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魔法使いと皇の剣  作者: 123
3章 神の肉
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アーベンの語り

 アーベンは馬を走らせながら、朝日の柔らかな光と爽やかな風を浴び、久しぶりに清々しい気持ちを味わっていた。馬蹄のリズミカルな音が静寂な早朝の道に響き、オーデント王国を背にした一行は着実に目的地へと向かっていた。


 ミエラ、ガルシア、そしてガルシアの部下である2名の騎士が後ろに続き、一行はドルテ村を目指していた。道は穏やかで、その静けさの中に緊張感が潜んでいる。


(予想と反した動きになってしまったが⋯悪くない)


 アーベンは心の中で呟きながら、視線を周囲に巡らせた。朝日と風の中、自然の景色を楽しむような余裕すら見せていたが、一行全体の雰囲気はそれとは程遠い。


 ミエラは慣れない手綱に悪戦苦闘しながら、どこか焦りを感じさせる様子で馬を急がせている。隣で馬を走らせるガルシアや騎士たちは、緊張した表情で周囲を警戒し、常に手を剣に添えている。その慎重な態度に、アーベンは苦笑いを浮かべた。


(旅を楽しむ余裕くらい持つべきだろうに……いや、半分は私のせいか)


 そう心の中で自らを納得させる。今回の旅が単なる移動ではなく、あまりに重い目的を背負ったものだと理解している以上、周囲が張り詰めるのも当然のことだ。


 そう心の中で自らを納得させる。今回の旅が単なる移動ではなく、あまりに重い目的を背負ったものだと理解している以上、周囲が張り詰めるのも当然のことだ。


 しかし、その重い状況にも関わらず、アーベンの心にはある種の面白さが広がっていた。


(皮肉なものだな……)


 アーベンは微かに笑みを浮かべ、馬を走らせながら考えを巡らせる。真の王を名乗り竜族のアイリーン殺害の指示を下したのは他でもない自分だった。それが今はこうして自分がアイリーンを救うために動いているのは何とも滑稽だと思う。


 だが、それ以上に気になるのは、別の人物が盗賊たちに指示を出していた件だった。七騎士の一人、バスバの殺害と弟レグラスの行方を追い、命を狙うように命じたのは、自分ではない。


(つまり、真の王を騙っているのは複数いるということか……?)


 アーベンは馬を走らせながら、考えを深める。アイリーンを狙うように命じた自分と、バスバやレグラスを狙わせた「真の王」


(その正体がわからない以上、私たちは闇の中を進むようなものだ……が、それがまた面白いところだ)


 微かな笑みを浮かべるアーベンの瞳には、挑戦を楽しむような光が宿っていた。彼は風を受けながら、先行するガルシアの部下たちの動きを確認しつつ、馬の速度を上げた。


 この旅の先に待つのは、アイリーンの救出だけではない。真の王を騙る者たちの正体を暴き、その背後に潜む目的を見極めること――それが、この複雑な状況に潜む、最大の興味を引き出していた。


(さて、私をどこまで楽しませてくれるか……見せてもらおうか)


 アーベンは心の中でそう呟きながら、朝日の照らす道を進み続けた。



 馬を走らせ続け、辺りが薄暗くなり始めた頃、ガルシアが一行に向けて提案した。


「思っていたよりも順調に進めました。しかし、馬を休ませなければなりません。このままでは村に到着しても動けない馬を連れていく羽目になります。一度、休息を挟みましょう。」


 その提案に、アーベンは迷うことなく賛成した。実のところ、アーベンには急ぐ理由が特にない。ドルテ村への到着を急かされる旅路も、苦痛に近いものがあった。むしろ、旅を楽しみたいアーベンにとって、竜族――自分の手で殺すべきと考えている存在――のために急ぐなど、到底納得できるものではなかった。



 一方で、ミエラは悔しそうな表情を浮かべながらも、休息には反対しなかった。彼女の焦りは明らかだったが、それ以上に彼女の体力が限界に近づいているのが一目で分かった。昨日の夜から盗賊との一件で休む暇もなく、慣れない馬の操作がその疲労に拍車をかけていたのだ。


 アーベンはミエラの様子をちらりと見て、小さく息を吐いた。悔しさを滲ませながらも無言で提案に従う彼女の姿に、彼は少しだけ口元を歪める。


「無理をして馬も人も倒れるよりは、ここで体力を温存しておくべきだね。」


 ガルシアもミエラの疲れた様子を一瞥し、深く頷く。


「その通りです。ここでしっかりと休息を取れば、明日には万全な状態で村に向かえます。」



 そうして、一行は近くの小高い丘の上に簡易的な野営を設けることにした。馬たちを木陰に繋ぎ、水や餌を与える間、ガルシアの部下たちは周囲の安全を確認するために動き出した。


 焚き火の準備が整う頃には、辺りは完全に夜の帳が降りていた。火の明かりが一行を包み込む中、アーベンはゆったりとした態度で腰を下ろしながら、再び周囲を見渡した。


「やれやれ、少しは旅らしい風情が出てきたじゃないか。」


 その言葉にはどこか皮肉めいた響きがあったが、アーベンの表情にはほんの少しの安堵が見えた。


 ミエラはそんなアーベンを一瞥したが、疲れのためか、特に何も言わず自分の場所に腰を下ろした。


 アーベンは火を見つめながら、ぼんやりと考えを巡らせる。休息の間に頭を整理し、この状況をどう動かすか――自分が何を選び、どこに落としどころを見つけるべきか。


(竜族……アイリーン。彼女さえ現れなければ、全てはうまく進んでいたのだがな)


