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16 .ラシャンの婚約者?

ショーウインドウにドレスやタキシードを着たマネキンが飾られていたので、ブティックに来たのだと分かっていた。


今まで購入してきた洋装店とは店構えから違っていたので、驚かないように気を張っていたが、入った瞬間そんなことは忘れて「すごい」と呟いていた。


——キラキラしてる! すっごい明るい! それに、ソファが何個も置いてある! 家じゃないのに、どうしてソファが必要なんだろう?


全てが珍しくて店内を見渡してしまう。


2組ほどソファに座ってお茶を飲んでいる人たちがいて「喫茶店?」と謎を膨らませながらも、もし今襲われた場合を仮定して戦える場所と逃走ルートの計算をしはじめた。


「ヴェルディグリ公爵家の皆様、お待ちしておりました。本日はお越しくださり、誠にありがとうございます」


黒髪のオールバックでちょび髭を携えた男性が、規則正しいお辞儀をしてきた。

ポルネオではなく、クロームが受け答えをするようだ。


「聖夜祭と祝福祭の服を、ここでお願いしてもいいだろうか?」


「光栄でございます!」


破顔している店員たちが「こちらへどうぞ」と、2階に案内してくれる。

2階は個室になっていて、豪勢な部屋だった。


目移りしているアイビーは、ソファに座る前にチャイブの元に行き上着を引っ張った。


「どうされました?」


アイビーが背伸びしようとすると、チャイブは片膝をついて腰を落としてくれた。

アイビーは、両手を口の側で立てて、小声で話しはじめる。


「ねぇ、どうやって逃げるの? 窓の横に木はないから、ドアからになるの? でも、敵が廊下や1階にいるかもしれないわ。どうするの?」


「建物の形状を覚えていますか?」


「うん」


「階の境目に立てる出っ張りがあったでしょう。そこからなら、受け身をとれば飛び降りられますよ」


「もし、ここが3階なら出っ張り伝いで降りていくのね」


「正解です。出っ張りを利用して、窓から中を覗くこともできますね」


「分かったわ。ありがとう」


アイビーとチャイブの密談が終わる頃には、テーブルの上にはクッキーとお茶が用意されていた。


強い視線を感じて顔を向けると、ソファに座っているヴェルディグリ公爵家の面々がアイビーとチャイブを見ていた。

どうやら、アイビーにはかまってほしい視線を、チャイブには恨めしそうな視線を送っていたようだ。


見られたら微笑み返すは、アイビーの条件反射みたいに染み付いている行動で、アイビーは小首を傾げながら微笑んだ。

それだけで家族は全員目を垂らしてくれ、アイビーの自己肯定感が上がり、笑顔の花が咲く。


苦笑いしているチャイブにエスコートされながらソファまで進んだ時、数人の女性が部屋に入ってきた。

大量の子供服がかかっているラックが運び込まれてくる。


アイビーが席に着くと、家族から一斉に話しかけられた。


「アイビー、希望の服はあるかい?」

「これなんてどう?」


ドレスが描かれているカタログを広げ、それぞれがそれぞれのデザインを指して、アイビーに見せてくる。


今まで男の子の服を、今ではシンプルなワンピースを着ているアイビーにとって、カタログに載っている服もラックにかかっている服もふわふわで、別次元の洋服だった。


——走りにくそうだわ。


まず第一にそう思った。

逃走ルートとかもだが、中々元の生活の感覚は抜けないものである。


「あそこにあるドレスを見せてくれないかい?」


クロームが指したのは、目立つところに掛かっているドレスだった。

上半身には大きなリボンがあり、スカートには小さな宝石でバラ模様があしらわれているドレスだ。


店員がきびきび動き、よく見える位置まで持ってきてくれる。


「いかがでしょうか?」


「いいね。同じデザインの男性ものはあるかな?」


「ございます。男性はジャケットにバラの模様になります」


微笑んでいる女性たちが、すぐさま部屋の外から見本となる男性服を運んできた。

どうやら部屋に入りきらなかった洋服が、廊下に並んでいるようだ。


ジャケットを確認したポルネオとクロームが頷き、ラシャンに「どうかな?」と尋ねている。


「アイビーとお揃いなんて嬉しいです」


ラシャンの無邪気な笑顔に、店員たちは頬を緩ませた後、ハッとしたように体を揺らした。


「あの、公爵様……」


「ん? なんだい?」


「失礼を承知でおうかがいいたしますが、公子様と公女様の聖夜祭と感謝祭のお召し物をお選びに来られたのでしょうか?」


「いいや。家族全員の服を、同じデザインで揃えようと思っているよ」


斜め下を見て僅かに考えた素振りを見せた店員が、かしこまったように頭を下げてきた。


「大変申し訳ございませんでした。では、こちらのデザインではなく、公女様のご要望に近いものをご紹介させていただきたく思います」


「そうだね。アイビーが気に入ったドレスがいいものね」


にこやかに肯首したクロームの言葉に、バラ模様の洋服たちは部屋から持ち出されていった。

好感触だった洋服たちが下げられたのが不思議で、アイビーは店員たちが出て行ったドアを見つめてしまう。


「私からも聞いていいかい?」


「はい」


「先ほどのドレス、どうして娘の意見を聞かずに下げたのかな?」


——そうだよね。でも、意見を言っていいのなら、重たそうだったから違うお洋服がいいな。


「あのドレスは、お選びにならない方がよろしいかと」


「それは、どうして?」


「シャトルーズ子爵家のご令嬢が、あのドレスをご所望されております」


「レネットがか?」


口を挟んだポルネオに、店員はしっかりと頷いている。

そして、説明をしてくれた。


「ヴェルディグリ公爵邸に近頃女の子用の家具や洋服が大量に運び込まれたことは、街では有名な噂でございます。公子様のご婚約が決まったのではないかと、皆、口々に話しております」


「その噂なら知っているよ。それが、ドレスとどう関係するのかな?」


「シャトルーズ子爵家のご令嬢が、ご自身が公子様の婚約者だとあらゆる店で仰られております。プレゼントを購入されるからと、勧めてほしい品を事前にお選びになっていらっしゃるのです。シャトルーズ子爵家のご令嬢への贈り物だと勝手に思ってしまい、ご令嬢が気に入っているデザインを中心に持ってきてしまいました。こちらの落ち度で不快な思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした」


説明してくれた女性が深く頭を下げると、残りの店員たちも深々と頭を垂らした。






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