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Trigger〜悪霊浄化異聞〜  作者: 藤波真夏
結ばれた兄弟の絆編
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シュン〜The boy becomes a demon of revenge〜

シュン〜The boy becomes a demon of revenge〜



 俺にとって家族は、兄さんだけだった。

 兄さんは俺とは違う大きな優しさで幼い俺を守ってくれた。だからこそ、俺が兄さんに憧れを抱き、同じ夢を掲げることは事実だったと思っている。

 だが、そんな少年のようなキラキラした憧れは一瞬で打ち砕かれた。

 俺から何もかもを奪い去った奴は、誰であろうと許さない。



 時間は遡って二十年前。カミネ地区。自然の森公園。

 緑豊かなこの公園で遊ぶ少年が二人。

 一人は鳴海ダイゴ。もう一人の無邪気に笑う無垢な少年は鳴海シュン。

 男二人兄弟としてこの世に生を受けた二人は、とても仲の良い兄弟だった。

 兄弟の母は二人がまだ幼い時に病気で亡くなった。兄のダイゴには記憶があるが、弟のシュンは記憶が曖昧で母親の顔はほとんど覚えていない。現在は、父親と一緒に暮らしている。

 しかし、父親は二人の子供を養うために仕事に勤しみ、兄弟は寂しさを紛らわすかのように毎日のように公園で遊んでいた。

「にいちゃあん! まってよぉー」

「シュン早く! 置いてくぞ!」

 幼いシュンは目がクリクリの可愛い少年だった。幼いシュンにとって、兄のダイゴの背中はとても大きくて大好きなものだった。

 カミネ地区は比較的自然が豊かで悪霊出現もそこそこだった。そんな自然豊かなカミネ地区で鳴海兄弟は生まれ育った。

 大人になったシュンとは似ても似つかないほどの可愛さを持ち、ダイゴが大好きで、一人になると泣き出すほどの泣き虫で寂しがり屋。

 そんな可愛い弟のシュンにダイゴはいつもそばにいてやった。毎日自然の森公園を兄弟揃って遊んでいたのだった。



 自然の森公園で遊んでいたあの頃から数年後の時間が経過した。シュンは小学五年生になっていた。背丈は伸びて少し声変わりも始まって声がカスカスになる日が続く。

 そしてダイゴは十九歳となった。ダイゴは学校に通いながらアルバイトをしていた。

 そんな鳴海兄弟を最初の絶望が襲い掛かった。アルバイトをしていたダイゴの元に一本の電話がかかってきた。スマートフォンをタップして電話に出たシュンはもたらされた情報にだんだんと表情が歪んでいく。

