第二章 受け継がれし者(五)
目の前に漆黒の布がはためいて、もしやと思った。
けれど、本当に畔上さんが現れて、俺の身代わりに倒れることになろうとは、誰が予想できただろう。
眠っているだけだと言ってくれ。またスッ転んだだけだと言ってくれ。
「美麗さん」
シスターに諭されるが、俺は、その場から動くことができないでいた。
畔上さんのふくらはぎに、牙の跡。
「彼女を救う方法を見つけるためにも、私たちが正気を失うわけにいきません」
俺は、シスターに手を引かれるようにして校舎を出た。
☆☆☆
「……っ」
シスターが瞬時に息を呑む。
もう青の空に光はない。
「コウモリだ」
オオカミ召喚師が言った。
頭上一面をコウモリが埋め尽くしていたのだ。
「礼拝堂に避難しましょう。あそこなら、少々のことがあっても、結界が破られることはありません」
扉を閉めて中から鍵をかけた。下界と聖域の境を確かめるように年輪の筋を指でなぞる。
この扉の向こうにまだ助けを求めている人間がいるかもしれない。
俺は、おごっていたのか。力があれば、どんな世界も切り抜けられると思った。俺にも、きっと守れるものがあるのだと……信じたかったのだ。
「王子だっ!」
「ご無事でしたのね」
礼拝堂の奥で、オオカミ召喚師とシスターが騒いでいる。駆けつけると、祭壇手前の長椅子(今朝、俺が座っていた場所)で、エセ王子が聖書を枕に眠り込んでいた。
「シスターは、後ろでも向いてろ。大上くんは、こっちで俺を手伝ってくれ」
俺は、王子の腹に馬乗りになって、入念に腕や首に噛み跡がないか確認する。脚を担当していた王子が、“ないねぇ”と呟いた。
ホラー映画やなんかだと、途中から仲間に加わった奴が、大抵くさい。
「んー」
王子が胸板を張って伸びをした。カッターシャツがはだけていることに気づいたらしい。。
「おはよう。ダーリン。今日は、実にいい目覚めだ」
指先がジャージの太股を進行してきた。俺は、我ながら惚れ惚れする関節技で、こいつの攻撃を即座に封じる。
「だめだ。やっぱり、手遅れだった」
「わあ!いつもの王子だね」
☆☆☆
「美麗さん!あなたって人は」
「誤解だ、シスター。どう考えても、これはゾンビに襲われているか弱い女子の構図だ」
俺は、王子の上で、身振り手振り訴えた。
「そうではなくて、これ」
彼女の見ていたのは、俺たちではなく、赤い絨毯の敷かれた檜の床だった。ほお。蟻が列をなして行進曲しておるではないか。
「濡れ衣だ。煎餅食ってる余裕があるように見えるか」
「そうだお。シスター。無暗に人を疑っちゃだめ」
両手を上げて無罪を主張する俺に、オオカミ召喚師が合いの手を入れた。
よくよく見ると蟻の一行は絨毯の裏に続いている。どこから、やってきた。この結界は蟻の侵入を許しちまうのか。おいおい、守り神さんよう。
この守り神というのは、学校全体を支える動力装置のことを指している。
そうだな、俺たちが持っている潜在能力を最大限に引き出す科学の技術の結晶とでも言おうか。
俺のジャンプ力やキック力が並の人間技でないのがその証。
それを、シスターたちは神化させ乙女の像に姿を似せて礼拝堂の祭壇に奉っている。
毎年、さまざまな資質を持った生徒が入学するなか、著しく能力を発揮した者が、この乙女の守り神(技術)を敵陣から死守する役割を受け継いでいるのだ。
そして、現在、この使命を担っているのがバトルマスターである俺、美麗アスカである。
「蟻さんが、いっぱぁい」
大上くんが絨毯を捲り上げた。あまり言葉に表したくはない光景だ。
床板の色がここだけ違うな。
「羽目板か」
そう言って俺が板を外していくと、石造りの階段が現れた。
「礼拝堂に、地下があるなんて、知りもしませんでしたわ」
随分、奥まで続いていそうだ。真っ暗で、とても先まで見えない。昨日の戦闘を思い出すようだ。
俺が、身構えているうちに大上くんが、召喚した狐の獣を頭に乗せ、青白い炎を身にまとって、ほいほい階段を下りていった。
「おい、追いていくなって」




