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Trigger〜悪霊浄化異聞〜  作者: 藤波真夏
明智大学大学院編
32/130

労い〜Family gathering〜

労い〜Family gathering〜



 浄化師はこの世に蔓延る悪霊に対して唯一浄化つまり戦闘ができる専門職であると金山さんは教えてくれた。

 悪霊との死闘の末、犠牲になってしまう浄化師も少なからずいる。自分の命をかけて平和を守る浄化師に対して人々が抱く思いは様々だ。

 そして今日は、浄化師たちが日々の疲れを吹き飛ばす特別な日。



 スセリは明智大学大学院から戻った後も悪霊浄化を続けていた。日々のパトロール、夜の浄化。そして緊急通報に対する対応。おぼつかないところもあるが、とりあえずは形になってきた。

 教育係の立場にあるサトミも安心して見ていられる。成長というものはこのようなものなのだと思い知らされる。

 スセリはアズミから預かった報告書をヒジリに提出した。その内容を読んだヒジリはなるほどなと呟いた。

「君の目が確かに『神様の眼』であることが確定したと書かれている。しかも起動するきっかけが浄化水晶とは知らなかった。阿部、悪霊に浄化水晶を撃ちこんだら継続して悪霊の姿が見えたというのは、本当かい?」

「はい。実際に悪霊が大学構内に現れてアズミ先生の指示の元行ったので間違いありません」

 スセリはそう言った。

 ヒジリも浄化水晶の飛び散った結晶が悪霊への命中率が上がることはすでに知っていたが、それがスセリの目を覚醒させる鍵であったことに驚きと興味が尽きない。

「しかしまだ君の目が本当の意味で解明されたわけじゃないと彼女は言っている。今後も阿部のことを丁重に調べて解明したいということだ。阿部、協力するかい?」

「はい。私は『神様の眼』について知りたいです。どうして私にはこの力があったのか、どうして急に使えるようになったのかを私自身が知りたがっています」

「わかった。その旨、伝えておこう」

 スセリは一礼をして所長室を出て行った。

 ふうと息を吐いていると、スセリの名前を呼ぶ声がした。

「シュンさん」

 シュンだった。

 シュンは白いシャツに黒いパンツというシンプルな普段着に手には腕時計をつけている。

「少しは自分自身のこと知れたか?」

「はい。でもまだまだ分からないことばかりです」

「まあ人間なんてそんなものだ。自分自身のことなんかわからねえよ。人間てのは神様が適当に作ったハリボテなんだからな」

 シュンはそう言った。

 スセリはシュンの真横を通り過ぎようとした。するとシュンはスセリの名前を呼んだ。スセリは足を止めた。シュンがスセリを呼び止める時といえば決まって指摘や指導が入る時だ。スセリは知らないうちに心の準備を整えるようになっていた。

 するとシュンは口を開いた。

「最初はあんなにビクビクとしていて小型拳銃の使い方もまともにできず、大宮のそばで震えていたお前がいつの間にか自分の足で立っている。ただ自分を犠牲にする戦い方は賛同しかねるが、ニシ地区の悪霊浄化の時はお前の作戦あってこそ成功した。阿部、お前は立派な浄化師だ」

 シュンの言葉がまるで吹き抜ける風のようにスセリの心にすーっと入ってくる。今まで感じたことのない感覚にスセリは陥る。そして少し口角を上げて小さな微笑みを浮かべたシュンが言った。

「成長したな、阿部」

「・・・」

 一体自分は何を言われているのかスセリは理解できなかった。クールでヤタガラスのスナイパーと呼ばれるベテランのシュンの口から出てきたのは、スセリを褒めるシュン最大の褒め言葉だということだ。

「シュンさん、それって・・・」

 スセリが聞こうとするとシュンは翻す。

「一回だけだ。これからも精進しろよ。阿部はヤタガラスの仲間なんだからな」

「・・・はい!」

 あんなに厳しかったシュンがスセリを一人の浄化師として認めた瞬間だった。ヤタガラスの中で誰よりもスセリの加入を反対していたのはシュンだった。しかし彼はスセリの努力を認めて一人の仲間として認めたのだった。



 そして今日はヤタガラスが草薙館の中庭に全員集合していた。

 全員が私服姿で動く。

「スセリさん。こっち手伝って!」

「はい!」

 サトミに言われてスセリも動き出す。

 今日はヤタガラス全面休業の日だ。その日は決まって中庭に集まり、バーベキューなどのアウトドアをして日々の疲れを労うのだ。

 普段は草薙館で共同生活をしているヤタガラスの面々ではあるが、この日に限っては浄化師たちの家族も多数来訪するため、久しぶりの家族の時間になるのである。

 スセリとサトミは大きなテントを張る。そしてヨシキとシュンはバーでキュー台を倉庫から出してくる。

 しばらくすると大きな紙袋を両手に持ったミホが帰ってくる。ミホは食料調達係だ。近くのスーパーで野菜や肉などを購入してきた。

 昼食時間に差し掛かると草薙館の前でごめんください! と声が響いた。するとヒジリが来た来たと笑顔で玄関へ向かった。

 スセリがヒジリの帰りを待っているとヒジリが戻ってきた。戻ってきたのはヒジリだけではない。男女がぞろぞろと列を成してやってきた。


 誰?!


