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魔法使いと皇の剣  作者: 123
3章 神の肉
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ドルテ村


 謁見室の中は静寂に包まれていた。朝日の光が大きな窓から差し込み、その光の中にアーベン王子が佇んでいた。


 燃えるような赤い頭髪は微かな光を反射し、髭ひとつなく整った容姿が知性と威厳を与えていた。


 簡素ながらも洗練された装飾が施された衣服は、無駄のない実用的なセンスを垣間見せ


 鍛え抜かれた戦士というよりも、策略や思索に長けた王族という印象を与えるその佇まいは、彼が剣ではなく知恵で多くの難題を乗り越えてきた人物であることを物語っていた。


 アーベンは静かに視線を上げ、扉を通って入ってきたミエラに目を向けた。


 その瞳には、ただならぬ洞察力と冷徹なまでの判断力が宿っている。その視線を受けた瞬間、ミエラは心臓を締め付けられるような緊張感を覚えた。


「もう旅立つ時間になったと急かしに来たわけではなさそうだね」


 アーベンの声は明瞭だった。謁見室の静寂を破るその一言は、無駄のない洗練された響きを持っていた。


「はい、申し訳ございません。今日この早い時間にお時間を頂いたのは別の要件からです」


 ミエラは深く一礼をし、緊張を押し殺して答えた。その姿勢は毅然としており、決して怯えを見せない強さがあった。


 アーベンはミエラの言葉に軽く頷くと、テーブルの横に置かれた椅子に腰を下ろした。片手をテーブルに置きながら、ミエラに柔らかく問いかけた。


「いいや、構わないよ。私も早く目覚めてしまってね、だがこうして旅の仲間からのお願いに答える事ができた。早起きも悪くないね」


 アーベンは穏やかな微笑を浮かべながら、目の前のミエラをじっと見据えた。


 その眼差しには優しさと知性が混じり合いながらも、どこか底知れぬ深さを感じさせた。


「それでは、話を聞こう。何があったのか、そして君が何を望んでいるのかを教えてくれ。」


 ミエラは一瞬息を整え、心を落ち着けた。

 この瞬間に備えて準備を重ねてきたが、彼女の内心にはなお緊張が渦巻いていた。


 それでも、毅然とした態度で一歩前に進み、声を落ち着けて口を開いた。


「アーベン王子、私の友人であるアイリーンを救うためにお力をお借りしたいのです。彼女は盗賊団によって人質として捕らえられています。さらに、その背後には王国に危険を及ぼす可能性のある陰謀が隠されていると確信しています。」


 その言葉に、アーベンの表情が僅かに変わった。彼は椅子に深く腰を掛け直し、指を組みながら冷静な声で尋ねた。


「王国に危険を及ぼす陰謀……具体的にどういうことか、詳しく説明してくれ。」


 ミエラは頷き、話を続けた。



「盗賊たちはアイリーンを利用し、第二王子レグラス様に接触しようとしているようです。彼らの目的は明確ではありませんが」


 アーベンは視線を少し鋭くし、短く息を吐いた。その目には一瞬の思案が浮かんだ後、彼女を試すような言葉を投げかけた。


「レグラス…姿を見せない弟の名をこうして聞くとはね。だが、ただ探してる訳ではないはずだ、君は盗賊達から弟を見つけたらどうするのか聞いてるはずだね?」


 その冷静な一言に、ミエラは一瞬息を呑んだ。

 アーベンの鋭い洞察力に圧倒されつつも、彼女は慎重に言葉を選びながら答えた。


「はい、盗賊たちはレグラス王子をただ探しているだけではなく、何らかの目的のために彼を利用しようとしているようです。しかし、具体的に何をしようとしているのか、まだ明らかにはなっておりません。」


 アーベンの視線はさらに鋭くなり、ミエラの言葉の真意を見極めるようにじっと彼女を見つめた。



「君の立場からしたら答えられない内容だったね⋯すまない、君がどう答えるか興味があった。狙いは弟の命かい?」


 アーベンの問いは冷静でありながら、核心を突くものだった。その瞳には深い洞察が宿り、ミエラの内心を見透かそうとするような鋭さがあった。


 ミエラは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに冷静さを取り戻した。彼の問いに対して慎重に言葉を選びながら答える。


