025話 メッサー迷宮探索2
初ダンジョンで緊張していたので気付かなかった。
フェリックスに指摘されて気付いたが、探索を始めてかなりの時間が経過していた。
昼飯も食わずに探索していたらしい。
外はもう暗くなりかけているそうだ。
そう言われると急に疲れてきた。
腹も減っている。
1つ目の未踏破エリアの探索が終わったのでキリが良い。
一端帰ることにした。
フェリックスの指摘通り、ダンジョンを出ると夜だった。
これがダンジョンの不思議なところで、ダンジョン内は明るいのに外に出ると夜。
だが日本人としてはこの感覚には馴染みがある。
仕事を終えて、暗い夜道を家路につく。
ダンジョンは職場だ。
巨大な鉄の門扉を潜り、ダンジョン前にある冒険者ギルドの出張所に立ち寄って無事帰還したことを報告して、出ダンジョン記録を付ける。
ちなみにダンジョンが24時間営業なので冒険者ギルドの出張所も24時間営業だ。
ご苦労様。
夜の草原の一本道(街灯も無い真っ暗な道)をメッサーの街まで帰る。
昼間はゴブリンが出る道だ。
夜はもっと強い魔物が出てもおかしくない。
普通に考えれば怖いがマロンとフェリックスの魔物探知を信頼して、月明かりだけを頼りに夜道を歩く。
夜なのでフェリックスも背負い袋から顔だけ出している。
冒険者ギルドに着くころには夜も更けていた。
冒険者ギルドの扉は開いているが、各窓口は店仕舞いしていた。
受付カウンターは閉まっていて師匠の姿はない。不寝番の者がいる。
メッサーの冒険者ギルドは王宮が近いこととダンジョンを管理することから、緊急事態に対処できるよう不寝番を置く。輪番制で私も何度かやった。
深夜の治療で呼び出されることもある。
一応私は冒険者であるとともに冒険者ギルドの職員でもあるため、無事帰還したことを報告し、マロン、フェリックスとともに自室に引き揚げた。
すぐに師匠が部屋まできて、
「遅い」
一言だけ言って、私の頭をグリグリしてから出て行った。
◇ ◇ ◇ ◇
翌日。
朝のクエスト受注ラッシュが終わってからギルド長室へ関係者が集合。
ギルド長、師匠、フェリックス、マロン、私が集まった。
3つある未踏破エリアの内、ゴブリンエリアの探索を終了したことを報告し、エリアの地図を提出した。
ギルド長と師匠からはゴブリンパーティの湧く場所、ゴブリンパーティの攻撃傾向、ゴブリンパーティへの対処の仕方、ゴブリンパーティを倒した後に次のゴブリンパーティが湧くまでのクーリングタイムについて細かく聞かれた。
「ゴブリンパーティに遭遇する場所はこことここです(地図上を指す)」
「ゴブリンパーティはホブゴブリン1+ゴブリン5です」
「ゴブリンパーティに魔法を使う奴はいません」
「事前の情報通り、ホブゴブリンがリーダーでゴブリン5匹に命令を出します」
「パーティ内で一番弱い私に攻撃が集中します」
「ゴブリンパーティへの最も良い対策は、緒戦でホブゴブリンを倒してしまうことです。あとは烏合の衆です」
「倒すのは腕利きの剣士でも魔法使いでも構いません」
「ホブゴブリンを倒すのに時間が掛かる場合は、ゴブリンに後ろに回り込まれぬように抑え込む必要があります」
「時間が掛かっても確実にホブゴブリンを倒せるなら、ゴブリンは急いで倒す必要はありません」
「抑え込んでおいて、ホブゴブリンを倒した後でじっくり相手をすれば良いです」
次のゴブリンパーティが湧くまでのクーリングタイムについて私はわからなかったが、フェリックスが答えてくれた。
「我々がその場に居続けると、30分後くらいに20m離れたところに次のゴブリンパーティが湧く」
師匠とギルド長は大きく頷いた。
「基本的な湧き方をしているようです」
「ああ。これならD級になる前に腕試しをしておけ、と言えるな」
次に師匠はフェリックスに私のことについて聞いた。
「コイツは物になりそうか? ホブゴブリンに勝てそうか?」
「ビトーは一人でホブゴブリンを倒す。隠密を使わずに倒す。もう何匹も倒した」
「そうか」
師匠はホッとしたようだった。
◇ ◇ ◇ ◇
今日はダンジョンの1階層の2つ目の未踏破エリアにチャレンジする。
ダンジョンに入るとやはり他のパーティとは別の方向に向かう。
このエリアはなぜ未踏破なのか?
それは出没する魔物がキラーアントで、アントの集団が2つ同時に出るからである。
キラーアント。
全長70cmほどのクロアリ。
大顎によるかみつき攻撃をしてくる。毒はない。
キラーアントは単体でF級の魔物だが、そもそも蟻が単独でうろつくことはなく、普通は6匹1セットで出てくる。脅威度E級である。
しかしこのエリアでは2セット出てくる。12匹。
物量戦である。脅威度D相当である。
初心者パーティには難しい。
おまけにキラーアントは魔石が小さい。価値は微妙。
ドロップする素材も無い。
冒険者ギルドは「初級冒険者は近づくな」としつこく注意するし、そうでなくても誰もこのエリアに来たがらない。
今日の私は革鎧の上から焦げ茶色に染色された網状のぼろきれを羽織っている。
これだけでかなりカモフラージュできるはずだ。
キラーアントは鼻が利くが目が悪い。
いけるんじゃないか?
