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魔法使いと皇の剣  作者: 123
4章 波乱
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変わりゆく物語

 静寂が部屋を包み込むなか、ミエラは混乱する思考を巡らせながらも、目の前のレグラスに問いかけた。


「歪みのノストールをご存知なのですか……?」


 この大陸に渡って以来、ノストールの名を知る者には出会えなかった。だがレグラスは確かにその存在を知っている。情報を得られる喜びよりも、ミエラの胸に去来したのは、驚きと疑念だった。


 レグラスはゆっくりと頷き、手で椅子を指し示す。促されるままにミエラは腰を下ろし、彼の言葉を待った。


「歪みのノストールは、この大陸で信仰される神ではない。つまり、信仰によって生まれた神ではないのだ」


 その言葉を聞いても、ミエラは驚かなかった。アルベストに来て以来、ノストールに対する人々の反応から、それは薄々察していたことだった。


 ミエラの冷静な表情を見つめながら、レグラスは続ける。


「ある程度は知っていたようだな……。君の探すノストールは、かつて神の肉を使って生み出された存在だ。目的はただ一つ——慈愛の神オルフィーナを顕現させるためだった」


 そう語るレグラスの声は、どこか遠くを見つめるようなものだった。そして次の言葉は、静かに、だが確かにミエラの胸を突くものだった。


「私の母が——自らを犠牲にして」


 ミエラの目が見開かれる。


「それは……」


 驚きと困惑が入り混じるなか、レグラスはミエラの言葉を遮るように、静かに首を振った。


 彼は途中での質問を受けるつもりはない、そんな意志を感じさせるまなざしだった。


「……当時、我が国では神の信仰はそれほど盛んではなかった。だが、まだ許されていた。

 そして——最も崇められていたのは、慈愛の神オルフィーナだった。しかし、周辺国のように神を顕現させる術を持つ者もいなければ、神の力を行使できる者もいなかった」


 ミエラは、レグラスの話に耳を傾けながら、オーデントの歴史の一端に触れていることを実感する。


 レグラスは淡々と続けたが、その瞳の奥には微かな痛みが宿っていた。


「確かに、他国の脅威はあった。だが当時のホイスタリンは、今のように我が国を脅かす存在ではなかった……。だからこそ、私の父が、なぜ母がそこまでしてオルフィーナを求めたのか、いまだに理解できない」


 拳を握りしめるレグラス。彼の表情に浮かぶのは、父への疑念なのか、あるいは母への複雑な想いなのか。


「結果として、生まれたのはオルフィーナではなかった。顕現したのは——君の探すノストールだった」


 沈黙が落ちる。


 レグラスは一度、静かに息を吐き、遠くを見るように続ける。


「その後の経緯は、私にもすべては分かっていない。ただ……そこから先が、君の母との物語へと繋がるのだろう」


 ミエラは息を呑む。


 ——母が、なぜ狙われていたのか。なぜ、ノストールが関わっているのか。


 今まで点でしかなかった情報が、少しずつ線になり始めていた。だが、その線はまだあまりにも淡く、形を成すには遠い。


 ミエラはレグラスの瞳をじっと見つめ、次に発するべき言葉を探していた。


「なぜこのような話をしているのか……」


 レグラスは深く息を吐き、拳を握りしめながら静かに続けた。


「それは、私の妻や子供たちにも繋がることだからだ」


 ミエラは思わぬ言葉に目を見開き、思わず問いかけた。


「……どういうことですか?」


 レグラスの表情がさらに険しくなる。まるで過去の痛みを噛み締めるように、指先が力強く握られた。


「最初、私は疑った。血を分けた兄弟の仕業ではないかと」


 低く、しかし確信に満ちた声が部屋に響く。


「だが、すぐにその考えは捨てた。ケイオスもアーベンも——どちらも優秀であり、私とは違う。彼らが、自ら不利益になるような方法を選ぶはずがない」


 ミエラは静かに耳を傾けながら、レグラスの目の奥に宿る苦悩を感じ取っていた。


「それから、私は調べた。そして分かったことがある」


 レグラスは息を整え、ゆっくりと視線を上げる。


「私や家族を狙った者たちの目的は、一つではなかった」


「……それは一体?」


 ミエラが問い返すと、レグラスはほんの一瞬目を伏せ、思案するように言葉を選んだ。


「私が掴んだ一つの真実——それはオルフィーナ様に関することだった」


 その名を聞いた瞬間、ミエラの鼓動が速まる。


「父や母が、なぜオルフィーナ様を顕現させようとしたのか——それも、この件に関係している」


 その名を聞いた瞬間、ミエラの鼓動が速まる。


「父や母が、なぜオルフィーナ様を顕現させようとしたのか——それも、この件に関係している」


 レグラスは立ち上がり、戸棚の奥から一冊の本を取り出した。それは、長年大切に守られてきたものなのだろう。表紙は煤け、ところどころ焦げ跡が残っている。しかし、それでも魔法の力によって守られ、読めないほどの損傷はなかった。


「これは、妻——エリシアの家で見つけたものだ」


 そう言いながら、彼は本をミエラの前に差し出した。


「私の妻の家は、代々オルフィーナ様を信仰する家柄だった。焼け焦げた屋敷の中で、唯一、魔法の力で守られていた本だ」


 ミエラは慎重にその本を受け取り、表紙を見て息を呑んだ。


「……これは……!」


 そのタイトルに、ミエラは見覚えがあった。


『慈愛のオルフィーナ』

 

 タイトルは違えど数ページめくると、ミエラも読んだ事のある物語だった。


「この本は……私たちの大陸にもあるものです」


 驚き混じりの声でそう告げると、レグラスは静かに頷いた。


「ああ、私も聞いている。最初は驚いた」


 ミエラは「聞いている」と言ったレグラスの言葉に疑問を抱いた。どうして彼が、異なる大陸の事情を知っているのか——。


 だが、問いかけようとした瞬間、レグラスは本の表紙を指し示し、ミエラの言葉を遮った。


「この本の中に、何か答えがあるかもしれない。君が知っている内容と、私が知っている内容——同じものとは限らない」


 ミエラは僅かに眉をひそめながらも、かつて読んだ本の内容を思い返しつつ、ゆっくりと表紙をめくった。


 煤けた紙の感触が指先に伝わる。


 物語のページが開かれる——そこに記されているのは、過去の記録か、それとも運命の導きか。


 ミエラの視線は、本の中の文字へと吸い込まれていった。

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