「え?! わかりました! すぐに!」

 ダイゴは電話を切ってアルバイト先を飛び出して行った。

 ダイゴがシュンを抱きかかえて走る。ランドセルを背負ったままのシュンは、どうしてダイゴが慌てているのか分からない。

 シュンはダイゴに聞いた。

「兄ちゃん! どこ行くの?!」

「病院だ! しっかり兄ちゃんに掴まってろ!」

 ダイゴに言われてシュンは振り落とされないようにギュッと体にしがみついた。ダイゴもシュンを落とさないように体を支えながら走り出した。

 真昼間の明るい病院の廊下を全力疾走で走るダイゴ。廊下は走らないでください! と注意する看護師の言葉など無視して走り続ける。ダイゴが到着したのは、とある病室。

 勢いよく扉を開けるとそこには、医師と看護師二名がベッドを囲んでいた。

 乱れた呼吸を整えて、ダイゴが聞く。

「・・・父は?」

「残念ですが・・・、ここに来た時には心肺停止状態で・・・。最善を尽くしたのですが・・・、申し訳ありません」

 医師の口から言われたその言葉にダイゴは膝から崩れ落ちた。

 ダイゴの目には大粒の涙が浮かんでいた。それを見たシュンは、子供ながらに察する。

「・・・父さん」

 ダイゴの言葉を聞いて察する。お父さんが死んだ、と。

 それを自覚した途端にシュンにも悲しみの大波が押し寄せてきた。シュンはダイゴに抱きついてワンワンと大声で泣き始めた。ダイゴはシュンを優しく抱きしめた。

 ダイゴとシュンの父は仕事先で倒れ、救急車で運ばれた。救急医の方で様々な方法で処置を実施したが、意識は回復せず、そのまま帰らぬ人となってしまった。

 医師の方から死亡確認をされ、死因は心臓発作と診断された。

 母親を亡くしてから、兄弟の父は二人を養うために必死に働いていた。その疲労が祟ったしまったのかもしれない。ダイゴは、そう考えていた。

 真昼間の明るい病院だったが、ダイゴとシュンがいるこの場所だけは、闇の深い夜のように暗く陰湿な場所に感じられたのだった。

 母親だけでなく、父親も病死し、シュンにとって家族はダイゴだけになってしまった。父親の葬儀が無事に終わった時、ダイゴは選択を迫られていた。それは弟であるシュンの親権や養育責任だ。

 ダイゴはまだ十九歳。アルバイトをしているが定職に就いているわけではない。本来であればシュンはダイゴから引き離されてしっかりとした場所で過ごすことになる。

 しかし、シュンは見知らぬ場所に行くよりも大好きな兄と一緒にいたかった。

 大人たちはシュンのためと言う名目と建前でダイゴから引き離そうとする。シュンは明らかに嫌がっていた。それを見たダイゴは大人たちに言った。

「シュンは施設に預けません。俺が責任を持って面倒を見ます!」

 堂々と宣言した時、大人たちはどよめいた。十九歳の若者が小学生の子供の面倒など見れるはずがない、と。お金はどうするのか? と色々なことを聞いてくる。

 するとダイゴは言った。

「俺は今、浄化師専門スクールに行ってます。早くて来年には浄化師認定試験がある。それで合格すれば晴れて浄化師、所属すれば給料も出て子供一人くらい養えます」

 ダイゴの言葉に大人たちは口を結んだ。

 ダイゴが通っていた学校の正体は、浄化師専門スクールだった。ダイゴは元々悪霊から人々を守る浄化師に憧れを抱いており、高校を卒業してから浄化師専門スクールに入学し、浄化師になるための訓練を受けていた。

 浄化師のくくりは公務員。

 給料は貯金していけば子供一人くらい養える余裕はあるのだ。

 これ以上大人たちは何も言わなくなった。ダイゴの圧倒的勝利だ。不安にダイゴを見上げるシュンにダイゴは優しく言い聞かせた。

「兄ちゃん・・・」

「シュン。大丈夫だ。これからもずっと兄ちゃんとシュンは一緒だ。兄ちゃんがずっと側にいるよ」

 ダイゴの優しさにシュンの不安は自然と綺麗になくなっていたのだった。

 天涯孤独となった兄弟は二人力合わせて、生きて行く決心をしたのだった。シュンはまだ十一歳。小学生の時だった。



 父親の死から二年後。午前十一時。トウキョウ某所の浄化師専門スクール正門前。

 桜が舞い散る景色となった。たくさんの桜の木々が植えられた道を急ぐのは、中学生になったばかりのシュン。制服姿で走る。向かう先は浄化師専門スクールだ。

 目当ての人物が見つかってシュンは声を上げる。

「兄ちゃん!」

 シュンの声に反応して振り返ったのはダイゴだった。ダイゴは浄化師の制服を身にまとい、手には修了書。腕には浄化師の腕章。ダイゴは大人たちに言った通り、浄化師認定試験を受け、無事合格。浄化師として正式に認められて専門スクールを卒業したのだ。

 シュンは卒業式に出るために中学校が午前中で終わることを利用して、中学校から直接やってきたのだ。

「シュン! わざわざ来てくれたのか?」

「当たり前だよ! 兄ちゃん、本当に浄化師になったんだね! おめでとう!」

「ありがとな。これでシュンとずっと一緒に暮らせるぞ」

 ダイゴが考えるのはシュンのことばかりだった。浄化師になったのも憧れも一つの要因ではあるが、しっかり稼いでシュンとの生活をするためという理由では浄化師は都合が良かった。

