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令嬢たちのざまぁコレクション(大体一話完結/短編集)  作者: リーシャ


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76/93

76時間をお金に変えて、お金が時間になる世界で命を命に変えられていたと知る女の復讐は、奪い返して奪うことだった。命を時間に変えられて真に愛していた女に捧げられていた

時間を奪える世界

 彼との婚約は誰もが羨むものだった。彼は仕事もルックスも完璧でいつも優しい。愛する彼のために自分の時間を惜しみなく差し出した。

 デート代、彼の趣味、たまに無理して時間を稼いで、全部彼に捧げ。でも、気づけば彼の態度は冷たくなっていた。


 時間を差し出しても「ありがとう」の一言もなく、いつしか二人で過ごす時間もなくなっていて。彼の家を訪れたこちらを出迎えたのは、見知らぬ女性。

 彼女は彼が以前から病気だったこと、彼を救うために時間が必要だったと話す。


「彼の命を救うために時間が必要なの。あなたから受け取った時間は全部私が使ったわ」


 彼女は嘲笑を向けた。愛の証として捧げた時間が、彼の命を救うためではなく彼の浮気相手の命を繋ぐために使われていたこと。

 彼の病も彼が私から時間を受け取るための嘘だった。愛する人に裏切られ、自分の命まで奪われていたことを知る。


 絶望の淵に突き落とされ、残された時間はわずか。このまま死を待つのか。彼の家を出た後、ただ歩いた。

 街の喧騒も色鮮やかな光も私にはただのノイズにしか聞こえない。愛の証として捧げた時間が、憎むべきライバルの命を繋いでいる。

 事実が心を切り裂いた。彼に裏切られ、命まで奪われる。残された時間はわずか。このまま何もせず枯れていくのを待つ?


