175【後編】瞳の色が違うだけで生贄にされるんですか?それってあなたたちの無知な思い込みですよね?どんな根拠で天候が改善すると思ってるんですか?ちょっと思考停止にもほどがあるんじゃないですかね
ざまぁあり
贄の儀式は村の人たちが勝手に作ったもので、ツクヨミは昔から村が困っているのを見ているだけだったのだとか。
「だが、お前がここに来て、初めて我は独りではないと感じた」
胸は温かいものでいっぱいになる。ツクヨミも自分と同じように、寂しい思いをしていたのかもしれない。
そんなことを思うと、恐ろしい鬼神としてではなく同じ気持ちを持つ誰かとして、さらに親しみを感じるようになる。
それから、里で虐められていた頃の話を少しずつするようになった。
「私、小さい頃から目が変わってるって言われてて……誰も私のことを見てくれなかったんです」
悲しそうに話すとツクヨミは何も言わず、ホノカの頭をそっと撫でる。手は大きく温かくて、ホノカは生まれて初めて、誰かに頭を撫でられることの安心感を知った。
ツクヨミの指はホノカの髪を優しく梳く。仕草一つ一つに深い愛情が感じられた。
「お前の目は美しい」
つぶやかれハッと顔を上げる。生まれてこの方、誰も自分の目を「美しい」と言ってくれた人はいない。醜いもの、呪われたものとして避けられてきた目。
ホノカの心に光を灯して、里人からの言葉では決して感じることのできなかった、優しい光に頬が緩む。
男の目を見つめ返す。闇のような瞳の奥に自分と同じように静かな優しさを見つ出した。
「ありがとう……ございます」
頬には涙が伝っていたが、それは悲しみの涙じゃなかった。心を溶かす想いと今まで感じたことのない深い安心感に満たされた、歓喜の涙。
館での生活はこれまでで一番穏やかなもの。
誰にも見向きもされなかった里での日々とは違い、ここではツクヨミが、大切にしてくれているのを感じられる。
昼下がり、ツクヨミが書斎で静かに書物を読んでいる背中を見つめながら、ふと思う。ツクヨミはいつも自分に優しい心遣いをしてくれるけれど、まだ何も返せていないと。
里では何の役にも立たない呪われた子と蔑まれてきたけれど、ここなら何かできることはないだろうか。
脳裏に浮かんだのは里にいた頃、お母さんが簡単な料理を作っていた時の記憶。
自分は病弱でほとんど手伝ったことはなかったが、それでも、食材を切る音や鍋から立ち上る湯気の温かさを覚えている。
「ツクヨミ様はいつもお粥と、山菜のお料理を食べているけれど」
台所に立つ。広々とした台所には見たことのない珍しい山菜や、大きな魚が吊るされていて。ツクヨミが山の恵みを大切にしていることが伝わってきた。
目をつけたのは少し前にツクヨミが採ってきたばかりの、鮮やかな色をしたキノコと香りの良い木の葉。
里ではそんなきれいなキノコは毒があると言われて手を出せなかったが、ツクヨミは「これは美味しい」と言って持ってきてくれたものだ。
小さな手でキノコを丁寧に洗い、細かく刻む。次に奥にあった土鍋を取り出し、山から引いたばかりの澄んだ水を入れていく。
火を起こすのは少し大変だったが、何度か挑戦するうちに、パチパチと音を立てて火が燃え上がる。
刻んだキノコと木の葉を鍋に入れ、ツクヨミが保存食として置いていた乾燥肉を少しだけ加えてから、味付けに悩んでいると棚に小さな壺を見つけた。
中には塩辛い岩塩のようなものが砕かれて入っている。恐る恐る指先で舐めてみると、まろやかな塩味が。
里で母が料理をしていた時の仕草を思い出しながら、少しずつ塩を加えていく。湯気が立ち上り、いい香りが台所に広がり、煮込む。
「おいしくできるかな。ツクヨミ様、喜んでくれるかな」