 二人は横に並んで専門スクールの前で記念写真を撮った。まずはダイゴ一人で修了書を広げて撮影。その後はシュンと一緒に撮影する。

 シュンは嬉しそうにダイゴの修了書を見せて笑っている。ダイゴは無事夢を叶えることができたのだ。

 ダイゴが所属したのは、カワグチの日本御霊浄化組合、通称ヤタガラスだ。ヤタガラスの本拠地である草薙館があるのはチュウオウ地区。ダイゴが暮らしているカミネ地区からかなり距離がある。

 通常であれば草薙館へ移り、共同生活をするのが基本だった。

 しかしダイゴはシュンのことを最優先に考え、この基本となる共同生活をしない判断をしたのだった。当時のヤタガラスでも最初は議論の対象となったものの、ダイゴの家庭事情を考えて特別に通いを許可したのだった。

 この特別措置の期限はシュンが高校を卒業するまでだ。

 ダイゴは現在の自分の身に甘んじることなく、悪霊を何体も浄化してエリート浄化師へとだんだん成長していった。

 午後十八時。カミネ地区。鳴海兄弟の住むマンションの一室。

 ダイゴは必ず夕方には帰宅し、シュンと一緒に夕飯を食べるようにしている。緊急招集を除いてダイゴはシュンを優先した。そんなダイゴの優しさにシュンは嬉しかった。

 中学生になればダイゴが自分など二の次にしていることなど、分かっていた。

 中学生になれば思春期でそんな優しさを鬱陶しく思うこともあるだろう。しかし、シュンは違った。

 むしろ感謝しかない。

「兄ちゃん。仕事は大丈夫?」

「ああ。昨日も悪霊をしっかり浄化したよ! 被害が少なくてよかった! それよりも、シュンは最近どう?」

「うん。大丈夫だよ。そういえば今度体育祭があるんだけど・・・」

 シュンがそう言うと、ダイゴはそうなのか?! と驚いた。

 シュンはさすがに浄化師といえど忙しい職業であることは分かっている。ただでさえ、ハードワークなのに無理をさせたくない、と思っていた。

「見にいくよ」

「え?! 大丈夫?!」

「ああ! 休みもぎ取ってくるから安心しろ!」

 ダイゴはそう言ってシュンに笑顔を見せた。

 シュンの体育祭を見に行くため、ダイゴはヤタガラスに掛け合い、休みをもぎ取った。実はその日はダイゴにとって特別な日になる予定だったが、延期して参加することになった。

 ダイゴはシュンの体育祭に参加し、しっかりとシュンの勇姿を見届けたのだった。



 シュンの体育祭から一週間後。

 午前十一時。チュウオウ地区。草薙館。作戦準備室。

 ヤタガラスの本拠地である草薙館に真剣な面持ちでいるダイゴ。ダイゴの目の前には、ヤタガラスリーダーの姿があった。作戦準備室にあるテーブルでは大きな布で何かを隠している。

「鳴海くん。悪霊対策部より君の拳銃技術が正式に認められて、武器転向の許可が下りた。君の希望通り、ここに専用武器がある」

 ヤタガラスのリーダーが布をひらりとめくると、そこには木と金属でできたライフル銃だった。木の持ち手の部分には三本の足を持つ聖なるカラス・八咫烏が彫られ、それに銀を流し込んで銀色の八咫烏が翼を広げていた。

