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39 .両陛下

程なくして馬車が停まり、先にチャイブが降りていく。

続いて降りたクロームに差し出された手を取り、アイビーも馬車から降りた。


周りにいた人たちから悲鳴のような歓呼のような騒がしい声が起こったが、クロームが鋭い視線を投げると辺りはたちまち静まり返っている。


待ってくれていた案内担当の使用人は、驚いて声が出なかっただけのようで、強張ったままの顔でアイビーを凝視していた。


「貴族だと偉ぶるのなら、恥ずかしい姿を見せるなと思うな。本当に王城は、いつ来ても鬱陶しいハエばかりだよ」


吐き捨てるようなクロームの言い方に、案内人は意識を取り戻したようにビクつき慌てて頭を下げている。


アイビーは、不思議そうにクロームを見上げた。


——お父様は、王様も貴族も嫌いなのかな? だとしたら、本当に私の自由や安全のためだけに、カディス様との契約婚約を受け入れたんだよね。お父様も優しいな。とても優しい。その気持ちに報いるためにも、きちんと演じなきゃ。


アイビーは、馬車を降りる時から繋いだままのクロームの手を引っ張った。


冷え切った表情が幻だったかのように、明るく弾ける笑顔をクロームは向けてくる。


「お父様、行きましょう。そして、早く終わらせて、今日は遊んでください」


「そうだね。帰りに街に寄るのもいいね。ケーキでも買って帰ってラシャンと一緒に食べようか」


「はい。お祖父様とお祖母様の分も必要です」


「うん、たくさん買おう」


周りのヒソヒソ話など気にせず、アイビーはクロームと手を繋いだまま歩き出した。


案内人は前を歩きながらも、アイビーを気にするようにチラチラと視線を投げかけてくる。


チャイブは、静かにアイビーの斜め後ろを陣取りながらも、「本当に害虫が多いな」と至るところに隠れてこちらを見ている人たちに息を吐き出しそうだった。


アイビーは、豪華絢爛なお城を見上げて「大きい」と無意識に溢していた。

渡り廊下も庭も建物の中も、今まで見たことない煌びやかな世界に目移りしてしまう。

公爵家も大きくて綺麗だったが、王城は天井も高く眩しく光っていて少し目が痛いくらいだ。


歩いているとすれ違う人たちに不躾に見られるが、アイビーはにこやかな笑顔を送って、通り過ぎていく人たちを骨抜きにしている。


「アイビー、ハエごときに笑顔を見せなくていいよ」


「お父様と一緒だから嬉しくて笑ってしまうんです」


「ううっ……うちの子可愛すぎる……」


激しい動悸に襲われているクロームを見ながらチャイブは、「俺の育て方は正解だったな」と自画自賛していたのだった。


応接室に通されると、中には色とりどりのスイーツと瑞々しいフルーツが並んでいた。

感嘆の息を吐き出すアイビーを見て、クロームは顔を緩ませている。


ソファに並んで腰を下ろそうとした時、ドアがノックされ、両陛下とカディスが入ってきた。


平易に挨拶をするクロームに倣って、アイビーもカーテシーをする。

きっと今日も上手にできたはずだ。


胸を張りながら顔を上げたら、陛下と思われるおじさんの瞳が潤んでいて、アイビーは数回瞬きをした。


「本当にティールそっくりじゃないか。なんとも可愛らしい」


——王様もお母様と知り合いなのかな?


アイビーを間近で見ようと近づいてきた陛下は、アイビーの両手をしっかりと握ってきた。


「名はアイビーと申したな」


「はい」


「とてもよい名だ。ティールへの罪滅ぼしとはならないと分かっているが、何でも言いなさい。私が叶えてあげよう」


「ありがとうございます」


ふわっと微笑むと、一筋の涙を流した陛下に頬を撫でられる。


「しかし、願いはお父様が叶えてくださるので、陛下にはカディス様との関係を応援していただきたく思います」


目を丸くした陛下が、声を上げて笑い出した。

アイビーの頬を撫でていた手で、溢れてしまった涙を拭っている。


「そうかそうか。そんなにカディスを気に入っているのか」


「はい。毎日お会いしたいくらいです」


「なら、好きな時に王城に来ていいぞ」


「嬉しいです。カディス様の邪魔にならない程度に会いに来ます」


微笑ましそうに目を細める陛下にもう1度だけ頬を撫でられ、陛下は向かい側のソファに腰を下ろした。


何も言わない王妃と目が合い、微笑まれたので頭を下げた。


王妃に続いて腰掛けようとしているカディスとは、照れくさそうに視線を絡ませる。


カディスの視線を遮るように、クロームがアイビーを覗き込んできた。


「アイビー、座ろうか」


「はい」


今度こそクロームと並んで腰を落ち着け、侍女が淹れてくれるお茶の匂いに胸を高鳴らせた。

蜂蜜のような甘い匂いの中にお花の匂いが混じっていて、とても素敵だ。

息を大きく吸い込みたくなる。


陛下が1口飲むのを待ち、アイビーはいそいそと初めて嗅ぐお茶を口に含んだ。


「カディスの婚約者を決めずに待っていたかいがあるな」


「はい。アイビーと婚約できて、僕は幸せ者です」


「私もとっても幸せです」


カディスと微笑み合うと、陛下は愉快そうに笑っている。


だが、王妃が扇子を広げると笑みを静めた。






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