第2部 第4話『灰の誓い』
【前回のあらすじ】
ネビュロス、ヴェルミリオンの過去を知ったエルザとポルク。最後に残されたのは、リーダーであるグリムの物語。彼は炎を見つめながら、10年前の「あの日」を静かに語り始めた。
※本作品の執筆にはAIを活用しています。
「……聞きたいんか?」
グリムが焚き火に薪をくべる。
爆ぜる火の粉が、彼の瞳の中で赤く踊った。
いつもなら冗談めかして誤魔化す彼が、今は深く、静かな目をしている。
「面白くもなんともない、ただの地獄の話やぞ」
彼は服の襟を寛げ、首元から胸にかけて広がる、酷い火傷の痕を晒した。
それは戦いで負った傷ではない。もっと古く、深く刻まれた、呪いのような刻印。
「10年前。俺の村は、地図から消えた」
グリムは語り始める。
当時、彼は「赤の村」で暮らす少年だった。
火の精霊を祀るその村は、貧しくとも温かかった。
だが、ジャスティスフェイスの前身組織が現れた日、冷酷な生体実験、全てが地獄に変わった。
「奴らは言った。『この村の住人は、危険な魔力を宿している。管理が必要だ』とな。
……そして、実験が始まった」
村の広場に集められた人々。
村人たちに強制的に魔力増幅剤を投与し、その肉体がエネルギー負荷に耐えられるかを試す「選別」だった。
「親父も、幼馴染も……みんな、身体から火を吹いて、のた打ち回った。
『熱い、助けてくれ!』って叫びながら、自分の炎で溶けていくんや。
……人間が、生きたままドロドロの炭になっていく臭い、嗅いだことあるか?」
グリムの声が震える。
それは虐殺ではなかった。冷酷な「性能実験」だった。
肉が焼け落ち、骨が炭化し、それでも魔力によって無理やり生かされ続ける地獄。
村人たちは人の形を失い、ただの「燃える肉塊」となって、互いを焼き尽くしていった。
「奴らは、それを高みの見物で記録しとった。
『サンプルの燃焼効率は良好』『出力制御に課題あり』……そう言いながらな」
そして、最後まで理性を保っていた母が、グリムを逃がすために自ら炎の中に飛び込み、壁を焼き切った。
彼女の身体もまた、内側からの炎で崩れ始めていた。だが、その瞳だけは、最後まで優しかった。
『生きなさい、グリム。
……あの方たちを、恨んではいけないよ。
力は……人を傷つけるためじゃなく、守るためにあるのだから……』
母は微笑んだまま、息子の目の前で灰になった。
一番の被害者が、加害者を「正義」だと信じて、あるいは息子のために憎しみを捨てて、死んでいったのだ。
その理不尽が、あまりにも残酷だった。
その瞬間、グリムの中で何かが決定的に壊れた。
そして、何かが生まれた。
「……ふざけるな」
グリムは、母の灰を握りしめたまま、炎の中で絶叫した。
「ふざけるなァァァッ!!
誰も恨まないなら、俺が恨む!
誰も怒らないなら、俺が全員分、怒ってやる!!
世界中がアイツらを正義と呼んでも、神様が許しても、俺だけは絶対に許さへん!!」
その怒りに呼応するように、グリムの身体から爆発的な炎が噴き出した。
村を焼く炎とは違う。もっと濃く、禍々しい、漆黒の炎。
「赤の村」に伝わる原初の火が、少年の怒りを燃料にして、どす黒く変質したのだ。
「消えろォォォッ!!」
暴走した魔力が、実験部隊の一部を消し飛ばし、兵士たちを焼き払った。
それが、グリムが「魔王」として覚醒した、最初の産声だった。
「奴らは驚喜した。『ついに見つけた、完全なオリジナル(原種)だ』とな。
……けど、当時の奴らの技術じゃ、覚醒した俺には手が出せんかった。
近づくだけで装甲が溶けるほどの熱量やったからな」
「だから……逃げ延びられたんですね」
「ああ。俺は逃げた。……けどな、逃げた先でも地獄は続いた」
グリムは拳を握りしめる。
「逃げた先々で、俺は他の魔族とも出会った。
だが、奴らはそいつらには目もくれんかった。
俺だけを……俺の中で目覚めた『原初の火』だけを、執拗に狙ってきよった」
「原初の火?」
「ああ。俺の一族はな、太古の昔に火の精霊と契約した末裔やったらしい。
……俺自身、そんなことは知らんかった。あの実験で無理やりこじ開けられるまではな」
グリムは自嘲気味に笑う。
「その炎は、ただ燃えるだけやない。魔力を無限に増幅させる『炉心』の役割を果たす。
……奴らの科学技術でも再現できへん、唯一無二のエネルギー源やったんや」
グリムは苦々しげに語る。
「奴らは、俺を殺そうとはしなかった。
耐熱ドローンや遠隔兵器を使って執拗に攻撃を仕掛け、俺が怒りで炎を爆発させるのを待っていた。
……俺の炎を浴びてドロドロに溶けたドローンが、その熱量データを『結晶』として回収していくんや」
「まさか……」
ポルクが気づく。
「あなたの炎を……次世代兵器のエネルギーコアとして解析していたんですか!?」
「そうや。
俺が暴れれば暴れるほど、奴らは喜んだ。
『素晴らしい出力だ』『このデータを次世代の技術に反映させろ』とな。
……俺が親の仇を討とうとして放った炎が、巡り巡って、奴らの兵器技術を飛躍的に進化させてもうたんや」
衝撃の事実に、エルザが息を飲む。
グリムの戦いは、10年間ずっと、敵に塩を送る行為だったのだ。
「……でも、変ですね」
エルザが疑問を口にする。
「そんなに重要人物なら、初めて遭遇した時に、レッドたちはあなたを『未知の敵』として扱ったんですか?
