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覇道戦国 ~鳳凰寺家、天下統一…その先へ~  作者: 1009


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第六十一章 ―吉井川決戦―

一 夜明け前の備前

吉井川の夜が、白み始めていた。

九月の夜明けは早い。

東の空が、少しずつ赤く染まっていった。

川の水面が、その赤みを映して静かに揺れていた。

反鳳凰寺大連合の陣地では、夜明け前から人が動いていた。

兵士たちが、武器の手入れをしていた。

槍の穂先を磨く者。

弓の弦を確かめる者。

火縄銃の火薬を確認する者。

そして——大砲の傍に立って、じっとそれを見ている砲兵たちがいた。

「今日——鳳凰寺と戦う」

誰かがそう言った。

声は、小さかった。

しかし——その小ささが、却って緊張を高めた。

火縄銃隊の一人が言った。

「大砲があれば——大丈夫だ」

「そうだ。大砲があれば」

「あれが撃てば——鳳凰寺も止まる」

兵士たちは、互いに言い聞かせるように話していた。

その言葉には——不安が混じっていた。

鳳凰寺の噂を、彼らは知っていた。

空を飛ぶ鉄の塊。

地を走る鉄の怪物。

弓も槍も効かない。

火縄銃も効かない。

それでも——大砲があれば。

「大砲があれば——勝てる」

その言葉を、彼らは繰り返した。

夜明けの空が、少しずつ明るくなっていった。

吉井川が、静かに流れていた。

浦上宗景の本陣でも、夜明け前から活動が始まっていた。

宗景は眠れなかった。

夜中から、次々と将たちの報告が入っていた。

「山名の因幡勢——布陣完了しています」

「尼子残党——吉井川上流に配置しました」

「火縄銃隊——三列配置、準備完了です」

「大砲——十門、全て配置完了しています」

報告のたびに宗景は頷いた。

しかし——その頷きに、力がなかった。

(宇喜多が来ていない)

宗景は思っていた。

昨日の遅参の挨拶。

「戦の準備に手間取りました」という言い訳。

今朝になっても、宇喜多の三千は別の陣地にいた。

「合流するのは、戦が始まってからです」と宇喜多の使者は言っていた。

(——奴は、本当に来るのか)

宗景の中に、疑念が芽生えていた。

しかし——今更引き下がることはできなかった。

反鳳凰寺大連合の旗頭として、宗景は引き退く選択肢を持っていなかった。

「——勝つしかない」と宗景は言った。

部屋に一人でいた。

誰もいなかった。

その言葉は——自分への言い聞かせだった。

夜明けが来た。

吉井川の平野に、朝の光が差し込んだ。

反鳳凰寺大連合の陣地が、その光の中に浮かび上がった。

大砲十門が、川岸に並んでいた。

その背後に、火縄銃隊の三列が整列していた。

さらに後方に、槍兵と弓兵の密集陣形があった。

旗が風に揺れていた。

「ここから——鳳凰寺を止める」

宗景が本陣に出た。

馬に乗った。

「全軍——構えよ」と宗景は叫んだ。

その声が、平野に響いた。


二 鳳凰寺・毛利共闘軍の展開

吉井川西岸。

移動指揮所が、後方の丘陵に設置されていた。

時貞がモニターの前に座っていた。

ヤタガラスからの映像が、リアルタイムで流れていた。

吉井川平野の全体が、映し出されていた。

反連合軍の布陣。

大砲の配置。

火縄銃隊の位置。

槍兵と弓兵の密集陣形。

全てが、克明に見えていた。

「天元——敵の状況は」と時貞は言った。

「大砲十門、全て確認しました。位置を特定しています。アパッチの攻撃目標として登録済みです」と天元が答えた。「火縄銃隊、三列配置。推定二百丁。前列の槍・弓兵、密集陣形。兵力は連合全体で——推定一万五千から二万の間です」

「宇喜多の動きは」

「別陣地で静観しています。今のところ——連合軍への合流の動きは見られません」

時貞は少し間を置いた。

「宇喜多は何を考えている?、いや——何を狙っている?」と時貞は言った。

「熊谷——聞こえるか」と時貞は通信を繋いだ。

「聞こえています、上様」と熊谷の声が届いた。

「方針を確認する。味方の損害最小限を最優先とする。敵の損害は度外視する。以上だ」

「了解しました」

「アパッチの動きは」

「現在上空待機中です。命令と同時に大砲陣地への攻撃を開始します。十門全ての破壊を目標とします」

「十六式の配置は」

「前列六台、後列六台、予備三台。命令と同時に前進します」

「歩兵は」

「十四個分隊、四千二百名。十六式の後方で展開します。前線への損害を最小限に抑えながら前進します」

「毛利軍との連携は」

「吉川元春殿と直接通信を繋いでいます。毛利軍は西岸に布陣し、渡河封鎖と後方の警戒を担当します。鳳凰寺軍が東岸に渡り敵陣を崩した後、毛利軍が残存兵の収容と制圧を行います」

