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魔法使いと皇の剣  作者: 123
3章 神の肉
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狙い

 ミエラはただ、どうしようもなくレグラスの後を追った。森を抜けると、目の前には大きな洞窟の入口が現れた。


「ここが私たちの拠点の一つだ。」


 レグラスが淡々と告げる。


 ミエラは、既に闇に包まれた森と、その先に広がる暗い洞窟を見比べた。こんな場所が本当に拠点なのか?疑問が浮かんだが、それを口にすることはしなかった。今の状況では、彼に従うほかに選択肢はない。


 洞窟の入り口は狭く、湿った岩肌が冷たい空気を孕んでいる。レグラスの後ろを歩きながら、ミエラはふと不安を覚えた。


 しかし、その迷いを振り払うようにしばらく進むと中に広大な空間が広がっていた。天井は高く、壁際にはいくつもの穴が抜けており、まるで小さな村のようだった。


 周囲には光石がランタンに収められ、柔らかな光が空間を照らしている。その淡い光の下には、数十人の老若男女の姿があった。


 彼らは、レグラスの姿を見つけると、次々と駆け寄ってくる。


「レグラス様、ご無事で!」


 敬意を込めた言葉を発する者もいれば――


「レグラス、大丈夫だったか?」


 親しげに声をかける武装した男もいた。


 ミエラは、彼らの様子に驚いた。レグラスに向けられる視線は、ただの王族に対するものではない。尊敬と忠誠、それだけでなく、まるで救世主を仰ぐような眼差しを感じた。


 彼らにとって、レグラスは「ただの亡命した王族」ではないのかもしれない。


 そのことに思い至った瞬間、何人かの人々がミエラに気づき、警戒するように視線を向けた。


 ミエラは、その視線に一瞬身を竦めた。


 しかし、レグラスはそんなミエラの肩を軽く叩き、静かに前へ進むと、集まった人々に向けて宣言する。


「彼女はミエラ。運命に導かれ、私たちの助けとなる女性だ。」


 その言葉に、洞窟内がざわめいた。


「運命に……?」


「彼女が、助けとなる……?」


 警戒の色を浮かべる者もいれば、興味深げにミエラを見つめる者もいた。


(この人たちは……一体、何を信じているの?)


 彼らの視線の先には、信仰にも似た期待があった。それが、レグラスに向けられたものなのか、その言葉に従うことへの忠誠なのか――ミエラには、まだ分からなかった。



 レグラスは部屋へとミエラを誘導する前に、周囲の者たちへ状況を手短に説明した。彼の言葉を聞いた者たちは驚愕の表情を浮かべていたが、レグラスはそれを気に留める様子もなくミエラを奥の部屋へと案内した。


 部屋は質素ながらも落ち着いた雰囲気を持っていた。木で作られた長テーブルには、多くの書簡が散らばっている。ミエラは、それらを見てよいものか迷ったが、レグラスが静かに「君なら見ても構わない」と告げたため、そっと視線を逸らし、席についた。


 ミエラはレグラスを見つめ、決意を込めて口を開いた。


「いくつかお聞きしたいことがありますが、何より優先したいのは、私がここに来る前にお伝えした件です。アイリーン――竜族である友を助けたいのです。」


 レグラスは彼女の話を聞きながら、椅子を引いてミエラにも座るよう促した。


「今から急いで向かったとしても、期限である三日目にはギリギリだろう。それに、あの軍勢と鉢合わせになる。」


 レグラスの冷静な言葉は、ミエラの胸を締めつけた。確かにレグラスの言う通りだった。自分が命を惜しまなければならない現実が、否応なく迫ってくる。


 そんなミエラの迷いを見透かしたように、レグラスは続けた。


「だが……私にも気になることがある。盗賊たちに私を探すよう指示し、命を奪おうとした人物についてだ。」


 ミエラはレグラスの言葉に耳を傾け、視線を上げた。


「君は、私の家族に起きたことを聞いたのか?」


 レグラスの問いに、ミエラは静かに頷いた。


「そうか……」


 レグラスの表情は一瞬暗く沈んだ。その疲れた目に宿っていたのは、燃え上がるような鋭い殺気だった。


 ミエラは思わず問いかける。

「誰が……そのようなことを引き起こしたのか、お分かりなのでしょうか?」


 その言葉にレグラスは短く「検討はついている」とだけ答えた。


「そして、その者が私の殺害も依頼したと考えている。」


 レグラスは静かに微笑んだが、その笑みには冷たい怒りが潜んでいた。


「君は、弟――ケイオスがそれを引き起こしたと考えていたのだろう?」


 ミエラは息を詰まらせ、小さな声で否定した。

「いえ……私は国に来たばかりなので、何も……」


 レグラスはその反応を見て、穏やかに首を振った。


「構わない。私も最初はケイオスだと疑っていた。オルフィーナ様の信仰を良く思っていない弟なら、信仰狩りをも辞さないと思っていたからな。だが――」


 レグラスは目を細め、どこか遠くを見るように続けた。


「弟は愚かではない。身内の信仰者に甘いなどと言われても、あのような行為を行えば何が起こるか、理解しているはずだ。それに……もしケイオスが本気で私を疎んでいたなら、真っ先に私を殺していただろう。」


 レグラスの言葉は冷静だったが、そこには兄弟に対する複雑な感情が滲んでいた。


 ミエラは、兄弟というものの難しさを思い知らされていた。血を分けた存在であるはずの兄弟が、どうしてここまで歪んでしまったのか……ミエラには理解できなかった。


(では……一体誰が……?)


