと参戦できた。
「決まりね! 歓迎会しましょう! ナルシスも私も前途を祝福されなくっちゃあ縁起が悪いと思わない!?」
フェルリがここぞとばかりに調子のよいことを言った。
彼女は防具なしの一文無し。
ここ最近は朝、昼、晩。食事時を迎えるたびに知人の元へ姿を現し、彼らの料理を脅かすのを日課にしていた。
つまり餓狼だったのである。
昨日の祝賀会でそれなりに料理を食べていたとはいえ、それでも餓狼。
食事にありつける機会は死に物狂いでものにしようとするのだ。
「私の猫耳が不思議なささやきを聞き取ったわ! “祝え”ってね! きっとお祭り好きでいい匂いのする春の神フェニックスのご託宣よ! それに私たちってば前途有望! これから狩猟活動でしこたま稼ぐつもりなんだから、こんなところで出費に怯える必要なんてないもの!」
「バカ言え。出費が怖くないのはお前が一文無しだからだ」
要はフェルリはゼケンたちにたかろうとしているのである。
貧乏人に神の御意思まで持ち出してたかろうというのだから、性の悪い女である。
「あら。せっかくですし、お祝いを催すのはよいことだと思います」
ピスティーはフェルリの提案のほうに乗っかった。
彼女は結構金銭感覚がゆるいのだ。
「でも、昨日の今日だぞ?」
「いいえ。昨日の祝賀会は、私たちのものではありませんでした」
ピスティーは信者に教えを説く司祭のような顔になっている。
「この日のお祝いこそ、フェニックス様のお垂れになった祝祭です。私たちのパーティーの前途を祝そうではありませんか、ゼケン」
「決まりね。ナルシス。あんたも金出しなさいよ」
守銭奴染みたフェルリの催促に、純心の美少年ナルシスは対照的な答えを寄越した。
「……あ……ごめんよ。お金は、エナの為に、取っておいてあるんだ」
“ここにいない女の為”という彼の話に、ピスティーは感銘を受けたような顔。
フェルリは“ヘッ”と鼻で笑う顔になった。
「だったらこれは洗礼とでも思うのね? “エナ”からあんたが自立する第一歩ってわけ。大体エナだってあんたが独り立ちするよう促したのかも知んないわよ? あんたが頼りになる男なら、その子の隣は今でもあんたのものだったりしてね」
「ぼ、僕は……君の言うとおり、頼りないけれども…………」
「おいナルシス。こんな女の言うこと真に受けるな」
ナルシスはフェルリの舌先三寸の指摘にも、危ういほどの素直さで顔を弱らせている。
「……僕が、頼りなかったのが、いけなかったのかい? …………エナ、教えて欲しいよ……」
ナルシスはまるでガラス細工の体を与えられたピスティー。
非現実的なほど優美だが、弱肉強食の現実世界では、愛でられ、食べられ、弄ばれるばかりの壊れ物。
猫耳生やした餓狼に捕まり、骨の髄までしゃぶられようとしていた。
『エナに認められたいんでしょう?』
『じゃあもっと頑張れるよね?』
『勇気と自信を買い取るのよナルシス。しけた小銭を出し渋る男に、エナは振り向いちゃあくれないわ』
料理屋はナルシスが男を磨く場所になった。
彼の巾着財布のヒモは、フェルリがささやき掛けるたびに緩んだ。
彼のヒモがいくら緩もうとも、一文無しの腹が膨れるだけだったのに。
「なあナルシス。お前はもうちょっと、人を疑わないとダメだぞ?」
さすがにゼケンも心配になったので、ナルシスに忠告した。
「平気だよ、ゼケンヴリオス。僕をあまり、見くびらないでおくれよ」
ナルシスはほがらかな笑みを浮かべている。
のんきに笑ってる場合じゃないぞ、とゼケンは言いたい。
「あの猫人族の言う事に付き合ってたら、一週間後には、お前はすかんぴんだ。あいつ俺たちに隠れて、お前をカジノにでも連れてくんじゃないか? ダメだぞ付いてっちゃ」
「わかっているよ。……ありがとう。心配してくれているんだね?」
ナルシスは女ならドキリとするであろう流し目を寄越した。
「僕だって、無垢な天使というわけじゃないんだよ。フェヴルアリオスの話す事を、卑しく疑う汚い気持ちも、持っているのさ。――それでも、エナのことを思うと……一縷の望みにも、懸けてしまいたくなるのは、人の悲しい性だね……」
「あの女の言う事に、一縷の望みだってあるもんか」
「愛は人を盲目にする」
美少年は歌うように言った。