時貞は頷いた。

「行け」と時貞は言った。

「——全軍、展開します」と熊谷が言った。

吉川元春に通信が繋がった。

「元春殿——聞こえますか」と時貞は言った。

「聞こえます、上様」と元春の声が届いた。

「今日の毛利軍の役割を確認します。渡河点の封鎖と、敵の後方からの逃走阻止が主任務です。鳳凰寺軍が前面から圧力をかけ、崩れた敵兵を毛利軍が収容する。無理な前進はしないでください」

「——承知仕った」と元春は言った。

その声は短かったが、確かな意志が込められていた。

「一つ——お願いがあります」と元春は言った。

「なんですか」

「民を傷つけた連中が——戦場から逃げようとした時、毛利軍が対処します。上様の軍が前から崩してくれれば——後ろは毛利が受け取ります」

時貞は少し間を置いた。

「——頼みます」と時貞は言った。

「はっ」

通信が切れた。

時貞はモニターを見た。

夜明けの光が、吉井川平野を照らしていた。

大砲が、川岸に並んでいた。

(今日——これを終わらせる)

時貞は思った。


三 午前九時、開戦

吉井川平野。

九月の朝の光が、平野に広がっていた。

反連合軍の陣地の前方に——鳳凰寺・毛利共闘軍が姿を現した。

最初に見えたのは——鉄の怪物だった。

十六式機動戦闘車。

装甲を纏った巨大な車輪の塊が、平野をゆっくりと進んでいた。

轟音が、大地を揺らした。

反連合軍の前線の兵士たちが、その光景を見た。

「——何だ、あれは」

「化け物か」

「鉄の塊が——動いている」

「槍は——効くのか」

ざわめきが、陣地に広がった。

「騒ぐな——」と指揮官が叫んだ。

「大砲がある。あの化け物が何であれ——大砲で吹き飛ばせる!」

その言葉が、少し士気を持ち直させた。

砲兵たちが、大砲に火薬を詰め始めた。

「——撃て」と砲兵の指揮官が叫んだ。

しかし——その命令が完成する前に。

空から、音が降ってきた。

最初は小さかった。

遠くの風の音のように。

しかし——それは急速に大きくなった。

反連合軍の兵士たちが、空を見上げた。

「——あれは」

「空から——」

「飛んでいる!鉄の塊が飛んでいる!」

アパッチ十二機が、吉井川平野の上空に姿を現した。

二手に分かれていた。

一隊六機が、大砲陣地に向かって高度を下げていった。

反連合軍の兵士たちが、悲鳴を上げた。

「——来るぞ!」

「逃げろ——」

「大砲を守れ——砲を守れ——」

砲兵たちが、大砲の傍に立ちすくんだ。

空から降りてくる鉄の塊を見て——足が、動かなかった。

アパッチの機関砲が、火を噴いた。

轟音が、平野を引き裂いた。

最初の一発が、大砲陣地の中心に命中した。

大砲の一門が、爆発した。

火柱が上がった。

破片が飛んだ。

周囲の砲兵が吹き飛ばされた。

「——砲がやられた!」

「逃げろ——」

「だ、第一陣地——」

しかし——アパッチは止まらなかった。

次の標的に移った。

二番目の大砲陣地に、機関砲の弾が降り注いだ。

爆発が起きた。

三番目。

四番目。

五番目………。

アパッチ六機が、大砲陣地を順々に攻撃していった。

十分もかからなかった。

大砲十門のうち、六門が破壊された。

残りの四門を担当する砲兵たちは——すでに逃げていた。

誰も、持ち場に残っていなかった。

「砲が——砲が全滅した!」

反連合軍の伝令が、本陣に向かって走った。

その声は、震えていた。

九時三十分。

開戦から、わずか三十分が経っていた。


四 火縄銃隊の奮闘と絶望

「落ち着け——落ち着け——」と火縄銃隊の指揮官が叫んだ。

名は、堀尾という中小国人の将だった。

「大砲がなくても——火縄銃がある!あの鉄の塊に——当て続ければ、いつかは止まる!」

堀尾の声に、火縄銃隊の何名かが踏みとどまった。

二百名のうち、約百五十名が持ち場に残った。

残りの五十名は——すでに後退していた。

「第一列——構えろ!」と堀尾が叫んだ。

百五十名が、火縄銃を構えた。

平野の向こうから——十六式機動戦闘車の前列六台が、こちらに向かって進んでいた。

鉄の巨体が、地面を揺らしながら進んでいた。