 アーベンは静かに火を見つめながら、心の中でそう呟いた。運命の神……いや、それ以上に竜族そのものが厄介な存在だと、改めて思い知らされる。


 竜族は「運命の導き手」としてアルベストで知られているが、アーベンの考えでは、真実は異なる。彼らは神々に対して悪く働かないように、調和を保つための存在に過ぎない。


 愚かな人間たちは、その調和がもたらす結果だけを見て、「竜族は人間のために動いている」と勘違いしている。だが本質は違う。竜族の行動はすべて神々の意志に沿わない状況を防ぐため、つまり神々の利益のために動いているに過ぎないのだ。


(人間のため? 笑わせる……)


 アーベンは内心で嘲笑しながら、彼女の存在がこの国にもたらした混乱を思い返した。


 ベイルガルド――神々との戦いを目前に控えているこの状況で、竜族の一人がこの国を訪れた。そして、神を殺そうとする弟ケイオスの前に現れたのだ。アイリーンの仲間が阻んだとはいえ、王剣の力――人の死への切望を帯びた剣の力を受け止めてみせた。それが何を意味するのか、アーベンには理解できていた。



(竜族がこの地に来た時点で、すべてが狂い始めた。ケイオスが抱える王剣の力は、神々との戦いの切り札になるはずだったが……それを竜族の仲間が防いだのを示してしまった以上、貴族達や騎士達にも疑問が生まれる)


 火の明かりに照らされるアーベンの横顔には、どこか憂いと苛立ちが交錯していた。


「運命の導き手、か……。本当のところは、ただ神々の意志に従う駒に過ぎないというのに」


 アーベンは小さく呟き、火をつつきながらその考えを振り払うように頭を振った。竜族の存在がすべてを狂わせる。その事実を認識しながらも、今のアーベンにできるのは、彼らが次に何をもたらすのかを見極めることだけだった。


(神々の時代を終わらせるべき時が来ている。それを邪魔する竜族の存在は、やはり……)


 アーベンは目を閉じ、心に湧き上がる複雑な感情を押し殺した。アイリーンの存在がもたらす影響。それは自分たちの計画を阻むものになるのか、それとも――。


(まぁいい。手は打ってある。もし竜族を殺せないのなら、それまでだ。人は神と共に生きればいい。弟ケイオスがベイルガルドに敗れ、命を落とすのなら……その時は私が王となればいいだけの話だ)


 アーベンは心の中で冷静にそう結論づけた。だが、そのためには多くの準備が必要だった。オステリィアの魔法使いの協力を得ること、周辺国への根回しを進めること――どれも欠かせない。


 何より、戦が避けられない状況になれば、国に留まること自体が危険だ。さっさと適当な理由をつけて国から離れた方が身の安全が保たれる。



 真の王、竜族、周辺国、そして貴族たち……どれもが煩わしい。考えただけで頭が痛くなる。


(ケイオスが王に任命された時は正直、驚いたものだ。確かにカリスマがある。武力も知力も申し分ない。だが――)


 アーベンは微かにため息を漏らす。


(いくら立派な言葉を並べたところで、ケイオスの根底にあるのは復讐だ。母を奪った神への憎しみが、弟を動かしている。それだけの話だ)


 そして、もう一人の弟、レグラスも同じだとアーベンは思う。


(レグラスは……甘すぎる。優しさだけで国を何とかしようとするあの姿勢では、この欲望にまみれた政治の場では通用しない。それでも正直、父が王位の指名をするならレグラスだと思っていたんだがね)


 父は愚かな人間だった、とアーベンは冷ややかに思う。


(母を一途に愛し、他の王妃を迎えなかった。今思えば、それで政略争いを防げた側面もあるのだろうが、他国との婚姻による駒を作らなかったのは失策だ。まぁ、結婚もしていない私が言えたことではないが)


 それでも、父がケイオスを選んだのは意外だった。レグラスがケイオスに逆らったあの日、父はレグラスの中に母を見たはずだとアーベンは思っている。


(レグラスの思想や行動は、母のそれと同じだ。それを好んだ父が、どうしてあの日、レグラスではなくケイオスを選んだのか……)


 理由はおそらく、サイスルが何か仕掛けたのだろう。そう考えるのが最も自然だ。


(まぁ、父が私を指名することはないと思っていたから、どうでもいいことだがな)


 アーベンは小さく鼻で笑い、焚き火を見つめながら深く息をついた。兄弟たち、父、そして竜族――全ての因果が自分の目の前で絡み合い、収拾のつかない状況に向かっている。だが、それでもアーベンはどこか冷めた感覚でその状況を見つめていた。


(面倒だが、最後に立っているのは私でいい。それで全ては収まる)


 そう心に決めながら、アーベンは静かに目を閉じ、明日の旅路に備えた。焚き火の炎だけが周囲を明るく照らし、その影の奥に、彼の次なる策略が静かに形作られていくのだった。

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