 いいや、違う。絶望とは違う、熱い感情が燃え上がった。怒り。

「絶対に、許さない」


 立ち止まり、強く拳を握りしめた。時間を奪った彼と時間を消費している彼女。被害者として死んでいくなんて、まっぴら。

 失うものはないと、裏社会の情報を探した。表向きは法律で厳しく管理されている時間の取引も、裏では違法な売買が行われていることを知っていたから。


 裏路地のバーや怪しげな店の情報を集め、辿り着いたのは、暗く湿った地下にある診療所。いたのは白衣を着た、顔色の悪い男。彼は話を聞くと嘲るように笑う。


「奪われた時間を取り戻す? 不可能だ。そんなことができれば、みんな苦労しない」


「でも、何か方法があるはず。時間を逆流させる方法とか、時間を盗む方法とか」


 必死な訴えに、男はふっと表情を変えカウンターの奥から古びたファイルを取り出した。


「一つだけ方法がないわけじゃない。だが、とてつもなく危険でな。成功すれば時間を奪い返せるが、失敗すれば持っている時間さえすべて消滅する。死ぬぞ?」


 迷わず頷いた。


「やる。方法を教えて」


 失うものなど、何もなかった。愛も時間も全てを奪われ、残されたのはただ一つ。時間を巡る復讐心。男が渡してきたのは古びた羊皮紙。

 奇妙な文字と複雑な図形が描かれている。男は白衣のポケットから小さなナイフを取り出すと、差し出した。


「これを心臓に近い場所にあてて儀式を。時間を取り戻すには、それなりの覚悟がいるんだ」


 迷うことなくナイフを受け取った。失うものなど何もないからなんでも構わない。儀式は街外れの廃墟で行う。地面に描かれた図形の中央に立ち、ナイフを胸に押し当てる。


「これは、お前の時間を取り戻すための儀式。奪われた時間がどこに、どれだけ流れているかお前の魂が知っている。それを無理矢理引っ張り出す」


 指示に従い、目を閉じた。最初は頭の中に二つの光が見えた。一つは、自身の命の光。弱々しく今にも消えそう。

 もう一つは遠い場所で輝く、強い光。それが奪われた時間であり、今浮気相手の命を繋いでいる光だと直感。


「引き戻せ! お前の時間だ!取り戻せ!」


 男の声が響くと意識を集中させ、遠い光を掴もうと手を伸ばした。呼びかけを拒むように激しく抵抗する。別の誰かの意志が光を守っている。


「くっ……!」


 歯を食いしばり、必死に光を引っ張る。光の中から見知らぬ女性の声が聞こえてきた。


「やめて……お願い、やめないで……!」


 それは、時間を消費している浮気相手の悲痛な叫び。自分の命をかけた復讐かそれとも、他人の命を奪うという罪悪感か。

 躊躇したその一瞬で婚約者の優しい笑顔と、裏切りの言葉がフラッシュバックする。


「私の時間を返してもらう!詐欺師!」


 叫び、魂の力すべてを込めて光を強引に引き裂く。意識が戻ると地面に倒れていた。体中に熱い血潮が巡っていくのを感じる。

 失われかけていた命の光が再び力強く輝き始めた。同時に胸の奥に見知らぬ女性の悲しい感情と、断片的な記憶が流れ込んでくる。


 奪ったのは自分の時間だけではないことを知った。ひっついていたから、一緒に引っ張られてきたらしい。


「成功したな。新しい時間はあるな」


 男は言って手を差し伸べた。彼女はもう時間を奪われた被害者ではない。これからは時間を奪う側として、生きていかなければならない。

 男の診療所を出た後も体の震えが止まらなかった。命の光が満たされていく感覚と同時に、胸の奥に渦巻く見知らぬ感情。彼女が奪った女性の記憶と感情。


 ふと、頭の中に鮮明な映像が流れ込んできた。窓から差し込む夕日。ベッドに横たわる顔色の悪い女性。隣で、彼女の手を優しく握る婚約者の姿。


「君の命は僕が必ず繋ぐ」


 微笑む彼の顔は、彼女に向けていた優しい表情そのもの。彼にとって女性も彼女と同じくらい大切な存在。

 いや、違う。彼は時間を奪い別の女性に与えていた。それは二人の愛が、どちらも本物だったことを示している。裏切り。


「時間を奪うということは、その人の人生の一部を奪うことだからな」


 耳に男の声が蘇る。


「お前は奪った時間だけではなく、奪った人間の記憶や感情も背負うことになる。次に時間を取り戻す時は覚悟しておけ。もっと大きな代償を払う」


 被害者ではないことを痛感した。もう、婚約者に裏切られただけの女ではない。

 他人の命を奪う時間泥棒。立ち止まるわけにはいかない。時間を奪われた事実は変わらないのだし。


 彼の裏切りも彼女の命を危険に晒したことも、変わらない。自業自得。奪われた時間を取り戻し、複雑な真実の全てを明らかにする。

 クラクションの煩い街の中、再び歩き出した。胸には怒りと見知らぬ女性の愛が渦巻いている。二つの命と二つの愛を背負い、戦う。街の明かりが灯る頃、地下の診療所を出たのち。


 奪われた時間が満たされ、体は再び力に満ちていく。彼とあの女性の記憶が渦巻いていた。


「君の命は僕が必ず繋ぐ」


 優しい声が頭の中で何度も繰り返される。あの声は決して嘘ではなかった。本当に、彼女の命を救いたかったのだろう。

 しかし、そのためにこちらの命を奪うという究極の裏切りを選んで。宿る二つの感情に戸惑っていた。


 一つは彼への激しい怒り。もう一つは彼を心から愛する女性の純粋な想い。


「どうすればいいの?」


 街の喧騒の中、立ち尽くした。復讐を果たしたい。先に待つのは愛する人を救おうとした女性の、命の終焉。スマートフォンに見慣れないメッセージが届いた。差出人は例の時間泥棒を指南した男。


「時間を奪われた人間は稀に時間の流れを視る能力に目覚めることがある」


 メッセージを読んだ瞬間、視界が歪んだ。街を歩く人々。頭上には、残り時間を知らせる数字がぼんやりと輝いている。視界には時間が過去から未来へと、複雑な光の線となって流れていくのが見えた。