「私は盗賊の一人⋯ロスティンと名乗る男よりそう聞きました。しかし何故、レグラス王子の命を狙うのか誰が指示したのか迄は知りません。お許しください。」


 アーベンはミエラの答えを聞くと、しばらくの間無言で彼女を見つめた。


 その鋭い視線には、ミエラの言葉の真偽を探ろうとする意図が見て取れた。謁見室に流れる緊張した空気は、一層重苦しいものとなった。


「君は今、私の命と引き換えに仲間を助けようとしている、勿論それを指示しているのは盗賊⋯いや後ろで暗躍している者かな⋯」


 アーベンは静かに口を開き、視線を窓の外へ向けた。


「弟のレグラスは少し前に自身の妻や子を失っている。何者かの手によって」


 ミエラはアーベンの言葉に目を見開いた。言葉に含まれる重みは、謁見室の空気をさらに重くした。レグラス王子が家族を失ったという衝撃的な事実は、胸に深い憂慮を与えた。


「レグラス王子が……家族を?」


 ミエラの声は自然と低くなり、その言葉を慎重に反芻するようだった。


 アーベンは窓の外を眺めながら静かに続けた。


「そうだ。レグラスは長い間、王家の中で孤立していた。弟としても、彼の選んだ道を完全に理解することは難しかった。だが、それでも彼が家族を大切にしていたことは知っている。」


 アーベンはその視線をミエラに戻すと、目を細めて彼女を見つめた。


「その家族を奪われた弟の場所を知るものはいない、ただ私は弟が消える前に言葉を交わしてる」


 アーベンの言葉にミエラは耳を傾け、その瞳の奥にある深い感情を読み取ろうとした。

「レグラス王子と最後に交わされた言葉…どのようなものだったのですか?」


 アーベンは一瞬、思い出すように目を閉じた。そして静かに口を開く。


「『家族を奪った者は許さない、それが例え血を分けた兄弟であろうと』――弟はそう言った。それが、彼と話した最後の言葉だ。」


 アーベンの言葉に、ミエラは衝撃を隠せなかった。


「兄弟であろうと許さない…レグラス王子はそうおっしゃったのですか?」


 ミエラの問いに、アーベンは静かに頷いた。その顔には複雑な感情が浮かんでいたが、決して揺らぎを見せることはなかった。


「弟が何を意味していたのか、今となっては知る術はない。ただ、家族を失ったあの時、弟が深い憎悪と絶望に囚われていたことは確かだ。」


 ミエラは胸に重いものを感じながらも、自分が進むべき道を見失わないように深呼吸をした。


「レグラス王子は、何か重大な誤解をされているのではないでしょうか?もしくは、誰かに意図的にそのように思わされているのかもしれません。」


 アーベンはミエラの言葉に一瞬だけ瞳を細めた。



「可能性としては考えられる。だが、何が起きたのか、何故そうなったのか知らない君の口からその言葉がでるのは興味深い」


 その場の空気が一層重くなる中、今まで黙っていた、ガルシアが一歩前に出た。


「王子、もしよろしければ、ミエラ殿と私でレグラス王子の行方を追う任務を受け持ちたいと存じます。彼の安全を確保し、王家にとって不利益をもたらす陰謀を未然に防ぐために。」


 アーベンは一瞬ガルシアに視線を向けると


「何か別の意図があるなら話してくれた方が良い状況だよ」


 ガルシアは静かにアーベンの視線を受け止め、毅然とした態度で答えた。


「王子、私に隠し事をするつもりはありません。ミエラ殿やバスバが捕らえた襲撃者を調べた所、レグラス様の元近衛兵だったのです。今回私が盗賊のアジトに向かっていたのは盗賊と真の王を名乗る者の調査です。」


