16、愚民の味
かつて兄と祖母と私は度々三人で食事をした。父と母はとっくのとうに暗殺されて、物心ついたときにはいなかった。兄は13歳にしてすでに国王だった。一般庶民だった母がたの祖母は、時折私たちを、彼女が一人で暮らす「ボロ家」に招待した。「ボロ家」とは、私がこっそり祖母のアパートにつけたあだ名だ。
ボロ家の小さなキッチンテーブルには、いつも自作の料理が所狭しと並べられていた。料理は薄味の、地味なものばかりで、決して美味しいとは言えなかったが、兄はそれを特別な晩餐と呼び、いつも楽しみにしていた。しかし私はそんな兄とは対照的に、ボロ家へお呼ばれする日はいつも憂鬱だった。
私はまだ8歳かそこいらであった。しかし、今でも鮮明に覚えている。窓から差し込む夕日の光、隣の家から匂ってくる安っぽい肉の焼ける匂い、掃除の行き届いていない、古びた油っぽい台所。私はそれらすべてを憎んでいた。それらすべてが私と、私の兄を、王家の神聖さから引き剥がそうとしているように思えた。祖母が兄を陛下と呼ばずに、名前で呼ぶことも、兄が子供みたいに振る舞うことも、すべてが気に入らなかったのだ。
祖母は次々とまずい料理を嬉々として運び続け、兄はそれらを黙々と食べ続けた。兄が美味しいと思っていないのは明らかだった。だが兄は美味しい、美味しいを連発した。
「そんなに美味しいかい、ルイス?」祖母は目を細めて、宝石でも見るかのように兄を見つめた。
「美味しいよ」兄は雑草みたいな味のするパイをせっせと口に運びながら答えた。
「お城の食事より美味しいだろうね?」
「うん、とても美味しいよ」
兄の輝くような笑顔に、私はとうとう耐えきれなくなって、こう言った。
「お城の食事の方が美味しいに決まってるじゃないか」
兄の手が止まった。祖母の笑顔に一瞬陰りが見えた。私は自分を止められなくなって、後を続けた。
「おばあちゃんは知らないでしょう。王宮では、トリュフや、モッツアレラチーズや、フカヒレなんか、そういう物がいっぱい出てくるんだ。僕とお兄ちゃんは王族だからね、そういう物を食べて、舌をりっぱにしなくちゃいけないんだよ」
「黙れアラン」兄の顔は怒りでこわばっていた。私は無視してさらに続けようとした。
「僕にはわかる、これは愚民の料理だよ」
私は覚えたての「愚民」という言葉を、ことさら強調してみせた。
兄が私を殴りつけたのは、後にも先にもその時だけだったように思う。祖母のパイは床にこぼれて、私は兄のパンチで怪我をした。割れた皿の音を聞きつけて、外で待ち構えていた兵隊たちが勢いよく流れ込んできた。
兵隊たちの革靴が、床に落ちたパイのかけらや、古い擦り切れた絨毯や、バラの花びらを踏みつけた。そのバラは、祖母がこの日のために用意した、ボロアパートにはとてつもなく不似合いな唯一の飾りだった。私の上に馬乗りになってもう一発殴ろうとしている兄を、たくさんの大きな手が引き剥がした。
私と兄は帰りの馬車の中で、一言も口をきかなかった。私はずっと馬車の外を見つめていた。私は兄が呼びかけてくれるのをじっと待ち続けていた。乞食の少年と、汚い老犬が並んで立って、橋の真ん中で物乞いをしているのが見えた。
王宮が通りの向こうに見えてきた時、兄はようやく「アラン」と言った。私は泣き出しそうに嬉しくなった。それでも私は振り返ろうとはしなかった。兄が諦めずに呼びかけてくれるのを、私はずっと聞いていたかったのだ。だが兄は一回呼んだきりで、黙りこくってしまった。いつもなら、私が機嫌を直すまで、辛抱強く呼びかけてくれるのに。
王宮がいよいよ目の前に近づいてきた。私は兄の方の窓を見るふりをして、努めて自然な様子で振り向いたー私は兄が自分を無視するだろうと思った。
だが目があった兄は、私に向かって微笑んでいた。そうして「ごめんよ」と言って、私の手を握った。「殴ったりして、悪かった」
私はなぜだかますます悲しくなって、反射的に兄の手を振り払った。馬車が王宮の裏口に辿り着くと、「陛下、どうぞお先に」と必要以上に仰々しく、他人行儀に頭を下げて、兄のために場所を譲ってみせた。地面にくっつくくらいに深くお辞儀をしていたので、兄の表情は見えなかった。
私は今ならわかるのだった。なぜ兄さんがまずい料理を無理してでも喜んで食べ続けたのか。あれは私たちが手に入れられる、最初で最後の家族の食事だった。それからの私たちを待ち受けているのは、利益目的の将校や貴族たちとの他人行儀で味気ない食事の連続であった。
どうして嘘でもいいから美味しいと、一回だって言わなかったのだろう。どうして自分のために食事を運んでくれる人に、あんなに悲しい顔をさせてしまったのだろう。どうして兄さんは、私をもっと殴ってくれなかったのだろう。
*
ハッと我に返った。自分のものとは違う、大きな別の影が、壁に映って揺れていた。ゆっくり振り返ると、焚き火の前で、男が立膝をして座り、こちらをじっと見据えているのだった。
「あ、あ、あ…」恐怖で舌がしびれ、思うように動かせない。
男はまばたき一つせずにじっとしていた。私は震えながら、一歩後ずさった。
「私が助けたんだよ、君をー」
私は男の両手の血管がはっきりと浮きだすのを見た。固く結わいたロープの繊維が、ぶち、ぶち、とちぎれてゆく音が聞こえた。




