神が人に授けた目〜Unknown event〜
神が人に授けた目〜Unknown event〜
大浜アズミ。
女性でありながら悪霊や浄化水晶に関する研究の第一人者である。日本の中でも悪霊や浄化水晶研究の最高峰である明智大学大学院で日夜研究をしている。
私が昼夜問わず悪霊を捉えることができる目、通称『神様の眼』の持ち主であり、それが解明できれば日本史上、むしろ世界的発見となる。
私は彼女の元で医療的な検査を受けることになったのである。
「大浜アズミさん?」
「そうよ。あなたのことは金山所長から聞いているわ。その腰にあるホルスター。浄化師で拳銃使いである証拠ね」
アズミはスセリを迎え入れた。その際、何も自己紹介していないのにスセリが浄化師であることを一瞬で見抜いた。それは彼女が悪霊研究の第一人者であることを裏付ける証拠でもある。
スセリが驚いていると、スセリの前で助けを請いていた男子学生が「へ?」と間抜けな声を出してスセリに相対する。男子学生はずれたメガネを元に戻し、スセリに向き直った。
「この子が浄化師?」
「拳銃見たくらいでぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃないよ。もうお前の第一印象最悪だぞ」
「だって・・・」
男子学生はアズミに怒られている。するとアズミは放ったらかしにして申し訳ないと謝罪する。そして男子学生も紹介してくれた。
「彼は木俣タイコウ。ここで私の助手をしている大学院生だ。まあ見た目通りの真面目でいい奴なんだが、いかんせんドジでな・・・」
男子学生もといタイコウは息を吐いて言った。
「木俣です。よろしく・・・」
「こいつのことは呼び捨てで呼んでもいいぞ」
「大浜先生?!」
タイコウが驚いている。そしてその会話の展開に追いつくのが必死のスセリ。スセリはようやく口を開いた。
「よろしくお願いします、タイコウ」
「僕も年下に呼び捨てされてしまうのか・・・」
タイコウがうなだれている。スセリは罪悪感を覚えるが、なんと言おうか迷ってしまう。
するとアズミはスセリに研究室へ案内した。扉を開けるとその先には白を基調とした部屋で大量の浄化水晶と書類が山積みになっていた。
スセリは浄化水晶に近づいた。
「こんなにたくさんの浄化水晶があるんですか?」
「まあね。私たち研究者にはちっちゃいものしかこないけどね。それでも貴重なものだから大事に使ってるわ」
スセリはへえ、と頷いた。
するとスセリの首に下げられた赤い浄化水晶に目がいった。
「スセリさん。そのネックレスは昔から?」
「あ、これは。金山さんからもらったんです」
「金山所長から?」
「はい」
スセリはネックレスを外してアズミに手渡した。浄化水晶はまだ輝きを失ってはいないものの、スセリが浄化師認定テストの際に悪霊にこの浄化水晶を突き刺した時の傷が残っている。
「この傷は?」
「実は浄化師認定テストの時に悪霊に突き刺した時にできちゃったものなんです」
「悪霊に突き刺す?! なんて命知らずな・・・」
スセリの行動にアズミは驚いていた。浄化水晶を悪霊に突き刺すなど命知らずな行為であることをスセリはアズミの反応で改めて思い知る。
「赤の浄化水晶は数ある浄化水晶の中でも一番浄化が強い。赤い浄化水晶なんかあまり出回らない。どうしてこれを金山所長があなたに?」
「金山さんはお守りだって渡してくれたんです」
「お守りね。でも、大事にしたほうがいいわね」
アズミはネックレスをスセリに返した。タイコウはスセリの胸元で輝く赤い浄化水晶を見ていた。するとアズミの声が飛んだ。
「木俣! 準備!」
「はい!」
タイコウは資料を持って研究室へ入ってきた。スセリはアズミとタイコウと向かい合うように座った。
今から始まるのは以前岩永邸で行った視力検査の結果を元にさらに細かく検査と問診などを行っていく。
「『神様の眼』の研究は対象者が研究になかなか協力してくれないためになかなか先に進めないのが現実なのよ」
「え? でもこの前の新聞に解明に近づいたって記事がありましたよ?」
「解明に近づいたといっても大きな一歩ではないの。記事に載っていることは私たち研究者にとっては微々たるものよ。何も解明なんかできていない」
アズミは呆れるように言った。
さらにアズミはスセリにどうして協力者がいないのかを教えてくれた。
悪霊を捉える目、通称『神様の眼』を持つ人間の多くが親や親戚、もしくは先祖に浄化師をしていたことが分かっている。その見える遺伝子が当事者に引き継がれているのだ。しかし、『神様の眼』を持つ人間の多くは浄化師になっておらず、そんな不気味な研究に協力したくないなどと断ることが多い。
結果として研究が進まず、解明に至っていないのだ。
「私は突如として悪霊が見えるようになりました。その謎を解明して欲しいんです。私にできることはなんでもします」
「ありがとう。とても心強いわ。だからと言って私たちは非人道的なことは絶対にしない。これは人としても悪霊対策部から認可を得ていることも、あなたを金山所長からお預かりしている点でもね」
アズミはそう言った。
話の後はアズミによる検査を実施していく。