「——撃てっ!」

百五十の銃声が、一斉に響いた。

弾が飛んだ。

十六式の装甲に、火花が散った。

しかし——十六式は止まらなかった。

速度を緩めることもなく、進み続けた。

「——効かない!」

誰かが叫んだ。

その声が、陣地に広がった。

「もう一度——装填しろ!」と堀尾が叫んだ。

「装填を急げ!二発目を撃つ!」

火縄銃隊が、必死で火薬を詰め始めた。

しかし——装填には時間がかかった。

その間にも、十六式は近づいてきた。

「——第二列——準備しろ!」

第二列が火縄銃を構えた。

「撃て——!」

また百の銃声が響いた。

また火花が散った。

また——十六式は止まらなかった。

「なぜ——」と堀尾は言った。

「なぜ効かない——」

それでも彼は叫んだ。

「第三列——構えろ!撃つぞ!」

第三列が銃を構えようとした——その時。

上空から、別のアパッチが降りてきた。

予備隊の六機の一部が、今度は火縄銃陣地に向かってきていた。

「——上から来る!」

「逃げろ——」

第三列が、総崩れになった。

アパッチの機関砲が、陣地の手前に着弾した。

直接の命中ではなかった。

警告だった。

しかし——その轟音と爆発で、火縄銃隊の陣形は完全に崩れた。

堀尾が、仁王立ちで叫んだ。

「逃げるな——逃げるな——」

しかし誰も聞かなかった。

火縄銃隊が、後方へと走り始めた。

堀尾は、一人取り残された。

「——ここで戦え!戦え——!」

彼は叫び続けた。

しかし——誰も振り返らなかった。

やがて堀尾も、仲間の後を追うように後退し始めた。

目に、涙が浮かんでいた。

「大砲があれば——勝てると言ったのに」と堀尾は言った。

誰にも聞こえない言葉だった。

十時。

火縄銃陣地が、崩壊した。


五 十六式、前線突破

十六式機動戦闘車の前列六台が、平野の中央に到達した。

火縄銃陣地を通り過ぎた後——次の標的は、槍兵と弓兵の密集陣形だった。

四千名の槍兵と弓兵が、そこにいた。

彼らは——まだ陣形を崩していなかった。

指揮官の声が響いていた。

「——動くな!動くなよ!鉄の化け物には——槍で立ち向かうんだ!」

「弓を構えろ!あの怪物の目を——射よ!」

「槍を下げろ!体当たりをするぞ!」

密集陣形の兵士たちは——震えていた。

しかし——逃げなかった。

それが、乱世の兵士の強さだった。

怖くても、逃げられなかった。

後ろには仲間がいた。

隊長の目があった。

逃げれば——殺される。

だから——彼らは立っていた。

十六式が、密集陣形に向かって進んだ。

「——来るぞ!構えろ!」

槍兵たちが、槍を正面に向けた。

弓兵たちが、弦を引いた。

「弓——放てっ!」

矢の雨が飛んだ。

十六式の装甲に、矢が刺さった。

あるいは——跳ね返った。

あるいは——折れた。

いずれにせよ——十六式は止まらなかった。

「槍——!突けっ!」

槍兵たちが、十六式に向かって突進した。

槍の穂先が、装甲に当たった。

弾かれた。

折れた。

槍を持つ手が——痺れた。

「押し返せ——押し返せ——!」

しかし——十六式の重量は四十トンを超えていた。

槍兵の体が——鉄の前に跳ね飛ばされた。

一人が倒れた。

二人が吹き飛ばされた。

三人が、逃げ始めた。

その三人が引き金を引いた。

密集陣形が、崩れ始めた。

「——逃げるな!」と指揮官が叫んだ。

しかし——崩れは止まらなかった。

十六式が、密集陣形の中に突入した。

鉄の巨体が、人の列を押しのけた。

叩き潰したのではなかった。

ただ——押しのけただけだった。

しかしその圧力が、密集陣形を真っ二つに割った。

左右に人が散った。

「散開——!散開しろ——!」と別の指揮官が叫んだ。

散開の命令は——後退の許可だった。

密集陣形が、一気に崩れた。

兵士たちが、左右後方に向かって走り始めた。

十六式の後列六台が、前列の後に続いて前進した。

崩れた陣形の中に突入した。

さらに密集していた部分を押しのけた。

さらに散らした。

散らされた兵士たちが——川の方向に向かって走った。

「川——川に逃げろ——!」