彼らなら、データ照合ですぐに気づくはずじゃ……」
「そこが、奴らの組織の腐っとるところや」
グリムが冷ややかに笑う。
「俺を追っかけてたんは、あくまで『回収班(裏部隊)』や。
表の顔であるレッドたちには、俺の存在自体が伏せられとったんやろ」
「情報の……隠蔽……」
「ああ。
カイ(ユナイト)や一部の上層部だけが知っとるトップシークレットや。
ライガたちは、何も知らされずに、『正義』を演じさせられとっただけなんや」
グリムは焚き火を見つめる。
「あいつらが俺の顔を見ても気づかんかったんは、俺がこの10年で変わり果てたからってのもあるけどな。
……まあ、今となってはどうでもええことや」
「……でも、参謀のユナイトレッドなら、気づいたんじゃないですか?」
ポルクが尋ねる。
「ああ。あいつだけは、気づいとったはずや」
グリムが憎々しげに言う。
「俺らと対峙した時、あいつの目だけは違った。
驚きもせんと、まるで『待っていた』ような目で俺を見とった。
……あえてライガたちには教えず、俺を泳がせたんやろな」
「なぜ、そんなことを……?」
「さあな。
俺たちを『テスト』に使ったんか、それとも……俺たちがどこまで足掻くかを見て、楽しんでたんか。
どっちにしろ、食えない野郎や」
「……そういえば」
ポルクが、震える声で口を開く。
手元の端末には、ネビュロスから提供された魔力データと、先ほど解析したジャスティスフェイスのスーツ反応が表示されている。
「さっきのネビュロスさんの話……セイジレッドのスーツが、氷結魔法のデータを元に作られていたって話。
あれを聞いて、妙な『ノイズ』に気づいたんです」
「ノイズ?」
グリムが眉をひそめる。
「はい。彼らのスーツの動力源……通常のマナ機関なら、もっと澄んだ波長になるはずなんです。
でも、この波形は違う。もっと不規則で、粘り気があって……まるで、何かが『叫んでいる』ような」
ポルクは画面を指差す。
「これ……もしかして、魔族の『生体反応』じゃないですか?」
その言葉に、グリムの脳裏でパズルが組み合わさる。
ドローンが回収していった「結晶」。
ライガの炎から感じた、懐かしくも鼻をつく「臭い」。
そして、彼らのスーツの異様な「色」。
「……せや」
グリムが、低く呻くように言った。
「俺も最近になって、ようやく合点がいったわ。
あいつらを最初見た時、違和感があったんや。
なんで全員、揃いも揃って『赤』なんやろなって」
「それは……正義の戦隊モノだから、とか?
