二十 胸騒ぎ
春吉さんは、ハンモックでユラユラと揺れていた。本当に気持ち良さそうに。その姿は、私になんとも言えない安堵の気持ちを授けてくれる。
「お、はやいな〜。祝も腹が減ったのか。」
「減りました。」
「なんだよ。良い返事だな〜。素直でよろしい。行くぞ。」
ハンモックからヒョイと降りると、ひと仕事した後のコーヒー牛乳でも飲んでいたのだろ、テーブルの上のコップをキッチンで手際よく洗った。
ずっと前からその後ろ姿を見ている様な不思議な感覚。誰かに似てるとかなんだろうか。春吉さんの背中は安心できる。
「あれ、マコトさんは?」
「ああ、昨日からバタバタしてたからな。今は美佐枝さんのところだ。」
そうだ、美佐枝さんは具合が悪く、マコトさんが看病している。
「ここに来る前も美佐枝さんの事を聞いたんですけど。美佐枝さんてご病気なんですか?」
「マコトさんがあまり話したがらないから、俺もよくわからないけど。年齢的なこともあるんじゃないかな。」
「年齢、、、。」
もしそうだとしたら、マコトさんのお母さんとは考えずらい。マコトさんの感じからしたら、そんなに高齢な親とは思えない。血の繋がりはなくて、仕事なのか、それとも祖母なのかと色々考えながらクレに向かった。
レトロ喫茶クレのドアを開けると
ーチリンチリンー
初めてきた時は人生終了の鐘かと思ったが、今日は心地いい響きに聞こえる。
「いらっしゃいませ〜。」
金髪女子、夢ちゃんは相変わらず気だるそう、
「あれ、お姉さん!ハルさんと一緒ってことは!マコトさんのとこで働くの!」
春吉さんも気だるそうに
「そうなんだぜ。マコトさんが物好きだからさ。俺は大変だよー。」
「そんなこと言って〜。嬉しいくせに。」
春吉さんは、いつものと言いながら前回と同じ席に座った。
「ナポリタン好きですねー。ハルさんはやっぱり子供だ。」
「子供じゃありません。大人のナポリタンですー。とにかく、うまいんだからいいんだよ。」
「何?なんかもう二人、仲良しじゃん。」
夢ちゃんが私と春吉さんを交互に指差しながら面白がっている。
「夢ちゃんですよね。祝です。夢ちゃんの、動くしかないっしょ!に背中を押してもらって、マコトさんの所で、お世話になる事に決まりました。」
「ヤホー。私のおかげ!マジ、ウレシ〜。てか、お姉さん、私の名前知ってるの?」
「お花屋の千花さんに教えてもらいました。」
「千花に!あ、ホントだ!これ千花のしょ!」
そう言って、ピアスを指差し
「私も!これ、千花の。まじセンスいいよね。」
「うん。全部可愛かった。」
「だよね!お姉さん、、、じゃなくて、祝。これからいっぱい来てよー。」
「もちろん。」
「今日はどうする?ハルさんの奢りだから、ナポリタンにする?」
「うん。そうする。私もナポリタン。」
「オッケー。」
春吉さんは、いつおごるって言ったよっていたけど、ちゃんとご馳走してくれた。
ナポリタンも本当に美味しい。ケチャップにウスターソース、引き立ての香り強めの黒胡椒も効いている。春吉さんの言う通り、大人のナポリタン。存在感があるのに邪魔しないウィンナー。ちょっと焼き色ついてる甘い玉ねぎ。マッシュルームが入っているのも嬉しい。彩よく、でも癖がないピーマン。ピーマンどうしてるんだろう?炒めてる?の割には癖なく、彩り良く、歯応えもある。それに太麺がまた良い。ナポリタンの専門店では、ゆでた太麺を一晩寝かせるって言うけど、マスターはどうしてるんだろう?あとで聞いてみようかな?もう少し通ってからにしようかな。
口の横をケチャップで染めながらナポリタンを食べていると、夢ちゃんが、
「は〜い。マスターからの就職祝い。」
そう言って持ってきてくれた今日のプリンには、フルーツが盛っている。
「マジ!伝説のプリンアラモード!」
春吉さんの声が跳ね上がる。
「夢!俺のは!」
「ハルさん、就職したわけじゃないじゃん。甘えないの。」
「えー。俺も食いたいー。」
ハルさんの気持ちとってもわかっちゃう。なんて美味しそうなんだ。
