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第6話 愛しい子たちに祝福を

 私はきっと、世界の全てに退屈していた。代わり映えしない人の営み、飽きもせずに繰り返される陳腐な悲劇、期待しては失望する身勝手な人々。その全てにきっと、退屈していた。

 

 ――だから、彼に手を差し出されたあのときも、私は単に丁度いい暇つぶしだと思っていたのだ。


「それが今じゃあ、こんなにみんなのこと大好きになっちゃったんだもの。ふふ、未来ってわからなくって面白いわよねぇ」

「はぁ。……んで、わざわざそんな話するためにこんなところまで来たわけ? 暇なの?」


 私の前に座るのは、呆れた顔のセシルちゃん。ハァと息を吐くと、彼は淹れたての熱い紅茶を静かに啜った。

 

 ここは、王都の北に位置する教会の総本山だ。タルト片手に来た私を見たセシルちゃんは、とびっきりのため息をついたあとで、渋々私を来賓室へと案内してくれた。そして、人払いをすませ紅茶を用意すると、彼はどかと乱暴にソファへ腰掛けたのだ。


「あらまさか。私だってそんなに暇してるわけじゃないのよ?」


 どの口が言うんだか、という表情のセシルちゃんはさておいて、私はパッと手元に紙の束を呼び寄せた。その束には、先日レオちゃんに渡した資料の他に一枚だけ違う資料が綴じられている。


 パラパラと斜めに視線を動かして、彼は最後のページをめくる。瞬間、ぴたりと動きを止めた。何度も確認するように、同じページを指で辿る。その瞳が時折揺れて、彼は弾かれたように顔を上げた。


「レー、ヌ。これって……」

「さぁ、私からはなんとも。だけど……、そんな人、そう何人もいないでしょう?」


 資料に書かれているのは、王都周辺で荷馬車が魔獣の群れに襲われていたこと。それをたった一人で、安物の剣一本を手にした青年が討伐したこと。その彼はフードを目深に被った茶髪の青年で、名前も名乗らずにその場を去ってしまったことなどだった。


 その少ない情報は、私たちに「彼」を想起させるには十分で。


 私が曖昧に笑みを浮かべれば、セシルちゃんはぐっと唇を噛み締めた。その表情は、溢れ出しそうな感情を無理やり押さえ込んでいるようなものだった。


「ほんっと、馬鹿だ。……ひとりで何やってんだよ」

「あら、レオちゃんも言ってたじゃない。あの子はそういう子だ、って」


 そうだね、とどこか呆れたようにぼやく彼を視界の端に捉えながら、私はひとくちタルトを食べる。季節のフルーツがたっぷりと乗ったタルトは、果実の甘酸っぱさとタルト生地のほどよい甘さの調和がたまらない。


 ――きっと、数年前の私はこんな幸せにすら気付いていなかった。


「私ね、本当は気に食わないの」

「…………は?」


 なんのこと、と問う彼から視線を逸らさずに、私は唇で孤を作る。


 何が気に食わないか。それは挙げればきっとキリがない。くだらない称号に踊らされて、たった一人に重荷を背負わせる世界も。それを必要な犠牲だと受け入れていた自分も。その全てが、気に食わない。


「……強いて言うならこの世の全て?」

「いや、さっきから何言ってんの!?」


 ギョッとしたセシルちゃんの様子が可笑しくて、私はつい笑い声をもらしてしまう。怪訝そうにする彼に向かって、それでも私は言葉を続ける。


「私、人間なんてどうでもよかったの。魔術の研究さえ出来ればいいって思っていたし、いっときの平穏を得られるなら『勇者』って仕組みにも肯定的だった」


 はじめに「勇者」という称号をつくったのは誰だっただろうか。そんな大層な名前をつけたところで結局のところは体のいい生贄なのに、と私は冷めた目でそれを見ていたものだ。


「だけど、皆と旅をして気付いたのよ。人ってなんて面白い存在なんだろう、って」


 人の一生は儚く短い。それでもその短い一生を、彼らは花火のように鮮やかに燃やすのだ。そしてその知恵を、記憶を、意思を、彼らは次の世代へと紡いでゆく。

 代わり映えしない、なんていうのはきっと、大枠しか見ていない私の主観のせいだった。


「このタルトだってそう。レシピが生まれ、それを更に良いものにするために技術を磨き、改良してゆく。そこにはきっと私にとっては瞬きのようで、人にとっては途方もない時間が詰まってるの」

