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魔法使いと皇の剣  作者: 123
1章 出会い
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決着と出会い

 ミエラには、何が起きたのか一瞬理解できなかった。


 怒り、希望、嘆き、恐怖――様々な感情を宿した者たちの叫びが、彼女の周りに渦巻いている。その中心で、青年が神に向かって死を告げたのだ。


「この船で恐怖の象徴だったもの」が、青年の一太刀に耐えきれず、ついに身体を散らして消えた。


 ミエラがその光景に圧倒されていると、ノストールが激しい怒りを露わにした。船に魔物を召喚しかけたかと思うと、顔つきを変え、青年に向かって魔法を放ち始めた。


 《歪め!歪め!歪め!》


 その怒声に震え、ミエラは初めてノストールの気配をこんなに近くで感じた。その異様な存在感に息を呑む。

 ノストールの魔法が青年を包み込み、彼の周囲の空間が歪み始めた。しかし、崩れた甲板を利用して青年は素早くその場を離れ、大事には至らなかった。


 ホッと胸を撫で下ろしつつも、ミエラの中に一つの疑問が浮かぶ。


(ノストールは……どうして彼を直接歪めないの?父の時と同じようにできるはずなのに……。船の時もそうだった……アイリーンを錯乱させることはできたけど、姿を変えることはできなかった。あのときも、周りに魔法は使えても、人そのものには手が届かなかった……。)


 疑問が疑問を呼び、ミエラの思考は迷路に陥る。だが、いくら考えても明確な答えは見つからなかった。


 そんなミエラの前で、ノストールが突然魔法を止め、引いていくのが見えた。その行動は意外だった。怒りに燃えるノストールが何故攻撃の手を緩めたのか――その理由はわからない。しかし、疑問を抱くよりも先に、ミエラはこの状況を「好機」と捉えた。


 唯一ノストールを倒せる力を持つ青年を、必死に探し始めた。


 青年はすぐに見つかった。彼は美しい女性海賊と軽快に言葉を交わしながら、次々と魔物を斬り伏せていた。その姿には熟練の風格があり、戦い慣れた者の動きだった。


 ミエラは急いで青年に駆け寄ると、彼もミエラの存在に気づいたようだった。魔物を一体倒したタイミングで振り返り、彼女に視線を向ける。


 ミエラは青年の前に立つと、思わず感謝の言葉を口にしていた。彼が自分のために、あのノストールに立ち向かってくれたことに胸がいっぱいだったのだ。


「あの……ありがとうございます……」


 その言葉に、青年は少し困ったような表情を浮かべる。

「いえ、礼を言われるような状況じゃないですし……。それより、何か策とかありますか?」


 ミエラに何か手がかりがないか尋ねながらも、青年はなおも魔物を次々と斬り倒していく。その姿を見たミエラも感化され、船に張り付いた魔物を魔法で蹴散らし始めた。


 それを見た青年は、驚いたような表情で声を上げた。

「魔法使い?」


 この緊迫した状況で、まるで年齢でも聞くような気軽さで言われた言葉に、ミエラは一瞬戸惑う。


「えっ? あ……はい、そうです。」


 彼女の返答を聞いた青年は感心したように頷き、ミエラが何かを言うよりも早く、協力を申し出てきた。


「すごいですね。その魔法でノストールを近づけることはできますか? もしくは、俺をあいつの元に送ることは?」

 

 彼の頼みに、ミエラは少し考え込む。やれることは限られているが、唯一思いついている策があった。意を決して答える。


「ノストールを近づけるのは難しいです。放つ魔法が歪められてしまうので……。でも、あなたを向こうに送ることはできます。」


 ミエラがようやく思案を伝えようとした瞬間、青年はそれを遮るように元気よく応えた。


「ありがとうございます! それじゃ、早速お願いします!」


 その即答に、ミエラは一瞬目を見開いた。助けてくれた恩人ではあるが、あまりに軽率で何も考えていないのではないか――そんな不安が胸をよぎった。


「でも……とても危険で……送るというよりは……」


 ミエラがためらいがちに忠告を口にすると、青年はそれをまるで気にも留めないようだった。


「それでも、この状況を打破するために必要です。お願いします。」


 その言葉にミエラは一瞬言葉を失った。作戦の詳細を話してもいないのに、これほどまでに強い意志を見せる青年に、何か不思議な力があるようにも思えた。そして、彼の熱意に触れたことで、自分にも「やれるはずだ」という感情が湧き上がってくるのを感じた。


 ミエラは決心し、静かに口を開く。


「わかりました……。私の魔法で、ノストールの近くまでお送りします。」


 一呼吸置いて続ける。

 

「ただ……安全を考えれば、小舟を使い波であなたを送る方法が理想ですが……ノストールが魔法を使えば、一瞬で破壊されてしまいます。それに、気づかれれば、入れ違いでこちらに向かってくる危険もあります。」


