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覇道戦国 ~鳳凰寺家、天下統一…その先へ~  作者: 1009


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第五十一章 ―怪物の進撃、止まらず 後編―

一 信長、八カ国の主となる

永禄八年(1565年)、冬。

日本に——衝撃が走った。

織田信長が、八カ国を手中にした。

尾張、美濃、越前、近江、伊勢、志摩、大和、伊賀。

桶狭間から五年。

一国の小大名が——五年で、八カ国の主となった。

その名が、日本全土に轟いた。


七島の執務室。

成瀬が報告書を持ってきた時、顔が少し変わっていた。

「上様」と成瀬は言った。

「聞かせてくれ」と時貞は言った。

「信長の版図が確定しました。尾張、美濃、越前、近江、伊勢、志摩、大和、伊賀——八カ国です」

参謀室が静まり返った。

「八カ国」と木島が繰り返した。

「はい。長島だけを残して——残りは全て信長の手に」

「天元」と時貞は呼んだ。

「はい」と天元が答えた。「信長の版図拡大の速度を分析しました。永禄三年(1560年)の桶狭間から現在まで、五年間で八カ国を統治下に置いています。私の当初の分析では、この時点での信長の版図は五カ国から六カ国程度と予測していました」

「つまり——天元の予測を超えた?」と時貞は言う。

「はい。信長の拡大速度は、私の分析を凌駕しています」と天元は言った。「要因として考えられるのは——第一に、鳳凰寺の存在が信長の西側の脅威を消したこと。第二に、松永久秀という人材を信長が最大限に活用したこと。第三に——信長が、鳳凰寺の戦い方を観察して、自分のやり方に組み込んだこと」

