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五十九  アワイ

 ゲンさんは、ジュラルミンケースが積まれた台車に、まるでこうなることがわかっていたかのように用意してきた黒い布で覆い被せ、

「それでは。」

一礼して部屋を後にした。その時『見習いも早く来なさい』そんな目で私を見るので、慌ててゲンさんの後に続いて部屋を出た。

部屋を出る時にマコトさんに視線を送ろうと、もう一度閉まりかけのドアの方を向いたら、咲子さんが西条に駆け寄ろうとしている姿が目に飛び込んで来て、ドアが閉まると同時に

「えっ。」

思わず声が出た。

「あなたは、心の声がダダ漏れになる方ですねー。」

呆れたように話すその声に振り返ると、ゲンさんの冷たーい視線がえぐる様に心に刺さった。

「だって。」

口を尖らせてゲンさんを見ると、ため息を一つ吐いて

「夫婦の本当の姿は、夫婦にしかわからないものです。」

もう一度冷たい視線を私に投げつけ、暗い廊下を台車を押しながらさっさと歩いて行ってしまった。

そう言われてもマコトさんと咲子さんが気になる。もう一度ドアの方に振り返ると、だいぶ先まで歩いて行ったゲンさんが、

「ゴホン。」

と一つ大きな咳払いに、『見習い早く来い!』って気持ちを込めて私に向けて飛ばしてきた。

「はいはい。行きますよーだ。」

小さい声で言ったのに、

「はいは、一回で結構です。」

今度は振り返りもせずにそう言って玄関に向かった。

小走りに後を追いながら

「ゲンさん。あのオシャレな車に、こんなに重たい、しかもたくさんのジュラルミンケースを載せられるんですか?」

そう尋ねると

「載せられません。」

キッパリとした答えが返ってきた。

「じゃあ、じゃあどうするんですか?」

ゲンさんはまたもチラリと冷たい視線を私に送って来ると、

「私と春吉さんでございます。抜かりはございません。」

私が、へーって感心していると、

「祝さんじゃあるまいし。」

だって。

一言多い、嫌味な姑みたいだ。

カチンときて、心の中でそう言ったのに

「祝さん。あなたには私が女性に見えるのですか。」

「えっ。」

「私はあなたの姑にはなり得ません。男ですから。」

ホホホッって笑いながら玄関から出て行ってしまった。

「あれ?今、声に出ちゃってたの?」

安いドラマの嫌味なおばさんみたいに笑っているゲンさんに、そう問いかけたてど、返事はなかった。

 外に出てさっき来た小道を戻ると、ゲンさんの車の近くにもう一台、黒いワゴンが止まっている。

黒服たちが戻って来たのかと、走ってゲンさんの前に出て、ラリアットを喰らわす構えをしたが、リアの開いたドアから顔を出したのは春吉さんだ。

「ハルさん!」

「お、祝。お疲れ。ゲンさんもお疲れ様でした。」

ゲンさんは春吉の登場に驚きもせず、前に立った私を邪魔だと言わんばかりに押しのけて、台車を車に横付けにし、

「咲子様は、もう直ぐいらっしゃいます。」

そう、告げた。咲子さんの名前を出したって、春吉さんに通じるはずないって思ったのに。

「了解っす。急いでそれを積んじゃいましょう。」

当たり前のように会話は進み、春吉さんがジュラルミンケースに手をかけた。私の頭はさらに混乱したけど、春吉さんにまだ重たい物を持たせるわけにはいかないと、ハッと我にかえり、

「ちょ、ちょ、ちょっと。ダメですよ。まだ退院してきたばかりで。こんな重いもの持たないでくださいよー。」

「なんだよ祝ー。姉ちゃんみたいなこと言うなよ。大丈夫だって。」

「姉ちゃんみたいなこと言います!ダメに決まってるじゃないですか!もっと自分の腕大切にしてください。エンジニアハルの黄金の腕なんですから。」

私の言葉にゲンさんがニヤリとしているのがわかって、何か言ってやろうと思ったけど、とにかく春吉さんが手を出す前に、車にジュラルミンケースを積み終えなくちゃと口よりも手を動かした。

「祝ちゃんすご〜い。力持ち。」

その可愛い声に、髪の毛振り乱してジュラルミンケースを積んでいた手が一瞬止まって車の奥を見ると、

リア席のさらに後ろからリコちゃんが顔をチョコリンと出していた。

「こらこら、顔を出しちゃダメだぞ。」

春吉さんにそう言われると、スッとリアの背もたれに隠れ、可愛い声だけが

「祝ちゃん、頑張って〜。」

内緒話でもするかのような囁く声で応援してくれた。なんで来てるのって聞きたかったけど、リコちゃんが見つかるのはまずいと思ったし、何より積み込み作業優先と思って、私も囁くような声で、

「お〜。」

と返した。

 荷物が積み終わる頃、玄関の方を見るとマコトさんと咲子さんがやってきた。その後ろにはいつの間に戻っていたのか、ゲンさんが咲子さんのスーツケースをひいている。

「ハル、ありがとう。」

「マコトさん、お疲れ様でした。そちらが、咲子さんですね。」

「ええ、そうよ。」

マコトさんが咲子さんに視線を送ると、

「こ、こんにちは。あ、初めまして、あ、あの、、、。」

「挨拶なんていいっすよ。さあ、乗ってください。リコちゃんがお待ちかねです。」

「え、リコちゃんが、、、。」

春吉さんの声で、リア席の後ろからリコちゃんが顔を出すと、咲子さんは飛び乗るように車に乗り込んだ。

 ショウコさんが、実は咲子さんだとしたら、リコちゃんの本当のお母さんだ。リコちゃんが姿を消して、どんなにか心配していただろう。感動の再会が車の中で繰り広げ、、、

「じゃあ、あとよろしくね。」

繰り広げられるはずで、それを目撃できるところだったのに、マコトさんは春吉さんの車に乗り込み、そう言うとあっさりとドアを閉めて行ってしまった。

「かしこまりました。」

「へっ。」

「へってなんですか。見習い、行きますよ。」

「ん?何が、どうなってるんですか?しかも今、目の前で感動の再会見れるところだった、ですよね?それなのにマコトさん、さっさとドア閉めちゃうし。もー。」

「相変わらず、のんびりとしているというか、ぼやーっとしているというか。」

「相変わらずって、なんですか!さっき会ったばっかりのくせに。」

「さっき会ったばっかりでもわかるほどの、相変わらずと言うことです。」

「なっ!」

「いいですから、お早く車に乗ってください。いくらなんでも、まだ、長い距離を浮いて移動などできないでしょ。さ、急いで!」

「えっ、今、、、なんて、、、。」

私の質問には答えることなくゲンさんは車のエンジンをかけた。私も急いで助手席に座ると、車は静かに発進した。

 どこに向かっているのかよりも、ゲンさんの言葉が気になった。質問したいけど、して良いのかがわからずにゲンさんの横顔を見ていたが、

「ゲンさん、、、。深縹こきはなだって、どうしてそう言ったんですか。」

私は、西条の心に棘のように刺さっていた鉛色の想いが浄化されてできた深い深い青色をした石に向かって、ゲンさんが言った言葉を思い出し、そう問いかけた。

「ほー。ちゃんと聞いていたんですね。」

「バカにしないでください!これでも、私、、、。」

「神使職ですか?まだ、見習いでしょ。」

「、、、ゲンさん、、あなたいったい、、、?」

「はふりさん。私は、『アワイ』でございます。」

「アワイ、、、。」

「はい。」

なぜだろう。美佐江さんとは違う。心がザワザワした。


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