 ミエラの言葉に、青年の表情が一瞬曇る。それでも彼女は話を続けた。


「だから、海の中を通してあなたを送ります。流れに乗せることで気づかれる可能性を低くし、何かあればすぐに戻すことも可能です。」


 青年はミエラの説明を聞きながら、どこか後悔しているようにも見えた。その姿を見たミエラは、話した手前引き下がれなくなっていたが、同時に内心で呆れていた。

(やっぱり……この人、よく作戦を聞かずに了承してる。)

 

 

 それでも、今の状況を考えれば、この方法が最善であることに変わりはない。ミエラは冷静さを保ちながら話をまとめる。


「……時間はかかりません。むしろ、そのほうが速い。そして、何があってもあなたを守ります。」


 話し終えると、ミエラは少し声を張り上げた。

「時間がありません。お願いします。」


 青年は彼女の言葉を聞き、意を決したように短く応じた。


「わかりました。それで行きましょう……お願いします。」



 しかし、その返事にはどこか覇気がなかった。そして、彼は迷いを振り払うように、ノストールの死角を狙い海へ飛び込んだ。


「えっ、ま、タイミングとか!」

 


 青年の行動の早さに、ミエラは慌てた。すぐさま魔法を唱え、海の中に激流の道を作り出す。


 ミエラは魔法のイメージを正確に描けていることに少し安心した一方で、こんな無謀な作戦を提案した自分を後悔し始めていた。激流そのものはうまく作れたとしても、その中にいる青年がミエラの魔法で命を落とす可能性もあったのだ。


(どうしてこんな危険な方法を……それに、どうして私は彼を信じているんだろう……。)


 そう思った瞬間、青年がノストールに向けて刀を振るった時の姿が脳裏に蘇る。絶望的な状況でも決して引かず、神に立ち向かったあの姿――それが、彼への信頼につながっているのだとミエラは納得した。


(この作戦を成功させるしかない……。)


 ミエラはそう心を決めると、全神経を集中させて青年を無事送り届けるために魔法を操った。


 激流はそのままノストールの真下へとつながり、やがて海面から巨大な水柱が勢いよく打ち上がる。その中から放り出された人影が空中で体勢を整えた。その瞬間――青年の刀がノストールに向けて閃いた。


 ノストールの身体に一閃の剣筋が刻み込まれる。完全に両断するには至らなかったが、その剣筋は確実にノストールを傷つけた。


 一瞬、ノストールの身体が糸の切れた人形のように崩れ落ちる。しかし、すぐに立て直すと、憎悪を込めた視線を青年に向け――そして忽然と姿を消した。


 ノストールが消えたことで、船の周囲にいた魔物たちは我先にと散り散りになり、場の緊張が一気に緩んだ。だが、ミエラに安堵の余裕はなかった。


「……!」


 彼女は急いで海に落ちた青年を探し、焦りの中で再び魔法を唱える。同じ激流を操り、青年の身体を海から船まで引き上げる。


 青年は激流の力で海から放り出され、鈍い音と共に船の甲板に叩きつけられた。その衝撃で呻き声を上げるものの、意識はしっかりと保たれているようだった。


 ミエラは申し訳なさで胸が締め付けられながらも、急いで彼に駆け寄る。


「な、何とか成功しましたね……」


 彼女の声に応えるように、青年はゆっくりと顔を上げた。だが、彼の衣服は最初に見たときよりもさらにボロボロで、いくつかの傷口からは血が滲んでいた。ミエラの目はそれを捉え、心が痛む。


「ご、ごめんなさい! なんとか助けようとしたんですが、乱暴な手段になってしまって……」


 焦りながら謝る彼女に対し、青年はわずかに笑みを浮かべながら首を振った。


「いや、大丈夫です。これくらい想定内ですから。それより……奴はどうなりました?」


 青年は転がっていた身体をゆっくりと起こし、先程まで戦っていた海の先に目を向けた。


 ミエラもその視線を追いながら、答える。


「殺すまでには至りませんでした。でも、神が負った傷をどう癒すのかはわかりません。ただ、撤退したことからして、一旦は安全だと思います。」


 そう言いながら、ミエラは少し微笑んだ。


「本当に……ありがとうございました。」


 その感謝の言葉に、青年も笑みを返す。彼の疲れ切った顔に浮かぶ笑顔はどこか優しさを宿していた。


「いえ、此方こそありがとうございました。それと……そう言えば、ミエラさんですよね?話の流れで名前は知ってましたが、俺、自分の名前を名乗ってませんでしたね。俺はジンです。」

 


 青年――ジンはそう言うと、右手を差し出した。ミエラも驚きつつもその手を取り、笑顔で答える。


「ジンさん……私はミエラです。よろしくお願いします。」


 互いに名前を交換したその瞬間、どこかに漂っていた緊張感がすっと消え、船上には少しの間、穏やかな空気が流れた。


 そんな二人を祝福するかのように、船上では残りの魔物たちを蹴散らした海賊や船員たちが次々と雄叫びをあげていた。そして、その熱狂に包まれる船の先には、いつの間にか結界の外のような広々とした景色が広がっていた

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