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魔法使いと皇の剣  作者: 123
4章 波乱
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別離

 薄暗い街並みを駆け抜けながら、ジンは胸の奥にわずかな違和感を覚えていた。


 戦の気配が漂うオーデントの街。だが、それだけではない——何かが、決定的に違う。


 その感覚に答えるように、アイシャが苛立った声を上げる。


「……なんで? 夜明け前なのに、今日はやけに人が多くない?」


 街角に立つ者、通りを歩く者、その誰もがどこか落ち着かない様子を見せている。


 竜族への理解があるとはいえ、アイリーンの姿はやはり目を引く。人目を避けながら移動したいのに、それが難しい状況に、アイシャは苛立ちを隠せない。


 そんな彼女の言葉に、アイリーンも鋭い視線を周囲に向けながら小さく呟いた。


「確かに……それに、なんか変な視線を感じる。」


 ジンも同意だった。


 初めてオーデントを訪れたときは、アイリーンの姿を気にしない者も多かった。だが今は違う。


 向けられる視線には、恐怖とも、敬意とも言えない複雑な感情が混じっていた。


(……何が変わった?)


 戦が近いからか? それとも、何か別の理由が——


 思考を巡らせるジンをよそに、アイリーンが溜息混じりに言う。


「ちょっと予想外ね。このままじゃまずいわ。」


 ジンも頷く。


「アジトがある区画は抜けたみたいだ。一旦、どこかに落ち着こう。」


 ジンの提案に、アイシャが前を向いたまま手を上げる。


「知ってる空き家があるわ。昔、盗賊だった頃に使ったことがある。」


 彼女が先導し、三人は足早にその場を後にした。



 空き家に到着すると、アイリーンは床にばたりと倒れ込み、大きな溜息をついた。


「……本当に、この大陸に来てからろくなことがないわ!」


 尻尾を苛立たせながら呻く彼女に、ジンは苦笑しながら肩をすくめる。


「同意する。」


 そんな二人を見ながら、アイシャが壁に背を預け、腕を組んだ。


「で、あんたたちはどうするの?」


 ジンとアイリーンが互いを見やる。


 しばしの沈黙の後、ジンが口を開いた。


「……悪いが、俺はこの国から退散するつもりだ。」


 アイリーンの表情が険しくなる。


 ジンはアイリーンの視線を受け止めながら、壁に寄りかかり静かに答える。


「悪いとは思ってる。だが元々、この大陸のことは知らなかった。アスケラに近いミエラを狙うノストールを追えば、目的地も近いと考えていた。」


 腕を組み、少しの間考えるように目を伏せたあと、ジンは続けた。


「もちろん、オステリィアは通り道だ。ミエラと合流して向かうのが最善だとは思う。」


 そこまで言って、彼はゆっくりと視線を上げた。


「だが、気づいているだろう? 今、この国は戦の準備に入っている。それも……すぐに。」


 その言葉に、アイリーンとアイシャの表情が引き締まる。沈黙が降りた室内に、遠くから響く馬の蹄の音が、戦の足音のように聞こえた。


 薄暗い部屋の中、ジンの言葉が静かに響く。


「ただでさえ、わけのわからないことに巻き込まれてるのに……戦まで始まったら、どうなるかわかったもんじゃない。」


 そう言いながら、ジンはアイリーンに視線を向けた。


「このままミエラの帰りを待たないのは、不義理だとは思う……だが、少なくともアイリーンを盗賊から救った。俺は、このままベイルガルドを目指す。」


 ジンの宣言に、アイリーンは低く唸るように息を吐いた。


「……あんたがどこへ行こうと勝手だけど、少なくともミエラちゃんは待ちなさいよ。期限は今日までだったはずでしょう? もし今日戻らなければ、それはつまりミエラちゃんに何かあったってことなんだから。」


 鋭い視線を向けるアイリーンに、ジンは肩をすくめた。


「だからこそ、今日が期限だ。もしミエラが戻らなければ——アイリーンはどうする?」


 その問いに、アイリーンは迷いなく答えた。


「探すわ。絶対に。」


 二人の間に張り詰めた空気が流れる。


 戸惑った様子のアイシャが、じりじりと後ずさるのが見えた。


 ジンはため息をつき、静かに告げる。


「……ミエラが戻れば、それでいい。でも、もし戻らなかったら? 悪いが、俺にとっては面倒が増えるだけだ。」


 その言葉に、アイリーンの尻尾が激しく床を打った。


「——あんた、本当に薄情ね。」


 静かな怒りを滲ませるアイリーンの姿に、アイシャは息を飲む。


 ジンはアイリーンを警戒しながらも、冷静に言葉を返した。


「ミエラとアイリーンの出会いの経緯をすべて知っているわけじゃない。それに、お前の性格を完全に理解したわけでもない……でも、正直なところ、なぜそこまでこだわるのか不思議だ。旅を共にした時間は、そこまで長くないはずだろ?」


