第三十八話
作者 遠井moka
竜崎さんが声高らかに踊り始めた時、私は突然のことに固まってしまった。横目でトカゲさんを見ると冷たい視線を彼に向けている。主任とぽち子さんは背中越しで何かを話し合っている姿は見えるが距離が遠いため会話を聞き取ることはできない。竜崎さんの歌と踊りに手拍子を合わせていると、私にだけ聞こえる声でトカゲさんが囁いた。
「ドウスル?キゼツサセルカ」
爬虫類のくりくりした瞳が私に向けられる。トカゲさんの声は真剣で彼なら本気で竜崎さんを気絶させられるかもしれない、首を左右に振って手を翳し小声で反論した。私たちの会話は竜崎さんの歌声が響いているため聞かれることはない。
「駄目ですトカゲさん。もう少し様子を見ましょう」
子供が不貞腐れたようにそっぽを向いたトカゲはつまらなそうに地面に転がっている小石を投げて遊び始めた。私は正面に向いて彼の動き会話に神経を集中させる。竜崎さんが唐突に行動を起こすことは多々あった。ただその行動には必ず理由が存在していた。
龍を倒したときも巨人化になりながらも敵を倒すために我が身を犠牲にしてくれた。私たちを守るための行動をしてくれていると考えると今の行動や言動も彼なりのメッセージが含まれているのだろう。竜崎さんの踊りはさきほどから同じ半回転を繰り返しているから、意味はない。肝心なのは彼の言葉に隠されているのだろう。
※※
背後から竜崎の大声が聞こえる歌声が上手いか音痴かは別として、彼が言いたい意味を理解した私たちはこれからどうするかを考えていた。井上は意地悪そうに口角を上げて笑っている。その表情に鳥肌が立つくらい恐ろしい。考えていることがわからないから不気味だ。
「ぽち子さん面白いから様子見ませんか?彼のメッセージを理解したのは今のところ俺たちだけだ。それにゲームを盛り上げていくうえで、彼には耐えてもらおう。論理的には助けてあげるほうがいいのかもしれないけれど、きみも気にならないか、彼がこの呪いに打ち勝つのかどうか」
鋭い眼光を彼に向けると、愛想笑いを浮かべて冗談冗談と首を左右に振っている。彼は一度この島から逃げた人間、私やトカゲこの島に住む呪われた種族を救うことすらしなかった人間の言葉を鵜呑みにしてもいいのか?再び人がこの島に上陸したと思ったら彼の会社の部下たちだった。井上こそ悪なのではないか?部下が苦しんで悩んでいるのに、手を差し伸べるどころか喜んでいる。研究対象として興味が湧いている博士のようだ。その顔に冷たい言葉を浴びせて桜井の元に戻る。
「私は彼らに恩がある。助けてもらった恩がお主の考えは全く持って理解できんが。このまま桜井に伝えると奴にバレてしまう、解せんが私は私なりに彼女を彼を救う道を考える。邪魔をするでない」
井上から反論の言葉が背中から伝わることはなかった。本当に恐ろしいのはモンスターでもない、私利私欲におぼれた人間なのだ。井上は典型的な悪役だ。竜崎や桜井のように優しさや強さを持った人間より恐ろしい、彼が王位に選ばれなくてホッとした私を桜井の真剣な眼差しが見つめていた。右手で手招きし、口パクをしている。彼女の口の動きを読唇術で読む。
「わかりました」
桜井の言葉に強く頷く、竜崎を救いたい気持ちが流行るが焦ると本来の彼自体を失う可能性がある。井上の案に賛同するようで解せぬが様子を見て一瞬の隙をついて桜井に呪いを解いてもらうしかなさそうだ。
私たち一行は最後の石を求めて森林地帯へ歩み出した。




