十九 2センチメートル
春吉さんは、Pの一階に車を横付けすると、真っ直ぐエレベーターに向かった。
「エレベーターで上がるんですか?」
「俺はな。」
「俺は、って?」
「祝は階段で上がっていいぞ。」
「もー。私もエレベーターが良いです。荷物持って上がるの辛いです。」
そう言って、スーツケースを軽トラから下ろした。
エレベーターは、初めてだけど、思った通り狭い。しかも、
「えー、二階までですか。まーそれでも助かりますけど。」
そんな私を見て、春吉さんはニヤッとした
「祝〜。俺の言ったこと、ちゃんと覚えてるか〜。」
「なんでそんなにニヤニヤなんですか?コワッ。」
「怖いって、なんだよ。教えてやんねーぞ。」
「あーあー。ごめんなさい。ハル様、教えてください。」
「ヨシ。教えてやる。」
そう言うとニヤニヤマックスで私の腕をとり、エレベーター内の2階のボタンの上にかざした。すると
「おー。」
薄くオレンジ色に光った。
「これで先に上がってろ。鏡持って行くからな。」
ヤバい。春吉さんが一瞬かっこよく見えた。まあ、エレベーターの扉が閉じる、一瞬だけどね。
三階に上がるとホールは暗かったが、一歩踏み出すと優しいオレンジの明かりがついた。
「改札の灯りと一緒だ…」
右側の壁が開くはずだが、どこにもノブが無い。もしやとと思ってノブがありそうな高さにスマートウォッチをやたらとかざしてみたら、
ーカシャー
小さく音がして、壁に隙間ができた。
「お〜。カッコよすぎでしょ。」
隙間をこじ開けて、部屋に続く廊下に入ると、やたらと安心できた。
「ここが、我が家なのかな…、」
フッとそんな思いがよぎる。春吉さんも続けて上がって来て。
「お、成長したな。開けられたのか。」
「ふふ、やるでしょ。」
「何言ってんだよ。やっとこ、さっとこのくせに。良いから、鏡どこに置くんだ。」
「入り口あたりに、適当に立てかけてください。」
春吉さんは、私をチラッと見ると、手招きして、
「こっちに来てみな。」
「なんですか?」
「良いから、そこに立ってみろよ。」
鏡の前に立つと、春吉さんが微妙に角度を調節してくれた。
「ヨシ。こんな感じだな。この角度で、メモリと合うぞ。立ち位置はそこな。」
私がじっと春吉さんを見ると、
「何だよ。」
「いや。優しいな〜って。」
「なんで、意外そうに言うんだよ。」
「だって。」
「だって、なんだよ。良いから、早く片付けろよ。俺は降りてるからな。」
「は〜い。」
ウキウキした。桜の花も、もうすぐ咲きそうだし。風の香りも今まで住んでいた町とは違うからそう思ったのかも。
スーツケースから、シワになりそうな服をクローゼットにかけ、Tシャツや下着をしまうと、春吉さんが立てかけれくれた鏡の前に立ってみた。
「本当にピッタリ。さすが。」
部屋では何度も角度を調節したのに、エンジニア春吉は、いとも簡単に設置してくれた。
そうだと、いつもの様に鏡の前に立ち、おでこの真ん中に力を入れる。
「ふー、うん。」
慣れない1日を過ごして、錯覚でも起きているのだろうか
「え。あれ。ちょ、ちょっとマジで。」
2センチ浮いてる。
「そんなわけないよね。もう一度。」
目を閉じて、集中した。
「ふー、うん。」
そっと目を開けると、やはり2センチも浮いている。
「あー。本当に2センチ。私どうしたんだろう。」
2センチ浮いている事を自分が一番信用できない。
そっと床に降りて、鏡に近づいてみたが、春吉さんがセットしてくれた鏡は紛れもなく私の鏡で、何か特別な細工がされているわけもなかった。
「そうだよね。いくらハルさんが凄腕のエンジニアでもこの鏡に細工なんてするわけないよね。」
しかしだ、成長がなければ、浮き上がる力も増すはずはない。だけど、2センチ浮いている。今までの倍だ!
もう一度鏡の前に戻り、
「ふー。うん。」
やっぱり、幻でもない。浮いてる。2センチ浮いたままで歩行もしてみたが、これまた問題ない。体が揺れる事もなく、スムーズに移動できている。
どうしたことだろう…成長の心当たりは全くない。本当は、飛び上がるほど嬉しいはずなのに、実感も湧かず、ぼーっとしながら部屋の片付けをしていると、
「おーい。祝ー。腹減ったから、クレに行くぞー。」
「はーい。今降ります。」
急いでバッグをとり、鍵をかけ、階段を駆け降りた。
心当たりの無い変化に、自分に自信が持てず、とにかく春吉さんのそばに行きたくなった。
今の私に安心をくれる、春吉さんのそばに。