「これは?」


 彼女の胸の中に復讐心でも、罪悪感でもないものが生まれる。力を使えば、失われた残りの時間を追うことができるかもしれない。

 なぜそこまでして、女性の命を繋ごうとしたのか真実を知ることができるかもしれない。光の線が渦巻く夜の街へと踏み出した。

 街の明かりが視界の中で複雑な光の線となって流れていく。人々の上を過去から未来へと伸びる、無数の時間の光。


「これが、時間の流れ?」


 戸惑いながらもその中から一つの光の筋をたどる。命から引き裂かれ女性に流れていった、奪われた時間だ。光の筋は街の中心部を抜けて高級な私立病院へと続いている。

 向かう先が一つの終点であるかのように、止まっているのを感じた。病院の最上階。豪華な個室の扉の前で彼女は立ち止まった。


 扉の隙間から見えたのはベッドで静かに眠る、女性の姿。

 彼女の命の光は一目でわかるほど弱々しく、今にも消えそうだった。女性の手を握り、やつれた表情で眠りを見守る元婚約者。

 完璧だった彼の姿はそこにはなく、憔悴しきった一人の男がいた。光景を見た瞬間、彼女の頭の中に新たな記憶が流れ込んできた。


 女性が幼い頃に命をかけて彼を助けた記憶。命の恩人に「僕が必ず、君の命を繋ぐ」と誓った過去の出来事。


「……そうだったの」


 裏切りは単純な浮気ではなかった。命を救うという一つの約束。怒り、悲しみ、理解が入り混じった複雑な感情に襲われた。

 自分の時間を奪われた憎しみと愛する人を救おうとした彼の、悲壮なまでの決意。命が消えかかっている女性の静かな横顔。

 彼女の復讐はもう時間を奪い返すだけでは終わらない。複雑に絡み合った運命の糸をどう解きほぐせばいいのか。


 裏切りは裏切り。扉の前で立ち尽くしたまま答えを探していた。事実は彼女の心を一瞬だけ揺るがしたが、すぐに感情は激しい怒りへと変わる。


「誰かを救うために、誰かの命を奪うなんて許されるわけがない」


 ましてやそれが自分。誰でもよかったのに。優しさは彼女の命を奪うための残酷な嘘だった。時間は彼女の人生は彼にとって道具。憎しみを新たに生む。

 悲壮な独りよがりな決意など関係ない。奪われたものは、奪い返す。それが生きるために選んだ道。すぐに男に連絡を取った。


「時間を奪い返したいの。全部。残りと利子も」


 電話口の男は嘲るように笑った。


「そのために、お前は命を奪うことになる。それでもいいのか?」


「構わない。私だって命を奪われたんだから」


 男は少し驚いたようだったが、すぐに冷静な声で言った。


「分かった。時間を引き戻す儀式は一度やっただけでは不完全。奴の時間を完全に止めたいなら、もっと大規模な儀式が必要になる。儀式の代償は前回よりも遥かに大きい」


 聞きながら再び胸に手を当てたそこには記憶がまだ渦巻いていた。

 彼女の純粋な愛と彼への信頼。復讐は命を奪うこと。それは自分の心の中にある、あの女性の愛を殺すことでもある。

 迷わなかった。


「やる。復讐を」


 復讐の儀式は想像を絶する代償を伴った。時間の糸を引き裂いた瞬間、胸の奥で渦巻いていた女性の記憶と感情が、音を立てて崩れ落ちる。彼女の心の中に根付いていた、彼への愛の光が消える音。

 心は静寂に包まれた。


 復讐は成功したようだ。光は再び力強く輝き始めた。奪われた時間はすべてもとへと戻ってきた。

 代償として女性の命を奪った。彼は愛する女性も、彼女から奪った時間もすべてを失う。悲鳴が聞こえたような気がした。


 彼の心が砕け散る瞬間を彼女ははっきりと感じる。自分が愛した男を絶望の淵に突き落としたのだ。

 復讐を終えた後、どこにも行くことができなかった。時間は満たされたし。命は繋がった。


 心にはぽっかりと穴が開く。街の明かりは相変わらず輝き、人は変わらず時間を消費している。目には全てが色褪せて見えた。

 被害者ではない。時間を奪われた女であると同時に時間を奪い、命を奪った。

 手に入れたのは奪い返した時間。失ったのは罪悪感なく生きられる人生は安らぎを与えなかった。


 男が最後に見たのは愛する女性の命の光が、静かに消えていく瞬間。腕の中で息を引き取った。


「嘘だ。嘘だろ!」


 彼は叫び、彼女の体に時間を注ぎ込もうとするが、もう何の意味も持たなかった。彼女の命の光は二度と戻ることはない。

 完璧だった彼の人生は一瞬にして崩れ去る。すべては彼女の命を救うために。幼い頃からの病を治すため、彼は時間という名の命をかき集めた。


 道徳も正義もすべてを捨てて。愛した女性の命を繋ぐために残酷な裏切りを選んだ。だが、そのすべては無駄に終わり、命を救うことができなかった。


「ああ……彼女は、僕を許してくれた?」


 脳裏に浮かんだのは彼女と交わした、最後の約束。


「あなたの時間を私のために使ってくれてありがとう。もし、ダメだったら……恨まないで」


 自分が彼から時間を奪っていることを知っていた。最後まで願ったのは彼が罪悪感を抱かないこと。


「僕が、君の命を奪ったんだ……」


 彼の人生にはもう何も残されていなかった。愛も名誉も守るべき女性も。残されたのは、彼女を救えなかったという一つの後悔だけだった。

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