◇ ◇ ◇ ◇
壁際に身を潜めて気配を殺し、キラーアントの集団を見ている。
今日はついているようだ。キラーアント1体が集団から離れている。
これは初キラーアント戦闘のチャンスだ。
まず鑑定してみる。
種族:キラーアント
年齢:1歳
武器:大顎
魔法:無し
特殊能力:無し
脅威度Fクラス
キラーアントからはホブゴブリンのような感情は伝わってこない。
こちらに気付いていない。
ただし、何かが近くにいることはわかるようだ。
せわしなく触覚を動かしている。
闇魔法『遠隔操作』を発動。
ショートソードの先端でキラーアントを壁に押さえつけ、脇差で首をサクッと切る。
死んだ。
が、死ぬ間際に警報を発したらしい。
他のアリ(11匹)がワッと群がってくる。これは怖い。
フェリックスが風魔法発動。
アリは軽いので次々に飛ばされる。
ひっくり返ったところを脇差でサクサクいく。
マロンは対アリ戦に乗り気でない。
アリの体液が口に入るのが嫌なのだろう。
ここは私の出番。
サクサク殺す。
マロンは1匹のみ。あとは私が倒した。
アリの魔石は小さくて黒色だった。属性は土。
属性があるので冒険者ギルドで引き取ってくれると予想する。
キラーアントはゴブリンパーティのように統制がとれた戦い方をしなかった。
ホブゴブリンのような指示役がいないのだ。
しかし数は圧倒的だ。
12匹がいっぺんに襲いかかってきたら、かなりの確率で前衛を突破されるだろう。
ウチのパーティはフェリックスが風魔法でキラーアントを押さえ込み、マロンと私は常に1対1の体勢を作れていたので楽だった。
これがいっぺんにワッと襲いかかってこられると、マロンと私の手に余る。
ギルド報告事項だ。
ここで宝石に彩られた豪華な宝箱がポップアウトした。
「おおっ」と声を上げたらマロンが唸っている。
フェリックスがひとこと。
「それ宝箱じゃない」
トレジャーボックスビースト(ミミック)という魔物らしい。
鑑定する。
種族:トレジャーボックスビースト
年齢:10歳
武器:大顎(フタ状の口蓋)
魔法:無し
特殊能力:擬態
脅威度Dクラス
足は極端に遅いがHPは高い
これはどう扱うべきかフェリックスに聞くと、不意打ちさえ受けなければ大丈夫。
そこで戦ってみることにする。
イザというときは走って逃げれば良いらしい。
奴がどこまで外界を認識しているかわからないので、5mほど離れたところで認識阻害を発動。
そのまま10秒ほど待つ。奴は動かない。
そろりそろりと奴のそばに近づいた。
脇差を上段に構え、真っ向唐竹割り。
・・・柔らかかった。
堅そうな見た目と切り付けたときの感触が真逆なので「ひっ」と変な声が出た。
自分的には一刀両断したと思ったのだが、そうではなかった。
フタ(上顎)を真っぷたつにされた宝箱が襲い掛かってきた。
なかなかシュールな光景。
足が遅いので助かる。
少しずつHPを削り、トドメを刺し終えると宝箱が残った。
鑑定すると確かに宝箱。
罠はないので開けてみる。
中心に赤い宝石をあしらった装飾品が出てきた。
鑑定する。
【豊穣のブローチ】
豊穣の女神:デーメテールの力を宿したブローチ
戦闘には関係なさそうだがその価値は理解できる。大切に仕舞っておこう。
背負い袋に収納。
もう一戦闘したところで行き止まりになった。
部屋も無い。
どうやらこのエリアは踏破したらしい。
宝箱に注意しながら帰る。
宝探しのためもう一往復しても良かったが、マロンが悲しそうな顔をしたのでギルドに帰ることにした。
ギルドへ帰って魔石を売り、未踏破エリアの地図情報とキラーアントが湧く場所、湧く間隔、キラーアントの戦い方を報告。
また、トレジャーボックスビーストが出たことを報告すると大変驚かれた。
「それは貴重な情報だ」
トレジャーボックスビーストはなかなかお目に掛かれない魔物で、情報が少ない。
その分、引っかかる冒険者が後を絶たない。
特定の場所で、特に初心者向けエリアで出た、という情報は貴重らしい。
土属性の魔石(小)は1個銀貨1枚で引き取ってくれた。
ゴブリンの魔石より小さかったが同じ値段で引き取ったのは属性がついているからだろう。
翌日は1日寝た。
思った以上に疲れた。
なんやかんや言ってもゴブリン戦は慣れていた。
アリは初めてだ。
アリは気持ち悪い。戦いたくないなぁ。戦わずに火魔法で燃やしたいなぁ。
でも迷宮内で火を焚いていいのかな?
師匠に聞くと
「かまわん」
「でもおまえ火魔法をつかえるのか?」
今日も闇治癒に励んだ。




