100話 メッサーの視点
ーーー 酒場店主の視点 ーーーーー
王都アノールに隣接するメッサーは、季節に関係なく、常に冒険者で溢れかえっている。そして夕方から朝まで怪気炎を上げるパーティが見られたものだ。
荒くれではあるが皆気前が良く、酔って暴れて什器を壊されることがあっても、年間通してみれば黒字だった。
いつからおかしくなったのだろう。
冒険者の質が変わってきた。
ツケで呑もうとする冒険者が出て来た。
我々は素人では無い。
金を払う気のない奴は、一目見ればピンとくる。
そしてダインの店がやられた。
ツケを断った途端、店内で暴れ始め、店を目茶苦茶にされた。
店内で呑んでいた他の冒険者達に取り押さえられ、アノールの騎士団へ突き出されたが、何故か翌日には釈放されていた。
他国から流れてきた冒険者で、そもそもカネは持っていなかったらしい。
賠償請求する先も無く、ダインの店は廃業した。
ウチはすぐに対応した。
馴染みの冒険者に用心棒になって貰い、店の片隅で客を装って待機して貰った。
そしてウチにも来た。
頬から顎に掛けて見事な髭を生やした冒険者が、昼間から酒を求めて来た。
「お客さん、ウチはツケはやってないんでさぁ」
やや大きな声で酒場の隅々まで聞こえるように言うと、突然髭の冒険者が暴れ始めた。
すかさず四方から冒険者が襲いかかった。
恐ろしいことに、用心棒として雇った冒険者達は全員剣を抜き、暴れた冒険者を滅多斬りにした。
暴れた冒険者は恐ろしい死に様を晒していた。
用心棒のリーダーが言った。
「オヤジさん。これは駄目だ。コイツは『黒髭』だ」
「そりゃ誰なんです?」
「ローラン王国からリュケア公国に掛けて荒らし回った盗賊の頭だ。山賊もやれば海賊もやる。コイツは冒険者じゃねえ。歴としたお尋ね者だ」
「それでどうなるんです?」
「コイツの仲間がいるはずだ。復讐に来るはずだ。店たたんで、ありったけのカネを握り締めてどこかに潜んでいな」
「ひえ~ それじゃコイツを殺しちゃいかんかったんじゃねえですか」
「同じ事だ。殺さなかったら骨までしゃぶられるぞ」
「騎士団に突きだしゃ良かったんじゃねえですか」
用心棒のリーダーがあきれたように言った。
「おまえ、ダインの店の噂を知らんのか?」
「知ってまさぁ。廃業に追い込まれて気の毒に」
「下手人はコイツの仲間だ」
「・・・」
「黒髭の一味だったんだよ」
「・・・」
「騎士団に突き出したところで無駄だったろう? わかったか」
「・・・」
「じゃあな。警告はしたぞ。賃金分は働いたぞ」
用心棒のリーダーの言った通りだった。
ワシは愚かにも死体を騎士団に突き出した。
騎士団が面倒臭そうに対応するのを見て後悔した。
取り調べを受けた。
取り調べ対象はワシではないだろう? 黒髭だろう?
なぜ用心棒のことをしつこく聞くのだ?
解放されたのは夜更けだった。
真っ暗な道をたどり、メッサーに帰った。
・・・店は焼け落ちていた。
ワシは全財産を失った。
ーーー メッサーを拠点にしていた一冒険者の視点 ーーーーー
冒険者ギルドが閉鎖した。
ソフィーの奴が最後まで頑張っていたが、遂に店仕舞いした。
そういう俺もここ1ヶ月、ギルドに顔を出していなかった。
俺はメッサーを拠点に活動するBランクパーティの一員で斥候だ。
メッサーのダンジョンでコンスタントに成果を出していたパーティだ。
俺はパーティの中ではちょっと浮いていたかも知れない。
皆が朝まで呑んでいるときも、俺は一次会で帰った。
そしてカネを貯めていた。
万一冒険者を続けられなくなっても故郷には帰りたくない。
アノールかメッサーに残りたい。
そのためには手に職を付けたい。
そのための資金を貯めていた。
故郷に帰りたくない理由は明確だ。
故郷の連中が俺を馬鹿にしたからだ。
もっと正確に言えば、俺の職業(斥候)を馬鹿にしたからだ。
素人に何がわかる。
Bランクパーティの斥候といえば、斥候だけやっていれば済むわけがない。
前衛も後衛も何でもやるのだ。
だが奴らは俺のことをコソ泥のように馬鹿にした。
そして奴らはしつこかった。
もうツラを見るのも声を聞くのもイヤだ。
メッサーの冒険者ギルドが機能不全になり始めたとき、パーティで何度も話し合った。
このままメッサーにしがみ付くのは駄目だ、という結論は早々に出ていた。
では、次はどこに行く?
