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李家の娘達  作者: チョコバナナ


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第五章

第五章

清瞳と清飛も、賑やかな桃花の園を見て回ることにした。

園のあちこちでは、男女が並んで歩く姿や、女の子同士で花を愛でるグループが見える。

少し先を見ると、人だかりができていて、たくさんの娘たちがわいわいと見物していた。

清飛は清瞳の手を取り、興奮した様子で人の輪をかき分けた。


輪の中心では、若者たちが即興で連句を競っていた。誰かが一句を唄うと、それに最も美しく呼応する一句を返す。勝敗は観衆の喝采次第。

「若旦那の一句、とても素晴らしいわ!」

「ええ、まだ誰も合う句を返せてないのよ!」

そんな声が周囲から飛び交っていた。

背の低い清瞳は、何が起きているのか見えない。

「最初の一句、なんだったの?」

清瞳が清飛に尋ねると、清飛は掲げられた紙を読んだ。

「『新月如弓,残月如弓,上弦弓,下弦弓』

(新月も弓のごとく、残月も弓のごとく——)」

清飛の頬はほんのり赤く染まり、目は星のように輝いていた。

その表情を見て、清瞳はにやりと意地悪く笑った。

「ねえ、お姉様……若旦那のお顔、よく見える?」

「……若い方ですわ。一体どなたでしょう」

清飛はますます頰を紅潮させる。

「つまり——美男子なんですね?」

清瞳が悪戯っぽく言うと、清飛はさらに真っ赤になった。

(これは……面白くなりそう)

清瞳は清飛の耳元に何か囁き、次の瞬間、胸を張り、大声で叫んだ。

「この連句、とても簡単です! うちのお嬢様なら返せます!」


一斉に観衆の視線がこちらを向いた。

清飛は背が高く、紅色の衣装がよく映えて、群衆の中でもひときわ目立った。

一句を詠んだ若者が、丁寧に手を組んで礼をした。

「礼部副大臣、程思月と申します。

お嬢様——どうか一句、お聞かせ願えますか?」

程思月。

鳳城五公子の一人であり、十八歳で科挙主席、若くして礼部副大臣に昇進した文壇の新星。

そんな彼に真っすぐ見つめられ、清飛の顔はさらに赤くなる。

だが、清飛は胸を張り、はつらつと声を響かせた。

「『朝霞似锦,晚霞似锦,东城锦,西城锦』

(朝の霞も錦のよう、夕の霞も錦のよう。

東の城も錦、西の城も錦のごとし)

——程大人、いかがでしょうか?」

観衆から「おおっ」と歓声が上がった。

程思月は大きく頷いた。「実に見事です! さすが李府のお嬢様。もしよろしければ……この場で、その一句を記していただけますか?」


清飛は快く前へ出た。書が添えられた山水画の余白に目をやり、数瞬だけ考え、筆を取った。

さらり、さらり——清飛の筆は生き物のように滑らかに走り、画の中に新たな息を吹き込む。その字は清らかで力強く、絵と呼応するように踊る。

書き終えると、周囲は息をのんだ。

程思月は深々と頭を下げた。

「噂に違わぬお方でした。百聞は一見に如かず。私も書と囲碁が好きでして……

もし叶うなら、お嬢様と一局、囲碁を打ちたい」

観衆の娘たちから羨望の声が上がる。

突然の誘いに、清飛はうろたえて言葉を失った。


清瞳は清飛の袖をぐっと引っ張った。

「はいはい、お姉様は少し緊張しているので……まずは花畑へ!」

二人は花林へ足早に向かう。

程思月は立ち尽くしたまま、清飛の後ろ姿を見つめている。

清瞳は笑って手を振り、顎で「来なさい」と合図すると——

程思月の眉がわずかに緩み、周囲に一礼して、静かに二人の後を追ってきた。

そして——程思月が清飛の横に並んだ瞬間、彼が何か言葉を囁くのを清瞳は確かに見た。

清飛はふっと顔を上げ、星を宿したような瞳で彼を見つめ返していた。


二人から離れ、清瞳はひとりで歩き出した。風に揺れる草木を眺めながら進むにつれ、周囲の足音は遠ざかり、森は静けさを取り戻していく。清瞳は腰を下ろせる場所を探し、小川のせせらぎが聞こえる方へ向かった。

やがて大きな岩が目の前に現れた。岩陰からは桃の花がひっそりと顔をのぞかせている。視線を遮る天然の屏風だ。清瞳は裏側に回り込み、柔らかい芝生に体を預けた。

桃の花びらが風に乗って舞い降り、肩やスカートにそっと落ちる。

「ふう……なんて気持ちいいの」

ここに住んで六年。自然の美しさを味わう余裕など、ようやくこのひと時を手に入れた。仰向けになれば、桃の花の隙間から青空がのぞき、木漏れ日がまだらに揺れる。小鳥の声が心をほどいていく。