「愛は誰にも、自分にすら……止められない。それは、ステキじゃないかな?」
ゼケンへと問い掛けたナルシスの両目は、とても綺麗だ。
それはきっと、美しい幻想以外のものを映そうとしないからなのだろう。
「お前、全然反省する気ないな……」
「反省なんて。……エナへの愛を囁く事が、この世界での、僕の生きる意味だ」
ゼケンは頭上の狼の耳をおさまえた。無言で。
耳を塞いだのか頭を抱えたのか、自分でもよくわからなかった。
フェルリとピスティーは心行くまで昼食を楽しみホクホク顔。
ナルシスはうっとり。
ゼケンだけがなぜか一人悩ましげ。
四人は奇妙な組み合わせの表情をしたまま、学校へと戻ってきた。
鉄格子の勝手口をくぐり抜けると、学校の中庭には、生徒たちが集まっていた。
人が多いくせに奇妙に沈んだ雰囲気である。
ゼケンはいやな予感を覚えながら、彼らのそばへと近寄った。
「ジオ。どうかしたのか?」
ジオは同じ掘っ立て小屋に寝泊りする少年だ。
普段は快活な彼なのだが、今はいつになく、顔を深刻そうにしている。
見れば、中庭の生徒たちの中心では、四人の生徒が泣いていた。
「あいつら、魔境にさ。仲間置き去りにしちまったんだとよ……」
ゼケンは全身がゾッとあわ立った。
「げっ。マジで?」
フェルリが不謹慎なほどの素直さで驚いていた。
ゼケンの脳裏をサッとよぎったのは、キトリノののんきな笑顔だった。
いかにも魔境に置き去りにされそうな、どん臭い少女だと思っていたのだろう。
「俺の知ってる奴か? 名前は?」
「トリア」
ゼケンの心配は杞憂。知らない名前だった。
ピスティーたちを振り返ると、三人も首を横に振ったり、知らないという顔。
残酷だろうか? ゼケンは知人が死んだのではなかったと知ると、それだけでもう、少し安心していた。
「それで、どうなったんだ?」
「まだなんも知らせは、届いてねえけどな……」
ジオの顔は、“望み薄”という悲観の薄皮で覆われている。
魔境地帯の入り口には、人の出入りを管理する為の小砦がある。
冒険者たちの休憩場所も兼ねた施設で、常にベテランや高ランクの冒険者が、1パーティー以上常勤している。
非常事態に備える為だ。
今回のように、魔境へ侵入したパーティーが、仲間を置き去りにしてしまった。
あるいは魔境に入ったパーティーが、帰還予定の時間を大きく過ぎても戻らない。
このような事態が生じた場合は、小砦のパーティーが救出隊となり、魔境内を捜索する。
運がよければ、置き去りにされたその生徒も、救出隊の手で助け出されるはずだ。
「心配ですね」
ピスティーが手を握ってきたので、ゼケンも握り返した。
「そうだな」
仲間を置き去りにしてしまった四人は、ファリアスへと抱き付いて泣き喚く者もいれば、不吉な知らせに今から身構えるように、身じろぎ一つしない者もいる。ぶつぶつと呟きを発し続ける少年の表情は、悔やんでも悔やみ切れないという感情で占められていた。
無理もない。仲間を魔境に置いてきてしまったのだ。
その罪悪感は、想像に余りあるものがあるが、反面手に取るようにわかる気もした。
明日は我が身か。
周りの生徒たちは彼らの様子を見守りながら、誰一人この場を立ち去ろうとしない。
世界は彼らに残酷だ。
居た堪れない空気の中庭へ、更なる凶報が飛び込んできた。
生徒が一人、中庭への勝手口をくぐり抜けるなり、声を張り上げたのだ。
「もう1パーティーだ! テタルティのパーティーも一人死んだってよ!」
中庭を、生徒たちのどよめきが席巻した。
中庭へはテタルティのパーティーの手により、棺桶が運び込まれた。
棺桶の中の遺体を見るなり、生徒たちは学友の死に狼狽の声を上げた。知り合いだった者たちの中には泣き出す者もいた。
死んだ少女は、女ながらに前衛をしていた生徒。
ゼケンの知らない生徒だった。
その遺体は血と傷で汚れてこそいたが、眠っているように自然に見える。
このあと、夕方のレーベの鐘が町中で鳴り響いたころ、学校へ、置き去りにされた生徒の死亡が確認されたという知らせが届いた。
生徒の死体は右下腕と装備以外は、集めるのが難しい状態だったらしく、回収されなかったとの事だ。
競争帰還二日目。
