浄化水晶は輝く〜Because it's me〜
浄化水晶は輝く〜Because it's me〜
私とヨシキさんの療養期間が終わった。私は憤っていた。早く星見アマツの悪霊を浄化したくてウズウズしていた。
カワグチは星見アマツの悪霊が怖くて、夜外を出歩く人間が極端に減った。暗がりで一人で歩いていれば、星見アマツが現れて狩られる。
そんな恐怖の噂がカワグチ中に広がった。
早くそんな恐怖から人々を解放しなくてはいけない。私たちは大浜先生やタイコウの作業を見守りながら改良の終わりを待ちわびていた。
星見アマツの浄化作戦が始まる---。
三日後。
アズミとタイコウは机の上に突っ伏していた。短い期間で武器の改良を終わらせたのだ。アズミは改良しながらタイコウに指示を出し、そしてタイコウも武器の改良に携わった。
アズミはタイコウの頭を叩いた。
「いてっ?!」
「金山所長を・・・今すぐ呼んでこい・・・」
寝ぼけたような酔っ払いのようなへばった声でアズミは言った。寝不足の体に鞭打ってタイコウは研究室を飛び出して草薙館本館にいるヒジリたちを呼びに行ったのだった。
タイコウは研究室にヒジリをはじめとしてスセリやヨシキ、ミホ、シュンも連れてきた。
「お待たせしました」
「本当に無理を言って申し訳ありませんでした」
「いえいえ。その分、悪霊を浄化してくれれば問題はありません。とりあえず各々の武器を取って確認を」
アズミに言われてスセリは小型拳銃、ヨシキは二丁拳銃、ミホは弓矢、シュンはライフル、ヒジリは鞭を手に取った。見た目はあまり変わっていないが、かなり武器の内部の方をいじったとアズミは説明した。
そして研究室にあったホワイトボードを指差して説明を始める。説明は具体的にどの部分に改良を加えたのかだ。
「まずあなたたちの使っている武器に使われている浄化水晶は緑や青の浄化水晶が多い。緑や青の浄化水晶は二つとも浄化能力にはそれほど差があるわけではない。ただありきたりでたくさんこの世に溢れている。この色の浄化水晶は地球が滅亡しない限り、生まれ続ける。恒久的にね。この世に蔓延る大体の悪霊はこの緑や青の浄化水晶で難なく浄化できる。だけど・・・」
アズミはホワイトボードに手を置いた。
「負の感情を大量に吸い込んだり、星見アマツのような自ら悪霊に堕ちた場合、従来の浄化水晶は全く歯が立たない場合が多い」
「でもアンギョウ地区の化け猫の悪霊もかなり負の感情を吸い込んでいたけど、浄化できました。それとは違うんですか?」
スセリが聞いた。
「アンギョウ地区の化け猫騒動のお話も知っているわ。確かにあの化け猫はかなり負の感情を吸い込んで強力だった。でも、所詮は猫。小柄な猫であれば強力な悪霊ともいえど、大量に浄化水晶を撃ち込めば浄化はできる。でも、今回は猫のように小さくないわね?」
「確かに・・・」
スセリがつぶやいた。アズミはホワイトボードに猫の絵と星見アマツに見立てた棒人間を書き始めた。
「たとえ強力な悪霊であっても体型に左右される場合もある。化け猫は強力な悪霊だけど、小柄だから浄化水晶の積み重ねで浄化できた。だけど、今回の星見アマツは小柄じゃない。言うなれば成人男性寄りよ。そんな悪霊相手に普通の浄化水晶を何発撃ったところで体力の無駄よ」
アズミはタイコウに次の説明を任せる。
タイコウが説明するのは武器の改良部分だ。緊張しているのかタイコウは瞳が震えていた。タイコウは息を吸って説明を始める。
「みなさんの武器は緑・青の浄化水晶が含まれたものに対応しています。そのままの状態で使用することはできません。武器が浄化水晶浄化能力に適合せず、うまく発動しなくなる可能性が高いからです。そこで、みなさんの武器の中で浄化水晶に触れる部分を改良し、一つ上の浄化水晶が装填できるようにしました」
ヨシキが拳銃を開けて弾丸を確認すると、黄色の浄化水晶が入っていた。これがワンランク上の浄化水晶である。なかなか見れない代物にヨシキは驚いている。
「改良したからといって今までの緑・青の浄化水晶を埋め込んだものが使えなくなるということはありません。今後も使用することは可能です。改良したのは浄化水晶を受け入れる皿を改良したようなものです」
なるほど・・・、と全員が頷いた。
アズミはヒジリに言った。
浄化水晶は浄化能力が上がれば上がるほど希少性が増し、手に入れることは非常に難しい。しかも希少性ゆえまだわからない部分も多く、武器の改良もまだできないものも多いのだ。