しかし川には——毛利軍がいた。


六 川岸の毛利、後退路を断つ

吉川元春が、川岸の高台から戦況を見ていた。

平野の向こうで——反連合軍の陣形が崩れていくのが見えた。

鉄の怪物が動き、火柱が上がり、旗が倒れていく。

「——来るぞ」と元春は言った。

「散兵が、川に向かってくる」

副将が言った。

「元春様——いつ動きますか」

「今だ」と元春は言った。

「全軍——川岸に展開せよ。逃げてくる者を、受け取る。抵抗するものは力でねじ伏せよ。しかし——不要な殺生はするな」

「はっ」

毛利軍が川岸に展開した。

渡河点を押さえた。

川を渡ろうとした反連合軍の散兵が、毛利軍にぶつかった。

「——逃げるな!」と毛利の将が叫んだ。

「武器を置け——武器を置けば、命は取らないぞ!」

散兵たちは、毛利軍を見た。

後ろを見た。

鉄の怪物が、まだ向かってきていた。

前に毛利軍。

後ろに鉄の怪物。

「——武器を置きます!降参します!」

次々と武器が地面に置かれた。

元春は、その光景を見た。

「収容しろ——丁寧に扱え。彼らは敵ではなく——連合に引っ張られた者たちだ」

副将が頷いた。

降伏した兵士たちが、次々と後方に連れていかれた。

しかし——全員が武器を置いたわけではなかった。

一部の兵士たちは、武器を持ったまま川に飛び込もうとした。

「——止まれ!」と毛利の足軽が叫んだ。

川の流れは速かった。

重い甲冑を着たまま川に入れば——溺れる。

「川に入るな!諦めよ!」

それでも——川に入ろうとした者がいた。

毛利の足軽が、彼らを引き留めた。

力ずくで止めた。

引き倒した。

縛った。

「溺れさせるな——!」と元春は叫んだ。

「殺すな——捕まえろ!」

毛利軍が必死で川岸を押さえていた。

散兵が次々と降伏した。

あるいは捕縛された。

川岸が——静かになっていった。

しかし——その中に、別の動きがあった。

川を迂回しようとする一団がいた。

数百名の兵だった。

「——左岸を迂回するぞ!そっちから逃げる!」と指揮官が叫んでいた。

元春がそれを見た。

「予備隊——左岸を塞げ!」

毛利の騎兵が走った。

迂回しようとした一団の前を塞いだ。

「——行き場がない」

一団が止まった。

「降伏しろ——武器を置けば、命は取らないぞ!」

指揮官が地面に膝をついた。

「——降参する」

その言葉が、一団全体に広がった。

武器が、次々と地面に落ちた。

十時半。

反連合軍の後退路が、完全に断たれた。


七 宗景、逃走へ

浦上宗景の本陣。

報告が次々と届いていた。

「大砲——全門が使用不能になりました!」

「火縄銃隊——後退中です!」

「槍兵陣形——崩壊しています!」

「山名の因幡勢——撤退を開始しました!」

「尼子残党——後退しています!」

「中小国人衆——散逸しています!」

宗景の顔から、血の気が引いていた。

「——宇喜多は?宇喜多軍は来ていないのか!」と宗景は叫んだ。

「宇喜多殿の陣地から——動きがありません!」

「なぜだ——なぜ来ない——!」

宗景が立ち上がった。

「——このままでは」

本陣の外から、轟音が聞こえてきた。

アパッチの音だった。

近かった。

ますます近くなっていた。

「——来る!上から来るぞ!」と伝令が叫んだ。

宗景が、空を見上げた。

アパッチが、本陣に向かって飛んでいた。

「——逃げろ!本陣を捨てろ!」と宗景は叫んだ。

しかし——その前に。

アパッチが本陣の手前に機関砲を撃った。

爆発が起きた。

煙が上がった。

「——本陣に撃ちよった!」

本陣が、混乱に陥った。

将たちが四方に散った。

馬が暴れた。

宗景が馬に乗った。

「儂が失われれば——二度と鳳凰寺には対抗できなくなる!此度は口惜しいが——撤退するぞ!」

宗景が馬を走らせた。

北方に向かった。

川を避けて——山の方向に逃げようとした。

数十名の直属の兵たちが、後を追った。

宗景は馬を走らせながら思っていた。

(また、機会がある。大砲が役立たずだったのは——誤算だった。しかし儂が生きていれば——また挑める)