悪霊が見えた時期や、生まれてから今までの既病歴などだ。
スセリは生まれてから今までで目に関する病気には一切かかっていない。視力の低下は若干あるが、それは時間の経過ということに判断した。
そして悪霊が見え始めた時期を聞かれるとスセリはこう答えた。
「ほんの六ヶ月とかそれくらい前です。以前勤めていた会社の帰りに悪霊に襲われて、その時にはっきり目で悪霊の姿を見たんです」
「その後ヤタガラスに保護されたって感じね。誰かに指摘されて気づいたの?」
「はい。金山さんや今一緒に仕事をしている浄化師たちに言われて気づきました。普通悪霊を見る目は浄化師の専門スクールに通って訓練しないと普通は身につかないと。もしかしたら遺伝かもねって」
アズミの問いかけにスセリは答えた。
アズミはレンズを取り出してスセリの目を見る。虹彩の色を確認する。
「虹彩の色も至って普通だわ」
「何か関係が?」
「ほんの十年前まで悪霊を見る際に虹彩、つまり眼球の色が変わるっていう逸話があったのよ。でもどう? ヤタガラスの先輩たちの目の色は悪霊を見ている時、変わっていた?」
スセリは首をブンブンと横に振った。
アズミはその通り、と言った。
「虹彩の色は生まれ持ったもの。悪霊を見た瞬間に変わることなんてありえない。現役浄化師の人の遺伝子を調べて、そして家系を調べたところ遺伝であることが定説になったのよ」
アズミは息を吐いて言った。
アズミはタイコウを呼んでこの先の質問を任せたいと言った。アズミはスセリに彼は大学院生で将来研究者になる卵であることを話した。彼にも経験をさせてあげたいと話す。スセリはわかりました、と頷いた。
「え、えっと・・・。まずは・・・家族構成を教えてください」
タイコウは手元にある資料に目を移しながら、たどたどしくも話す。それを聞いたスセリは表情が曇る。
「どうかした?」
アズミが聞くとスセリがハッとする。なんでもないです、と取り繕うスセリにアズミは話したくないことは話さなくてもいいと言う。相手が不安に陥るような情報は聞き出さない、とアズミは言う。
するとスセリはいいえそんなことないです、と言った。
「私、家族はいないんです」
「いない?」
「私の両親は私が小さい頃に事故で死んじゃったんです。私は親戚からそう聞いています。親戚全員からたらい回しにされて、結局施設で十八まで暮らしていました」
スセリの壮絶人生にタイコウは言葉を失ってしまった。
アズミは辛いことを話させて申し訳ない、と謝罪する。スセリは大丈夫ですよ、となだめる。するとタイコウはスセリに質問した。
「僕の興味になるんですけど、今もご親戚とは連絡を取っているんですか?」
「取ってません」
スセリはきっぱりと言った。するとタイコウはスセリから身震いするような狂気を感じた。優しいその目は一瞬で狂気を孕んだ鬼の目になる。
「私を見捨てた親戚なんて、知りません。むしろどうでもいいです」
「・・・」
タイコウがあまりの恐怖に固まってしまった。
スセリも自分がこんなにも無慈悲な言葉を口から吐けるのが驚きだった。まだスセリの中にはあの頃の闇がまだ渦巻いている。
スセリは浄化師になって悪霊と闘っている非日常に足を踏み入れた。悪霊がどういうもので強化されるかも知っている。
それは生きる負の感情。
その負の感情、悪霊すらも驚くほどの深くて暗い負の感情をスセリは持っている。その感情をいつも読まれまいと胸の奥底にしまっている。
『神様の眼』の研究の第一歩として最初にやるのは当事者の家系を調べること。しかし、スセリには直系の家族はすでに故人、そして頼みの綱である親戚とは絶縁状態。
タイコウは考えに考えた際、口を開いた。
「次、戸籍謄本を持ってきてください」
「戸籍謄本?」
戸籍謄本。
生まれた日、両親や養父母の名前、続柄や出生届を出した人物の名前と言った当事者に関する情報が書かれた俗に言う「戸籍」というやつだ。
タイコウはスセリの家系が読めないことから、戸籍謄本という登録された絶対的な書類を用いて家系を探ろうという作戦に出たのだ。
「戸籍謄本ですか? 登録されているもんなんですか?」
「普通は登録されています。医療費が保障されるのも戸籍があるからこそです」
タイコウは立ち上がり、研究室にある本棚の前へ移動する。
「スセリさんはどこにお住まいですか?」
「カワグチです・・・」
「カワグチなら・・・カワグチ市庁舎に行けば発行してもらえると思います。お願いできますか?」
タイコウの申し出にスセリはわかりました、と首を縦に動かした。するとタイコウの頭に鉄拳が炸裂する。痛い! と頭を抑えるとアズミが怖い顔をしてタイコウを見下していた。
「戸籍謄本を使うのはいい手かもしれないが、質問の仕方といい提案の仕方といい尋問に近いものだ。研究者にとって誘導尋問はよろしくない。そこが改善点だ」
「すいません・・・」
アズミの説教が始まる瞬間にスセリはまあまあと止めた。
アズミの説教は始まらなかったが、スセリは自分の手帳にこう書いた。
戸籍謄本もらう。カワグチ市庁舎
スセリは改めて家族の真実から目をそらすことはしないようにしようと思うようになったのであった。




