三嶋フウマの情報報告〜Past fragments〜
三嶋フウマの情報報告〜Past fragments〜
午後二十時。チュウオウ地区。草薙館。所長室。
夜も更け、ヒジリは所長室で書類整理をしていた。まだ以前のように自由に腕を動かせないことに歯がゆい思いをしながらも無理をせず回復に努めようと決めていた。
すると所長室の扉を叩く音がした。
「どうぞ」
ヒジリが返事をすると扉が開いた。そこにはフウマがいた。三嶋くんじゃないか、とヒジリがいつものように答える。いつものフウマなら憎めないヘラヘラ度合いで笑うが、今回はそんないつもの笑顔がない。
情報屋であるフウマの元には様々な情報が舞い込んでくる。もちろん、ヤタガラスに関することもだ。
「怪我したって聞きました。大丈夫なんですか?」
「ああ。俺はなんともない。浄化師として現場に行くことはまだできねえがこの通りだ」
ヒジリは笑った。しかしヒジリも苦笑いをしてただ阿部がな・・・、と言った。フウマも同じように俯いた。
「新人ちゃんのことも聞きました。まだ意識が回復していないんですか?」
「ああ。まだ連絡は来ていない。肩を狙撃され、首を絞められていたらしい。ひどいもんだ」
ヒジリが手に持っていた書類を雑にテーブルの上に置いた。フウマがここに来たということは例の頼まれごとを完遂してくれたのか、とヒジリが聞くとフウマはご名答です、と言った。
ヒジリからの頼みごと。それはスセリの過去についてを調べること。ヒジリ単独で調べていることでこのことは他のみんなは全く知らない。
フウマは鞄の中から取り出した小さな封筒を取り出した。
「まずはこれを」
封筒を手渡したフウマはまだそれを開かないでほしいと伝えた。では報告します、とフウマは調べてきたことをヒジリに報告し始めた。
新人ちゃん、いや、阿部スセリの過去は壮絶です。
彼女の生まれはカワグチのチュウオウ地区生まれです。父は阿部タケト、母は阿部サミラといい二人の第一子として可愛がられました。
ところが阿部スセリが三歳の時です。両親共々不慮の事故により他界。死因は事故死として処理されていますが、真相は未だに分かっていないんです。
分かっていない? 一体どういうことだ? 阿部の口からも『両親は事故で死んだんです』って聞いたぞ?
それは阿部スセリの周りにいた大人たちがそう言ったんでしょう。その言葉を子供の頃に言われていれば、大人になった今でも信じるのが普通です。警察は事故死として処理していますが、この事故には不審な点が多すぎるという噂です。
現場に残っていた痕跡は死に至るほどの大事故の痕跡ではなかったらしいんです。それは現代科学が証明しています。そして遺体が妙に綺麗だったという話から事故死では考えられないと。
だとしたら死因はなんだ? 想像がつかん。当たり前だが俺はその現場を見たわけではないからな。
様々な憶測がありますが、俺が調べていた中で一番有力な説は悪霊説です。遺体が妙に綺麗なこともそうですが、妙な点がもう一つ。阿部スセリの母である阿部サミラの遺体はかなり無残な状態だったと言います。
遺体が綺麗だったのは父である阿部タケトです。同じように事故にあったなら同じような怪我やそれに似た状態になるはずなのに、阿部サミラだけが無残な状態なのはおかしいんです。
確かにそれは不自然だ。悪霊説が有力なのはとても分かる。しかし、なぜ阿部の母親だけがひどい状態になっていたんだ? 悪霊の凶悪度合いにもよるが、阿部の父親も同じようにするかもしれない。それなのに不思議だ。
両親の葬儀の後、誰が阿部スセリを引き取るのか話し合いが行われたそうです。しかし、誰も引き取り手がいませんでした。阿部スセリの施設行きを決定付けたのが、父方の親戚である大山ケンジです。彼女を引き取ったところで何の意味もないという言葉を吐き、阿部スセリの施設行きを決定付けた。
親戚から見捨てられたと知った阿部スセリは物心つく頃には自暴自棄となり、生死の境をさまようほどに肉体的にも精神的にもひどい有様だったと言います。
