第9話:“王国の病”を治せ、と王妃が直々に来た
その日、村の空気は異様な緊張に包まれていた。
ギルド前に並ぶ黒塗りの馬車。
衛兵に囲まれた一団の中心――
そこに立っていたのは、王国の正妃、リィナ=エルステッド王妃だった。
「辺境の研究者、セイル・アーヴ殿。そなたに、王命ではなく、私個人としての依頼があるのです」
「……また随分と重たい雰囲気だな」
王妃は深く頭を下げた。
この国で、頭を下げられる立場ではない彼女が、だ。
「“魔導病”をご存知ですか?」
「……ああ。強すぎる魔力を内包した者が、肉体の制御を失い、発作や意識混濁に陥る、魔力過敏症の一種だな」
「ええ。……その症状が、近年、急増しているのです。しかも、“王家の子ら”に。」
その言葉に、場の空気が凍った。
王族の魔力は強大だ。だが、それゆえに扱いを誤れば毒となる。
魔導病は“王統の血”に現れやすい。だがそれは、極秘中の極秘情報のはずだった。
「私の長子、アレク王子にも症状が出始めました。……高熱、幻聴、魔力暴走。あの子は……このままでは、壊れてしまう」
「……なるほど。で、俺に何をさせたい?」
「そなたが、かつて開発し、廃棄された“魔力分散装置”――あれを復元してほしいのです」
俺の目が細くなる。
「……王都の研究室から捨てられたはずだが?」
「私が、ひそかに保管しておりました。……夫には、内緒で」
ルシアも、エルナも、フォルトも言葉を失っていた。
王妃自ら、王にすら黙ってセイルに頼みに来たのだ。
「……わかった。ただし、成功する保証はない。それでも?」
「構いません。わらにもすがりたいのです。……母として」
その言葉に、俺は静かにうなずいた。
「じゃあ――取り戻すか。俺の“失敗作”を、未来のための“本物”に」
三日後。
《魔力拡散制御装置・Ver.2》が完成。
水晶管の中で揺れる魔力の光は、以前より遥かに安定していた。
王妃はそれを持ち帰り、王子の寝室へと運んだ。
数日後、鳩の便が届く。
【アレク王子、快復の兆しあり。発作、沈静化。夜も眠れるようになりました】
本当に……ありがとう。
その文面の最後には、王妃の私印と――
“王族である前に、親である”という一文が、震える文字で添えられていた。
俺は、そっとそれを机の中にしまった。
過去に笑われ、否定され、忘れ去られた研究でも――
救える命があるのなら、それでいい。