「おめでとう、鳴海くん。君は今日からヤタガラスのスナイパーだ。受け取りたまえ」

「ありがとうございます!」

 ダイゴはライフルを受け取った。美しい銀の八咫烏に心奪われた。

 ダイゴは拳銃を使用して悪霊を浄化してきたが、その技術はずば抜けていた。そこでダイゴはさらに上を目指してライフルへの転向を決めた。

 ライフルはベテランが使う武器で、優れた射撃技術がなければ使えない特別な武器だ。選ばれし人間しか持てないものだった。

「すげえ」

 ダイゴも言葉を失うほどの美しい武器。ダイゴは嬉しさで思わず笑顔がほころんだ。

 夕方になってダイゴはシュンの待つ家へ戻ってきた。もちろん背中にはライフルを背負ってだ。

 ダイゴはシュンにもらったライフルを見せた。

「これ兄ちゃんの新しい武器?!」

「そうだよ。ライフル銃は優れた技術がないと持てない特別なものなんだ。夢が・・・叶ったよ」

「すげえよ! 兄ちゃんは俺の自慢の兄ちゃんだ!」

「シュン! 大げさだよ」

 シュンは自分のことのように喜んだ。ダイゴが家事をしている間も、ダイゴのライフルをシュンはずっと眺めていた。中でもお気に入りは銀細工の八咫烏だ。

 光で反射してキラキラと輝いている。

 眩しいくらいに輝いていた。

「そんなに見ていて飽きないのか?」

「飽きないよ! すっごくかっこいいじゃん!」

 ダイゴは少し息を吐いて家事に戻った。するとシュンはあることを思いついて立ち上がってあるものを持ってきた。それは彫刻刀だった。

「兄ちゃん!」

「んー?」

 シュンがダイゴを呼んだ。

「これ、兄ちゃんのだって分かるように名前彫ったほうがいいんじゃない?」

「名前?! ヤタガラスでライフル使うのは俺だけだから、別にいらないけど・・・。まあ、いいか。これも記念だし」

 ダイゴはシュンの提案に折れた。シュンは彫刻刀を取り出して、持ち手の部分をゴリゴリと削り出す。


 N.D


 鳴海ダイゴのイニシャルを刻んだのだった。

 ダイゴはそのイニシャルが刻まれたライフルをずっと使用し、ヤタガラスのスナイパーの異名を体現したかのような活躍を見せた。

 そんなダイゴにシュンは憧れを抱き、浄化師の制服で帰ってくるダイゴがかっこ良く見えた。シュンにもそんなダイゴに対する憧れから、ある思いを抱くようになる。

 その思いをダイゴに伝えた。

「俺、兄ちゃんみたいな浄化師になる! いつか兄ちゃんみたいなライフルを使いこなす、浄化師になる!」

 それを聞いたダイゴは驚いたものの、笑ってシュンの頭をくしゃくしゃと掻き撫でた。

「そっかそっか! 兄ちゃんは嬉しいよ! シュンならなれるさ! でもなったら、俺とはライバルだな!」

「そうだね・・・。でも、俺は兄ちゃんみたいに上手くなるか分かんないし・・・」

「大丈夫だ。シュンはできる奴だからな。兄ちゃんは応援するよ」

 ダイゴはシュンが自分に憧れと尊敬をしていることに、とても喜びを感じ、そして誇らしかった。シュンが自分に影響を受けて浄化師になる、と言ってくれたことも嬉しい。

 いつか浄化師兄弟として肩を並べる日が来るだろう。

 ダイゴはそう願っていた。

 しかし、その夢は悪夢のような一日を迎えたことで崩れ去ることになるとは、この時の鳴海兄弟は知る由もなかった。



 さらに時は流れ、数年後。

 午後十六時。カミネ地区。共学高校。

 カミネ地区にある共学の高校。学校裏に停めてある自転車の鍵を外して自転車に乗った高校生。自転車をこぎ出して勢いよく高校から出る。

 白いワイシャツに青いネクタイ。紺色のズボン。

 高校生になったシュンだった。シュンはカミネ地区にある高校に進学し、高校生ライフを満喫していた。ダイゴに迷惑をあまりかけないと考え、アルバイトを始めてダイゴに渡そうと考えていた。

 しかし、ダイゴはシュンのアルバイト代を受け取ろうとは決してしなかった。

 シュンは受け取ってほしいと何度も言うが、ダイゴは自分の遊ぶお金に使いな、の一点張りで受け取ろうとしなかった。シュンは遊びに使うこともあったが、ほとんどを貯金して、いつか兄に返すことを考えながら日々を過ごしていた。

 勿論、夢は兄のような立派な浄化師になること。それだけは変わらなかった。

 シュンが高校生となり、そこまで守るほど子供でないことをダイゴは思い始めていた。ダイゴはシュンに話をして、シュンが同意した上でダイゴは泊りがけの浄化業務に勤しむようになった。

