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21 .夏の長期休暇

「お兄様」


「どうしたの、アイビー」


「長期休暇に入りましたわ」


「そうだね」


ラシャンと食後のお茶をしながら、雲がちらほら浮かんでいる遠くの空を眺める。

泣きながら出勤をするクロームを見送り、部屋でのんびりするという祖父母と別れて、庭でラシャンと日光浴をしているのだ。

長期休暇初日、素晴らしい過ごし方である。


「お兄様が数日おかしかったくらいで、何も起きていませんわ」


食事の時も学園への移動もアイビーが絵を描いている時も、ラシャンがアイビーを抱きしめて離さない日々があった。

カディスとルージュには冷たい瞳で見られたが、アイビー自身は嫌じゃなかったので放置していた。

そして、ラシャンが丸1日起きてこない日があり、目覚めたラシャンに尋ねると「悩んでいて数日眠れてなかったんだ」と困ったように微笑まれたのだ。


「あれは仕方ないんだよ。アイビーと1ヶ月も会えなくなる心構えに必要なことだったんだから」


「分かっていますわ。私も聞いた時は寂しかったですから」


「僕が決めたことだけど、僕も寂しいよ。でも、僕とアイビーのためなんだ」


「はい、私も離れている間に強くなってみせますね」


「ほどほどにね。アイビーを守るのは、僕の役目なんだから」


「はい、頼りにしています」


嬉しそうに頬を緩ませたラシャンは、最近発売された炭酸ジュースを飲み、小さく息を吐き出した。

魔術でコップに水滴ができるほど冷やされているので、暑くなってきた季節に丁度よく、アイビーも日中は愛飲している。

カディスから贈られて初めて飲んだ時は、口の中や喉の刺激に目を白黒させた後、ラシャンと大笑いしたものだ。


「お兄様、遠征の準備は順調ですか?」


明後日からラシャンは、公爵家の騎士たちと魔物を倒すための遠征に出かける。


魔物が1年の中で1番目撃されるのが夏になり、魔物による被害が多発する。

そのためセルリアン王国では、夏になると討伐部隊が各領地で組まれる。


これは、土地を治める領主の義務であり、欠かすことは許されない。

治安維持の努力を怠ると、最悪領地も爵位も返上しなければいけなくなるからだ。


街に隣接している森には常日頃から騎士が巡回をしているため、公爵領でも人が立ち入れない森を中心に討伐部隊が送り込まれる。

ラシャンは、その部隊の一員として魔物の討伐に行くのだ。


聞いた時は危ないと止めたのだが、強くなるためには必要だとラシャンは譲らなかった。

妹バカのラシャンが、アイビーの意見に首を横に振ることは滅多にない。

だからこそ、アイビーはもう何も言わないようにし、明るくラシャンを見送ることにした。


ちなみに、カディスが言っていた夏の遠征もこの討伐部隊のことで、いまだに許可は下りていないそうだ。

遠征行きを決めたラシャンを、苦々しく睨んでいた。


「うん、もう終わったよ。父様からもらった剣を持っていくための練習も、きちんとしたしね」


「手に馴染むようになったんですね」


「やっとね。魔力を流せば硬い皮膚や鱗も切れるようになる剣だなんて、本当に父様は天才だよね。カッコよすぎて僕がニヤけてしまいそうだよ」


クロームは万が一という時に王族や王都を守る役割があるので、夏の間は王都から他領に出向くことはできない。

それが自領であってもだ。

王族や王都を守ること。それが魔術師団師団長の責務になる。


だから、側にいられないラシャンを心配して、どんな魔物にも対応できるようにと、騎士たちの剣を魔道具に改良した。

受け取ったラシャンは喜び、数日剣を抱いて眠っていたらしい。


ルアンが「内緒ですよ」と教えてくれ、そんなに大切にしているならと、アイビーはその剣に付けるお守りを作ることにした。

すでに完成をしていて、出発する朝に渡そうと思っている。


「お父様が作った素晴らしい剣に慢心して、怪我をしないでくださいね」


「お祖父様に同じことを言われたよ。大丈夫。僕は見習い生としてついていくから、先輩騎士たちの邪魔にならないよう後方支援を頑張るよ」


「お土産話を楽しみにしていますね」


「うん、アイビーが領地に来てくれるのを待っているからね」


「お父様は一緒に行けないと泣いていましたが、私は絶対に行きますね。ジョイがお世話をしてくれている森に遊びに行きたいですしね」


「僕に会いに来てくれるのが1番の目的だよね?」


「もちろんです」


わざと悲しそうな表情を作るラシャンに、クスクス笑いながらアイビーは頷く。


「そういえば、レガッタ王女も来るの? 来るならジョイに伝えておくよ」


「カディス様と一緒に来られるそうです」


「レガッタ王女が、そう言ったの?」


「はい。まだお2人の間で揉めているらしいですが、陛下がレガッタ様に協力をされているそうですので」


「そっか。次に会ったら僕だけ参加してって嫌味を言われそうだよ」


「カディス様は、心が狭いですからね」


「確かに」


吹き出し笑いをして頷くラシャンを見ながら、「平和だなぁ」と炭酸飲料を飲んでシュワシュワを楽しむ。


——あれ? 何も起こっていないことを話し合って整理しようと思ったのに、全く違う話になっちゃったわ。お兄様の意見を聞いておきたかったのにな。後で機会があれば、改めて尋ねてみようかな。太陽が張り切って暑いせいで、考え事が纏まらないのよね。


ジョイが準備してくれている森にはどんな動物がいるのかを想像して盛り上がった後、ラシャンは訓練を、アイビーは絵を描いて過ごした。






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