――ああ、本当に、美しい。

その瞬間。

「いい場所だね!」

突然の声に清瞳はびくりと肩を震わせた。声の主が、先ほど助けてくれた男だと気づいた途端、内心で舌打ちした。

最悪。どうして今日に限って。

寝転んだまま、清瞳はわざとつまらなそうに返す。

「邪魔さえ入らなければ、もっといいんですけど」

「はっ、生意気な。川に落としてやろうか」

その声音には“戯れのつもり”という甘えがあった。自分が強者だという確信を当然のように纏っている。

清瞳は完全に無視した。ここは護国公主の別荘。ここに来られる家は限られている。身分ある者同士であれば、さすがに無茶はしないはずだ。

沈黙した清瞳に、男は苛立ち混じりに続けた。

「聞こえなかったのか?本当に投げ込むぞ。怖くないのか?」

清瞳は両手を頭の後ろで組んだまま、視線も合わさずに返す。

「礼ある方でしたら、令嬢が休んでいるのを見れば、普通は静かに立ち去るものです」

鼻で笑う音が落ちてきた。

「令嬢なら地べたに寝転がらない。行儀が悪い。私の家なら叩き込まれているところだな」

(ああ、面倒くさい。せっかく外に出られたのに)

怒りを押し込み、清瞳は勢いよく立ち上がる。

「この場所、差し上げます。ごゆっくりどうぞ」

踵を返した瞬間――

男が無音で目の前に降り立ち、行く手を塞いだ。

その動きに、清瞳は思わず一歩後ずさる。鍛え抜かれた体躯。太い眉の下の目が細められ、冷たい興味を帯びて彼女を見下ろしていた。

「さて。どこの家の娘だ?」

清瞳は腰に手を当て、首を傾けて小さく笑った。

「それよりあなたはどこの家の“お坊っちゃま”なの?」

男の目が一瞬だけ見開かれ、すぐに冷笑に変わる。

「桃花宴に来られる家など限られている。名乗らなくても調べればすぐだ。お前を家主に願い出て、私の屋敷で“しつけ直す”こともできる」

(しつけ? 何様よ)

清瞳は冷たい微笑を浮かべた。

「若い女性の足元をじろじろ見るなんて……本当に下品ね。そんな目なら、ないほうが世の中のためよ!」

男が驚いて目を見開いた。

「……口先だけは達者だな!」

彼が清瞳の腕を掴もうとした瞬間、清瞳は反射的に身をかわし、蹴りを放つ。しかし――

男はそれを易々と避けた。

「ほら。爪を立てても無駄だぞ、小悪魔」

拳が清瞳の顔面へ飛ぶ。

清瞳は血の気が引いた。空手は体を鍛えるだけ。相手は、本物だ。

「男が女に拳を向けるなんて最低!子供相手でも恥よ!」

ギリギリでかわしながら叫ぶ。

男は楽しそうに笑みを深めた。

「避けるとはな。さあ言え。どこの家の娘だ?教えれば許してやる」

(許す? 誰に言ってるのよ)

清瞳は心の中で先祖代々を罵りつつ、柔らかい微笑みでふわりと近づいた。

耳元へ囁くふりをすると、男は興味深そうに身を寄せる。

その瞬間――

「――あっ、奥様!」と清瞳が叫ぶ。

男の体がピクリと跳ね、反射で後ろを振り返った。

清瞳は迷わず動いた。膝を曲げ、渾身の力で急所へ一撃。

「ぐっ!」

男の体が折れ曲がった瞬間、清瞳は跳ね上がり、手刀を首筋へ叩き込む。

男は崩れるように倒れ、動かなくなった。

「ふふ。師匠に褒められた技なんだから」

清瞳は誇らしげに両手を払った。

空を仰げば、もう随分と時間が過ぎている。

この景色もしばらくは見られない。そう思うと怒りがまた胸に湧いた。

清瞳は男の帯を解き、桃の木に括りつけた。

その時、男の上着から精巧な財布が転がり落ちる。札束、銀貨と金貨、そして翡翠のペンダント。

「坊や、貧乏人への寄付ってことで」

清瞳は金を自分の懐にしまい、翡翠を拾い上げた。

手に伝わる温もり。透き通る緑。刻まれた銘。

それを見た瞬間、清瞳の全身が凍りついた。

――劉浩。安慶王の息子……寧王の甥!?

(最悪。なぜよりによってこんなやつが……!)

清瞳は慌てて翡翠を彼の懐に戻し、縛りを解こうとする。だが半分ほど外したところで、男が低い唸り声を上げ、体を動かし始めた。

清瞳の手が震える。もう一度殴る勇気は、さすがにない。

清瞳は躊躇なく踵を返し、全力で


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