 ミエラが問いを口にしようとすると、レグラスは軽く手を上げて遮った。


「すまない。これは私自身の問題だ。」


 レグラスは少し息をつくと、視線を鋭く戻してきた。


「君の目的に協力したいのは本当だ。だが、私にも目的がある。そして――あの軍勢だ。不可能に近い。」


 ミエラは言葉を失い、視線を落とした。


「ここに来る前に言った通りだ。君は私と会うために導かれた。竜族の使命はまだ終わっていない。私はまだ“人と神の共存”を成し遂げていないからだ。」


 先ほどまで殺気を漂わせていたレグラスが、今度はまるで少年のように目を輝かせ、語っていた。その姿にミエラは、言いようのない不安を覚える。


「だとすれば、竜族は必ず無事だ。私たちを導くために――」


 ミエラは思わず問いかけた。


「……でしたら、オーデントに迫っている軍勢をどうするのですか? ご兄弟や国民が危機に瀕しているのに……!」


 その問いに、レグラスは一瞬だけ暗い影を落とし、深いため息をついた。



「見捨てるつもりはない。だが、今は動けない。国民の多くはまだケイオスを信じている。ホイスタリンの軍勢が押し寄せ、ケイオスが危機に陥れば……その時に私たちが動く。」


 ミエラは愕然とした。


(この人は……オーデントを助けることが目的ではない……。)


 レグラスはすぐに助けに向かうつもりなどなく、むしろオーデントが追い詰められることを待っている。自分たちが介入することで、彼自身が英雄として認識される――そんな狙いが透けて見えた。


「……そんなこと……」


 ミエラの声は震えた。


 レグラスは淡々と続ける。


「神と人が共存する未来のためには、旧来の価値観が崩壊する必要がある。それがオーデントであろうと同じだ。」


 その言葉にミエラは言い返せなかった。だが、目の前の男――レグラスに対する不信感が、静かに胸の内で広がっていく。


(この人は……一体、何を目指しているの……?)


 ミエラはその疑問を抱えたまま、彼の真意を探ろうとしていた。レグラスは静かに笑みを浮かべ、余裕を見せながら答えた。


「兄、アーベンについては問題ない。昔から読めない人だ。混乱に乗じて自分を守る術を持っている……そういう人だよ。」


 その言葉を聞き、ミエラはハッとしたように反応する。


「アーベン王子は……無事に逃げられたのでしょうか? もし何かあれば……」


 レグラスは彼女の言葉に微笑みながら答えた。


「兄なら心配ない。逃げたのなら、それで十分だ。あの人は、いつだって自分を守ることに長けているからな……だからこそ、恐ろしいんだ。」


 ミエラはその言葉に引っかかりを覚えた。

「恐ろしい……? どういう意味ですか?」


 レグラスは短く息を吐き、真剣な眼差しでミエラを見た。


「兄は読めない。表向きは温厚で優しいが、本心を見せることはほとんどない。必要とあれば、どんな手段をも取るだろう。そして、それを誰にも悟らせない……それが兄アーベン・オーデントだ。」


 ミエラはアーベンと短いながらも関わった記憶を思い出した。確かに彼は常に穏やかで、皮肉を交えながらも余裕のある態度を崩さなかった。だが、その裏にある本質が、レグラスの言葉から垣間見えた気がする。


 レグラスは言葉を切り、考えるようにしばし黙り込んだ。やがて静かに口を開いた。


「悪いが、君にはここで私と共にいてもらう。」


 その言葉には、明確な意志が込められていた。

 しかし、ミエラは静かに首を振り、毅然とした表情で答える。


「それは……できません。私には待っている仲間がいます。たとえレグラス様をお連れできなくても、少なくとも私にできることをするつもりです。」


 言葉を告げると、ミエラは席を立ち、部屋を出ようとした。だが、その瞬間、扉の前に二人の屈強な男が立ちふさがった。彼らは腰に剣を手を添え、無言の圧力を放っていた。


「……何を?」


 驚きと警戒心を露わにするミエラの背後から、レグラスの穏やかな声が響いた。


「乱暴にするつもりはないよ。」


 その言葉は静かでありながらも、決して拒否を許さない威圧感を伴っていた。


「君をここに引き留める理由がある。それに――私は君が知りたい情報を知っている。」


 ミエラは振り返り、レグラスを見据えた。


「……私が知りたい情報?」


 レグラスは穏やかな微笑みを浮かべながら、静かに言葉を続けた。


「そう。ここに来る前に君が語っていた目的に関することだ……“歪みのノストール”について。」

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