 その言葉にアーベンは少しだけ微笑を浮かべ、手を組んで背もたれに体を預けた。


「なるほど、ガルシア。君は真の王を名乗る者が弟レグラスであるとみて、盗賊のアジトに向かい。そしたら盗賊にレグラスを探すよう言われた訳かおかしな話だね」



 アーベンの冷静な指摘に、ガルシアは静かに頷いた。


「おっしゃる通りです、王子。盗賊たちを『真の王』を名乗る者を使い、何か大きな目的を果たそうとしているのか、あるいは単なる攪乱か。詳細はまだ掴めておりません。」


 ミエラがその会話を聞きながら、一歩前に出て口を開いた。


「では、もしその『真の王』を名乗る者がレグラス王子ではないとすれば、彼の名が利用されている可能性は高いのではないでしょうか。盗賊たちが意図的に王国の不安定を煽るために、レグラス王子の存在を使っている…」



 アーベンはその言葉に一瞬目を細め、深く思案するように視線を落とした。



「確かに、弟が王族の中で孤立していたことを考えれば、利用される余地はある。だが…もしこれが単なる攪乱ではなく、本当にレグラス自身が絡んでいるのだとしたら…?」


 その問いかけに、ガルシアとミエラは互いに顔を見合わせた。ミエラは少し考えた後、冷静な声で答えた。


「もしレグラス王子が関与しているのだとしても、その動機には必ず理由があるはずです。私たちがそれを確認し、真実を見極めることが重要ではないでしょうか。」


 アーベンはミエラの意見を聞き、ゆっくりと頷いた。その瞳には一瞬だけ揺らぎが見えたが、すぐに冷静な表情を取り戻した。



「一つ、私は嘘をついた。弟の居場所についてだ。」


 そう言うと、アーベンは机の引き出しに手を伸ばし、一枚の古びた地図を取り出した。その地図を丁寧に広げ、二人の前に差し出す。


「この地図に記された『トテル村』――ここはかつて弟がホイスタリンの暴虐から守り抜いた村だ。そして、今もなお、この国において慈愛の神オルフィーナを信仰している数少ない地でもある。」


 その言葉にミエラは思わず息を呑んだ。


「オルフィーナですか?」


 驚きの色を隠せないミエラの反応に、アーベンは目を細め、鋭い視線を向けた。


「おや? 知っているのかい?」


 その問いには、興味とともにわずかな警戒が感じられた。ミエラは一瞬ためらい、視線を落としたが、意を決して話した。


「グランタリス……私がかつていた大陸でも、オルフィーナへの信仰は非常に盛んでした。その存在はただの神話ではなく、人々の日常や文化に深く根付いていました。『魔法使いケンニグと慈愛の女神オルフィーナ』――その物語は特に有名で、私も知っています」



 アーベンはミエラの言葉を静かに聞きながら、鋭い瞳で彼女を見つめていた。その視線には、どこか過去の記憶を辿っているような複雑な感情が宿っているようだった。そして、彼は深く息をつき、重い声で口を開いた。


「外の大陸でもオルフィーナが信仰されていたとはね…。」


 アーベンは地図の一部を指でなぞり、トテル村の周囲に目を留めた。


「だが、今の問題はそこではなく、このトテル村に我が弟レグラスがいると情報があってね」


 ミエラは驚いた表情を隠せなかった。アーベンの弟レグラスが、トテル村にいるというのだ。


「レグラス王子が…トテル村に?」

 ミエラは慎重に問い返した。その目には、真実を求める鋭い光が宿っていた。


 アーベンはその視線を受け止めると、口を一文字に結び、少しの間、何かを考えるように沈黙した。そして、やがて静かに口を開く。


「そうだ。だが、正確には『いるかもしれない』というべきだろう。近頃、トテル村で弟に似た男が目撃されているという情報が入った。」



 アーベンは地図を指で軽く叩きながら


「弟が一連に関与しているのか、それとも誰かが彼を装っているのか…真相はわからない。だが、この目で確かめる必要がある」


 アーベンの声は低く、だが揺るぎない決意に満ちていた。


「この目で⋯ですか?」


 ミエラはアーベンの言葉を反芻しながら、眉を寄せて尋ねた。「この目で」という言葉には、何か深い意味が込められているように感じたのだ。



「そうだね。私自身が確かめたい。だが、この国の事情を考えれば、私が直接動けば余計な注目を集める。今の私は、何か行動を起こすたびに王宮内外で波紋が広がる立場にいるから、大きな人数は動かせないが⋯」


