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平凡勇者の異世界渡世  作者: 本沢吉田
06 メッサー脱出編
61/302

061話 (回想)ソフィー


私は神聖ミリトス王国の首都アノールの商売人の次女として生まれた。


名はソフィーという。

姓は無い。

家を継ぐ者が商家名を姓とする。


私は次女なので他の商家に嫁ぐ前提で育てられた。


嫁入り修行の一環で実業学校に通い、商売の基本を叩き込まれた。



ところが私は10歳を過ぎる頃からどんどん背が伸び始めた。

15歳の時に180cmを越えた。


それまで可愛いとか美人とか言ってくれた人たちも何も言わなくなった。



ある日。


学校の帰り道に、身なりの良いガキども4人にからまれた。

私の身長を馬鹿にしてきた。


無視して通り過ぎたら後ろから足を引っかけられ、転ばされ、服を泥まみれにされた。

それだけでなく、卑猥なことを言いながら私を取り囲み、ナイフをチラつかせながら私の体を触ろうとしてきた。


今まで生きてきて初めて殺意が湧いた。


ナイフは脅しに過ぎない。

こいつらは満足に刃物も扱えないひ弱な連中だ。

それは何となくわかっていた。

だが私は容赦しなかった。


かばんでナイフをたたき落とし、4人に力一杯拳を振るった。


4人に障害が残った。


一人は顎粉砕。

一人は片目失明。

一人は難聴。

一人は内臓系の障害。




4人の親が怒鳴り込んできた。


その時初めて私に許嫁がいたことを知った。

4人の中の主犯格のガキの弟が私の許嫁だったらしい。


驚いたことに、4人ともいい年をした大人だった。

更に驚いたのは、4人の親はいずれも私の親の取引先だった。

もっと驚いたのは、私を襲った理由が私との婚約を解消するためだった。



「あんな化け物じみた大女など嫁にできるか」


「汚れた体にしてやれば嫁に出せまい」



本当にそういった。


なら単純に婚約解消すれば良いのに。



◇ ◇ ◇ ◇



アノールの役人がうちにやってきた。

役人が「お前を訴える」と言った。


何を言っているのかわからなかった。


恥ずかしながら、実業学校に通っていながら、私はこのときまで社会のルールというものがわかっていなかった。


私が対決するのは4人の親だと思っていた。

全然違った。


私を訴えたのは神聖ミリトス王国そのものだった。


罪名はアノールの治安を乱した罪。



4人の親と神聖ミリトス王国の法律では、法律の方が絶対的に上位にある。

4人の親は大金持ちだが、比較にならない。


4人の親は私に復讐したい。

だが法律が復讐を許さない。

法律だけが私を裁く権利を持っている。


だから4人の親は役人(法律の執行者)を買収し、法律に私を裁かせようとしているのだった。


これを理解するのに丸1日掛かった。



4人の親は大店の店主だった。

カネはある。

役人も陪審員も全て買収済みだった。


裁判の結果など、やる前から決まっていた。



だが、実際に裁判が始まるとおかしな事が起きた。


顛末を一部始終見ていた人がいて、4人とその親と役人を嘲笑いながら証言した。



「この事件は、いい年をした男が、4人掛かりで、武器まで使って、素手の女一人を襲うという、ゲスの極みの犯罪だ」


「しかも素手の女一人に返り討ちに遭って、大恥をかいたので、どうかお役人様お助け下さいと言う、身も蓋も無い、堕ちるところまで堕ちた話だ」


「どうしてこの役人が4人の親の訴えを採用し、この裁判をおっぱじめたのか、俺には理解できん」


「こいつらも、こいつらの親も、この役人も、どの面さげてこの場に出てこられたのか、明日からどんな面を下げて街を歩くつもりなのか、俺は不思議でならない」