(次こそは——鳳凰寺を倒す策を考える)

(だから今は——逃げなければならない)

馬が平野を駆けた。

山の手前まで来た——その時。

前方に、馬が一騎現れた。

一人だった。

「——浦上様」

その騎士が言った。

聞き覚えのある声だった。

宗景が馬を止めた。

「——宇喜多か」

「はい」と宇喜多直家は言った。

穏やかな声だった。

しかし——その穏やかさが、おかしかった。

この状況で——なぜ穏やかなのか。

「口惜しいが此度は撤退じゃ、宇喜多。儂を守れ」

「——どちらへ行かれるおつもりか」と直家は言った。

宗景が眉をひそめた。

「山を越えて——一度退く。それだけのことだ」

「なるほど」と直家は言った。

「しかし浦上様——此度の大連合の旗頭でいらっしゃるあなたが、真っ先に逃げ出すなど——武家の恥さらしもよいところですな」

宗景の顔が、歪んだ。

「——なんだと!宇喜多、無礼であろう!儂は浦上家の当主ぞ!」

「はい」と直家は言った。

その口元が——かすかに動いた。

「——やれ」と直家は言った。

静かな声だった。

宗景が振り返った。

後方の茂みから——宇喜多の家臣たちが現れた。

弓を持っていた。

矢が——放たれた。

「——なっ!」

宗景を守ろうとした直属の兵士たちが、倒れた。

矢が、次々と直属兵に命中した。

宗景の馬が、暴れた。

「——宇喜多!貴様、儂を——裏切ったな!」と宗景は叫んだ。

直家は穏やかな表情のまま、馬から降りた。

ゆっくりと、宗景の前に歩いてきた。

「浦上様——何をおっしゃいますか」と直家は言った。

「私は——初めからあなた様に、忠誠など誓ってはおりませぬ」

「な——」

「だから——これは裏切りではありませぬ」と直家は言った。

「今回の反鳳凰寺を画策した謀反人。また備前の民を重税などで苦しめた暗君の——討伐にございますよ」

直家の口元が、静かに動いた。

薄暗い笑みだった。

血の気のない微笑みだった。

「——暗君」と宗景は言った。

「私が——暗君とな」

「はい」と直家は言った。

「備前の民は——長年、あなた様に苦しめられてきました。重税。略奪。蹂躙。民はずっと、誰かが救ってくれることを待っていた」

宗景が、直家を見た。

「——鳳凰寺に——臣従するつもりか」

「はい」と直家は言った。

「それが——私が選んだ道です」

宗景の手が、刀の柄に向かった。

しかし——もう遅かった。

宇喜多の家臣が、宗景の背後に回っていた。

刀が一閃した。

宗景が——落馬した。

「——宇喜多……」と宗景は言った。

地面に倒れたまま、直家を見上げた。

恨みに満ちた目だった。

「貴様……儂を……こんな……」

「浦上様の御生涯は——ここで幕を閉じます」と直家は言った。

その声は——静かだった。

感情がなかった。

「浦上の首を落とせ」と直家は家臣に言った。

家臣が動いた。

宗景の目から——光が消えた。

直家は、その場を見つめていた。

しばらく。

動かなかった。

「——これで」と直家は言った。

誰にも聞こえない声で。

「やっと——終わらせられる」

備前の空に、風が吹いた。

草が揺れた。

吉井川の音が、遠くに聞こえていた。

直家は——空を見上げた。

五歳の頃、祖父が自害した。

一族が離散した。

不信と裏切りの中で——生き続けてきた。

正々堂々では生き残れない乱世。

力だけでは、全てを失う乱世。

「——終わらせられる」と直家は言った。

その言葉は——浦上への言葉ではなかった。

自分自身への言葉だった。

乱世が——終わる。

その最初の一歩を——今日、踏み出した。

直家は剛介を見た。

「行こう」と直家は言った。

「どちらへ」と剛介は言った。

「鳳凰寺の元へ——浦上の首を持って」

剛介は頷いた。

二人は馬に乗った。

吉井川の平野に向かった。

一万五千の大連合が崩れた戦場に向かって。

直家は馬を走らせながら——感情の何もない表情をしていた。

達成感でもなかった。

安堵でもなかった。

ただ——何かが、終わった顔だった。


八 戦場の終結

十一時。

吉井川平野に、静寂が訪れていた。

反鳳凰寺大連合の兵力のうち、半数以上が戦場から脱落していた。