アズミたちにできたのは黄色の浄化水晶まで対応できる武器にすることだった。
「これで十分です。本当にありがとうございます」
「いいえ。早く、この戦いに終止符を打ってください」
アズミがそう言うと全員武器をしまい、研究室から出て行ったのだった。アズミは今夜星見アマツの悪霊浄化作戦が敢行されることを知っている。武器の改良が終わり次第出動することになっているのだ。
その後ろ姿をアズミとタイコウは見守った。
研究室に残された二人はあの封筒を開く。中に入っているのはスセリの戸籍謄本だ。そこにはスセリですら知らない情報があるはずだった。
アズミが戸籍謄本に目を通すと、目の色が変わる。
「大浜先生?」
「木俣・・・。これはとんでもないことになったぞ・・・」
「とんでもないことですか?」
「とにかく阿部さんが任務から戻ってきたら聞き込みよ」
アズミは戸籍謄本をテーブルの上に置いて思いつめた顔をしていた。
午後二十一時。ナンペイ地区。某所。
草薙館の留守をアズミとタイコウ、タクヤに任せて浄化師全員がナンペイ地区にいた。そしてナンペイ地区の浄化現場となる場所を警官たちが警備し、一般人の立ち入りを規制していた。
これで安全はほぼ確立された。
スセリたちはアズミとタイコウによって改良された武器を持ち、制服に身を包み、そして怪我をしないように肘、膝などにサポーターをつけて準備は万全だ。
そして陣形はこのようになった。
前衛 阿部スセリ 熱田ヨシキ
前衛補助 金山ヒジリ
後衛 立石ミホ
援護射撃 鳴海シュン
前衛のスセリとヨシキが唯一星見アマツの悪霊と対峙している。二人がいれば気配に気づいて星見アマツの悪霊が必ず顔を出すと踏んだのだ。危険な役回りだが二人は快く引き受けた。
そして普段は現場に行かないヒジリも前衛補助として出動している。ヒジリは制服の襟を正し、帽子をかぶりなおした。帽子には緑色の浄化水晶が宝石のように輝いていた。
「熱田! 阿部! 後ろには俺がいる! 無理はするな!」
「ラジャ!」
スセリとヨシキがお互いに武器を構える。安全装置は速攻外れた。そして感じる重々しい空気。あのときと同じ重くて逃げ出したくなるような瘴気。悪霊浄化のスペシャリストである浄化師でさえ、この空気のよどみは足がすくむほどだ。
まずは先制攻撃と言わんばかりにヨシキが弾丸を撃ち込んだ。すると弾丸が名ちゅしたのか耳をつんざくほどの断末魔が聞こえてきた。するとスセリとヨシキ、ヒジリの前にゆっくりと星見アマツの悪霊が姿を見せた。
星見アマツの悪霊の放つ瘴気は以前よりも増していた。その瘴気に体がすくみそうになる。
星見アマツの悪霊は顔に付着した血を拭った。ヤタガラスが休養している間に襲われた人がいたことに心が痛んだ。
星見アマツの悪霊がスセリとヨシキを捉えた。その瞬間ニヤリと笑う。
「また来たか」
「今度はこの前のようにはいかない。私が必ず、お前を浄化する!」
「やれるものならやってみろ!」
星見アマツの悪霊の手には包丁に似た鋭利な刃物が握られていた。スセリとヨシキの体に傷をつけた刃物が出てきた。見ただけで体につけられた傷が疼いた。
「阿部。気をつけろ」
「はい」
ヨシキが言う。スセリは頷いた。するとインカムが動き出し、耳に入れられたイヤホンから人の声が聞こえて来る。
『こちら鳴海。現場にいる全浄化師に伝える。星見アマツを確実に仕留めるポイントに到着。いつでも狙撃可能だ』
「こちら金山。そうか。だったらお前の判断でやってくれて構わない。鳴海、頼んだぞ」
『ラジャ』
インカムが切れた。
ヒジリは腰に巻きつけられた鞭を握った。
ヒジリの浄化武器は鞭である。柔らかくしなやかな武器で新人では到底扱える代物ではない。ヒジリのようにたくさん経験を積んだベテランでなければ持つことを許されない特別な武器だ。
鞭の伸縮する部分に砕かれた浄化水晶が大量に埋め込まれており、鞭を地面に打ち鳴らすと浄化水晶の結晶が飛び散って周辺を浄化することができ、悪霊に打ち付ければその瞬間に悪霊を一掃することができる。
シュンの扱うライフルに並ぶ浄化能力を伴う最強の武器だ。
星見アマツの悪霊の手がスセリへ伸びてくる。スセリはすぐに避ける。すると後方から光の矢が数本星見アマツの悪霊に向かって飛んできた。矢は命中。星見アマツの悪霊は浄化水晶の力で苦しみだした。
「痛い!」
スセリが後ろを向くとそこには笑っているミホの姿があった。
「ミホ!」
「やったで!」
ミホは親指を立てた。
