第8話:“精霊の言葉を聞く少女”が、静かに門を叩いた
霧の立ち込める朝、ギルドの門をひとりの少女が叩いた。
細身で、麻布を巻いただけのような粗末な服。
年の頃は十歳前後。肩まで伸びた銀髪と、透き通った青い瞳。
「……ここ、マホウ、つくるところ?」
ぽつりとした声だった。
「ここは“魔導具”の研究所だけど、魔法を作るって言われると……まあ、間違ってはいないな」
俺が答えると、少女は手に握っていた木彫りの人形を掲げた。
「これ、直してほしい。トモダチが、しゃべらなくなった」
「……えっと、それって……誰がしゃべるの?」
「この子。風の精霊の声が、聞こえなくなったの」
俺とルシアとエルナとフォルト。
その場にいた全員が、固まった。
「せ、精霊の……声?」
彼女の名前は、ミリィ。
森の奥の“精霊の祠”に住んでいたらしい。周囲の村人からは「物の怪の子」「変わり者」と怖がられていたが、特に危害を加えるわけでもなく放置されていたという。
「風さんがね、トモダチだった。でも、ある日から、声が聞こえなくなったの」
「……原因は?」
「風が、苦しいって言ってた。魔力が……まざってる、って」
その言葉に、俺の脳内で“ある仮説”が結びついた。
「魔力汚染か……」
「マゴリョクセン?」
「うん。自然の魔力に、人工的な干渉が入ると、精霊や生き物に悪影響が出るんだ。特に、未完成の魔法実験や、大量の魔導兵器なんかが原因になりやすい」
「……王都の軍部が、魔導砲の実験してるって噂、あったわね」
ルシアが小さく呟いた。
俺はミリィの持つ“木彫り人形”を手に取った。
そこには、かすかな魔力反応が残っていた。
「これは……**精霊との“共鳴核”**か。すごい。誰が作ったんだ?」
「風さん。……わたしの、お父さん」
「……精霊が?」
「うん。でも、今は、ねてる。ずっと……」
俺は決めた。
「直そう。魔力を安定させる“魔導フィルター”を付ければ、共鳴も戻るかもしれない」
三日後。
俺は試作した《共鳴安定装置》を、人形に組み込んだ。
すると、ふわりと、部屋に風が吹いた。
『――ありがとう。セイル』
誰もが確かに、それを“聞いた”。
声なき風が、確かに言葉を届けてきた。
ミリィは、ふっと微笑んで、小さく頭を下げた。
「ありがとう。……これで、また、トモダチと話せる」
ミリィはそのまま、ギルドの一角に住むことになった。
彼女の不思議な力は、魔導具の調整や精密調査において、大きな助けとなる。
そしてこの“共鳴核修復”の成功は、後に王都にて、“精霊技術”という新分野を生み出すことになるのだが――それはまだ、少し先の話。