「……そういうもんなの?」


 要領を得ない、といった様子で、彼はタルトを咀嚼しながら疑問を呈す。そして、私を見ると怪訝そうにこう告げた。


「んで? さっきからよく分かんないんだけど、結局レーヌは何が言いたいわけ?」

「ふふ、さすがセシルちゃん。いい質問ねぇ」


 顔の横でぱち、と手を打って私は笑う。

 セシルちゃんはそんな私を見て嫌そうに顔をしかめるけれど、そんなことは気にしない。彼がこんな風に表情を変えるのが私達の前だけだってことはもう、分かっているから。


「私ね、この世界にはもう、勇者も英雄もいらないと思うの」


 勇者なんて名前の生贄は、もういらない。きっと、今までの勇者達にも違う結末があったはずなのだ。


「人はみな、大切な人が居て、夢があって、それぞれの人生がある。勇者、なんて称号を与えられて散っていった人々も、そうだったはずでしょう?」


 勇者、だった彼を思い出す。彼にも守るべき大切な人が居た。


「魔王はいずれ、復活する。そのいずれ、がいつなのかは分からないけれどね」


 この世界の全ての物質は、魔素を多少なりとも内包している。そして、その魔素の流れは少しずつ滞り、澱となる。その澱は核となり、いつか魔王と呼ばれる存在をも生み出してしまう。それは、私の導いた結論だった。

 

 だからね、と言葉を区切って、目の前の少年へ視線を向ける。彼は、私を真っ直ぐに見つめ返していた。


「魔王を倒すだけじゃ足りない。魔王を生み出さないための仕組みが、――私は欲しい」


 長い沈黙が満ちる。彼は私を見たままで、ぽつりと呟いた。


「……それ、どういう意味なのかはわかってるの?」

「もちろん。それが分からない程もの知らずじゃないわ」


 私の言葉にぐっと声を詰まらせて、彼は呻くように言葉を吐く。


「……どれだけの時間が、試行錯誤が必要かも分からない。そんなの、夢物語だ」

「あら、セシルちゃんたら。私が誰なのか知らないの?」


 ぱちん、と指を鳴らし、魔力を一瞬で練り上げる。呼吸よりも慣れたその一連の動作と同時、光る粒子が舞い散って、何も無い空中から私は自分の背丈と同じほどの手に馴染んだ杖を取り出した。その杖の先をコツンと床に着きながら、私は殊更優雅に笑みを浮かべる。


「私は魔塔の筆頭魔術師であり……、魔術を専攻する研究者。終わりの見えない研究なんて、大の得意分野に決まっているでしょう?」


 私の言葉にセシルちゃんは何度かまばたきをする。それから、諦めたみたいに眉を下げて少しだけ、笑みを浮かべた。


「……天才と馬鹿は紙一重ってよく言うけど、ほんとレーヌはどっちなのかわかんないな」

「あら……、どうせなら褒め言葉ってことにしておこうかしら」


 好きにすれば、とセシルちゃんはため息をついて、私を見返す。


「それで、筆頭魔術師サマのレーヌは僕に何をしてほしいわけ?」

「そうねぇ……。まずは神聖術の研究のお手伝いからかしら。ひとまず、サンプルは三桁は欲しいでしょう? 神聖術は魔術とは原理が違うから、違ったアプローチが取れるだろうし。あ、あとはレオちゃんにも魔獣の発生と行動、魔素濃度についての調査もお願いして……」

「ちょっ、レーヌ!? さすがにひとまずが多すぎでしょ!」


 サンプル三桁って何、レオも巻き込むとか権力の濫用だ、とセシルちゃんが頭を抱えるから、私はくすくすと声を出す。


「だって、私達になりふり構っている暇なんてないもの。あの子が縛られないために、ね」


 脳裏に浮かぶのは、共に食卓を囲み、焚き火を囲み、怒り、笑う、彼らの顔。この幸せを守るためならば、私は何だってしてみせよう。


 だって私達は、最後の英雄となるのだから。

次回、勇者一行から視点が外れ新キャラが登場します。


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