ドキドキする。夕暮れ時、ツクヨミが書斎から出てきた。台所から漂ういつもと違う香りに少し目を細める。
「良い香りがするな。何か作ったのか?」
少し緊張しながらも土鍋を差し出す。
「あの、ツクヨミ様。私、できることがないかと思って……ツクヨミ様に、お礼がしたくて……作り、ました」
ツクヨミは土鍋の中を覗き込むと、湯気の向こうに細かく刻まれたキノコと木の葉、肉が入った素朴なスープが見えた。
静かにスプーンを取り、一口すくって口に運ぶ。咀嚼音が響く。表情をじっと見つめつつ、怒られるだろうか、美味しくないだろうか。と、不安で胸がいっぱいになっていた。
ツクヨミ様の目はいつもの深い闇色だが、瞳に微かな光がまどろんだように見えた。
「美味だ」
聞いた瞬間、光が差し込んだ。生まれて初めて誰かに認められた、誰かの役に立てたという嬉しさが全身を駆け巡る。里では何をしていても呪われた子だからと笑われ、感謝されることなど一度もない。
「本当、ですか?」
瞳から涙がこぼれ落ちた。ツクヨミは何も言わずホノカの頭を撫でた。大きな手に深く安らぎを感じる。
ツクヨミは、作ったスープをゆっくりと、残さず食べた。
横顔にはいつも以上に穏やかな表情が浮かぶ。鬼神のためにこれからもできる限りのことをしてあげたい、と心から思う。
見捨てられた少女が初めて誰かに贈った、心からの贈り物。鬼神にとっても尊い味の贈り物となった。
二人の心は料理を通してさらに近づいていた。
館で穏やかな日々を送る一方、少女を無慈悲に追い出した里では冬が深まるにつれて、不吉な空気が漂い始めていた。
ホノカを贄として差し出してから鬼神の怒りが鎮まったはずなのに、異常気象は止むどころか、さらに厳しさを増していく。
雪は止むことなく降り続き、里の道は完全に閉ざされる。春になれば雪が溶けて作物が育つはずが、降り積もる雪は溶ける気配すら見せない。
食料の備蓄は底を尽き始め、子どもたちの顔からは活気が消えていった。
「な、なぜだ! 贄を捧げたというのに、なぜ鬼神様は怒りを鎮めぬのだ!」
長老が何度も天を仰ぎ声を荒げた。喚こうが天は沈黙を守るばかり。里人たちは口々に不満を漏らし、互いを疑いの目で見るようになる。
「やはり、ホノカを贄にしたのが間違いだったのではないか?」
「いや、あの子は呪われた子だったから、鬼神様の怒りを増幅させたのかもしれない!」
自分たちの身勝手な都合でホノカを差し出したことを棚に上げ、里人たちは自分たちの行いを顧みることはない。
災厄の原因を自分たちの行いに求める代わりに、責任をホノカやあるいは鬼神に転嫁しようとする。
しかし、雪は容赦なく降り続く。ホノカを虐げ、蔑んだ者たちは次第に疲弊していき、顔には絶望の色が濃くなる。
凍える夜、誰もが過去の罪を夢に見始めた。ホノカの怯えた顔、助けを求めるような瞳。夢から覚めても、残像が心に焼き付いて離れない。
特に、ホノカを最もひどく扱っていた者たちは奇妙な病に侵され始めた。
身体が鉛のように重くなり、声が出なくなる者、寒くもないのに歯の根が合わなくなる者。
与えた苦痛がそのまま自分たちに返ってきているかのよう。それは鬼神ツクヨミが直接手を下したものではなく、心の奥底にあった罪悪感が極限の状況で表面化しただけのこと。
「我々はいったい何を間違えたのだ……?」
里人たちはようやく自らの行いを省み始めたが時はすでに遅く、里は雪の下へと沈んでいく。
自分たちがどれほどホノカを傷つけ、その行いが回りまわって自分たちの首を絞めることになったのか、今になって痛感したのだ。
一方、ツクヨミの館ではホノカが温かいスープをツクヨミに差し出し、それを受け取るといった穏やかな時間が流れており、二人は永遠の些細な幸福を感受しあっていた。




