第46話『逃した雑魚で星屑を釣る』
メルティーク。オリヴィエという魔女の使い魔で、主人と共にミュージアムに結界を張り、オスカーさんとヴァンデロさんを襲った女の子。彼女を討伐するため、私たちは今、魔女の狩場だという個展会場に向かっていた。
討伐隊は私・リッカ・フェリックさんの3人だ。先に向かってくれたサイカも含めたら4人になる。
女の子1人に多勢なような気もするけど、ミュージアム全体が魔女の計画に巻き込まれ、すでに2人の魔法使いの行方がわからなくなっているのだ。この後に及んで大人げがないとは言っていられなかった。
会場の受付につくと、スタッフのお姉さんたちが肩を縮こめて、ひそひそと話をしていた。時折『逃げる』『仕事は』といった言葉が聞こえてくる。
きっとさっきサイカに出会って、いま会場で起きていることを説明され、危ないので逃げてほしいと伝えられたのだろう。
が、今日は記念すべき建国40周年。一個人が開いた個展とはいえ、建国を祝福するイベントの1つから、手を離していいものか迷っているのだ。そう予感した。
「ど……どうしましょう。イベント責任者の人、そんなに厳しい方なんですかね? 『プリマステラに逃げろって言われた』って言ってもらえばいいでしょうか」
「効果はあるだろうけど……でも、彼女らにお願いしたいことがあるんだよね」
「お願いしたいこと……?」
見当のつかない私をよそに、フェリックさんは穏やかな歩みで受付に近づいた。揃って振り向いたお姉さんたちは、彼を個展に来たお客さんだと思ったのか、同時に慌てたそぶりを見せる。
「え、えっと……お客様、その……」
「大丈夫。事情は知ってるよ。こっちの彼女はプリマステラ。僕とこの青年は付き添いの魔法使い。混乱してるところ申し訳ないんだけど、今から君たちに頼み事をしたいんだ。聞いてもらえないかな」
「た、頼み事……ですか……?」
「そう。もし、これからお客さんが個展に入ろうとしたら、『会場内で事故があったから、一時的に立ち入り禁止だ』と伝えて止めてほしいんだ。そして、それ以外は何も語らないでほしい……というと不安だろうから、僕からお守りをあげるね」
フェリックさんは、首から下げていたネックレスの宝石を握った。
「《レリルべ・リアフェト・クスウェベジ》」
直後、青紫色をした淡い光が、スタッフさんたちを包み込む。まるで、ラメか鱗粉のように細やかに輝くそれに、スタッフさんたちは目を見張った。2人が顔に浮かべていた、焦りや恐怖の感情が、少しだけ薄れたのがわかった。
わずかに生まれた安心を、扇子で仰いでやるように、フェリックさんは陽だまりの如く笑む。
「これで、だいたいの災いから守られる。けど、突然その光が消えたり、30分以上経っても僕が戻ってこなかったりしたら、いよいよ不味いことになっている可能性がある。そのときは、君たちも迷わず会場の外に逃げてほしい」
「わ……わかりました……!」
こくこくと頷くスタッフさん。魔法の加護をもらい、するべきことを言い渡されたことで、かなり落ち着いたようだった。
「それじゃあ、僕たちも。なすべきことをしに行こう」
そう言って先導するフェリックさんに、私もリッカもおお……と目を輝かせながら後をついていった。
*
オリヴィエさん主催の個展会場は、S字型に連続する12の部屋を使用した長大なエリアだった。
展示品のジャンルは部屋ごとに変わり、絵画や彫刻などの芸術品を始めとし、書物や楽器、衣装・武具まで、さまざまな分野の一級品が見られるようだった。
「オリヴィエは、音楽家から靴職人、果ては鍛冶屋まで、何かに心血を注ぐ作り手を愛していてね。彼らもまたオリヴィエを愛し、自身が作った最高の品を彼女に捧げてきたんだ。だから、ここには世界中の傑作が集まっているんだよ」
メルティークがいるという『人形の部屋』に行く道すがら、魔女とただならぬ関係にあったと匂わせるフェリックさんはそう説明してくれた。
「じゃあ……ここにあるものは全部、オリヴィエさんが欲しくて集めたものじゃない……ってことですか?」
「そう。彼女自身はコレクターを名乗っているようだけど……彼女が集めているのは、心を動かす素晴らしい作品じゃない。結果として素晴らしいものが集まっただけで、彼女が求めているのはずっと、彼女が愛された証拠だけなんだ」
先を歩くフェリックさんが、肩を落としたように見えた。その言葉でなんとなく私は、フェリックさんたちの間にあったらしい確執の正体を悟った。
私を工房に連れていってくれたとき、お金がなくて『仕方なく』宝石職人になったと言ったフェリックさん。
石そのものを愛する彼は、彼のお客さんの中には、美しい石を『権力を示すための道具』と考える人もいることに落ち込んでいる様子だった。