「俺たちが信長を——より加速させた」時貞は言う。

「そう言えます」


成瀬がしばらく沈黙してから言った。

「上様。鳳凰寺以外にも——化け物がいました」

その言葉が、参謀室の空気を変えた。

「そうだな」と時貞は言う。静かに。

「信長は——天才から、怪物になりました」と浜村が言う。

「完全に覚醒した、ということだ」と時貞は言う。

木島が地図を見た。

「信長の八カ国と、鳳凰寺の版図を合わせれば——日本の西半分以上が、この二つの勢力に属することになります」

「そうだ」と時貞は言う。「しかし——今はまだ、信長と鳳凰寺の版図は接していない。その間に、他の勢力が残っている」

「その他の勢力が——どう反応するかが問題ですね」と倉橋が言う。

「天元。各地の大名の反応を、分析してくれ」と時貞は言う。


二 日本全土の衝撃

日本の各地で——信長の八カ国統治の報せを受けた者たちが、それぞれの反応を示した。


甲斐 武田家

武田信玄は、床に臥せっていた。

西上作戦の疲れと、体の衰えが、信玄を蝕んでいた。

しかし——信長の報せを聞いた時、信玄は起き上がった。

「……八カ国か」と信玄は言った。

山県昌景が傍にいた。

「はい。信長は——東海から畿内にかけて、急速に版図を広げています」

「信長が——ここまで来るとは」と信玄は言った。

「武田が動くべき時ですか」と昌景が問う。

信玄は少し間を置いた。

「俺の体が——まだあと何年動くかだ」と信玄は言った。静かに。「体が動くうちに——決着をつけなければならないことが増えた」

「鳳凰寺と信長。二つの化け物に挟まれる前に、動くということですか」

信玄は答えなかった。

ただ——地図を、長く見ていた。


相模 北条家

北条氏康は、報告書を二度読んだ。

「……信長が八カ国か」

「はい」と家臣が言う。

「鳳凰寺が西を押さえ、信長が中央から東に向けて版図を広げる。そうなれば——関東はどうなる」

氏康は地図を見た。

「今すぐは関係ない」と氏康は言った。「しかし——遠くない将来、信長は東に向かってくる可能性がある。その時のために、関東の結束が必要だ」

「上杉とは——まだ争っています」

「争っている場合か」と氏康は言った。静かに。「化け物が二匹、日本の半分を押さえた。俺たちが内輪で争っている場合ではないかもしれない」


越後 上杉家

上杉謙信は、報告を聞いた後、しばらく動かなかった。

「信長か」と謙信はようやく言った。

「はい。僅か五年で八カ国を」

「義のない男が——力だけで動いた結果だ」と謙信は言った。しかし声に、怒りだけではない何かがあった。

「上杉はどう動きますか」と家臣が問う。

「今は動かない」と謙信は言った。「しかし——信長が越後に目を向けた時には、俺が相手になる。それだけは確かだ」

謙信は空を見た。

「鳳凰寺と信長か」と謙信は呟いた。「この乱世は——俺が思っていた方向とは違うところへ向かっている」


奥羽 伊達家

伊達輝宗は、報告を受けた。

「信長が——中央で大きくなっている」

「はい」

「しかし奥羽は遠い。すぐには関係ない」と輝宗は言った。「しかし——先を読めば、中央が一つの勢力に統一された時、奥羽も無関係ではいられなくなる。その時のために、奥羽を固めておく必要がある」

輝宗は若かった。

しかし——先を見る目があった。

「鳳凰寺、信長——どちらの動きも、把握し続けろ」と輝宗は家臣に命じた。


関東各家

最上・最上義守、宇都宮・宇都宮広綱、里見・里見義弘、那須・那須資胤、佐竹・佐竹義昭、結城・結城晴朝、蘆名・蘆名盛氏


関東の各大名が、信長の報せを受けた時、共通した反応を示した。

「遠い話だ。しかし——いつかは関係してくる」

関東の大名たちは、互いに警戒し合いながら、しかし外の脅威に対しては目を光らせ始めた。


毛利家(鳳凰寺臣下)