 アイリーンは鼻を鳴らし、皮肉げに笑った。


「……あんたが、そんなつまらないことにこだわるとはね。友人は年月で決まるものなの?」


 ジンはため息をつき、壁に背を預けた。


「怒るのはわかるが、争う必要はないだろ? 仮にお前が俺を力で制したとしても、俺の考えは変わらない。逆もまた然りだ。」


 そう言って、ジンはアイシャのほうへと向き直る。


「そういうわけだ。アイシャ——ここまでだ。」



 ジンの言葉に、アイシャは目を見開いた。


「……私は、あんたに居場所を奪われた。」


 静かに呟くその声には、怒りと諦めが入り混じっていた。


 ジンは首を振り、冷静に答える。


「確かに、そうかもしれないな。でも、俺は君に居場所を与えることもできない。もし復讐を望むなら、相手をする。だが……その機会は何度もあったのに、君はしなかった。」


 アイシャの表情が歪む。


「……」


「君は復讐を口にしていたが、その実、ただ居場所を探していただけなんだろう。」


 ジンの言葉に、アイシャの肩がわずかに震えた。だが、反論する言葉は出てこなかった。


「悪いが、君の居場所探しに付き合うつもりはない。盗賊ギルドは壊滅し、この国は戦を控えている。君に時間を割く者はいないだろう。」


 ジンは静かに言葉を続ける。


「……もう自由だ。」


 沈黙が降りた部屋の中で、アイリーンの怒り、アイシャの戸惑い、そしてジンの冷徹な決意が、まるで火花のように交錯していた——。


「それじゃ俺は行くよ」


 そういい壁から背を話したジンにアイリーンは


「…一応旅の無事は祈っておいてあげる」


 アイリーンが吐き捨てるようにいった言葉にジンは苦笑いを浮かべ


「俺もだ、気をつけて」


 そのやり取りを見ていたアイシャは、ただ俯き、拳を握りしめていた。

 ジンは一瞬彼女の方へ視線を向けたが、何も言わずに再び歩き出す。


「……それじゃ」


 短くそう告げ、扉へ手をかけた、そのとき——。


「……あんた、本当に行くんだ」


 アイシャの小さな声が、張り詰めた空気を裂いた。ジンは立ち止まったが、振り返らずに答えた


「ああ」


 アイシャは唇を噛みしめ、拳を強く握りしめた。


「……クソ、やっぱり腹立つ……!」


 突如として感情をぶつけるように叫ぶと、アイシャは乱暴に椅子を蹴った。その音が沈黙を破り、部屋に響き渡る。アイリーンが薄目を開けて彼女を見やるが、何も言わない。


「……私は、あんたに復讐するつもりでついてきた。なのに……なのに、なんでこんなに……」



 アイシャは悔しげに声を震わせ、ジンを睨みつけた。だがその瞳の奥には、復讐の激情よりも迷いの色が濃く滲んでいた。


「……なんで、私はあんたに置いていかれるのがこんなに悔しいんだろうね……」


 ジンはしばし沈黙した後、静かに言った。


「……なら、ついてくるか?」


 アイシャは目を見開く。


「何言って……」


「復讐が目的じゃなくなったなら、お前が何をしたいのか、それを探せばいい。俺についてきたところで、答えが見つかるかはわからない。でも、このままここで途方に暮れてるよりは、マシなんじゃないか?」


 アイシャは呆然とジンを見つめた。その言葉は、あまりに無造作で、あまりに無責任で——けれど、どこまでも自由だった。


「……勝手に言ってろ。私は私で決める」


 そう吐き捨てるが、その表情には僅かに迷いが消えていた。アイシャは顔を背け、拳をほどく。


 ジンは微かに笑い、そのまま扉を開けた。


「それじゃ」


 そう言い残し、ジンは夜明け前の街へと歩み出た。


 アイシャは呆然とその背を見送り、アイリーンは小さくため息をついた。


「……本当に、自分勝手な男ね」


 そう呟いたが、その顔にはどこか寂しそうな表情が浮かんでいた。

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