見た目がわかりやすいように……」
エルザが恐る恐る尋ねる。
「情熱の赤、リーダーの色……そういう意味じゃなくて?」
「違う」
グリムが首を振る。
「あれは、デザインやない。
あいつらのスーツの色……あれは、『血』の色なんや」
「血……?」
「ああ。ポルクの言う通りや。
セイジのスーツだけやない。全員や。
俺の村の連中が流した血。俺が10年間、世界中で撒き散らしてきた血。
……あいつらのスーツは、俺たち魔族の『生命エネルギー(血)』を精製し、燃料にして動いとる」
グリムは自分の腕を見つめる。血管が浮き出ている。
「だから、あんなにドス黒く、生々しい赤色をしとるんや。
ただの塗料やない。あれは、俺たちの死体を煮詰めて、塗り固めた色なんやぞ」
「……嘘でしょ……」
エルザの顔から血の気が引いていく。
喉の奥から、酸っぱいものが込み上げてくるのを感じた。
彼女はずっと、ジャスティスフェイスの赤を「情熱」や「正義」の象徴だと思っていた。
子供たちが憧れ、市民が安堵する、希望の色。
自分が開発に関わった兵器も、その美しい赤に彩られることを誇りに思っていた。
だが、その正体が。
無数の魔族をすり潰し、煮詰め、その怨念ごと装甲に焼き付けた「生き血」の色だったとしたら。
「う、ぷッ……」
エルザは口元を覆い、その場に崩れ落ちた。
自分の着ている白衣さえ、返り血で汚れているように思えてくる。
「ジャスティスフェイスの『レッド』って……そんな……。
私たちは……ずっと、死体の色を纏って『正義』を叫んでいたの……!?」
恐怖と吐き気。
そして、取り返しのつかない罪悪感。
その真実は、彼女の心を粉々に砕くには十分すぎるほどの絶望だった。
それに……奴らの炎の性質。あれも、偶然やない」
グリムが続けて話す。
「バーニングの炎は、制御されてて、どこか静かや。
……あれは、俺が母ちゃんを失う直前、必死に守ろうとして燃やした『祈りの炎』の残滓や」
「祈りの……」
「逆に、ブレイズの炎は荒々しくて、破壊衝動の塊や。
あれは、俺が母ちゃんの死を受け入れられず、『魔王』として覚醒した瞬間に爆発させた……そして、その後の10年間で撒き散らしてきた『呪いの炎』そのものや」
グリムは拳を強く握りしめる。
「俺の中にある『守りたかった純粋な心』と『全てを壊そうとした魔王の心』。
奴らはそれを別々に抽出して、二人の人間に植え付けたんや。
……炎属性のレッドがわざわざ二人もおるんも、偶然とは思えへんやろ?」
「なんてことだ……」
ポルクが頭を抱える。
「感情の波長まで解析して、兵器の特性に使い分けていたなんて……」
「ああ。
……あいつらは知らんのやろうな。自分が纏ってるもんがただの技術の結晶やと思ってるやろ」
グリムは自嘲気味に笑う。
その笑顔は、泣いているようにも見えた。
「皮肉な話やろ?
あいつらが誇らしげに見せつける『正義の色』は、俺たちが流した『犠牲の色』やったんやからな」
ポルクが端末を落とす音が、静寂に響いた。
科学の粋を集めたと思われていた最強のスーツ。
その正体は、守るべき者たちの命を啜って動く、呪われた鎧だったのだ。
「……だから、あなたが決着をつけなきゃいけないんですね」
エルザが震える声で言う。
「その血の、本当の持ち主として」
「ああ。
コピー品ごときに、俺たちの悲鳴を『正義』の燃料にはさせへん。
……ライガには悪いが、あいつのスーツごと、過去の因縁(呪い)を全部焼き尽くしたる」
グリムが立ち上がる。
その背中には、10年分の悔恨と、燃え尽きた村の灰が積もっているようだった。
「準備はええか、おまえら。
奴らの自慢の『血塗られた最高傑作』を、オリジナルの意地でぶっ壊したるで」
グリムの問いかけに、沈黙を守っていた二人の魔王が前に出る。
「フン……。私の氷結魔法が、奴らの演算システムの礎になっていたとはな」
ネビュロスが片眼鏡を押し上げ、冷徹に笑う。
「だが、礼には及ばん。
私の『知性』も、奪われた『子供たちの未来』も……利子をつけて返してもらおうか。
奴らのシステムを、根底から凍結してやる」
「僕の『美学』も、ずいぶんと安く見積もられたものだね」
ヴェルミリオンが優雅に一回転し、紫の蝶を散らす。
「愛も、尊厳も、全てをすり潰して作った『赤』なんて、美しくないよ。
……さあ、幕を開けようか。
血塗られた正義の仮面を剥ぎ取り、最高に皮肉で残酷な『真実』を世界に見せつけるショーを!」
三人の魔王の視線が、震える研究員たちに向けられる。
「お前らもやぞ。覚悟はええか?」
エルザとポルクは顔を見合わせ、力強く頷いた。
「はい! 私たちの知識で……必ず!」
「あいつらの鼻を明かしてやります!」
全員の心が、一つに重なる。
奪われた者、傷ついた者、真実を知った者。
全ての「反逆者」たちが、今、高らかに声を上げる。
「行くぞッ!! 正義撲滅、魔王戦隊ダークトリニティ!!」
「「「「応ッ!!!」」」」
地下の闇から、紅蓮の炎が、蒼き冷気が、紫の幻影が立ち昇る。
それは復讐の火ではない。
自らの血と向き合い、奪われた尊厳を取り戻すための「浄化の業火」。
ここに新生魔王戦隊、始動。
血の宿命を断ち切るための真の戦いが、今、幕を開ける。
(第5話へ続く)