 夜に浄化業務を行うこと。それが浄化師の本来あるべき姿だった。

 シュンはダイゴが街中でライフルを構えている姿を想像するだけでかっこよく見えていた。そのとなりにいつか自分がいたらどれだけ幸せで誇らしいことなんだろう、と。

 そんなある日。午後二十時。カミネ地区。鳴海兄弟の暮らすマンションの一室。

 制服姿でダイゴがシュンの元へやってきた。

「これから仕事に行ってくるから留守を任せるよ」

「おう、気をつけて。何時に戻る?」

「朝になるかもしれない。朝食は作って冷蔵庫に入ってるからそれを食べてね」

 ダイゴはそう言って仕事へ行った。シュンはダイゴの後ろ姿を見送った後、自室で休んだ。

 翌朝。午前七時。

 シュンは起きて冷蔵庫に入っているダイゴの作り置きした朝食を取り出した。電子レンジで温め、テレビを見ながら食べていた。

 きっと今頃は浄化業務がひと段落して草薙館で休憩しているんだろう。シュンはそう思っていた。

 いつものように制服を着て高校へ向かう。自転車のペダルを勢いよく漕いで高校への道を急ぐ。

 教室では進路希望調査の紙が配られ、シュンはそれに浄化師専門スクールの進学を第一志望に書いた。それを見たシュンの友達は、すごい、と彼を褒め称える。

 夢を叶えるための一歩だ。

 そんな教室で友達と談笑しているまさにその時だった。教室に担任教師が走ってやってきた。

「鳴海!」

「どうしたんですか?」

「今! ヤタガラスから連絡があって・・・、お兄さんが・・・!」

 担任教師の尋常じゃない慌てぶりと「お兄さん」という言葉でシュンの頭の中は一瞬で真っ白になる。手に持っていた進路希望調査の紙をぐしゃりと静かに握りしめていたのだった。

 シュンは高校を早退し、高校を飛び出していった。脳裏に浮かんだのは優しいダイゴの顔。そのダイゴに何かあったと思うだけで、焦りが生まれる。

 幼いシュンを養うために、自分よりもシュンを優先してくれた大事な兄。そんな兄に何も恩返しができていない状態で、何かあったのがとても怖い。

 恐怖と戦いながら、シュンは急いで目的地へ向かった。

 シュンがやってきたのはカミネ地区内にある病院。自転車を止めて急いで病院内へ行く。この様子はまるで父親が急逝した時と同じ状況だった。その時は、ダイゴがシュンを抱えて廊下を走っていた。

 嫌な予感がよぎる中、シュンが病室の扉を開けた。

 病室のベッドには病院着を着たダイゴがいた。息を切らしてやってきたシュンに、ダイゴは驚いてシュンの名前を言った。

「兄さん! 怪我したってどういうことだよ?!」

「夜の仕事中に少しね・・・」

 ダイゴは兄ちゃん馬鹿だよね、と言わんばかりに笑って見せた。言葉だけを見ればダイゴがドジを踏んで怪我をしただけに思われる。

 しかし、事の深刻さをシュンはまざまざと思い知らされる。

 シュンはダイゴの処置を担当した医師に別室に呼ばれた。ダイゴの身内は弟であるシュンだけだからだ。

「鳴海くん。お兄さんの状態を単刀直入に言うと、重傷だ」

「重傷?」

「怪我の部分は肩。ここに運ばれた時は血まみれで虫の息状態だった。レントゲンを見て欲しいんだ」

 医師はシュンに一枚にレントゲン写真を見せた。

 そのレントゲンはダイゴの受傷部を撮影した場所だが、本来あるべき場所に骨の影はなく、どちらかといえば肩に白くて薄い靄がかかっているようにも見えた。

「お兄さんの肩の白い靄みたいになっているところは、肩の骨が粉々に砕けていることを示してるんだ」

「粉々・・・?」

 医師からの説明にシュンはゾッとした。ダイゴの強みは的確な射撃技術だ。肩をダメにしてはその正確性が狂い出すのはシュンでも分かっていた。

「兄の肩は治るんですか?」

「手術をしてリハビリをすれば日常生活には支障はない。しかし、お兄さんの場合は肩をかなり酷使する。酷使すれば日常生活すら送れないほど悪化する可能性もある」

「じゃあ、浄化師として復帰するのは・・・」

「・・・申し訳ないが、医学的に見ておすすめできない」

 シュンは言葉を失った。

 ダイゴにとって浄化師は夢だった。その夢の途中にいるにも関わらずだ。シュンは兄にどう伝えようか、と考えていた。すると医師はすでにこのことをダイゴは知っていると言った。