毛利元就は、信長の動きを聞いた。

「信長が——ここまで」と元就は言った。

隆景が横にいた。

「父上。鳳凰寺は——この状況を、どう見ているのでしょうか」

元就は少し考えた。

「上様は——動じていないはずだ」と元就は言った。

「なぜそう思いますか」

「あのお方は——百年先を見ている。信長が八ヶ国を取ったことは、百年の計の中の一部分にすぎない。動じる理由がない」

元就は空を見た。

「毛利は——鳳凰寺の臣下として、この状況の中でどう動くかを考える。それだけだ」

しかし——その目が、何かを考えていた。


西国各家

三好、足利将軍、山名、一色、赤松、畠山。

畿内と周辺の各家が、信長の八カ国統治に戦慄した。

「信長が——ここまで来るとは」

「義昭様の包囲網は失敗した。それどころか——浅井も朝倉も消えた」


室町幕府・足利義昭

足利義昭は、信長の版図拡大の報告を聞いて——震えていた。

「信長が——八ヶ国を」

「はい」

「義昭殿の権威は——どうなりますか」と側近が問う。

義昭は答えられなかった。

信長の実力が、将軍の権威をはるかに超えていた。

「信長は——儂を将軍として立てているが」と義昭は言った。

「しかし実態は」と側近は言いかけて、止めた。

義昭は知っていた。

実態は——信長が全てを動かしていた。

将軍の権威は、名だけになっていた。

「……誰かに助けを求めねば」と義昭は言った。

しかし——誰が残っていたか。

包囲網が崩れた今、義昭に力を貸せる勢力は、ほとんどなかった。


三好・三好三人衆

三好の残党は、信長の拡大を聞いて、暗い顔をした。

「長逸が死んだ。久秀は信長のもとにいる。そして今、信長が伊勢まで取った」

「三好は——もう」

誰かが言いかけて、止めた。

しかし——全員が思っていた。

三好の時代は、終わったと。


三 久秀の怨み

岐阜城。

松永久秀は——やつれていた。

頬が削げていた。

目の下に、深い隈があった。

それでも——働いていた。

信長に使い倒されていた。

「久秀」と信長が呼ぶ。

「はい」と久秀は答える。

「伊賀の状況を報告しろ」

「はい。伊賀の惣国一揆は、約定通りに動いています。信長様の命に従い、情報収集を始めています。ただし——」

「ただし?」

「彼らには、独自の誇りがあります。あまり急かすと、反発する可能性があります」

「わかった。お前が上手くやれ」

「はい」

「それと——長野の具藤から、報告が来ているか」

「はい。伊勢の内情については——」

久秀は報告を続けた。


夜。

久秀は一人、部屋で鏡を見た。

自分の顔が見えた。

やつれた顔だった。

「……鳳凰寺め」と久秀は言った。

一人で。

「この仕打ち——覚えておれ」

鳳凰寺に送り込まれて、信長に使い倒されている。

毎日、信長の命令を受けて動いている。

謀略を立案する。

調略を進める。

情報を集める。

寝る暇もない。

体が悲鳴を上げていた。

「時貞」と久秀は呟いた。

「お前が俺をここに送った。お前が俺をこの状況に追い込んだ」

久秀は鏡から目を離した。

「しかし——まだ終わっていない」と久秀は言った。

その目に、光が戻った。

怨みの光だった。

「鳳凰寺への怨み——晴らでおくべきかあ」

久秀は拳を握った。

疲れた体に、それだけの力が残っていた。

「俺はまだ——動ける」

久秀は書類に向かった。

信長のための書類に。

しかし——その頭の中では、別の絵図が描かれていた。

いつか必ず。

いつか必ず、鳳凰寺に——。


しかし——目だけは、まだ光っていた。


四 信長の独白

その夜。

信長は一人で岐阜城の天守に上っていた。

風が強かった。

夜の美濃が、眼下に広がっていた。

信長は遠くを見た。

「時貞…」と信長は呟いた。

星空に向かって、呟いた。

「お前は今——何を見ている」

星が、答えなかった。

信長は続けた。

「儂は今、八カ国を持った。五年前には一国だった。誰も、ここまで速く動けなかった。俺だけが——やっとここまで来た」

風が吹いた。

信長はしばらく、夜を見た。

「お前は九州から中国、四国まで押さえた。海の向こうまで手を伸ばした。帝と血縁で結ばれた。百年先を見ている。俺はまだ——五年先しか見えない」

信長は少し笑った。

獰猛な笑いだった。

「しかしな、時貞」と信長は言った。

「お前にはまだ追いついたとは思っておらぬ」

風が、強くなった。

「しかし——貴様の背中くらいは、ようやく見えてきたぞ」

信長の目が輝いた。

