第二章 受け継がれし者
「約束ね。明かりを消したら、全部僕のものだよ」
カレが、ベッドサイドの蝋燭に細く息を吹きかける。炎は身をよじらせ、やがて一本の白煙になった。
カレの手が闇の中で俺を探している。腕を掴まれたとき、もう逃げられないことを悟った。
「きみの匂いを嗅いでいると理性が飛びそうになるな」
耳元に吹きかかる荒々しい呼吸。肌の上を這っていく唇の生々しさ。
気がおかしくなりそうだ。
膀胱の奥がきゅっと絞られていく。
俺は、シーツを握り、下半身をベッドに押さえつけた。
「我慢しなくて、いいよ。美麗くん」
腰を抱き寄せられたとき、窓の外を車のヘッドライトが通り過ぎた。
逆光に浮き上がったカレの顔は、人間のものではなかった。赤く充血した目を光らせ、鋭い二本の牙で俺を見下ろしている。まるで、獲物を前にした鬼のように。
次の瞬間、ヤツが、喉を大きく見せて、食い掛かってきた!
☆☆☆
ベッドから飛び上がって天板に頭を打ち付けた。二段ベッドの下段にこんな弊害があるとは知らなんだ。
頭を押さえながら、蒲団に顔をうずめる。なんて、おぞましい夢だ。口にするのも憚られるわ。
アイツは、どう考えても、変態王子。奴に間違いなかった。
ん。ちょい待て。これは心の小箱の奥深くに終っておくとして、今、視界に妙なものが映りこまなかったか。
薄れていく酸素が俺を急かしている。
ええい。俺は、布団に潜らせていた顔を持ち上げ、女子寮の二人部屋を見渡した。長方形の室内には、二段ベッドと勉強机が二つあるだけの簡単なものだ。
だが、今日は、ひとつ大変なものをベッドの脇に見つけてしまった。
黒い衣の瓶底眼鏡女子。名前は、畔上 七子という。昨日、死税庁の職を失ったばかりだ。なんという邪気。一度ハローワークに足を踏みいれた者にしかわからない失業者臭を放っている。全身黒づくめの身なりを差し引いたとしても、今、もっとも死神に近い人間かもしれない。
「畔上さん、ずっと膝を抱えてそこに居たの?」
「どうぞ、お気になさらず」
気になるってば。部屋の角に何かいるの?見えちゃいけないものとか見えちゃってるの?
「えと。まだ、若いんだからさ。仕事なんざ、どうにかなるって!俺だって、ついこの間まで…」
「何かおっしゃいましたか」
「いえ、何も!」
ヒーロー物語は民間人の命を救った後のことまで、教えてくれなかったな。人助けも楽でない。
作者迷子です。物語の筋は決まっているのですが。が、が…
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