24 .するのなら完璧に
領地視察から帰ってきたポルネオたちを出迎え、ポルネオたちの休憩を挟んでから夕食となった。
どんな所に行ってきたのかや、これからどうするのか等の話に耳を傾けながら、アイビーは今日の料理にも静かに舌鼓を打っていた。
食後のシャーベットが運ばれてきた時に、アイビーがカディスに声をかける。
「王子様、この後少しお話ししませんか?」
「ぼっくも! 僕も一緒に話したいな」
カディスの返事を聞く前に、ラシャンが言葉を詰まらせながら割り込んできた。
ラシャンの余裕がない笑顔が不思議で、アイビーは首を傾げながらチャイブを見る。
——王子様と婚約者役のことで話がしたいだけなんだけどな。お兄様は、私が演技をすることを知っているのかな?
小さく頷いたチャイブに、ラシャンは知っていると勘付き、アイビーは瞬きでチャイブに応えた。
ずっと2人で暮らしてきたのだから、意思疎通はお手のものだ。
「もちろんです、お兄様。私もお兄様と一緒がいいです」
ラシャンに内緒じゃないのなら、お喋りに参加してもらっても構わない。
というか、アイビーからすれば、カディスと2人で婚約者の設定を考えるより、3人で知恵を絞った方が疑われにくい物語を作れるから、ラシャンが居てくれた方が有り難いのだ。
だってアイビーは、チャイブからの知識でしか貴族を知らないのだから。
「誘われた僕は、まだ返事をしてないよ」
微苦笑しているカディスは、顔を溶かしているラシャンを見ている。
愛らしく小首を傾げるアイビーの姿に、カディスとチャイブ以外は目を垂らした。
「お話は難しいでしょうか?」
「いや、いいよ。僕も話したいと思っていたからね」
——だよね。話し合いもないまま演技なんて無理だものね。
アイビーが満足げに微笑むと、カディスもニッコリと笑みを浮かべた。
2人の間に特別な感情は見えないのに、すく隣でポルネオとクロームは「殿下が悪さしないように、目を光らせるんだぞ」とラシャンに伝えている。
もちろん普通に部屋の中にいる全員に聞こえている。
カディスが不機嫌そうにポルネオたちを睨んでいたが、当の3人は全く気にしておらず、ラシャンは「任せてください」と力強く頷いていた。
応接室に移動したアイビーたちは、カディスが1人、アイビーとラシャンが横並びでソファに腰をかけた。
カディスの従者もいるし、お茶係としてチャイブも側に控えている。
「王子様、婚約者役の設定のことでお話があります」
「待って。その前に呼び方、変えてくれないかな?」
「殿下よりも王子様の方がしっくりくるんですが……」
「知らないよ。とりあえず、王子様以外でお願い」
「うーん……では、婚約者らしくカディス様でいかがでしょうか?」
「いいよ」
「ダメだよ」
見事にカディスとラシャンの声が重なった。
カディスは一瞬ラシャンを見たが、どうやらラシャンを無視するようでアイビーに話しかけてきた。
「まず、契約の婚約者になってくれてありがとう」
「完璧にやり遂げてみせます」
胸に手を当てて微笑むアイビーに、カディスは愉快だと目を細めている。
「設定だったよね。王子と公女の婚約だよ。必要かな?」
「はい。綻ばないように何事も決めとかないといけません。役を演じる上で、設定は必ず要ります」
「別に自由にしてくれていいけど、どんな設定が必要なの?」
「そうですねぇ……」
右手人差し指を頬にあてて斜め上を見て考えるアイビーの姿に、ラシャンだけが「可愛い」と口元を緩ませている。
「大勢の方がロマンスを好まれますから、カディス様が私に一目惚れをし、何度も求婚されたというのはどうでしょうか?」
「僕がアイビーに一目惚れ?」
「殿下! 気安く呼び捨てしないでください!」
立ち上がりそうな勢いでカディスを注意するラシャンの腕を、アイビーが触った。
——どうしてお兄様はカディス様に怒鳴るのかな? もしかして貴族って名前で呼び合ったらいけないのかな? だから、カディス様に怒った? でも、チャイブは止めなかったから、そこに問題があるように思わないんだけどなぁ。見抜かれないようにしないといけないし。何だろう? 私の何かを心配してくれてだよね?
「お兄様、私はどのように呼ばれても気にしません。演技ではありますが、婚約者になるんですから。余所余所しいと何を言われるか分かりません。呼び方1つで周りから突つかれるのは辛いです」
「そ、うだね……頑張るアイビーの邪魔をしそうになってごめん……」
「いいえ、お兄様は私を想ってくださっているだけですから。嬉しいです」
「アイビー!」
ラシャンに柔らかく抱きしめられ、アイビーもラシャンの背中に腕を回した。
カディスが、白けた瞳でアイビーたちを見ている。
チャイブがラシャンの肩を叩き、ラシャンは渋々といった様子でアイビーから離れた。
「話を進めていいかな?」
「はい、細かいところまで決めましょう」
頷いたカディスに、アイビーは笑みを向ける。
「どうして僕が一目惚れなの? アイビーが僕に一目惚れでもいいでしょ」
「え? だって、私の方が可愛いじゃないですか」
ラシャンは大きく盾に首を振ったが、カディスは目を丸くした。
「いや、まぁね、僕は男の子だからね」
「お兄様と比べたら、ものすごく難しいですが、僅差で勝てると思うんですよ」
「うんうん! アイビーは僕よりも可愛いよ」
「でも、カディス様には余裕で勝っていると思うんですよね」
「へぇ、そう」
頬をピクつかせているカディスに、カディスの後ろに立っている従者が肩を震わせている。
アイビーは、アッシュローズの髪をスパイキーヘアにしているレーズン色の瞳の青年を見た。
「フィルン、笑いすぎだよ」
「失礼いたしました。ですが、殿下が負け、ふふ、負けるとは」
「うるさいよ。アイビーの主観だからね」
カディスの従者は遠慮なく笑っているし、カディスの注意する拗ねたような口調にも、2人の仲の良さを感じる。
——きっとこの人ともよく会うことになるよね。名前は、確かフィルン様。何度か呼ばれていたわ。顔をしっかりと覚えておかなきゃ。
アイビーの視線に気付いたフィルンに微笑まれ、アイビーも笑顔を返しておいた。
いいねやブックマーク登録、ありがとうございます。
読んでくださっている皆様本当にありがとうございます。