「なあ、ミハエル殿?」



傍聴席に向けて放たれた最後の呼び掛けまでは、4人も、4人の親も、役人も、陪審員も、憎しみを込めた目で証言者を睨んでいた。


だが、最後の呼びかけがされた途端、裁判所の気温が一気に氷点下まで下がった気がした。

そして裁判所の時が止まった。



再び裁判所に時が戻ってきたとき、役人はどのように裁判を進めれば良いか、わからなくなっていたようだった。


傍聴席から降ってきた声は単純明快だった。



「役人殿。ここにおられる傍聴人全員が納得のいくように裁判を続けたまえ」



声には長年絶対的な権力を行使してきた者だけが持つ威厳があった。

その声に込められた怒り、蔑み、不寛容、そして剥き出しの刃物のような殺意は役人を貫いた。


役人は泡を吹いて倒れ、裁判は延期となった。


その後、裁判自体が無かったことになった。




4人の親は商売をたたみ、アノールから去った。


私を襲った4人の男は、実の親に奴隷商に売られた。

障害があったので二束三文だったと、後で聞いた。


買収されていた陪審員達は、いつの間にかアノールからいなくなった。


役人がどうなったのかは知らない。


私は訴えられなかったことになったが、商人の間では浮いた。


人脈を作れないと商売は成功しない。

商家に嫁ぐことは諦めた。



◇ ◇ ◇ ◇



私を救う証言をしてくれた人は高名なA級冒険者だった、と後から知った。


その方が声を掛けた「ミハエル殿」とは王宮の騎士団長だった、と後から聞いた。


私を救ってくれた冒険者のお声掛かりで、私はメッサー冒険者ギルドの門を叩いた。



冒険者はこう言ったそうだ。




「あの女は見所がある」


「とっさの状況判断、行動、度胸。そのどれもが洗練されている」


「本人は力任せに殴ったつもりだろうが、理にかなった動きをしていた。おそらく天性の才能だろう」


「女だが体格に恵まれている。均整が取れていて力もある」


「精進すればB級冒険者まで登り詰めるだろう」



私はメッサーの冒険者ギルドを拠点に活動を始めた。




冒険者稼業は楽しかった。


商人見習いだったときは、何かと「木偶の坊」だの「馬鹿力」だの「非女」だの陰口を叩かれたが、この世界は体がデカい方が正義だ。


私はパワー系女冒険者として有名になった。



男っ気はなかった。


私が恋心を抱いた冒険者がいなかった訳じゃ無い。

だが一人は私が告白する前に死に、一人は私を女として見てくれず、ライバルとして見ていた。

そして私がランクを上げると険悪な関係になった。




とかく人生設計の甘い(というか、無い)冒険者たちの中において、私は珍しく利に聡い冒険者として一部から注目されていた。


他の冒険者がどんぶり勘定や、勘や、根拠の無い自信でクエストを選択していたとき、私は不人気でも確実に利を見込めるクエストを選び、経験を積み、金を稼いでいった。




18歳で身長は190cmを超えた。


前衛の剣士。水魔法使い。そしてC級冒険者になっていた。

名のあるパーティに誘われるようになった。



冒険者パーティはリーダーが利益の大部分を持って行ってしまうので、メンバーの実入りは少ない。

私の場合、ソロでやっていた方が実入りは良かった。


だがパーティなら大きなクエストを受けることが出来る。

ソロではメッサーダンジョンの3層までが限界だが、パーティなら、パーティの実力次第で6層まで潜ることが出来る。

冒険者としての実力、経験が飛躍的に上がる。


一応誤解の無いように捕捉すると、リーダーが利益の大部分を持っていくのは(パーティルールにもよるが)リーダーが宿泊・野営・食事・ポーションの準備を任されている為でもある。