 それを聞いたシュンは急いでダイゴの病室へ戻る。扉を開けようとした時だった。病室からダイゴの声が聞こえてきた。弱々しいダイゴの声だ。

「なんで・・・、あの時・・・、あの弾丸のせいで・・・! もう俺は浄化師引退だな・・・。でも・・・、悔しいなあ・・・。なんで・・・、邪魔さえ入らなければ、こんなことには・・・! なんで、なんでなんだよぉ!」

 ダイゴの激昂が響く。悔しくて手をベッドに打ち付ける。そしてダイゴの悔し泣きの声も聞こえて来る。あそこまで怒りを出す兄を弟であるシュンは今まで見たことなかった。

 あの優しい兄が、あそこまで怒るのは相当だと。

 シュンはしばらく病室の中に入ることができなかった。



 ダイゴの大怪我から数ヶ月後。

 ダイゴは無事に退院した。しかし、肩の大怪我は想像以上に重かった。ダイゴはしばらくヤタガラスで雑務をやっていたがダイゴは浄化師として働けないことに劣等感を感じ、ついに引退の決断をしたのだった。

 ダイゴは怪我の全快に集中するため、数ヶ月は仕事探しをせず家で家事をするようにしていた。シュンはダイゴの背中が寂しすぎて何も言えずにいた。

 そんなある日のことだった。

 ヤタガラスの拠点・草薙館にシュンがダイゴの代わりに荷物を運び出していた時だった。ヤタガラスのリーダーに呼び出されたシュンはダイゴの状態を聞かれた。

 ダイゴはいつもと変わらないように見えるが、それはダイゴが心配かけまいと無理に振舞っているようにも見えてシュンも辛かった。

 リーダーからあの事件の真相が話された。

 あの日。ダイゴは悪霊を浄化するために現場にいた。悪霊の強さはそこそこでダイゴならば簡単に浄化できるレベルのものだった。順調に浄化していたが、ダイゴはその際一発の弾丸の襲撃に遭った。弾丸は間一髪で避けたものの、それを避けた際にバランスを崩し形成逆転。悪霊に隙を突かれて攻撃されてしまったという。

 あの弾丸による妨害がなければこんなことはなかった。リーダーはそう言う。リーダーはそこで、闇の浄化師による襲撃と結論づけられたことをシュンに話した。

 シュンは闇の浄化師のことを調べ、正体不明の人物であることをつかんだ。

 闇の浄化師が狙うのは、現役浄化師のみ。特出するような特技や特徴がある浄化師はららに狙われやすい。

 ダイゴはヤタガラスのスナイパーの異名を持つ。狙われるのは必然だった。

 それを知ったシュンは憤る。

「兄さんを追いやった奴は絶対に許さない。復讐だ・・・、必ず兄さんに負わせた苦しみを・・・奴にも味あわせてやる・・・」

 シュンの中にある「兄に憧れて浄化師になる」という夢はこの日から「兄を追いやった奴に復讐するため浄化師になる」に変わってしまったのだった。

 ダイゴはシュンの変わりように感づいていた。そして何度も忠告した。

「シュン。浄化師にはなるな。そんな憎しみを持っていたら、悪霊に魅入られて怪我するだけだ」

 しかしその忠告をシュンは無視。

 シュンは復讐に駆り立てられるように、高校卒業後は浄化師専門スクールに入学し、トップの成績で卒業。ヤタガラスへ所属することになる。

 いつしかその腕が認められ、ライフルを持つことを許され、かつての兄がほしいままにした異名・ヤタガラスのスナイパーと呼ばれるようになった。使用するのは、かつてダイゴが使っていたライフル。

 時間が流れてもシュンの中にあるものは変わらない。

 シュンは今でも兄を妨害した闇の浄化師・八十川エイタを探しているのだ。



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