12、アサリと決別
「みんなには、あなたがやったっていうわ」ホウキは言った。「あなたが仕留めたんだって」
「そんな嘘は通用しないだろう」
「そうかしら…だけど、それがいいと思うわ。他にある?あなたがめくらぶたと呼ばれない方法がー」
私は私のために必死に成長盛りの不器用な頭をめぐらす、小さなホウキが愛おしくなって、手をキュッと握りしめ、思わず、そんなら、一緒に逃げるかね。と言った。お前も、追放を恐れているんだろう。
ホウキは小さな、探るような瞳を向けた。しかし、前のように、奥深くまで相手を凝視するということはなかった。その遠慮がちな仕草は、文明人そのものであった。
私は舟をつくって、島を飛び出そうと言った。しかし、ホウキは頑なに、じっと固まったままだった。
声が近づいてくる。「ホウキ」私は焦燥に駆られて、激しく肩を揺さぶった。
「海の向こうへ出たら、もっと本がいっぱい読めるよ。もっと綺麗なドレスが着れるし、もっと楽しいことがいっぱいある。魚が取れなくたって、関係ない。優しくて格好良い男たちがたくさんいる…」
ホウキは肩を震わせ始めた。泣いているのかと思い、顔を覗き込んだら、なんということはない、ホウキは笑っているのであった。
「何がおかしい?」
「だって」ホウキはくすくす乙女のように笑った。「アランが子供みたいな、めちゃくちゃなことを言うから。さあ、みんなのところへ行きましょう」
私はその時、ようやく自分が一番何を恐れているかを突き止めた。それはホウキが初めから、私に敬意を抱いていたのではなくて、一人ぼっちで徘徊している私を、弱った熊と同じに慈しみ、ただ保護してきたという事実であった。
私は畏怖の目でホウキを見た。そこにいるのは神聖な野蛮人とも狡猾な文明人とも違う、私と同じ、一人の人間の姿であった。
ホウキが訝しげに手を伸ばす。その手から逃れようとして、私は浅瀬に尻餅をついた。
尻の下で何かが潰れた。見ると、それはアサリであった。潰れた貝の間から、小さな蟹がハサミをブンブンふりまわしながら飛び出してきた。それはやわらかな、弱々しい蟹だった。その姿は、怒り狂った警護兵のようだった。
私は蟹がアサリを選んでいたのだと思っていた。蟹がアサリを脅かして、家を陣取っていたのだと。しかし、どうやら違ったらしい。蟹はアサリに保護されている。蟹はアサリなしには生きられない。アサリは蟹の弱いことを知っていて、利用しているー
そうだ、ホウキもまた、かわいそうだから、私を救ったのであって、私の話に耳を傾けたのだ。「哀れな醜い蟹男」である私を!私に、同情を向けたのだ。なぜなら、ホウキもまた、彼女の社会における、弱者であったから!
しかし、かといって、私にホウキが責められようか。なぜなら私も同様なのである。私もまたホウキと同じように、自分のために、ホウキに色を教え、民主主義を与え、社会の弱者である彼女を保護しようとし、助けようとしたのである。なぜか?それは自分よりもさらに弱いものを見つけて、自分の強いことを、己の眼前に証明して見せたかったのだ!
しかし、その結果はどうであるか?蟹はアサリの貝殻に合わせて、どんどん小さくなってゆく。アサリの方もまた同じように、蟹に占領されたせいで、どんどん縮んで行くのみなのだ。
ホウキがハッと振り返った。菩提樹の根元に、オメガをしんがりとする蛮族達が立って、蔑むようにこちらを見つめていた。ホウキが駆け出していって、オメガに抱きついた。それから私を見ながら、彼らの言葉でこう言ったー
「熊を仕留めたのは、アランなの…また、助けられたのよ、私…」
私はそれくらいの言葉なら分かるようになっていた。私は彼らの蔑みの目が、徐々に変わってゆくのを感じた。私は今再び、「作られた英雄」になろうとしていた…
ホウキが満面の笑みをたたえて、私の元へ駆けてくる。「さあ、アラン」ホウキは得意げに言った。「帰りましょう」
私は気づけば、歯をむき出しにし、四つん這いになって、彼らに向かって、熊のごとく唸っていた。ぽかんと見つめる彼らの視線を、私はぐるっと睥睨し、唾を垂らして、吠えた。
ホウキが青ざめて、私を見つめていた。
「何の真似なの?アラン…ねえ!どうしちまったのよ!」
私はそのまま、熊が倒れる演技をした。再び二足歩行に戻ってから、彼らの言葉で、「アラン、コロシテナイ」と言って見せた。
「何ー?」
「カッテ、シンダ。アラン、ミテタダケ」
私はホウキの言葉ではなく、自らのやり方で、彼らに伝えたいと思ったのだ。突然の観客と化した彼らは、私を見つめて口々にささやきあった。中には、見てはいけないものだという風に、苦しげに目をそらすものもいた。
ホウキは怒りをあらわにして、私を見つめていた。菩提樹の葉の間からきらめく朝の光を受けて、ホウキはきらきら輝いて見えた。
「アラン、やめてちょうだい」
私はその言葉を聴き終える前に、彼らとは反対方向の砂浜へ向かって駆け出した。風を切り、砂を踏み、蟹を避け、ひた走った。
砂浜と砂浜の間を区切る、出っ張った岩のところで振り返ると、遠く、菩提樹の方に、シミのように佇む少女の姿が見えた。その胸元あたりに、陽の光に強烈に反射する、ダイヤの輝きがあった。私はその姿に、胸の締め付けられる思いがした。私たちはしばらく、その体勢のまま見つめあった。私は大ぶりに、あっちへ行け、という仕草をした。しかし、ホウキはピクリとも動こうとはしなかった。
心の内で、何かの断ち切れる音がした。もう良いでないか、我々は傷つけあいながらも、ともに生きよう。そう心に決めて、来た道を今再び、私は堂々と戻っていった。
しかし、ホウキかと思われたものは、一本の流木であった。それはどこからか飛ばされて辿り着いた、朽ち果てた木であった。腐りかけたその枝に、ダイヤがかけられて置いてあった。
そこから蛮族達の足跡が、砂浜に点々と続いてあった。アサリと蟹は、こうして決別を選んだのだった。