夜の闇の中で、その目だけが光っていた。

「まだまだ儂もこれからぞ」

信長は天守の縁に手をついた。

全身から、力が漲っていた。

怪物が——完全に目覚めた者の力が。

「見ておれ、時貞…」

その声は、星空に向かって放たれた。

届くはずがなかった。

しかし——それは、信長という男の本質だった。

届かなくても、言う。

届かなくても、動く。

その獰猛さが——信長を、ここまで連れてきた。


五 時貞の答え

七島。

成瀬が時貞に、各地の大名の反応を報告した終えた後。

「上様」と成瀬は言った。

「何だ」

「信長が——上様の背中が見えてきた、と感じているとしたら、どうお思いになりますか」

時貞は少し間を置いた。

窓の外を見た。

夜の海が広がっていた。

「俺は」と時貞は言った。

「はい」

「誰の背中も——見ていない」

成瀬が少し首を傾けた。

「どういう意味ですか」

「信長の背中も。他の誰かの背中も。俺は——前を向いている。追いかけている相手が誰かいるわけではない」

「では——何を見ていますか」

時貞は少し間を置いた。

「世界だ」と時貞は言った。「百年後の日本だ。南蛮の波に飲み込まれない日本を。民が豊かに暮らせる世を。そして——帝が正統性を持ちながら、仕組みで動く国を」

「それを——真っすぐに見ている」

「はい」

「誰かと競争しているわけではない。誰かに追いつこうとしているわけでもない。俺は——俺が信じた道を、真っすぐに歩いている。それだけだ」

成瀬は少し間を置いてから言った。

「……信長殿は上様の背中を見ていると思っています。しかし上様はそんなことを考えてもいない」

「そういうことだ」と時貞は言う。

「信長殿が聞いたら——怒るかもしれませんね」

「怒らない」と時貞は言う。「信長は正直な男だ。俺が競争していないと聞いたら——面白い、と言うはずだ」

成瀬は少し笑った。

「そうかもしれません」


「天元」と時貞は呼んだ。

「はい」と天元が答えた。

「信長の急速な版図拡大について——鳳凰寺として、何か変えるべきことはあるか」

「一つあります」と天元は言った。

「言ってくれ」

「帝への奏上を——急ぐべきです」

「理由は」

「信長の版図が八カ国になったことで、帝と信長の関係が変化します。信長は朝廷の権威を利用しながら動いています。しかし、信長の力が大きくなれば——朝廷の主体性が失われていく可能性があります」

「帝が信長に飲み込まれる前に、俺が奏上して、帝の立場を明確にする」

「はい。時貞殿が帝に奏上することで——帝の政治的な立場が、鳳凰寺によって保証されることになります。それは信長への牽制にもなります」

時貞は少し考えた。

「春に——必ず行く。前久殿に伝えてくれ。準備を最終段階に入れてくれと」

「了解しました」


六 各大名の警戒

翌朝。

風間が、各地の反応の詳細報告を持ってきた。

「まず武田信玄ですが——体調は優れないものの、信長の報せを受けて再び動こうとしている気配があります。しかし甲斐の家臣団から、西上再開への反対意見も強い」

「信玄は——時間が少ないことを、自分でわかっているはずだ」と時貞は言う。

「次に北条氏康。関東の版図を固めつつ、信長への警戒を強めています。上杉との争いを一時棚上げにしようとする動きがあります」

「北条が上杉と手を結べば——関東が一つの塊になる。信長にとっては厄介だ」

「上杉謙信は——今のところ静観。しかし信長が越後に手を伸ばした時には必ず対抗すると言っているとのことです」

「謙信は義で動く。信長と謙信が直接ぶつかる時——それは激しい戦になる」と時貞は言う。

「奥羽については——伊達輝宗が先を読んで動いています。奥羽を固めようとしている。まだ若いですが——先を見る目がある」

「伊達か」と時貞は言う。その名前を、頭の中に入れた。

「関東の里見・那須・佐竹・結城・宇都宮・千葉については——全員が信長への警戒を強めています。しかし関東は内輪の争いが多く、まとまりにくい」

「そこが——信長にとっての次の標的になるかもしれない」と時貞は言う。

「畿内周辺——足利義昭は激怒しています。三好残党も動揺。山名・一色・赤松・畠山は、信長の前に今後どう動くか、決めあぐねています」

「義昭は——もう、詰んでいる」と時貞は言う。「しかしそれを義昭自身は、まだわかっていない」

「最後に——鳳凰寺の臣下となった各勢力について。毛利・龍造寺・大友・各四国・九州の勢力は全員、信長への警戒を共有していますが、鳳凰寺の下にいることで安心感も持っています」

