第2話『空はいつも君と共にある』
――シエルシータ。空の魔法使い。君の眷属になる男。一緒に竜を倒す。プリマステラ。
言われたことの意味がわからず、情報の量に圧倒されて押し黙る。私は一旦、目の前の少年を分析することにした。
彼は、14、5歳くらいの、天使みたいに綺麗な男の子だった。
雪のような純白のボブカット。澄んだ青空色の瞳。鼻筋や顎はきゅっと引き締まり、お人形みたいに可憐な顔立ちをしている。なのに、少年らしい悪戯な笑みを浮かべるものだから、どうしたって目を惹かれてしまった。
私が呆けていると、シエルシータと名乗った少年は、黒コートの裾をはためかせながら、ぶつぶつと呪文のような言葉を口にした。
途端、私の身体が淡い薄青に発光し、ふよふよと浮き上がる。突然の浮遊感に慌てていると、私はシエルシータの箒の後ろ側に運ばれた。何事もなく、すとんと腰を落ち着ける。
「えっ、な、なんですか今の……!?」
「ボクの魔法だよ。ふわふわして楽しいでしょ?」
「魔法……!」
私は、街を徘徊していたときに聞いた文言を思い出す。
あのぬいぐるみが言っていた、『魔法使い』って言葉――私はてっきり、『竜災』に対応する特殊部隊か何かを、子供向けにラッピングした暗喩だと思ってたんだけど……本当に、『それ』のことを指していたんだ。
この国には、魔法使いが存在するんだ。
魔法。その言葉を聞くと、躍り出したいような気持ちになる。記憶がないから定かじゃないけど、こんなにワクワクするなんて、私はもともと魔法に縁のない暮らしをしていたのかな。
つい考えていると、シエルシータがある方向を指差した。
「さてプリマステラ。あれが見えるかい? あそこで、ボクの仲間が戦っているんだけどさ」
彼が示した先には、さっきの銀色の竜と、それに相対する1人の青年がいた。空飛ぶ箒の上に、器用に立っている。遠くて細かい容姿はわからないけれど、褐色の肌に青緑の短髪を持っているようだ。
青年は、身ひとつで竜の懐に潜り込むと、ストレートパンチを繰り出した。直後、竜が『く』の字に折れて吹き飛んでいく。え?
「え?」
え?
3回も驚いてしまった。なにあれ。人が竜を殴り飛ばしたんだけど。私が呆然としていると、シエルシータは誇らしげに胸を張った。
「凄いでしょ? うちの彼。でも、いずれ死ぬのは彼のほうなんだ」
「え? そうなんですか? どうして……」
「どうやら今年の竜は打撃無効みたいでさ。ああやって吹っ飛びはするんだけど、格闘魔法専門の彼じゃ全然ダメージが入らないんだよね。そこで、君にはボクと一緒に魔法を使って応戦してほしいんだ」
「え……魔法? 私、魔法なんて……」
「使えるよ。ボクたちとはプロセスが異なるけどね。ポケットを見てごらん。ボクからのプレゼントを入れておいたから」
そう言われて探ってみると、1本の杖が出てきた。長さは肘から手首くらい。丁寧に削られて塗装がされており、手触りはツルツルとしていた。先端には、菱形にカットされた紫色の宝石が付いている。
夕陽を跳ね返すその輝きに見惚れていると、シエルシータは掛け声を上げた。
「それがあれば、人間の君でも魔法を使える。さあ、行くよ!」
「えっ、待っ、うわぁ!」
ぎゅん、と箒が急発進して、ひっくり返りそうになった私は、慌ててシエルシータにしがみつく。冷たい風が私たちをさらって、シエルシータのコートと、私のスカートが慌ただしくはためいた。
竜の顔に近づいていくと、褐色肌の青年の詳細が明らかになった。
すらりと背が高く、逞しい体格の青年だった。ツンツンした青緑の短髪が、快活なスポーツマンの印象を与える。ぴったりした緑のTシャツと黒いズボンを着て、手には軍手をはめていた。
何倍もの体長がある竜と戦っているのに、爽やかな汗をまとって笑っていて、なんだか緊張のほぐれる不思議な人物だった。
青年も呪文らしき言葉を唱え、竜との間に半透明の障壁を張ると、私たちに向かって『おー!』と手を振ってくれた。
「お前が次のプリマステラだな! 俺はサイカ、よろしくなー!」
太陽みたいに眩しい笑み。対して怒り狂った様子の竜が、サイカの障壁に体当たりした。障壁はエネルギーを吸収し、内側のサイカを守ったようだが、ヒビが入って砕けてしまう。
