ヤタガラス出動〜The gentle child〜
ヤタガラス出動〜That gentle child〜
私は夢を見ていた気がする。
重い体を引きずりながらなんとかたどり着いた桜の木の下。体の重さは予想以上でその場で動けなくなってしまった。
声は出ない。腕も動かない。
私の知らない私がいるような気がして怖い。私は悪霊を見たいときにその場で弾丸を撃って浄化水晶を砕かなければ見えない。場所が変わればもう一度撃ち込む。しかし、浄化水晶を砕かなくても悪霊の姿が見えた。
なんで?
私は怖くて怖くて堪らない。もしかして・・・、私が親戚中をたらい回しにされて施設に送った理由って・・・。
スセリは暗闇の中にいた。
すると声が聞こえて来る。
「まだ三歳よ? かわいそうに。子供一人残して両親いっぺんに・・・」
聞こえてきたのはスセリには聞き覚えのない声。しかし、本能的にスセリは聞いたことがあるような気がしてならない。
すると今度は聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「私にはこの子を引き取る理由がない。引き取って私に何か利益があるわけじゃない」
男性の声だった。スセリはそれをはっきりと覚えている。まだ僅か三歳だったスセリも潜在意識で覚えている。
スセリは自分の過去を見ていると確信した。しかもよりにもよってスセリの人生を決定付けた人生の岐路なんだろうか。スセリは心がもやもやとしてしまう。
もう二度と思い出したくない記憶が引き出されたことにスセリは憤りを感じる。スセリは怒りを抱えたまま、その場所からいなくなる。スセリの身元を引き取ることを拒否した男性の手にはキラリと光るものがある。
それは真っ赤な宝石。しかもその宝石にスセリは見覚えがある。
「あれって・・・、浄化水晶?」
スセリがヒジリからもらったお守り代わりの赤い浄化水晶に似ていた。しかしそれを確かめる術はなくスセリはそのまま意識を手放した。
午前五時。アンギョウ地区会館。女子部屋。
早朝のことだった。
スセリはゆっくりと目を覚ました。スセリの視界はぼやけている。天井が目に入る。だんだんと視界ははっきりしてくる。スセリがゆっくりと上半身を起こす。するとスセリのそばにはミホとサトミが静かに眠っていた。
そして壁にもたれかかるようにゴウが寝息を立てていた。
スセリはどうしてここにいるのか、と考え始める。頭の中にある記憶をたどり始める。妙光院の化け猫に遭遇し、その後、ものすごい体の重さを感じてなんとか歩き出して戻ろうとしたが、瘴気が引き起こす体調不良を併発しひどい頭痛に苦しめられて結局その場に倒れこんでしまった。
しかし、スセリは頭を押さえた。額には冷や汗。
「嫌な夢・・・」
スセリは息を吐いた。スセリの声でごそごそと動き出したのはゴウだった。スセリが起き上がったのを発見したゴウはスセリに言った。
「嬢ちゃん。大丈夫か?」
「ゴウさん? なんでここにいるんですか?」
「なんでここにいるんですかじゃねえだろう? 嬢ちゃんが行方不明になったってそこに寝てる立石から連絡をもらったんだよ」
スセリは寝息を立ててるミホを見る。
「到着してみろ。そしたら嬢ちゃんを横抱きにした鳴海を見て全てを察したよ」
ゴウはボサボサの頭を手櫛で整えながらスセリに近づいた。そして体温、血圧、血中酸素濃度といったバイタルサインを測る。
バイタルの数値を確認したゴウはスセリの体に異常がないことを確認した。
「バイタルサイン問題なし」
ゴウがそう呟いた。
「鳴海が運び込んだ直後は熱もなければ血圧も異常無し。恐らく悪霊の瘴気に当てられたことによる一過性の体調不良だろう。普通は一過性だから意識を失うほどには至らないがな」
ゴウの診察では一過性体調不良と診断された。しかし今回の場合は意識消失をするほど重症化はしない。重症化の原因はゴウでもよくわからない。
予想としてはスセリが『神様の眼』を持っているということ。もしかしたらそれが要因かもしれないとゴウはスセリに伝えた。
スセリはこの出張が終わったらアズミに伝えようと思った。
「額にできた擦り傷と膝の裂傷。軽傷で済んだのがなによりの救いだ」
スセリの額には包帯が巻かれ、膝には大きなガーゼで保護されていた。スセリは息を吐いた。
スセリは額に浮かんだ汗を静かに拭いた。
スセリは喉が渇いたと水飲み場へ向かう。女子部屋を出ると、廊下に備え付けられたベンチに雑魚寝しているヨシキ、シュン、フウマがいた。三人は廊下で寝息を立てている。
「熱田も三嶋も夜遅くまで嬢ちゃんを探してくれたんだ。熱田と三嶋よりも嬢ちゃんを抱えてた鳴海はそれよりも嬢ちゃんに付き添ってくれたんだ」
「シュンさんが?」
「嬢ちゃん半信半疑だな。鳴海はな、クールで無愛想で冷血漢に見えるところがあるかもしれない。だが、奴は人と関わることが苦手なだけだ。仲間をなによりも大事にする。嬢ちゃんに厳しい態度や言葉をかけるのは愛情の裏返しだ。立派な浄化師になってほしい、しかも『神様の眼』を持っているからなおさら身を守る術や技術を覚えないといけない。だから厳しくなってしまうんだ」
ゴウから話を聞いたスセリは心の重荷が少し軽くなった気がする。シュンはスセリがヤタガラスに加入することに猛反対をしていた。しかし、スセリの技量と力を見定めて彼女の立ち位置を決めたのは他ならないシュンだった。