私の経験から言うと、妥当であったり不当であったりする。あしからず。



◇ ◇ ◇ ◇



転機が訪れたのは22歳の時だった。


メッサーダンジョンの6層を攻略中、ダンジョン内でグールに遭遇した。


グールはさほど動きは速くなく、単体の脅威度はDクラスに分類される。

だが実際に遭遇したときの嫌われ度はSSSクラス。


腐った肉を身に纏い、とにかく臭い。汚い。 そして毒を持つ。

倒す事よりも傷を負わない事、装備を汚さない事に気を遣わなければならない。


前衛は隊列を組み、攻撃よりも守ることに重点を置く。

そして後衛からの魔法攻撃で手を汚さずに勝つ。


そんなことは6層に潜るBランクパーティのメンバーなら常識のはずだった。



ところが前衛のメンバー1人がパニックを起こした。

彼は隊列を乱し、突出した。

そしてグールに囲まれた。


彼を助けようとして、私ともう一人の前衛が戦線を前に出したが、突出したメンバーは私たちと連携しようとせず、何かを叫びながら更にスタンドプレイに走った。


私ともう一人の前衛までグールに囲まれそうになった。


私は上体をひねりながら両脇のグール切ったが、その時に右膝に痛みが走った。


後衛の魔法攻撃の援護もあって全てのグールを倒しきったが、パニックを起こした男は致命傷を負っていた。


今際の時、彼は正気に戻り、パーティメンバーに謝った。

そして驚くべきことを言った。



「あれは・・・ あのグールは俺の弟だ。安全地帯で死んで、放置されて、グールになったんだ・・・」



それからダンジョンとは何なのか? と考えるようになった。




その後、B級冒険者まで昇格したが、右膝の調子が悪い自覚があった。

B級冒険者として研鑽を積んだ時間に比例するように、膝の状態は悪化した。


パーティメンバーと一緒に行動することが厳しくなった。


失意の私にギルド長が声を掛けてくれた。

数字に強い私にフロントに入って欲しいという。


断る理由は無かった。




冒険者ギルドの会計はどんぶりもいいところだった。

驚きはしなかった。


1年で建て直した。


文句を言う奴は男にも女にも鉄拳を見舞った。

ここで扱う金は冒険者の血と命だ。

粗末に扱う奴は誰であっても許さん。


ギルド職員は半減したが、業務は問題無く回った。

それどころか健全経営になった。


後でわかったのだが、やめた連中は全員ミリトス教信者だった。

信者以外が残った。



◇ ◇ ◇ ◇



王宮から妙な奴が回されてきた。


治癒魔法士らしいが、生存は不要という。

元の名前は死人に押しつけ、本人は別人に生まれ変わる、というやつだ。


こんなややこしい事をするということは教会絡みだろう。



ビトーは優秀な治癒士だった。

これほど優秀な治癒士はミリトス教会でも見たことがなかった。


ギルド長は、あくまでも治癒士としての顔は裏であり、表の顔は私の助手として鍛えろといった。


どんぶり勘定などやらかしたら叩き出す。

そう思っていたが、ビトーは物覚えが早く、物事の理を理解しようとするので、どんぶりの対極にいた。


驚くことに計算については教えることが無かった。


極めて優秀な助手に育った。


水魔法を教えると3日で使いこなすようになった。

こんな奴は初めて見た。




ビトーは冒険者としてはどれほど鍛えても先が見えていた。

だが死なない工夫はある。


本人も自分自身を正しく理解しており、無謀な夢を抱かずに地道な訓練を続けた。

私の課す訓練にも文句を言わずに付いてきた。


私の夜間訓練に文句を言わなかった奴は初めてだ。

嬉しかった。


初めて弟子を取った気分だった。




ビトーは呪われていた。

呪いを解くと、こちらが不安を覚えるほど優秀な治癒魔法士になった。

もうミリトス教会は要らないだろう、と言うレベルだった。


だから奴らは絶対にこいつを認めまい。




ビトーが初めて魔物討伐のクエストを受注したときの事は、生涯忘れることはないだろう。


自分と相手の力関係を見極めることができ、いざという時は躊躇無く逃げるよう仕込まれた特殊な冒険者。

相棒の犬も優秀。

自分より遥かに強い冒険者を手玉に取る胆力もある。


それがゴブリン殺しであれほど動揺するとは予想すらできなかった。


ビトーは何でもそつなくこなすので誤解してしまうが、殺しに関しては全くの素人だった。


あの晩、治癒の予約を入れてしまったことを後悔した。

ビトーが普通の冒険者なら娼館へ送り出すべきだった。


だが娼館はミリトス教会の息が掛かっている。

娼館で変なことを口走ると正体がばれる。


放っておく訳にはいかなかった。

私がビトーの初めての女になってやった。

私はがさつな大女だが、不思議とビトーに避けられるイメージはなかった。

一晩中女を堪能させた。



翌朝、少しでも不遜な態度を見せたら半殺しにするつもりだったが、以前にも増して従順になった。


妙な奴だ。



◇ ◇ ◇ ◇



ビトーは妙なものを引き寄せる才能がある。


私もベテラン冒険者のつもりだったが、ルーを見たのは初めてだ。


メッサーのダンジョンにコスピアジェが潜んでいたのを発見して、友好関係を結んできたという。


王宮から勇者崩れの女が3人も来た。



◇ ◇ ◇ ◇



事態は急展開を迎える。


ミリトス教会が勇者崩れの女を殺そうと動き出した。

私は勇者崩れの女には思い入れは無い。

だが教会の本当の狙いはビトーだろう、ということは容易に想像できる。


教会にはビトーを殺す理由がある。

自分勝手な理由だが。


涙を呑んでビトーを逃がすことにした。


別れに際し、ビトーは私にダンジョン出土の魔道具のアクセサリーを贈ってきた。

あいつは意味をわかっているのだろうか?



◇ ◇ ◇ ◇



遂に冒険者ギルドがミリトス教会から直接攻撃を受ける様になった。


奴らは完全に治癒能力を失ったらしい。

その理由がここメッサー冒険者ギルドにあることに勘付いているのかもしれない。


王宮はミリトス教会を抑えられない。


そしてギルド長も倒れた。


私の短い半生を捧げたこのギルドも最期の時は近い。



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