フウマの話を聞いてヒジリはあまりの壮絶さに息を吐いた。ヒジリが目撃したスセリの感情暴走もここの経緯があったんだろうと結論付けた。自ら悪霊を呼び寄せるほどの憎悪の塊を出すくらいなのだから相当な恨みである。
すると扉が叩かれた。
ヒジリが入るように言うとそこにはタイコウが立っていた。タイコウはアズミから預かった書類を届けに来たという。フウマとは初対面で若干警戒しながらヒジリの元へ行く。
「彼は三嶋フウマくん。ヤタガラスに協力関係にある情報屋だ。こうしてヤタガラスに有益な情報を提供してくれてるんだ」
「三嶋フウマです。君は?」
「あ、僕は木俣タイコウといいます。明智大学大学院の大学院生で今は大浜先生の助手をしていて、しばらくこのヤタガラスで研究者見習いとして厄介になってます」
それを聞いたフウマの顔色が変わる。それはタイコウが明智大学大学院の大学院生であること。明智大学大学院といえば大火事で全焼した場所でタイコウも軽い怪我を負ったことをフウマは知っているからだ。
「大浜さんと木俣くんは明智大学大学院が全面再開するまでヤタガラス所属の研究者になったんだよ」
ヒジリが言った。
挨拶もそこそこにタイコウが書類を机に置いて退出しようとした時、タイコウの耳にもフウマの言葉が聞こえてきた。
「阿部の過去は想像以上で驚いた。しかし、阿部サミラさんは他とは違う何かを持っていたのか? そうでもないと事故の説明が出来ない」
それを聞いたタイコウは阿部サミラ? どこかで・・・、と呟いた。
タイコウは頭の中にあるあらゆる記憶を掘り起こす。どこかで聞いた「阿部サミラ」という単語を探して。数秒後、タイコウの頭の中にある記憶の断片がつながった。
「あっ!」
いきなり大きな声を出したタイコウにヒジリとフウマは驚く。いきなり大きな声を出してどうした? と。
「阿部サミラさんですよ!」
「阿部の母親のことを知っているのか?」
ヒジリがタイコウに話を聞く。フウマも興味津々でタイコウの方を見てタイコウが話し出すのを待った。
「実は以前大浜先生がスセリさんの戸籍謄本を見てて、僕も聞きました。阿部サミラさんが他の誰よりも違うのは合っています」
「合っている? どういうことだ?」
ヒジリが聞くとタイコウは口を開いた。
「阿部サミラさんはツキヨミ保有者だったんですから!」
それを聞いたヒジリとフウマの顔色が変わる。フウマはすぐに今まで集めてきた情報をつなぎ合わせ、情報整理をする。そしてヒジリも仮説や真実を組み合わせて真相を考える。
タイコウは急に考え出した二人に戸惑い言葉を失った。
「金山さん。阿部サミラの遺体が無残だったのってツキヨミ能力があったから・・・悪霊に狙われてズタズタにされたって考えられませんか?」
「一理ある。それならば阿部サミラさんと阿部タケトさんの状態の違いも説明がつく」
タイコウはえ? え? と戸惑いながら一体どういう会話を展開しているんですか? と聞く。するとヒジリとフウマはいたずらっぽくニヤリと笑った。
「阿部の両親は悪霊によって殺された。あれは事故死じゃない」
「事故死じゃない?! 嘘・・・」
「悪霊の仕業とあれば相当阿部サミラさんに恨みを持った悪霊に違いない。三嶋くん、引き続き何か分かったら知らせてくれ。ここからは俺の仕事だ」
フウマは分かりました、と言ってフウマは所長室から出て行った。
ヒジリは手を組んでまっすぐ見つめていた。タイコウはその真剣な眼差しから目をそらすことができなかった。
午後二十一時。チュウオウ地区。草薙館。玄関。
フウマが草薙館を出ようとした時、タイコウがやってきた。
「あの!」
「なんだい?」
「スセリさんの過去なんかどうやって手に入れたんですか? 僕ですら分からないのに」
「俺には情報を色々くれる奴らがいるんだよ。そいつらにかかればどんな情報もお手の物。ま、阿部サミラがツキヨミ保有者だっていうのはめちゃくちゃ驚いたけどな」
フウマが笑った。
タイコウはどうして情報屋の一人に過ぎないあなたがヤタガラスに協力しているのか、と聞いた。フウマはそんなこと聞いても面白くねえぞ、と言ってまた笑った。