「安心感を——維持しなければならない。それが俺たちの責任だ」と時貞は言う。


七 信長の内政シフト

信長は、全ての動きを止めた。

八カ国を手中にした後——今度は内に向いた。

「これ以上の拡大は——今はしない」と信長は家臣たちに言った。

「信長様」と勝家が言う。「今が機会ではないですか。敵が怯えている今こそ」

「馬鹿者」と信長は言った。しかし怒鳴らなかった。「急いで取っても、固められなければ崩れる。今の俺は広げすぎた。まず固めろ」

家臣たちが、驚いた。

信長が、急がない選択をした。

「統治を整える。各国の検地を進める。道路と橋を整備する。商業を活発にする。しばらくは——そこに力を注ぐ」

「どのくらいの期間ですか」

「三年から五年」と信長は言った。「その間に、本当の意味で八カ国を固める。その後で——次を考える」


七島に、その情報が届いた。

「信長が内政にシフトしました」と天元が報告した。

「……信長が内政をやる」と時貞は言う。

「はい。急拡大した版図の統治が追いつかないため、数年間は内政に集中するとのことです」

「それは」と成瀬が言う。「鳳凰寺がずっとやってきたことですね」

「そうだ」と時貞は言う。「信長は学んでいる。外に向かう力と、内を固める力の両方が必要なことを、理解し始めている」

「信長が内政を固めれば——五年後の信長は、さらに強くなります」と天元は言った。

「そうだな」と時貞は言う。「しかし——それは、俺たちにとって必ずしも悪いことではない」

「どういう意味ですか」と浜村が問う。

「信長が内政を固めれば、その版図の民が豊かになる。民が豊かになれば、乱世全体が少し良くなる。俺が目指しているのは——鳳凰寺が日本全体を支配することではなく、日本全体が豊かになることだ。信長がその役割の一部を担うなら——それは俺にとっても良いことだ」

成瀬がしばらく時貞を見た。

「上様は——本当に、競争していないのですね」

「していない」と時貞は言う。「織田と競争するつもりはない。信長が強くなることで、日本全体が良くなるなら——それでいい」

「しかし——いつか、信長と向き合う日が来るかもしれません」

「その時は、その時だ」と時貞は言う。「今、心配しても意味がない。今できることを、今やる。それが俺のやり方だ」


八 前を向く者

夜。

時貞は冬姫と並んで、縁側に座っていた。

海が見えた。

星が出ていた。

「信長様のことが——気になっていますか」と冬姫は言った。

「気になっているといえば、気になっている」と時貞は言う。「しかし——どちらかというと、信長という存在に感心している」

「感心?」

「あれほどの速さで、あれほどの判断を続けられる男は——この時代にいない。俺以外には」

「自信たっぷりですね」と冬姫は言った。少し笑いながら。

「自信ではなく——事実だ」と時貞は言う。「俺は知識という武器を持っている。しかし信長は——その知識なしに、ここまで来た。それは——本当に、凄いことだ」

冬姫は少し考えてから言った。

「時貞様は——信長様を、尊敬していますか」

時貞は少し間を置いた。

「尊敬している部分と、警戒している部分が、両方ある」と時貞は言う。「しかし——嫌いではない。正直な男だから」

「正直な男は——好きなのですね、時貞様は」

「そうかもしれない」と時貞は言う。「嘘をつかない相手とは、向き合いやすい。たとえそれが強大な力を持つ者でも」

冬姫は空を見た。

「時貞様は——何を見ていますか。今」

「星だ」と時貞は言う。

「星の向こうを見ていますか」

時貞は少し笑った。

「星の向こうは——世界がある。太平洋がある。アラスカがある。南蛮の国々がある。そこまで、この日本を届けたい」

「百年後の日本を——ですね」

「そうだ」と時貞は言う。「誰かの背中を追っているわけではない。俺は——俺が信じた道を、まっすぐに歩いている。信長が速く動こうと。他の誰かが何をしようと——それは俺の道を変えない」

冬姫は時貞の横顔を見た。

窓の外の星を見ている目を、見た。

(この人は——本当に、遠くを見ている)

(誰も見ていないものを、見ている)

「時貞様」と冬姫は言った。

「何だ」

「わたくしも——その道を、一緒に歩きます」

時貞は冬姫を見た。

「ありがとう」と時貞は言った。

「礼はいりません」と冬姫は言った。「わたくしの道も——あなたの妻として、同じ方向を向いていますから」

七島の秋の夜が、静かに更けていった。

日本の東で信長が獰猛に笑っていた夜に。

日本の西で時貞は——誰の背中も見ずに、ただ前を向いていた。

その違いが——この二人の本質の違いだった。

そしてその違いが、これからの乱世を、より複雑に、より深く、動かしていくことになる。


(第五十二章へ続く)

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