きっと似たような理由で、オリヴィエさんともそりが合わなかったんだろう。
「で、でも……変な気がします」
私の隣を歩いていたリッカが、落ち着かないのか制服の布地を握りしめた。
「使い魔の女の子――メルティークは、とにかく男のことが嫌いみたいでした。クソオスとかなんとか、オレもヴァンデロさんもボロクソに言われて……けど、男の人を愛した魔女なら普通、使い魔にそんなことさせないっすよね?」
「……いや。メルティークちゃんもおそらく、過去の恋人の所有物だろうからね。意図的に性格を変えていないか、変え方がわからないのだとすれば、男嫌いのメルティークちゃんを連れているのもありえる話なんじゃないかな」
「――えっ
「僕も昔、メルティークちゃんに会ったことがあるけど……可哀想な子だよね」
フェリックさんは歩きながら、ネックレスを手慰みにいじる。
「自分は持ち主に献上されて、持ち主はオリヴィエに破滅させられて。命令権が移っているから、新しい主人であるオリヴィエに復讐することも出来ない。それどころか崇拝じみた態度をとっている……」
フェリックさんの追憶に青ざめるリッカ。まだメルティークに会っていない私も、彼女の立場や心境を思って少し苦しくなった。いや、メルティークは魔法で動く人形らしいから、立場も心境もないのかもしれないけど――。
しばらく重苦しい沈黙が続く。それを破るように、リッカが声を上げた。
「そ……そういえば、ヴァンデロさんが言ってたんすけど……この会場のどこかに、今ミュージアムを覆う結界を作ってる、媒介が隠されてるかもって……フェリックさんは、それがどこにあるのかわかりますか……?」
「……残念ながら、それは僕にもわからない。オリヴィエは自身の姿を始め、偽ることが得意な魔女だからね。ここにあるとしたら、媒介の見た目も偽った上で隠しているはずだ。並大抵の魔法使いじゃ、1日かかっても見つけられないだろう」
「そ……そっすか……やっぱり、そう簡単に助けは呼べないんすね……」
「さ、最悪ぜんぶ壊しちゃうとか……? 最悪の話ですけど」
私が念押しすると、振り返ったフェリックさんはきょとんと目を瞬かせた。同意を得られると思ったリッカも、なんだか唖然と固まっている。
しまった。あんまり考えずに言ってしまったけど、さすがに野蛮な提案だっただろうか。気まずさに口をつぐみ、だばだば汗を流していると、フェリックさんは軽やかに笑った。
「まぁ、どんなに素晴らしい作品も、人の命には代えられない……そうあるべきだしね。けど、ここには曰くつきの品も混じってると思う。壊した瞬間、呪いが降りかかるようなものもあるかもしれない。本当に最後の手段になりそうだね」
それから私たちは、『人形の部屋』に入った。中には、生きた人間と見紛うような、10数体の精巧な人形が立っていた。
10歳くらいの見た目のものから、60歳くらいの見た目のものまである。性別はすべて女性に統一されており、その人によく似合うドレスを着せられていた。
聞いた話だと、メルティークの命令で動くみたいだけど……直接見て確信した。こんなに精微な人形たちが、いざ動き出してしまったら、本当に人間と見分けがつかなくなるだろう。
戦いになったとき、私は彼女たちを攻撃できるだろうか。太もものホルダーをドレス越しに触り、私はこれからのことを想像して息を呑んだ。
「うーん……ここにはいないみたいだね。メルティークちゃんも、サイカくんも」
ひと通り部屋を見回したフェリックさんがかぶりを振った。
あくまで、この部屋に敵はいない。そう聞かされただけなのに、張り詰めていた緊張が解けて、なんだか無性に安心してしまう。
そしてそれは、リッカも同じようだった。部屋に入る前、ガチガチに固まっていた彼は、錨型に吊り上げていた肩をふうっと落とした。
そのときだった。近くでポンッと何かが弾ける音がして、小石ほどのサイズのものが視界を駆け抜け、リッカの手に飛び込んだように見えたのは。
「え?」
「っ、危ない……!」
驚く私の目の前、フェリックさんが臙脂色のマントを力強く引っ張った。後ろによろけるリッカ。直後、1秒前のリッカが立っていた場所に、すぐそばにあった人形が倒れ込んできた。
「わっ……!?」
着地と同時に、大きな音を立ててばらける人形。首のパーツから抜けてしまったのか、ころころ、とボールのように転がる頭部が目に入り、私の思考は停止した。
「なん、な……今、たおっ……」
はっと部屋を見回した。敵の襲撃かもしれない、と思ったのだ。しかしメルティークと思しき少女の姿はなく、人形たちも変わらず沈黙を守っている。たったいま壊れた仲間には目もくれず、各々が前を向いていた。
じゃあ、今のはなんなんだ。どうして人形が倒れた? その前に、リッカの手に飛び込んでいったものはなんだ?
