第二章 受け継がれし者(完結編)
狐火のおかげで、薄暗いなりに足元は見える。
人一人がやっと通れる幅の螺旋階段を大上くん、俺、シスター、王子(やっぱり来るのか)が続いて下りた。
ふくらはぎが張ってきたな。さすがに、もうどこかたどり着いてもいいころだろう。
助かった。扉だ。古びてはいるが、装飾品が施されており重々しい造りである。
中を探るように、まず俺が(一番乗りの大上くんには少し手が届かない)戸の隙間に頭を入れた。
部屋の中央を絨毯の道が敷かれ、両脇から等間隔に並べられた燭台が照らしていた。突き当たりの祭壇には、石棺が納められている。
ここは、なんだ!
「ようこそ、レディース&ジェントルマン」
どこからともなくコウモリが舞い降り、俺たちの前に、マントを纏った男になって立ちふさがった。
端正な顔立ちに洗練された身のこなし。これから夜会席にでも出席しようかというタキシード姿の、これぞ、大人の男性だ。
「な、何者!」
「おっと、訪ねて来た者から名乗るのが礼儀ではなかったかね。仕方ない。ここは、レディに免じて、私が下りよう。ダイモーンと申す。今なきルクラド国家の統治者であった。人はヴァンパイアと呼ぶ男だ」
「よりにもよって、どうしてここにヴァンパイアなんだ!礼拝堂の下だぞ、怖くないのか」
俺は、腕を十字に見立てて、ヴァンパイアに突き出してみせた。
「すまないが、最近の特撮テレビ番組には疎くてね」
そっち違うわ。
「私は、シスターの三鈴 聖音と申します。上での騒ぎをご存じですか。ぶしつけな物言いで申し訳ありませんが、私たちは、あなたが関与していると疑っています」
ヴァンパイアは、しれっとした口調で俺の後ろに立っている男に呼びかけた。
「アレクシス、お前、何か知っているか」
俺とシスターと大上くんは、一斉にエセ王子を振り返る。アレクシス・キュラ・ダイモーン三世、エセ王子のフルネームである。おい、これって。
「父上、もしや、また軽はずみなことをなさったのではありますまい。地上では、人間たちが次次にゾンビに化しております」
親父!
「いやあ、目を覚ましたら、喉が渇いてな。つい」
「それが、ある小国を壊滅させる火種になったことをお忘れになりましたか」
一国を潰して王になったということね。なるほど。
アレクシスが王子になっていたのもあり得る話だったわけだ。こんな設定だったかな。んー。
「王子。ネゴシエーションは息子である君に任せたよ。平和的解決を望む」
俺はバシリとアレクシス王子の背中を叩いてささやかなエールを送った。
「この子は、なかなか面白い女性であるな」
「御父上、彼女は僕の姫ですので、手出し無用ですよ」
やはり、親父もそうなのか。
緊張が途切れた途端、急に腹の下が締め付けられる感覚にさいなまれた。これは、今朝見た夢の痛みに似ている。
「みーちゃん、大丈夫ぅ?」
大上くんが、心配そうに顔を傾げている。
「ああ。なんともないよ」
「でも、血が出てるよ」
血?たくし上げた緑のジャージの裾から一本の鮮血がふくらはぎを伝っていた。
ヴァンパイア親子の前でこれはない。
いち早く、事態を察したのは、シスターだった。
☆☆☆
俺は、礼拝堂内の一角に設けられた執務室でソファに寝かされていた。腹には、王子のカーディガンが掛けられている。
まさか、27年生きてきて、“初潮”を体験することになるとは思わなかった。
シスターが用意した急須から、独特の匂いが漂ってくる。
「豆類や木の実、海藻やキノコをすりつぶして煎じたものです。少しは楽になると思いますよ」
出来ることなら、潰さず頂きたかった。シスターの顔を立てるためにも、ここは飲んでしまいたいところだが。
「今、殿方たちが血清の準備をしていらっしゃいます。魔法と血があれば、みんな元に戻せるそうですよ。安心なさってくださいね」
「あ、ああ」
妙な沈黙を作りたくなくて、そして、湯呑みに口をつける勇気がまだ出なくて、話をつづけた。
「えと。今日は、ずっと助けられ通しだな。最後までかっこ悪りぃばっかで。すまん」
「ありがとうって、一言そういえばよろしいのですよ」
「……ありがとう」
「それに、あなたが恥ずべきことは何もありません。神が、人間に全てをお与えにならなかったのは、私たちが共に支え合って生きていくこと期待なさってのことだと思います。だから、私たちにも、美麗さんの抱えている世界を背負わせてください」
はじめて気づいた。俺は、この世界に来る、もっとずっと前から、地表の一センチ上を一人で歩いてきたんだ。今、やっと、足を下せた気がする。
俺がここに存在するということ。誰かの意識に存在するということ。
シスター、今の俺の気持ちは、何といえばいいのだろう。




