40 .お菓子よりも気になること
王妃殿下の瞳は、真っ直ぐクロームに向いている。
「ヴェルディグリ公爵、本当に公爵の子供ですか?」
「母上!」
「カディス、黙りなさい。これは重要な確認です」
カディスは不機嫌丸出しで顔を逸らし、陛下は面倒臭そうに息を吐き出した。
「ティールに似ていますからティールの子供として疑いようはありません。しかし、ティールは家出をしています。他の男との可能性はありませんか?」
「ありませんよ。家を出たからといって妻の愛を疑ったことはありませんし、私の子供だとハッキリといえる関係をもっています。アイビーを宿した後、家を出たのですから」
「そうですか。では、その言葉を信じましょう」
冷めた面持ちを崩さないクロームに、王妃も表情を変えない。
そして、視線だけをアイビーに向けてきた。
「1月21日に婚約発表を行いますが、ヴェルディグリ公爵令嬢は礼儀作法は完璧ですか?」
「先ほどの我が娘の挨拶に、何かご不満がおありですか?」
「私は、ヴェルディグリ公爵令嬢に問いましたのよ」
アイビーは、言い返そうするクロームの膝の上に手を置いた。
柔らかく見てくるクロームに微笑みかけると、クロームはアイビーの手を握ってきた。
アイビーは屈託なく微笑んでいて、王妃に対しても笑顔を絶やさない。
だって、どんな顔でも可愛いが、笑顔が最高に愛くるしいと知っているからだ。
「私自身はまだまだだと思っていますが、皆様褒めてくださいます。でも驕ることなく、カディス様に恥をかかせないよう日々精進しております」
「そう思うのなら、食べる量を控えた方がよろしいですよ。出されたものを全て食べるような勢いなんて淑女と呼べませんからね」
「心に留めておきます」
まだまだお茶会がどういう場なのか分からないアイビーからすれば、スイーツを食べない・お茶も飲まないのに集まる理由が意味不明すぎる。
1度経験したお茶会は、レガッタがずっと楽しそうにお喋りしていた。
お喋りがメインなのだとしても、会話をしたら喉は乾くし、小腹も空いてくる。
現にレガッタも、たくさん食べて、いっぱいお代わりをしていた。
それなのに、王妃のカメリアは厳しめな声色で注意してきた。
何が正しいのか見つけられなくて、貴族のルールはややこしいと感じてしまう。
それに、いつも心ゆくままに食べるアイビーだが、今日に限ってはほとんど手をつけていない。
本当にどうして王妃に指摘されたのか不思議でならない。
アイビーは王族と対面してからというもの、食べるよりも気になることがあって、そちらに意識が持っていかれているのだから。
「もういいか?」
「陛下、私はカディスのためを思って聞いているのです」
「分かっている。でも、まだカディスもアイビーも成長途中だ。これからに期待すればいいだけだろう」
「しかし、失敗をして傷つくのは子供たちですよ」
「失敗するとは限らないと思うぞ。カディスは優秀だし、アイビーの挨拶も問題ない。だから、もう堅苦しい話は終わりだ」
「陛下は甘いんですよ」
「だから、きちんと叱れる君と一緒になってよかったんだ」
「あら、本当にそう思っています?」
「思っているよ」
恥じらうように扇子で顔全部を隠す王妃に、クロームもカディスも白けた瞳を向けている。
アイビーは「王妃様も女なんだなぁ」と、「何歳になっても女でいたいもんだよねぇ」と言っていた街の主婦たちを思い出していた。
陛下のおかげで尋問のような雰囲気はなくなり、陛下がアイビーに趣味を質問する時間になった。
乗馬ができると知った陛下は「夏になったら一緒に避暑地で乗馬しよう」とアイビーを誘い、絵を描くと知って「私の肖像画を描いてもらおう」と朗らかに笑っている。
アイビーは笑顔を返しながらも、陛下の1点に集中していた。
——陛下の体のほとんどに黒いモヤモヤがあるけど、何かの病気なのかな? それって聞いてもいいのかな?
会話から、「もしてして王様も王妃様も契約だって知らないのかな?」という疑問も芽生えていた。
ただこれについては、帰宅してからチャイブに尋ねればいいだけなので気にせず、質問されたことだけ答えている。
でも、黒いモヤモヤに関しては、ジョイの時と同じで放っておいていいものではないはずだ。
だけど、精霊魔法を使えることは秘密にすると家族と約束している。
でも、黒いモヤモヤを放っておけない。
ずっと「でも……でも……」と考えが堂々巡りしていて、チャイブに相談をしたいが、チャイブは壁側に立っている。
距離的にクロームに問うのが正解だと思うが、陛下の目の前で聞けばバレバレだ。
こういう時は……と、チャイブの講習を思い返した。
「お父様」
「どうしたんだい?」
「あの、お恥ずかしいんですが、身だしなみの確認をするために席を外したいんです。よろしいでしょうか?」
一旦、離脱すればいい。
パーティーで困ったら休憩室かお手洗いに逃げ込めばいいと、チャイブが言っていた。
教わった時は、「困るってどんな状況? 使う時あるのかな?」と思っていたが、きっと今が使い時のはずだ
——部屋から出た時に、聞けばいいんだわ。
「そうだね。家を出てから大分と経っているからね。陛下、少し失礼させていただきます」
陛下に軽く断りを入れるクロームにあわせて、アイビーも頭を下げた。
立ち上がろうとする2人を止めるように、陛下が手を挙げる。
「長い時間拘束してしまったようだな。今日は顔を見ておきたかっただけだ。頻繁に会うことはできないが、カディスに会いに来た時は私のところにも顔を出しておくれ。元気な姿を見ておきたい」
「はい、お伺いさせていただきます」
優しく微笑みながら頷いた陛下が立ち上がると、王妃とカディスも立ち上がった。
「カディス。折角会えたんだし、お前はまだ相手をしてあげなさい」
「かしこまりました」
アイビーとクロームも立ち上がり、部屋から出ていく両陛下を腰を折って見送った。
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