第3部 第12話『中部セクター:永久凍土の問答(後編)』
【前回のあらすじ】
ネビュロスは中部セクターで、純粋な破壊衝動に突き動かされる参号機と対峙する。かつてのレクス・クレイドの意志をカイに封じられたその姿に、ネビュロスは《真・魔導外殻》と氷の魔術を駆使して挑んだ。強大な力に苦戦しながらも、ネビュロスは参号機の奥にレクスの「声」を捉え、その意識を引きずり出すことを決意する。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
床の霜が、じわりと広がっていく。
ネビュロスの足元から這い出した白い結晶が、プラットフォームの亀裂を縫うように伸び、参号機の足元まで到達した。
参号機は、動じない。
バイザーの眼窩は黒く塗りつぶされたまま。命令だけがある。感情はない——表面上は。
ネビュロスは、じっとその左腕を見ていた。
右腕は刃の塊へと変形し、シグマスーツの黒い液体金属と融合している。だが左腕だけは、かろうじて人間の手の形を保っていた。
そして——その左手が、静かに、握られていた。
(……グリムの言っていた通りだな)
タワーに乗り込む直前、グリムが珍しく神妙な顔で言っていた。
『あいつな——ネビュロス。あの石頭、泥の中に叩き落としたあと、一瞬だけ人間の顔になったんや。システムでも、法の番人でもない、ただ怯えた人間の顔に。……まだ中にいると思う』
グリムらしくない、静かな確信だった。
その言葉を、ネビュロスは今、思い出していた。
参号機が動いた。
助走なし。躊躇なし。最短距離の突進。
ネビュロスは魔導書から無数の氷の礫を生成し、全方位へ散布した。
《氷晶弾》。
視界を塞ぐ。センサーを飽和させる。
白い霧がセクターを覆った瞬間、ネビュロスは真横へ回り込み、参号機の右腕の根元に氷壁を内側から生成した。
《絶対結界》!
ガキィィィィンッ!!
関節が急速凍結し、刃の駆動が止まる。
参号機が左腕を振るった瞬間、ネビュロスはすでに上に跳んでいた。
頭上から降りながら、魔導書を全開に開く。
「《氷結界・金剛塵》!!」
微細な氷の粒子が参号機の全身を包む。肩の装甲、膝の駆動部——巨体の動きがはじめて鈍った。
ネビュロスは着地した。退かない。真正面に立つ。
その瞬間——気づいた。
全身を金剛塵に覆われ、動きを封じられた参号機が。
左手だけを、強く握り直した。
命令ではない。反射でもない。
何かを——掴もうとしている。
(……いる。確かにいる)
ネビュロスは無言のまま一歩前に出た。
「お前は今、何を握っている」
「……ガ……排除……対象……」
「システムの答えは聞いていない」
参号機のバイザーが、かすかに揺れた。
「森でお前と対峙した時、私はお前の剣を受けた。あの重さは単なる出力ではなかった。何か守ろうとするものを背負った剣の重さだった」
凍結した装甲が、内側から軋む。
「だが今の刃は違う。命令という鎧を被せられた、中身のない重さだ」
「……ちが……」
「違うなら——その左手で今お前が掴もうとしているものを、答えてみせろ」
沈黙。
参号機の左手が、もう一度、強く握られた。
バイザーの奥で——深い緑色の瞳が、揺れた。
赤いシステムの光の向こうに、怯えた人間の目が、一瞬だけ浮かんだ。
ネビュロスはその光を見逃さなかった。
「……やはりまだいるな、レクス・クレイド」
次の瞬間、参号機の胸部が爆発的に発光した。
『緊急処置。感情ノイズ、強制遮断。出力——解放』
金剛塵が内側からの圧力で砕け散る。装甲が肥大化し、右腕の刃が元よりも巨大に再生された。胸部に全エネルギーが集中し、黄金の刃に光の断頭台が形成されていく。
『《処刑執行》——』
ネビュロスは退かなかった。
むしろ——前に出た。
蒼銀のフルプレートアーマーから冷気が爆発的に溢れ出す。プラットフォームの床が音を立てて凍り、吐く息が結晶になる。存在するだけで絶対零度へと変えていく《真・魔導外殻》が、その真価を解放した。
「感情を揺さぶられたシステムが防御本能で出力を跳ね上げる。……実に手が込んでいる」
魔導書が深く、重く開く。
「だがな——揺さぶられるということは、まだそこに揺さぶられるものが残っているということだ」
断頭台が振り下ろされる。
「《凍滅零界》!!」
絶対零度の奔流が空間ごと断頭台を飲み込んだ。
ズドォォォォォンッ!!!
白と金の衝突が、閉じたセクターを揺るがす。プラットフォームの床に亀裂が走り、外縁の装甲板が歪む。
衝撃波が収まった後——。
参号機が、膝をついていた。
装甲のいたるところに亀裂が入り、シグマスーツの液体金属が蒸発するように剥がれていく。胸部の黒い脈動が、急速に弱まっていく。
ネビュロスは歩み寄った。
膝をついた。目線を合わせるために。
「……聞こえるか」
参号機のバイザーが、弱く明滅している。
システムの赤い光が剥がれ、その奥に——深い緑色の瞳があった。
怯えた。弱い。しかし確かに生きている、人間の目だった。
「俺は……何を……握っていたんだ……」
掠れた、震える声だった。
ネビュロスはすぐには答えなかった。
少しの間、ただその目を見ていた。
「……それを自分で問えるなら、もうお前はシステムの中にはいない」
参号機の装甲が、音を立てて崩れ落ちた。
シグマスーツの黒い液体金属が蒸発し、残骸が床に散らばる。
プラットフォームに横たわったのは、一人の大きな男だった。
傷だらけで。泥だらけで。
それでも——左手だけは、まだ何かを握るように、閉じられていた。
ネビュロスは立ち上がり、魔導書を閉じた。
上を見上げる。上層では新たな戦いが行われようとしている。
「……休んでいろ。まだ終わっていない」
(第13話へ続く)
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回のエピソードは、ネビュロスと参号機、そしてレクス・クレイドの人間性を巡る戦いとなりました。ネビュロスが特にジャッジの「左手」に注目し続けたのは、そこにグリムの語った「怯えた人間の顔」の片鱗を見ていたからかもしれません。システムという鎧を剥がされ、泥だらけで横たわるレクスの姿に、ネビュロスが何を思ったのか……。この二人の関係性が、今後どう描かれていくのかにもご注目いただけると嬉しいです。
物語はまだまだ上層へと続きますので、ネビュロスたちの行く末を、ぜひ最後まで見届けていただけたら幸いです。
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