朝。ファリアスとティーティス、二人の教師の呼びかけにより、生徒は全員中庭へと集められた。
話を聞かせる為だ。
昨日犠牲者を出した2パーティーに、いったいなにがあったのか。その時の状況説明を聞かせる為の集合だった。
この世界は、時々ゼケンたちに容赦のない一面を見せる。
この日、岩の壇上へと上ったのは、教師ではなく、生徒だった。
仲間を死なせたパーティーで、リーダーを務めていた生徒だ。
仲間を死なせてしまった時の状況は、年端も行かない彼らの口から、直接説明させられた。
まるで処刑台のようだった。
リーダーはたった一人、五十人以上の生徒たちの前で、仲間を死なせた失敗の説明をさせられるのだった。
三人の仲間が岩の下にいたとはいえ、岩の上は少年一人だけだ。
五十二人の生徒が向けるのは“仲間を魔境に置き去りにしたリーダー”という容赦のない軽蔑の眼差し。
壇上の少年は、足がガクガクと震えている。
最初に岩の下にいたファリアスが、簡単な状況説明をしてくれた。
壇上の生徒へのせめてもの手助けだったろう。
「パーティーは五人編成! 剣士、剣士、白魔術士、|精霊使い、神官! 三度目の戦闘で、敵はクマ三頭!」
白魔術士とは光属性を得意とする魔術士の通称だ。
ファリアスが壇上の生徒へと頷きかける。
岩の上で震え上がっている生徒は、声まで聞くに堪えないものになっていた。
話すほうにとってはもちろん、聞くほうにとっても辛い時間だった。
「…………クマに、三頭も、出会ったの、初めてだったし……」
「もっと声を大きく! 頑張って!」
ファリアスに励まされると、岩の下の仲間たちも『頑張れ』だのと声を掛けた。
壇上の生徒は自分でも気付いているのかどうか。
目から涙がこぼれ始めている。
「俺たち…………怖くなっちゃって……逃げるかって、相談する暇も、なくって……そしたら、マヴロがっ、きついの……食らっちゃって……」
「マヴロは精霊使い! 名前だけでなく職能も! みんなわかんないからね!」
壇上の生徒はコクコクと頷き、額の汗を拭うように涙を拭った。
「マヴロが、悲鳴上げて……逃げ出したら……もう…………頭、真っ白になっちゃって、逃げ出して、俺も……後ろから…………トリア、剣士の……声してたんだけど……もう、意味わかんなくなってて……みんな……」
一度逃げ出してしまうと、クマが三頭もいるであろう場所に戻るのも怖くなってしまった。
トリアが死んでいるのではないかと、怖くなってしまった。
残りの四人は、前衛一人を置き去りに、魔境を出る事しか考えられなくなっていたという。
少年は生徒たちの目の前で泣き出してしまった。
少年が誰に向けたものなのか、『ごめんなさい』と何度も謝っていた。
謝罪の声が中庭の空気を揺らすたびに、重苦しい空気が試練となり、生徒たちの両肩へのしかかった。
一人目のリーダーの状況説明が終わると、二人目が岩の上へ上った。
こちらのリーダーは、最初のリーダーとは打って変わって、淡々とした話しぶりだった。
起こった現実がまだ信じられないという顔をしていた。
少年は岩の上へと立たされ、生徒たちから注目されても、夢でも見ているような感情の抜けた顔をしていた。
少年の話によると、危ないと思った時には、手遅れになっていたらしい。
人食いキノコの一群を相手に、前衛に少し無理をさせた。
神官が回復しようとしたのだが、敵の妨害を受け、中々前衛へと近づけない。
キノコたちの攻撃が、その前衛へと集中し始め、前衛の声が焦り始める。
しかし神官はキノコたちに阻まれ、前衛へと接近できない。
すると前衛のグレイスが0になり、死んでしまった。
「こんなにあっけなく死ぬなんて、思わなかった。多分、死んだ本人も、最期まで自分が死ぬなんて思ってなかったと思う」
リーダーの少年は、最後まで呆然としていた。
競争期間二日目の朝の事だった。
競争期間一日目。狩猟活動へと出かけたパーティーは、合計4パーティー。
二つのパーティーが、二人の死者を出して帰った。
ゼケンたちの競争期間の始まりは、このような結果から幕を開けた。
“前期は三人に一人が死んだ”。
一日目にして二人の死者を出し、今期の生徒は残り五十六人。
不吉な三ヶ月と三週間の競争期間は、二日目を迎える。
悲劇はまだ、始まったばかりだった。