呆然とする私の耳に、リッカの喉を潰すような甲高い悲鳴が突き刺さった。振り向くと、虫にでも付かれたように、リッカが手の中のものを投げる。
素早く放物線を描き、跳ねて、会場の床を滑らかに転がっていくのは、青い瞳を宿した目玉――のように見える、白磁色に透き通るガラス玉だった。
私は咄嗟に、今しがた転がっていった人形の頭部を見た。ない。片方の目玉だけ綺麗に無くなっている。
じゃあ、さっきリッカの手に飛んでいったのは、人形の片目で――片目を失った途端、人形が倒れてきたってこと?
手持ちの情報を繋ぎ合わせるが、欠け落ちたピースがあまりにも多く、不可解さは拭えないままだ。私は、わけを尋ねようとリッカに視線を戻した。
すると、
「あ……ぁ……」
リッカはへなへなと膝を着き、私とフェリックさんの視線から逃げるように、尻餅をついて後ずさった。
「お……オレじゃ、ありません……オレ、盗ってないっす……」
「リッカく」
「わ、わざとじゃ……! わざとじゃないんです! 見ててくれましたよね!?」
フェリックさんの呼びかけも遮り、青白い顔で私に同意を求めるリッカ。が、私が何かを言うよりも先に、場のことわりが狂い始めた。まるで、取り乱したリッカに呼応するように。
あちこちからブチッ、プツンという音がして、ブローチやペンダントや、イヤリングがリッカのもとに飛んできたのだ。
「な……」
立て続けに、人形たちが転倒していく部屋で、私は言葉を失った。
部屋中にあった装飾品に囲まれ、さらにパニックに陥ったリッカは、部屋の隅に駆け込んで丸くなった。もう何も見ない、聞き入れないと言うように。
そのとき、部屋に入ってくる影があった。私はなんとかそちらを見て、呼吸まで忘れてしまった。どうして、よりによってこんなときに。
絶望する私の視線を受けながら、蝙蝠のような羽で羽ばたき、散らかった部屋を見下ろす少女は、愛らしい顔をこれでもかというほどギッとしかめた。
「はぁ~……泣いて喚いて逃げたのに、またここに戻ってきたんだぁ……欲の魔法使い。1度までならず、2度もお姉様たちをぞんざいにして……しかも、お姉様たちの装飾を盗んでどういうつもり? メル、けっこ~イライラしてきたかも」
ちっと舌打ちをして、着地する少女――メルティーク。彼女は私の顔と、フェリックさんの顔を交互に見ると、丸い紫の瞳を鋭く細めた。
「お母様の名誉を傷つけたクズのフェリックにプリマステラ……へえ。クソオスも役に立つんだね。雑魚で大物が釣れちゃった」
ぱんぱん、と小さな手を打ち鳴らすメルティーク。それを合図に、倒れていた周囲の人形たちが、命を吹き込まれたように動き出す。指の欠けた腕を振り、鼻の折れた頭をもたげて。
「……っ」
隅で丸くなるリッカを背に、私は『星の杖』を、フェリックさんはネックレスを握る。
手元に真っ黒な渦を生み、中から三又の槍を取り出したメルティークは、それを私たちに向けて力強く振り下ろした。
「――お母様の仇だ! 誇りをかけてぶち殺せ!」