「悪霊が出始めた頃に世の中はガラリと変わった。俺のダチも悪霊にやられて死んだ。悪霊に襲われて死んでいったダチの顔が頭に浮かんで鬱になった。そんな時、金山さんは俺に手を差し伸べてくれた。絶対にこの人の役に立ちてえって思って今の仕事を始めた。ま、元々情報斡旋の真似事はしてたから真似事の延長線上だけどな」
フウマは靴を履いて扉に手をかけた。
するとタイコウはフウマに三嶋さん待ってください、と言って止めた。
「もう夜遅いです。悪霊も出るかもしれないし、今日はここに泊まって行ってください。金山さんもそう言ってます」
タイコウの言葉でフウマはそうか、と笑った。
「じゃ金山さんに今日は甘えるとします。えーっと・・・」
「タイコウです。木俣タイコウ」
「木俣。金山さんにありがとうって言っといてくれ」
タイコウとフウマは二人揃って草薙館へ戻って行ったのだった。
翌朝。午前五時。ハトガヤ地区。救急病院の集中治療室。
早朝の薄暗い集中治療室。心拍数を打ち鳴らす無慈悲な電子音。酸素マスクをつけたスセリはまだ意識が回復せず眠りについていた。
しかし数秒後に指の先がピクリと動いた。
そしてさらに数秒後には指から、手へ動きが移行する。ついにぴくりとも動かなかった瞼が震えだしてゆっくりとスセリが目を開いた。
ここ、どこ・・・? 私は・・・ここで何をしてるの?
スセリが朦朧とする意識の中で無機質な天井を見上げながらそう思った。すると、誰かがスセリの顔を覗き込む。看護師だ。スセリが目を覚ましたことを確認して急いで主治医のもとへ駆けて行った。
もちろんスセリには何事かは把握できていない。
数時間後に主治医が回診した際には朦朧としていたスセリの意識ははっきりしてきた。
「これから簡単な質問をしますので答えてください。あなたの名前を教えてください」
「阿部スセリです」
このような簡単な質問を繰り返す。生年月日や年齢、自分がどういう仕事についているのか、など身元に関する質問をする。スセリはそれに対してしっかりと答えていった。
主治医はスセリの意識レベルが正常であるということを確認した。その後、脳波などの異常を確認するために大型のスキャナーにかけられて隅々まで確認された。
主治医は検査結果を見て笑った。
体のどこにも異常がないことを確認したのだった。スセリは車椅子に座り、検査室を出るとそこにはヨシキとミホとヒジリ、そしてコノハとアズミがやってきていた。早朝にスセリの意識が回復したことを主治医がコノハへ連絡し、その連絡がヤタガラスへともたらされたのだ。
五人はスセリがスキャナーにかけられるところを見ており、検査結果を待ちわびていた。スセリは驚き、一言呟いた。
「金山さん・・・」
スセリのもとへヒジリがやってくる。そして優しく微笑んでスセリの頭に手を乗せた。
「よかった。無事で本当によかった・・・」
「金山さんごめんなさい。私が変に動いたから・・・金山さんは・・・」
「俺のことはいいんだ。自分のことは責めるんじゃない。大変だっただろう、怖かっただろう。よく頑張ったな」
ヒジリの言葉にスセリの目に涙が浮かんだ。
するとスセリちゃん! とミホが言いながらスセリに抱きついてきた。
「ほんまよかったあ! スセリちゃんが生きとる!」
「ミホごめんね。心配かけて」
「ほんまやで! 今度うんまいたこ焼き奢ってやるわ!」
涙を流しながらスセリとミホは言葉を交わし合った。その様子を見ていたヨシキもスセリの頭を優しく撫でた。
「意識が戻ってよかった。本当に・・・」
「ヨシキさん。また私のこと子供扱いしてます?」
「してないよ。むしろ、可愛い可愛い後輩として接してますが?」
ヨシキとの冗談の言い合いも楽しめるようになっていた。その様子を見ていたコノハは主治医と話した。
「あの調子だともう大丈夫そうですね」
「はい。本日早朝に意識が回復したと連絡がありまして、様々な検査を実施して異常がないと出ています。詳しい話は後ほどに」
「はい」
コノハは会話もそこそこにしてスセリの方を見た。ミホやヨシキと楽しく会話しているスセリの首には提供された写真の通り、大きな手の痣がはっきりと残っていた。