平たい銀の食器の真ん中にプルプルのプリン。カラメルソースがゆっくりとプリンの肌を滑っていく。その先には、たっぷりの生クリームがぐるっと囲み、バナナ、イチゴ、メロンがお行儀よく並んでる。
「うわあ〜。スゴ〜〜い!」
私は、思わず立ち上がって、カウンターの方を見るとマスターがニコニコしてキッチンから手を振っていた。
「マスター、ありがとうございます。いただきます。」
そう言って、座ると銀のスプーンを手に取ってまずプリンを一口。
「うーん。サイコー。」
ガン見している春吉さんに思いっきり美味しい顔を見せつけ、
「あげませんよ!」
「今日は良いよ。マスターの愛だからな。」
「あら、ハルさんも、大人の一面あるんですね。」
「俺は、紳士だ!」
「はい、はい。」
我慢してる春吉さんがちょっとだけ可愛かった。
プリンを食べ終わって、レジに向かうと夢ちゃんが
「ありがとうございま〜す。」
とレジを開きながら
「今度さ、千花と三人で飲み行こー。祝の就職祝い。ね!」
「うん。うれしー。千花ちゃんにもマコトさんの所で働くって言わないとって思ってるんだ。」
「あんな近くなのに、まだ言ってないの?」
「うん。決まったの昨日だし。今日、千花ちゃんのお花屋さん、閉まってるし。」
なんだろう、夢ちゃんの顔が曇った。
「え、千花、休み?」
「うん。シャターも閉まってたよ。定休日?なの。」
「シャッターも!」
「う、うん。」
夢ちゃんの顔がますます暗くなっていく、
「、、、。」
「夢ちゃん?千花ちゃんの事、なんか気になるの?」
「、、うん。千花、一人になるの嫌がるんだよ。夜だってシャッター閉めないんじゃなかったかな。」
「夜も!怖いじゃん。」
「そうなんだけどさ。閉めちゃうと、パッと逃げられないし、気がついてもらえないからって。」
「うん、普段はシャッター閉めてないな。閉まっているのは、二ヶ月に一度くらいか。千花ちゃんは、母親のところに行く時、夢に言ってから行くのか?」
(母親のところ?千花ちゃんはお母さんと離れて暮らしているのか?)
春吉さんがお財布をポケットにしまいながら夢ちゃんに聞いている。
「うん。行く時は大体ね。昨日ここに来てないから、お母さんのとこにって違うんじゃないかな。」
「そうか、来てないのか。祝。お前なんか気にしてる感じだったよな。」
「はい。感じってだけですけど。なんとなく、昨日と違う、、、。」
そのさきの言葉を飲み込んだ。よどんだ気配が漂ってる、とは言えなかった。
まだ、神使職ではないけど。向こうの世界にいた頃から感が働く。
そもそもこちらの人たちにも一昔前はあった感覚なんだ。『虫の知らせ』『胸騒ぎ』といった感覚が。
今は、スマホを見つめる時間ばかりで、隣に座る家族との間にさえ透明の壁を作り、元々持っていたはずの、五感の先にある、胸の中がザワザワするような六感目の感覚が奪われている。もしかしたら五感さえも。
「ハルさん。私、千花ちゃんの所に行ってみます。」
「祝、待て。焦るなよ。」
「だって、このままじゃ。」
「俺も行く。一人で行かない方が良さそうだ。」
「えっ。」
「夢が、言っただろ。パッと逃げられない。気がついてもらえないって。」
「あ、ってことは、、、。」
「だから、焦るなって。万が一を考えて、ちゃんと準備してから動く!だ。」
「そうですけど、、、。時間経ってるし、急がないと!」
「急ぐさ。急ぐのと、準備を疎かにして良いのとは違うだろ。」
「、、、。はい。」
「夢、心配するなよ!ここで大人しくしてるんだぞ。千花ちゃんと夢のためだ。わかるな。」
「うん。了解。ハルさん、千花をよろしくお願いします。」
春吉さんは思いっきりの笑顔でサムアップして、
「マスター。ご馳走様。夢を頼みます。」
「ああ。気をつけてな!」
マスターの低い優しい声が見送ってくれる。
「はい。気をつけます。ヨシ!祝、行くぞ!」
「はい!」
春吉さんが、もの凄くかっこよく、もの凄く頼もしく見えた。