シュンがそこまで観察眼に優れているというと嘘になるが、シュンが少なからずスセリを見守ってくれていたことは確かである。
「だから鳴海が目を覚ましたらしっかり礼を言っとけよ」
「はい」
ゴウに言われてスセリは返事をした。
時間はまだ早朝。スセリは喉を潤した後廊下で雑魚寝している三人にタオルケットをかけてやり、女子部屋で寝ているミホとサトミにもタオルケットをかけた。そして再び布団に入り眠りについた。
午前十時。
昨日のこともあり昼のパトロールは中止になった。その代わりにミーティングが行われる。ゴウはスセリの体調が異常無しと判断し、シュンに詳細を説明すると疲れたから帰ると、ナンペイ地区へ帰って行ったのだった。
「昨日のことを改めて説明する。俺は三嶋から阿部が妙光院の方へ行ったと連絡を受けて、妙光院の方へ行った。そしたら若い男の悪霊が現れた。阿部や熱田の言う通りで悪意は全く感じられなかった。むしろ、阿部の居場所を教えてくれた」
この場にいる全員の顔が驚きに変わる。
「そしたら桜の木の下に阿部が倒れていた。ゴウさんによれば、阿部は一過性体調不良と診断が出ている。原因は集約された瘴気を一気に浴びたからだ。阿部は多少の怪我で済んで、大したことはないそうだ」
シュンはスセリにあの夜に何があったのか覚えている範囲で話してもらうように言った。
スセリは話し始めた。
妙光院に行った際、化け猫に出会ったこと。その化け猫はスセリのことを敵と認識して威嚇していたこと。妙光院の中なので無闇に浄化することはできず、その場から立ち退いた。
その際あの若い男性の悪霊と遭遇し、会話が交わされた。後は任せられる。若い男性の悪霊ははっきりとそう言った。スセリはそう言うと、ヨシキはスセリに言った。
「恐らく大量の瘴気を浴びたのはそこだな。どうして逃げなかった?」
「少しパニックになってしまって・・・」
「パニック?」
「私はその場で浄化水晶の弾丸を撃ち込んで周囲に浄化水晶の破片が飛び散ったことで昼でも悪霊が見えるんです。だから場所が変われば見えなくなります。だけど、浄化水晶の破片が届かないところで悪霊が突如として見えたんです。それで驚いて、頭が働かなくなって・・・」
スセリが言うとヨシキがまさか・・・と呟いた。
スセリが『神様の眼』を持っていることはすでに明智大学大学院の教授であるアズミがそれを認め、ヤタガラスにも報告され、その旨もヒジリが正式な文書にして悪霊対策部にも報告している。
『神様の眼』は基本的に浄化師の訓練をしていなくても昼でも夜でも悪霊が見えてしまうという万能なもの。しかしスセリの『神様の眼』は不安定でまだ浄化水晶の力を借りなければ見ることができない。
しかし浄化水晶の力を使わなくても見えるということに今までと違うと小さなパニックを起こしたのだという。
「出張が終わったらすぐに大浜さんのところに言って報告してこい」
「はい」
シュンが言った。
そしてあの日スセリは妙光院で化け猫が現れたことを報告する。化け猫は恐らく妙光院の化け猫伝説に登場する猫であること、そしてスセリは彼女の中にある一つの結論を導き出していた。
それをスセリは言った。
「私たちが浄化するべき悪霊は、未だに悲しい伝説に縛られてしまったあの化け猫だと思うんです。もしかしたらヤタガラスに送られた匿名の手紙って、あの悪霊が出したものなんじゃないんですか?」
「そうきたか」
スセリの結論にヨシキが反応する。もしかしたら否定されるのかもしれない。そう思ったスセリだったがその心配は一瞬でなくなる。
「阿部にしては、いい結論だ。その可能性はゼロじゃない」
「熱田の言う通りだ。信ぴょう性には欠けるがゼロじゃない」
シュンも同調して立ち上がる。
そしてシュンは判断を下し、指示を出す。
「アンギョウ地区の妙光院の悪霊を浄化する! 妙光院には俺から連絡しておこう。決行日は明後日だ。心の準備をしておけ」
「ラジャ!」
全員が頷いた。
その夜のことだった。スセリは布団の上で仰向けになってひたすら天井を見上げていた。そして静かに目を閉じた。すると思い出すのはどうしても幼い頃の思い出ばかりだ。
児童養護施設で親友のハルカと過ごした楽しい感情。ハルカの里親が決まり、ハルカと離れ離れになって悲しい感情。いつまで経っても里親が決まらずに焦りと見捨てられたという絶望感。
いろいろな感情が入り混じる中、スセリは静かに目を閉じた。
人という生き物は誰しもが「過去」を持っている。その過去は美しい栄光の思い出もあれば、消し去りたいほどの黒歴史を持つ過去、そして絶望や憎たらしさの黒い感情渦巻く過去もある。
スセリはどちらかといえば黒い感情渦巻く過去を持っている。
しかしスセリは決めていた。
過去ではない。今を生きると。
スセリは元々平凡な生活を送っていた一人だ。悪霊に襲われて特別な力が開花しなければこのようなことにはなっていない。しかし、スセリは自分の進んだ道を後悔していない。
親友のハルカでさえスセリが浄化師になったことに心配そうな視線を向けていた。浄化師は世間的にも知られている職業ではあるが、その専門性や命がけの仕事という観点からなかなか手が出せない職業でもある。
浄化師の専門スクールに行ってたくさん訓練しても悪霊が見えない人も中にはいるくらいだ。
「私は浄化師なんだから、しっかりしなきゃ」
スセリはそう呟いた。