竜の視線を遮るものがなくなって、私は潰れた蛙のような悲鳴を漏らした。
「ゲェッ!?」
「おっと危険だ。一旦逃げるよー、掴まって!」
シエルシータは旋回し、竜の鼻の先を、ジグザグと不規則な線を描いてからかうように飛んだ。
竜は別方向に逃げたサイカと、私たちを見比べると、私たちを追って咆哮を上げる。竜の息は炎を帯びるのか、背中を熱気が撫でていった。
「ひぃぃぃ……っ!」
私は縋るように、シエルシータの華奢な体躯に抱きつく。半泣きになって、震えながら、ただ落ちないように努めていた。
「さて、プリマステラ」
「はいぃぃ……」
「ふふ、声が震えてるね。でも安心して? ボクが君に、魔法の呪文を教えてあげよう。これはボクの固有呪文だけど、君も唱えてくれたら威力が上がる。呪文はこうだ」
シエルシータは振り返って、呪文をごにょごにょ囁いた。
「お……覚えました。でも、何語なんですか、それ……」
「だいぶ昔の言葉だよ。今は魔法使いか、特別な言語学者くらいしか使わない。ちなみに、この言葉には意味があってね。『空はいつも君と共にある』って意味なんだ。さて、忘れないうちに終わらせようか!」
箒を加速させるシエルシータ。かなりの距離をとると、旋回して竜に向き直った。
「さぁ、杖を構えてプリマステラ。全身の力を杖に集中させて、アイツをぶち抜く強烈な1発を想像するんだ。生半可な魔法じゃ倒れないから、遠慮なくやるんだよ」
「きょ……強烈な1発……遠慮なく……!」
オウムのように繰り返しながら、だらだらと冷や汗をかく私。アドバイスされればされるほど焦ってしまう。竜はもう目の前に迫っているのに。わかっていても、思考が硬直してしまった。
すると、シエルシータが私の手に手を重ねた。
「……!」
「大丈夫。ボクも一緒に魔法を使うから、失敗しても構わないよ。威力が多少落ちるけど、何回打ったっていいしね。でも、記念すべき初陣だ。せっかくなら、あのデカい竜にぶちかましてやろう!」
「……っ、はい!」
「いい返事だ! 行くよ!」
シエルシータの掛け声を合図に、私は教えてもらった呪文を唱えた。
「《スオーブセヴァス・ロージョットセレイセル!》」
瞬間、杖の石が煌めいて、極大の閃光を放つ。青紫に輝くそれは、竜の顔面を貫いた。焼けて真っ黒になった竜は、翼の動きを停止させ、錐を揉むように回転しながら地上に落ちていく。
「えっ!? ま……まずい、街の方に落ちて……っ」
「いや。トドメは刺してないから大丈夫だ。街には落ちないよ」
「え?」
落ちていく竜を、冷静に見下ろすシエルシータに私は困惑した。彼を信じて肝を冷やしながら見守ると、竜は途中で翼をはためかせ、体勢を持ち直して飛び去っていった。
「あれ……どっかに行っちゃった。大丈夫なんですか、あれ」
「うん、問題ない。景気づけに『倒そう』なんて言っちゃったけど、竜を倒すのって実は難しいんだ。魔獣の中でも特別強く賢い種族だからね。そして、彼はさっき食らった攻撃から、ボクたちの力量を察して帰ったみたいだ」
「え……じゃあ、十分な威力が出てたってことですか? もし出てなかったら、どうなってたんですか?」
「竜はボクたちの実力を低く見積り、本気で攻撃してきただろう。ま、そうなってもボクがいるから負けないけどね。街の上でやる以上、去ってくれるなら早い方がいい。だから、最初の1発が肝心だったんだ。おつかれ、プリマステラ。初陣は大成功だ!」
「や……やったぁ……?」
てっきり竜を倒すものだと思っていた私は、喜んでいいのかわからず気の抜けた歓声を上げる。そこに、箒に跨ったサイカがどこかから帰ってきた。
「お疲れー! よくやったな! さっきのビーム最高だったぜ! じゃ、この後は役人のところに行って、『竜を追い払った』って報告したら、俺たちの宿舎に行こうぜ! 腹も減っただろ?」
「しゅ……宿舎ですか?」
宿舎ってなんの、と聞き返すと、サイカはニッと楽しそうに笑った。
「プリマステラと、俺たち『眷属』の共同宿舎だ! あと3人の眷属がいるから、俺たちが紹介するぜ」