 アーベンはそう言いながら、再び地図を指でなぞり、トテル村の位置を指し示した。


「君には、私とトテル村へ行き、その目で確かめてきてほしい。」



 アーベンの言葉には、弟に対する信頼と同時に、何かを期待するようにも感じられた。ミエラはその微妙な感情の揺れを察しつつも、静かに頷いた。


「わかりました。私も友を助ける為にできる限りのことをいたします。この目で、王子様の真意を見極めて参ります」



 アーベンはミエラの決意に満ちた言葉を聞き、小さく頷いた。


 ガルシアはそんな様子みて静かにアーベンを見つめ、口を開いた。


「アーベン様、ケイオス様からの任の途中もあり、私もご同行させていただきます。もちろん、近衛兵をお連れになるかもしれませんし、私にそれを知られたくないご事情があるのかもしれませんが、それでも構いませんね?」


 その物言いには敬意が感じられるものの、どこかアーベンを探るような含みがあった。


 アーベンは微笑みを浮かべながら、穏やかな声で応じる。


「もちろんだ。むしろ、私から同行をお願いするつもりだったよ。今回は近衛兵を連れていくつもりはない。もし弟、レグラスに何かあった場合、彼らの存在が余計な問題を引き起こしかねないからね」



 柔らかな言葉の中に確固たる意図をにじませたアーベンに、ガルシアは軽く頭を下げた。警戒を含ませた探りに対して、アーベンが見せたのは、動じることのない余裕だった。


「村までは2日ほどで到着する。ミエラ、君の友人が盗賊たちに与えられた時間はどれくらいだね?」


 問いかけられたミエラは、一瞬だけ眉を寄せた後、すぐに答えた。


「猶予は3日です。ただ、あまり余裕はありません。状況が変われば、約束が反故にされる可能性もあります」


 アーベンはその答えに静かに頷き、ガルシアに視線を向けた。


「往復の時間を考えると、確かに猶予は厳しい。だが、もし私たちがトテル村に向かうことを奴らに察知されれば、それだけで盗賊たちに有利な情報を与えることになる。それは避けなければならない」



 ミエラはアーベンの指摘に頷きつつも、不安げな表情を浮かべた。


「では、どうすれば…。ただでさえ時間が限られているのに、盗賊たちに動きを知られるリスクを避けながら進むのは…」


 ガルシアが一歩前に進み、静かに口を開いた。


「アーベン様、混乱を避けるためにも策を練る必要があります。仮にレグラス様を見つけたとしても、奴らに引き渡すことは不可能です。奴らはレグラス様が手に渡れば、必ず命を奪うと断言しています。」


 一瞬の間を置き、彼は鋭い視線で言葉を続けた。


「私の任務は、盗賊の背後に潜む“真の王”を名乗る者の調査とその処罰です。もしレグラス様が彼らの陰謀に関与していないと判明した場合、申し訳ありませんが、人質交換には応じられません。その時は全力で盗賊どもを殲滅いたします。」


 ガルシアの強い意志を込めた言葉に、アーベンは短く息を吐き、手元の地図に目を落とした。彼の顔には冷静さと微かな葛藤が浮かんでいた。



「ガルシア、君の言うことは理にかなっている。奴らの目的が弟、レグラスそのものだとしたら、みすみす手渡すわけにはいかない。それが国を守る道であり、ケイオスの命に従うお前の使命だろう。しかし…」


 アーベンは目を上げ、鋭い眼差しでガルシアを見据えた。


「いま、強力者の前で話すのは君の優しさだろうが、優しさが判断を鈍らせることもある。時間は我々にとって最も重要な敵だ。いまは全速力で馬を走らせるしかない。間に合わなければ、どれほど緻密な策も無意味に終わるのだから」


 アーベンの言葉には、時間の重みを強く意識した鋭さがあった。その指摘に、ガルシアはしばらく無言で彼を見つめた後、小さく頷いた。


「仰る通りです、アーベン様。すぐに準備を整え、出発いたしましょう」


 アーベンはその応えを聞き、深く息をついてから地図を畳んだ。


「よし、では動き出そう。我々が真実にたどり着くためには、行動が全てだ」


 決意を胸に、一行は静かに動き出した。時間との戦いがいよいよ始まる。

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