降伏した者たち。

逃走した者たち。

負傷して動けなくなった者たち。

毛利軍に捕縛された者たち。

前線に残っている反連合軍は——ほとんどいなかった。

十六式の前列六台が、平野を縦断していた。

旗を探していた。

浦上の旗を。

しかし——旗は既に倒れていた。

アパッチが上空を旋回していた。

逃げる兵士を追うように——低空を飛んだ。

機関砲は撃たなかった。

ただ飛んで——見せるだけだった。

その鉄の塊が上空を飛ぶだけで——残存兵が武器を置いた。

毛利軍が、後退路を完全に封鎖していた。

川岸に、降伏した兵士たちが並んでいた。

武器を置いた者たち。

両手を上げた者たち。

彼らは——ただ疲れていた。

怖かった。

逃げたかった。

しかし——行く場所がなかった。

だから——降伏した。

吉川元春が、その光景を見ていた。

「上様——戦況は」と元春は端末に向かって言った。

時貞の声が届いた。

「反連合軍の組織的抵抗は——ほぼ終わっています。大砲は全滅、火縄銃隊は壊走、主力陣形は崩壊しました。それと宇喜多から——使者が来ています」

「宇喜多から?」と元春は言った。

「浦上宗景を討ったとのことです。首を持って——こちらに向かっているそうです」

元春は少し間を置いた。

「——宇喜多は、最初から計算していたのですか」

「おそらく——そうです」と時貞は言った。

元春は息を吐いた。

「戦場の制圧は——毛利が引き受けます。降伏した兵士の収容も」

「頼みます」と時貞は言った。

「元春殿——怪我人の手当ても、できる限りお願いします。敵も味方も関係なく」

元春は少し驚いた顔をした。

しかし——すぐに頷いた。

「——承知しました」

元春は振り返った。

「全軍——聞け」と元春は叫んだ。

毛利軍が静まった。

「戦は——終わった。降伏した者を丁寧に扱え。怪我人を助けよ。敵も味方も区別するな。これが鳳凰寺・毛利連合軍の戦いの締めくくりだ」

「——応」

低い声が、川岸に広がった。

毛利軍が、動き始めた。

降伏した兵士たちの武装を解除していった。

縄を解いた者もいた。

水を渡した者もいた。

怪我をした者の傷を——布で押さえた者もいた。

吉井川が、静かに流れていた。

夏の終わりの空が——広く広がっていた。

平野に、鉄の残骸があった。

大砲の残骸だった。

かつて、この大砲が鳳凰寺を倒すはずだった。

今は——ただの鉄の塊だった。

時貞は移動指揮所のモニターで、その光景を見ていた。

ヤタガラスが映し出す映像は——克明だった。

燃えた本陣。

倒れた旗。

川岸に並んだ降伏した兵士たち。

毛利軍が、丁寧に彼らを扱っている。

時貞は、成瀬を見た。

「——終わったな」と時貞は言った。

「はい」と成瀬は言った。

しかし成瀬の表情は、少し複雑だった。

「上様——今日の戦を、どう感じましたか」

時貞は少し間を置いた。

「勝った——という感覚はある」と時貞は言った。

「しかし——嬉しくはない」

「なぜですか」

「民が傷つけられた」と時貞は言った。「備中の村が燃えた。老人が倒れた。子供が泣いた。それは——取り消せない。今日勝っても、あの光景は消えない、それに………」

「…敵兵とは言え、少なくない死傷者を出した」

成瀬は黙っていた。

「次は——それを防ぐための策を考える」と時貞は言った。

「今日の戦を終わりにしない。今日の戦を——次のための学びにする。それが俺の役割だ」

成瀬が、静かに頷いた。

窓の外に、夏の空が広がっていた。

吉井川が、遠くに光っていた。

反鳳凰寺大連合が崩れた平野の向こうに——備前の大地が広がっていた。

その大地の上で、今日から——何かが変わった。

まだ誰も気づいていなかったが。

確かに——何かが変わった。

その変化の名前を、誰かがつけるとしたら。

それは——「時代の転換」と呼ばれる何かだった。

吉井川が、静かに流れ続けていた。

全てを見ていた。

全てを流していた。

そして——その流れは、止まらなかった。


(第六十二章へ続く)

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