 スセリが驚いているとスセリの背後から声が聞こえて来る。

「ママ!」

「ママ?」

 ミホの声だった。ミホがママと呼んだその女性を見ると、黒い髪にキリッとした目。どこかミホに似ている。スセリの視線に気づいたミホが女性を連れてスセリの前へやってきた。

「スセリちゃん! この人がうちのママ! オオサカから来てくれたんや!」

「ミホのお母さん?」

 スセリが改めてミホの母と対峙する。ミホの母はスセリに優しく笑った。

「初めまして、立石カナミです。ミホからお話はよく聞いていますよ」

「え、そうなんですか? 私が?」

 ミホの母・カナミにスセリはなんて答えたらいいのか戸惑ってしまう。どうしようと目を泳がせているとヒジリがやってきてカナミに話しかける。

「立石さん。ご無沙汰しています」

「あら、金山さん! うちの娘がお世話になってますぅ」

「この子は阿部スセリさんと言ってうちの新人浄化師なんですよ。ミホともいいコンビネーションを見せてくれます」

「あんやあ。それはほんまに嬉しいねんわあ」

 カナミの口から出てくる関西弁。スセリは安堵の声を漏らした。

「あなた」

 その声にヒジリが振り返る。スセリも同じように振り返る。するとそこにはヒジリと同じくらい、いや少し年上の女性がいた。ショートヘアーで両手にはレジ袋。そして左手薬指に光る銀色の指輪。

「ナミ」

「ナミ?」

「金山ナミです。金山ヒジリの妻です」

 スセリは驚いて頭を下げてすぐに挨拶をしようとする。するとナミはニコッと微笑んんでスセリに言った。

「夫から話は聞いているわ。訓練を受けていないのに昼でも夜でも悪霊が見える女の子をスカウトしたって聞いたわ。もしかして、この子が?」

「ああ。阿部スセリさんだ」

「随分可愛らしいお嬢さんね。大丈夫? 主人があなたのこといじめてないかしら?」

「い、いじめられてなんか!」

 スセリが慌てて否定する。

 するとヒジリも笑う。俺がスカウトした可愛い新人をいじめるわけがないだろう、とナミに言う。ヒジリは改めてスセリに言った。

「阿部は頑張ってるよ。それは俺が保証する。だいぶ無茶な作戦や捨て身の作戦ばかりするのは少し心配だが、それでも浄化師としてやってくれてる。俺の目に狂いはなかったってことだ」

 スセリはありがとうございます、と頭を下げたのだった。



 時刻は正午。

 草薙館には浄化師の家族が勢揃いしていた。

 やってきたのはヨシキの母・熱田ミヤコと妹・熱田アカリ。サトミの父・大宮トオルと母・大宮ナナ。ミホの母・立石カナミ。ヒジリの妻・金山ナミであった。

 シュンの家族も来訪予定だったが今日ばかりは都合が悪く欠席。しかし、果物を郵便で送ってくれたという。

 そうこうしているうちにバーベキューが始まった。

 ガヤガヤと賑やかだ。

 普段緊迫した現場に赴いている浄化師たちが見せる安堵の笑顔と屈託のない本来の笑顔があふれていた。

 肉の香ばしい香りが空腹を誘う。

 焼けたお肉を全員が美味しそうに頬張る。そしてスセリも久しぶりのご馳走に心の底から楽しんでいた。

 しかし、ミホと話していた時のことだった。

「ミホ!」

「ごめんな、スセリちゃん。ママが。ちょっと行ってくるわ」

「行ってらっしゃい!」

 ミホが母のカナミに呼ばれてスセリの元から離れて行った時だった。他の人と話そうとスセリは移動した。しかしヨシキもサトミも家族と歓談中だった。周囲を見渡すとヒジリもナミと歓談中。その中にシュンも混じって会話していた。

 ふとスセリは思った。

 今会話に入れていない一人ぼっちの状態になっていると。周囲をキョロキョロしていても全員が誰かしらと一緒にいる状況下であった。

 スセリはふと思い出した。


 そうだ。このバーベキューパーティーは離れて暮らす家族がやってくる。そしてお互いに労いをする。そんなイベントだった。私には私を心配してくれる家族も親戚も、誰もいないんだ・・・。

 なんか、寂しい・・・。


 スセリの両親はすでに他界。兄弟もおらず、頼みの綱である親戚はスセリを煙たがり絶縁状態だ。連絡手段もないため、パーティーに呼ばれるわけじゃない。

 そう思うとスセリは悲しくなってきた。

 まるで家族のいない現実を突きつけられたかのようだった。

 スセリは何も考えることなく、草薙館の中へ戻って行ってしまった。

 スセリのことを知らず、ミホがカナミとの会話を終えて帰ってきた。しかしスセリの姿が見当たらず探す。

「スセリちゃん? ママ、スセリちゃん見た?」

「いや、見ておらへんよ」

 ミホは中庭の中を探す。しかしスセリの姿は見当たらない。

 トイレかな? とミホは首をかしげた。すると、ミホに気づいたサトミがやってくる。

「どうしたの? そんなにキョロキョロして」

「サトミ先輩! スセリちゃん見ませんでしたか?!」

「スセリさん? さあ、私もずっとお父さんとお母さんと話し込んでいたからよくは・・・」

 サトミも心配になり探す。ミホの言う通り、スセリはどこにもいなかった。

 サトミはスセリのことをヨシキにも言った。

 ヨシキも見ていなかった。三人はスセリを探し始めた。しかし、テントの中にもいなかった。トイレの可能性も考えたが、それにしても長すぎる。

「阿部。どこに行った?!」

 ヨシキはそう言いながら草薙館の中へ入って行ったのだった。



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