22 .どうも引っかかる
「可能性として捨てきれないよ。バイオレット・メイフェイアは王妃になりたくないのではなく、アムブロジア王家には入りたくないだけ。もし、本当に僕に嫁ぎたいのだとしても、アムブロジアのバカ陛下にアイビーを贈ることで力を借りようとしているかもしれないからね。ソレイユ殿下への贈り物でないのは、エーリカ・フォンダントが証明しているものね」
「殿下……」
「なに、ラシャン」
「どうして僕と同じ考えを仰るんですか。僕は、幼いアイビーを父様と同年代の男性に贈るという、気持ち悪い行動を平気でする子供を否定してほしかったんですよ」
「僕は、女の子といえど、れっきとした怖い女性だと思っているよ。12歳の僕相手に既成事実を作ろうとしてくる子もいれば、ごますりや媚びへつらうこともしてくる。見染められようと必死に着飾ってくる、見た目しか努力をしないどうでもいい存在だよ」
「殿下、心の闇が深いですね」
ラシャンの憐れむような面持ちに、カディスは拗ねたように言い返した。
「ラシャンだって、僕と一緒だよね」
「僕は、そこまで女の子を否定していませんよ」
カディスが「そんなことない。一緒だよ」と言い返してくるのは、目に見えている。
発言される前にと、ラシャンはずっと考え込んでいるクロームに声をかけた。
「父様、何か引っかかるのですか?」
「あ、うん、ちょっとね」
「まだ説明が必要なら話すよ。師団長が休みに入った翌日に起こったことだからね。公爵家には関係のないことだから、ここまで話は届いていないよね」
「ということは、王都では噂になっているのですか?」
「うん、わざと流したんだ。父上の身に危険なことが起こるのなら、警備を強めたと敵に思わせたいからね」
小さく唸ったクロームが、考えるように斜め下を見ながら話し出した。
「もしかして、バイオレット・メイフェイアは、アイビーに気づいていないのかもと思ったんです」
「どうしてだ?」
ポルネオの言葉に、クロームは質問を受け付けたかのように1度頷いた。
「陛下に何が起こるのか分かりませんが、もしアイビーのことで戦争が起こるのなら『戦争を止めるために結婚が必要』と書けばよかったのです。それに、エーリカとソレイユ殿下の結婚のように『カディス殿下と結婚をする運命』でもいいと思うんですよ。それこそアムブロジア王国に、そう言えばいいだけです。なのに、わざわざ陛下個人の危険を示唆してきたんですよ。アイビーが陛下を殺せるわけでもないですから、どこにもアイビーが関係していないんですよね」
「でも、探していたのは事実だ」
「そうなんですけど、しっくりこないんですよ」
クロームの答えを見つけきれない悩みに、ポルネオも考えを巡らせるように難しい顔をして黙ってしまった。
カディスが、話し合いを進めるように発言する。
「バイオレット・メイフェイアについては、王家でも動向を探るようにしているから、何か分かれば伝えるよ。だから、公爵家でも何か分かったら教えてほしいんだ」
「分かりました。アイビーの身の安全が第一ですからね。情報は共有いたしましょう」
「で、師団長。僕の提案は受け入れてもらえるのかな?」
カディスの笑顔に、先ほどまで普通に会話していたヴェルディグリ公爵家の3人は表情を消した。
これぞ、能面顔だ。
「ねぇ、どうなの? 僕以上に盾になれる人間はいないと思うよ」
苦虫を噛み潰したような面持ちをしたクロームと眉根を寄せているポルネオが視線を合わせた後、同時に重たい息を吐き出した。
クロームの嫌々だと分かる声色が落ちる。
「提案を受け入れます」
恨み辛みがあるように顔に力を込めたラシャンが、カディスを睨んでいる。
カディスは、ラシャンの視線など気にもせず、安堵した笑みを浮かべた。
「ありがとう。契約書は王宮に戻ったら作成するよ」
「いいえ。こちらで魔術を用いて作成いたしますので、殿下には署名をしていただきたく思います」
「分かったよ。契約書は任せる」
早速、契約書を準備するためにとクロームが席を外した。
ラシャンは、まだカディスを睨んでいる。
「殿下、アイビーが可愛いからって好きになったらダメですよ」
「ならないから安心してよ」
「絶対にアイビーに自由を約束してくださいね」
「約束するよ」
本当にアイビーに興味がないカディスが「それよりも」と、公爵邸でどんな訓練をしているのか、ラシャンに尋ねてきた。
午前中いっぱい訓練していると聞いたカディスは、明日から訓練に参加すると目を輝かせていた。
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