12 夜が明ける(完)
ジルベールが生きていたという事実は、クロウリー伯爵の暴挙に耐えかねていた国内の旧国王派貴族たちにとって、闇に差す光そのものだった。
ジルベールの回復を待って、アルベール大公家とヴァレンタイン公爵家は正統なる王権の復権を掲げて兵を挙げた。旧国王派貴族たちは次々と蜂起し、クロウリー派は各地で相次いで敗れた。その勢いは瞬く間に王都へと及ぶ。
血統も持たぬ簒奪者と評価されていた通り、クロウリーの権力基盤は脆かった。
旧国王派の軍が迫った時。王宮を守っていた騎士の大半が、ジルベールの姿を見た瞬間に、戦意を失い武器を収めたという。正統なる血筋を前にして、簒奪者に殉じる騎士などいなかったのだ。
城門は内側から開かれ、戦いは一日のうちに決した。クロウリーは捕らえられ、王国の法による裁きを受けることになった。国王夫妻の暗殺、そして王家への反逆。その罪は明白であり、即刻、死刑判決が下された。刑はその日のうちに執行され、クロウリーは斬首された。
クロウリー側についた貴族たちも裁きを受けた。国外へ逃亡していた医師もほどなく捕らえられ、国王への毒物投与を認め、処刑された。
有罪となった家門は、爵位および財産を没収された。クロウリーの妻、そして娘であるリリスは、クロウリーの指示に従って行動していた面が強く、暗殺やクーデターへの積極的な関与は認められなかった。しかし、それによって得た地位を享受していた責を問われ、すべてを失った末に、極東の修道院へ送られた。以後、生涯にわたり修道院から出ることを禁じられた。
中央大法廷から連行される際、リリスは最後に、縋るような視線をジルベールへ向けた。ジルベールは一瞥もしなかった。ディアンヌも同じだった。
王都の民は、正統なる王家の帰還を歓迎していた。
即位を辞退したジルベールの意思を受け、アルベール大公家の嫡男トリスタンが王位を継承した。
若き新王トリスタン・ド・リュミエールは、ジルベールに新たな大公位を与えた。それは新王からの最大の信頼の証であった。ジルベールは内乱で荒れた国の復興に全力を注ぎ、新王を支えていくことを誓った。
その後、大聖堂の神官たちによって密かに守られていた先王夫妻の棺の存在が公にされ、四年の時を経て、国を挙げて葬儀が執り行われた。
追悼の鐘が響く薄曇りの空の下で、ジルベールは何も言わず、ただまっすぐに前を向いていた。
ディアンヌはジルベールに寄り添い、そっと彼の手を握った。その手は静かに握り返された。
◇──◇──◇
激動の歳月が過ぎ去り、王国には平穏が戻っていた。
冷たい日々が明けた大地には草花が芽吹き、新しい季節の始まりを告げていた。
柔らかな陽光が降り注ぐ王都の大聖堂で、ジルベールとディアンヌの結婚式が執り行われた。それは正しき王国の復活を象徴するような、希望に満ちた式だった。
純白の花嫁衣装をまとったディアンヌは、父に手を引かれ、ゆっくりと祭壇へ歩いていく。その先には、正装に身を包んだジルベールが立っていた。
あの再会の日、絶望に沈んでいた瞳は、太陽のように眩しく、幸福に満ちた色をしていた。
父はディアンヌの手をそっとジルベールへ託す。
「ジルベール殿下、どうか娘をお願いします」
「はい。生涯をかけて、必ず幸せにします」
迷いのない返事だった。
指輪を交換し、ジルベールがゆっくりとディアンヌの前に一歩、歩み寄る。その瞳が、愛おしげに細められる。
ジルベールの手が、ディアンヌの頬を優しく包み込み、端正な顔がゆっくりと近づいてくる。ディアンヌはそっと目を閉じた。
重なり合った唇の温もりが、ディアンヌの全身を満たしていく。
名残惜しそうにゆっくりと唇が離れ、二人が見つめ合った瞬間。祝福を告げる神官の声と、盛大な拍手が、大聖堂の隅々にまで鳴り響いた。
最前列ではトリスタンがいつまでも拍手を送り、その横で、大公が涙ぐむ大公妃の肩を抱いていた。
父とエドワールは、誇らしげに微笑んでいた。エドワールの手には、亡き母の小さな絵姿があった。
式の終わりに、大聖堂から晴天の空の下へ出る。これから庭園で、祝宴が行われる。
歩きながら、ジルベールがディアンヌに言った。
「きみは覚えていないかもしれないけれど――」
「え?」
「婚約者になるずっと前。言うことを聞かずに叱られてばかりの俺に、きみは言ったんだ。王子様っぽくないって」
「……そんなこと、言ったかしら」
「きみは婚約者候補だったけれど、きっと失望したんだと思ったから、俺はふてくされて、王子じゃなければ嫌なのかって言い返した。そうするときみは笑って、別にいいけどって言ったんだ」
思い出す。その先にある、苦しい未来など知らない頃。二人は無邪気に笑っていた。
『ジルはジルでしょ』
そんなことを、言った気がする。ディアンヌはジルベールを見て笑った。
「あなたが王子様じゃなくても、好きだったのよ。そのあと、ちゃんと王子様っぽくなったけれど」
ジルベールも笑みをこぼした。それからジルベールはふっと真面目な顔になって、じっとディアンヌを見つめた。
「王子ではなくなって、自分が何者なのか分からなくなった時も、胸の奥にきみの声があった。それが命の灯火となって、生きていけた気がする」
「……ジル」
ディアンヌの瞳が、じわりと涙で潤む。ジルベールはディアンヌの目元を指でそっと拭うと、再び優しく微笑んだ。
「きみがくれたノアールという名前は、好きだった」
ディアンヌは愛おしさに目を細める。新しい名前に込めた願いを思い出す。
「祈りを込めていたの。夜は明け、朝がきたでしょう?」
二人は静かに笑い合う。
その時だった。低い大きな鳴き声が聞こえ、ブランが駆け寄ってくる。後ろにはブランを連れてきた、ガエルとアランがいる。
「ブラン」
ディアンヌが両手を広げるが、白い毛並みを揺らしながら走ってきたブランは迷うことなく、ジルベールへ向かった。その大きな頭を彼にすりよせて、甘え始める。
「ちょっと」
ディアンヌは頬を膨らませた。
ジルベールは声を上げて笑った。その笑顔につられて、ディアンヌも笑う。ブランは嬉しそうに、大きく尻尾を振っていた。
「ディアンヌ、行こう」
澄み渡る青空の下、ジルベールはディアンヌに手を差し出す。ディアンヌはそっとその手を重ねた。
祝福の音楽が流れ、色とりどりの花びらが風に舞う。皆が穏やかに談笑する声が響いている。
失ったものは大きく、傷跡が消えることはなくても、その痛みを分かち合い、共に抱えて生きていく。
二人は互いに微笑み合いながら、光に満ちた未来へと進みはじめた。
(THE END)
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