しかし星見アマツは最後に対峙した時よりも負の感情を大量に吸い過ぎていた。ヤタガラスの強化した武器でさえ一発では浄化できなかった。一発で浄化できる雑魚とは違うようだ。
星見アマツの視線はスセリに注がれる。
「どこに逃げても俺にはわかる。お前の目が俺には光って見えるんだからな!」
「目が光ってる?!」
スセリが驚いていた。
もちろん現実世界の人たちからはスセリが悪霊をしっかりと捉えている時でさえ目は光っているようには見えなかった。いたって普通だ。しかし、悪霊視点ではスセリの目が光って見えているというのだ。
強力な力を貪欲に求める悪霊が編み出した力なのだろうか。
スセリはふと自分の目を手で覆い始めた。無自覚な力。それにスセリは心が揺れる。
自分の中にうごめく得体の知れない恐怖に取り込まれそうになった時、一発の銃声が響いた。
「?!」
スセリの耳に入ったのは声。
「阿部! しっかりしろ!」
「ヨシキさん!」
ヨシキの声でスセリは現実に引き戻された。現場は一切の油断ができない危険な場所。スセリは小型拳銃を握りしめて動き出す。
スセリの動きを援護するかのように後ろからミホの放った矢、シュンの放った弾丸が星見アマツの悪霊へ襲いかかる。
驚くほどの集中砲火にさすがの星見アマツの悪霊もひるんだ。そして動きも遅くなってきた。時間差で浄化水晶が徐々に効果を見せはじめていたのだ。
ヤタガラスが準備していた際も負の感情を吸いさらに強力になった為に、黄色の浄化水晶を使っても浄化に時間がかかってしまう厄介なものだ。
ヒジリは星見アマツの悪霊の姿を見てスセリとヨシキに指示を出す。
「確実に浄化水晶が効いている! 最後のアタックをかけろ!」
ヒジリがその合図とばかりに地面に鞭を叩きつける。鞭の叩いた音が周辺に響き、星見アマツの悪霊がひるんだ。するとスセリが引き金を引く。
ところが。
カチッ。
引き金を引いても弾丸が発射されない。スセリは一瞬頭が真っ白になり小さいパニックに陥る。
スセリが小型拳銃を開けると中身は空っぽ。つまり、弾切れである。それを知ったスセリはさらに慌てる。
「嘘?! 弾切れ?!」
「阿部! 下がれ! 僕が行く!」
スセリの小型拳銃が弾切れであることを知ったヨシキが率先して動き、引き金を引いた。
ところが。
カチッ。
最悪を知らせる音が聞こえた。しかしヨシキは慌てなかった。ヨシキが愛用している武器は二丁拳銃。一つがダメならもう一つがあるからだ。ヨシキが引き金を引いた。
カチッ。カチッ。
二回引き金を引いたが、弾丸はやはり出なかった。
「マジかよ?! こんなところで弾切れ?!」
「そんな!」
ヨシキも焦り始める。早く手を打たなければ星見アマツの悪霊を蝕んでいる浄化水晶の効果が落ちてしまう。
ヒジリが後方にいるミホとシュンにインカムで呼びかける。しかし、返って来た答えは最悪のものだった。
『金山さん! すんません! もう矢がないんです!』
『金山さん。こっちも弾切れだ。すいません』
ミホもシュンも星見アマツの悪霊を抑え込もうと集中砲火に出た為、弾切れを起こしていた。集中砲火の代償だ。
ヤタガラスは攻撃する術を失った。
ヒジリは鞭を持って星見アマツの悪霊へ近づいていく。その顔は覚悟の籠った表情をしていた。ヒジリの行動にスセリが声をかける。
「金山さん! 何してるんですか?!」
「・・・お前たちをここで死なせるわけにはいかない。今から退路を俺が確保する!」
ヒジリが思いついた作戦はヒジリが退路確保をしてヒジリが星見アマツの悪霊を引きつけている間にスセリたちを逃すというものだ。
しかしスセリはダメです! 危険です! と言った。
「心配するな! 俺は十年以上浄化師やってんだ。可愛い可愛い後輩たちを死なせるわけにはいかないからね!」
ヒジリは鞭を地面に再び叩きつけた。
ヒジリの武器である鞭にはもう一つ特徴がある。それは退路確保ができる唯一の武器ということだ。鞭は地面に叩きつけることで周辺を浄化するほどの威力を持つ。地面に叩きつけていれば、周辺は浄化され悪霊は一切手が出せない状況を作ることができるのである。
それを利用して鞭使いは退路確保を実施できる唯一無二の役割を担っているのだ。
スセリはヒジリを追いかけようとすると、声が響いた。
「スセリ!」
スセリが名前を呼ばれて振り返ると、そこには長い棒状のものを抱えているタクヤの姿があった。
「タクヤくん・・・。どうして・・・」
スセリが目を見開いていると、タクヤはじっとスセリの方を見つめていたのだった。