リーダーはメッサーから遠く離れたコナハラへ行こうと言った。
理由はわかる。
ダンジョンがあるからだ。
だが俺は行きたくなかった。
故郷が近いから。
俺はパーティからの脱退を申し出た。
すんなり了承された。
俺が前衛のタンク役だったら引き留められただろう。
だが斥候なんて代わりはいくらでもいると思われているからな。
そして俺はまだこんな街でグズグズしている。
興味があるのだ。
冒険者が手入れをしなくなったダンジョンがどうなるか。
スタンピードになると言われている。
スタンピードとはいかなるものか、己の目で見届けたいのだ。
そして、遂に求めていた物を見ることが出来た。
俺はダンジョンの入口を見通せる丘の上に陣取っていた。
かなり遠いが、斥候の目を持つ俺なら見ることが出来る。
最初はダンジョンの入口から「チラッ チラッ」と何かが見え隠れしていた。
キラーアントの足に見えた。
ダンジョンの通路の広さ、長さを思い起こす。
アリだから、壁にも天井にもいるだろう。
ダンジョンの通路いっぱいにアリがぎっしり詰まっている・・・
背筋が凍るような気がした。
ダンジョンの入口を見つめ続けた。
徐々にアリの体が見えてくる。
内側からの圧力に抗しきれなくなって、アリが押し出されてくる。
最初のアリがポロッと押し出された。
押し出されたアリは呆然としているように見える。
その後、まとめて5~6匹押し出された。
そして一呼吸置いた後、ドバーッとアリが押し出された。
一度弾みが付くと、その流れは止まらなかった。
後から後からアリが出て来た。
俺は妙な達成感を胸にアノールへ馬を走らせた。
メッサーに逃げ込む気は最初から無かった。
ーーー 元冒険者ギルド職員の視点 ーーーーー
ダンジョンは適宜手入れをしなければなりません。
万一手入れが出来なくなった時は、ダンジョンの入口を閉鎖しなければなりません。
ギルド職員になったとき、叩き込まれた鉄則です。
ダンジョンの入口は簡単に閉鎖できません。
これはある事件がきっかけになっています。
30年ほど前。
アノールの王宮に住む王子(当時9歳)が、面白半分に、騎士団にもギルドにも黙って門を閉鎖しました。
9歳の王子が重い門扉を動かせる訳が無く、側近が閉めたことは間違いありません。
でも命じたのは王子です。
そしてそのことを主従ともに “忘れた” ことが、事態を最悪の方向へ向かわせました。
気付いたのは、翌日にダンジョンに潜ろうとした冒険者でした。
イタズラの影響は小さくありませんでした。
運が悪いことに、ダンジョン内で毒を受けた冒険者が足止めを食い、2人死んだのです。
王宮は「子供のすること」として王子の罪を不問に付しました。
ですが、身内を殺された人が納得するはずがありません。
この話の続きはまた別の機会に致しましょう。
冒険者ギルドは、所定の操作をしなければ門扉を閉鎖できないようにしました。
ギルドを辞めた後も情報は入ってきます。
ギルド職員が何人も殺されました。
ギルド長が襲われました。
ソフィーさんも襲われました。
そしてギルドは無人になりました。
ギルドが無人になると言うことは、ダンジョンの手入れがされていないということです。
ダンジョンの門扉を閉めなければならない時でしょう。
今、メッサーにいる者のなかで、鍵のありかと手順を知っているのは私だけでしょう。
私が閉めなくて誰が閉める?
街を守るヒロインになるときは今です。
何年かぶりに冒険者ギルドに向かいました。
呆然としました。
建物が半壊していました。
かつてギルドの建屋だった廃墟に入りました。
中は全て焼け落ちていました。
マニュアルと鍵が保管されていた金庫はこじ開けられ、中身は焼かれていました。
「女が入ったぞ」
「隠し金庫を知っているかもしれん」
「逃がすな」
外から声が聞こえます。
どうやら私は盗賊に見られていたようです。
自分の甘さに舌打ちしつつ、秘密の通用門から外に逃れました。
もうこの通用門は使えませんね。
ーーー 守衛の視点 ーーーーー
俺はメッサーの街の門を守る守衛だ。
ただの守衛と思ってもらっちゃあ困る。
これでもミリトス教会の覚えはいいのだ。
教会の指示に従って、何人もの冒険者の犯罪歴に目をつぶり、街の中に入れてきた。
これで教会から借りている借金がいくらかでも減るならチョロイもんだ。
そして特定の人物の出入りを教会に報告している。
司祭様が喜ばれるからな。
だからもう少し借金を減らしてくれても良いんじゃないか?
ある日。
遠くの草原で絨毯が動いているのが見えた。
なんだありゃ?
しばらく目をこらしていると、アリの大群だとわかった!!
あんなでけえアリ、見た事ねえ。
それにあんなに大量にいるところも見た事ねえ。
すぐに警告を発し、メッサーの街の門を閉め切った。
間一髪だった。
他の門も間に合っていれば良いが。
守衛の詰め所に戻り、騎士団に向けて報告書を書き始めた。
誰が報告書を持って行くのかは知らん。
伝書鳥を使わせてくれるかもしれない。
しばらくすると、詰め所の天井からカリカリという音がし始めた。
詰め所の外からカサカサという音もしている。
まさかな・・・
アリ・・・
アリは平気で壁を登るな・・・
メッサーの門など簡単に登れそうだな。
それどころか街を囲む城壁は・・・
壁の役割を果たさないな。
壁一つ向こうで同僚の絶叫が聞こえる。
馬鹿!
大声を出すなっ!
アリを呼び寄せると何故わからんのだっ!
詰め所の扉を開けて入ってきた馬鹿がいる!
そいつは頭が半分無かった。
脳みそが半分になって判断能力を無くしたのか?
とにかく扉を閉めろっ!
馬鹿っ!
そこで倒れるなっ!
扉が閉まらない!
ああっ!
馬鹿野郎っ! アリが入ってきたっ!!
馬鹿!
馬鹿!
馬鹿!
・・・
・・・